6「部屋の持ち主」
『定食屋くりきんとん』で働き始めて二週間が経過していた。
その間、俺たちは休みなくフルタイムで働いていた。
お店自体休まず年中無休とのことで改めてマメさん夫婦の凄さを実感する。
カエサルは働いて得たお金をそのまま『ベーカリーカリカリ』に渡していたため、既に溜まっていたツケは返済完了し、残ったお金を懐に入れていた。
俺も働いて得たお金70000ゴルドはまるまる残っていたので、それを生活費(家賃)としてシィルヴィアに渡そうと声をかけた。
しかし……
「いえ。これはいただけません。それ以上のことを既にしてもらっていますから」
そう言ってシィルヴィアはカエサルを見た。
俺とシィルヴィアが家のなか、リビングで話していたのに対してカエサルは外で何やら怪しいことをしているらしい。
いつもの調子で剣を手に持ち何やら声高に叫ぶその姿は不審者のそれであったが、見慣れてしまったのか俺は違和感を感じなくなっていた。
剣を掲げつつ騎士としての理念を叫んでいるようだった。
「ジオンさんが来てから、兄様はすごく変わりました。いまも外で楽しそうにしていますけど、前より一段と気持ちが明るくなったんですよ」
感動した感じでシィルヴィアは言うが、実の兄が家先で騎士がどうとか叫ぶことに関しては特に何も言わない様子であった。
キューちゃんも一緒に外に出てカエサルの真似をしているらしい。
「兄様もいまの状態はよくないと村のなかでの振る舞いに悩んでいたと思います。けれど、私にはそういうことを話さないので、ジオンさんが来てくれて本当に助かってるんです」
「言うて俺がしたことって大したことないよ。なんか勝手に親友だの、心の友だの言ってきたけど。行動したのはカエサル自身だし、俺はそれに付き合っただけだしね」
一緒に謝り、返済が終わるまで一緒に働いただけである。
賃金はちゃんともらっているし、俺自身金を稼ぎたいという目的は達成していた。
言ってしまえば、ついでであった。
「それでもです。社会不適合者だと兄様の将来を悲観していた母様も喜んでいました」
カエサルとシィルヴィアの母親。
この家で暮らすとき、部屋を使わせてもらうという話であったが、その部屋と言うのが二人の母親の部屋らしかった。
いまは使われておらず、荷物がこれでもかと詰め込まれる形で置かれていたためすぐには使えなかった。
そのため俺は今日もソファで寝起きしていた。
シーツと枕、掛布団にソファと俺の寝具セットがこれである。
「それとすみません。やっぱり母様がジオンさんと直接会ってからじゃないと部屋は貸したくないとわがままを言っていまして……」
シィルヴィアが申し訳なさそうに言う。
二人の母親もこの村に住んでいるらしく、俺に会いたいとせがんでいるそうだ。
普段は仕事場で寝泊まりしていて家には帰らないため、次第と部屋は自由に使っていいと母親は言っていたらしい。
しかし、俺の話題を聞くや否や、部屋を使うことにストップをかけ一目会わせろと騒いでいるとのことだ。
「そっか。わかった。じゃあ会いに行こう」
こうしてカエサルとシィルヴィアの母親に俺は会いに行くことになったのだった。
ーーー
俺はカエサル、シィルヴィア、三人で村の奥の方へ向けて坂道を歩いていた。
いつもならキューちゃんも一緒に行くところであるが、診療所のキノ先生からキューちゃんを貸してほしいと頼まれたため、今日は三人でお出かけである。
坂道は上に向かっていくにつれて草木が多くなり、村の出入り口や広場が遠のいて見えるようになった。
「カエサルとシィルヴィアのお母さんか……めっちゃ美人そうだな」
「はっはっはっ! 当然だ。私とシィルヴィアの母上なのだからな」
サムズアップで答えるカエサル。
美人兄妹の母親というだけで美人というイメージが頭のなかに出来ていた。
しかし、部屋を使う前に会わせろなんていったいどういう理由があるのだろうか?
既に使っていない部屋を見知らぬ男に使われることが嫌なのだろうか。
もしそうならまず年頃の娘が男と同居することを嫌がるべきじゃないのか?
それに関しては特に何も言われなかったらしい。
…………なんだか嫌な予感がしてきた。
見た目がどういう人かと想像するばかりで、その性格に関して全く考えていなかった。
カエサルと似たタイプなら大変な目に遭いそうだ。
「母はいつも、村の奥にある研究所で様々な研究を行っています。普段、私はその手伝いをしているんです」
シィルヴィアが説明する。
なるほど、だからシィルヴィアも白衣姿なのか。
兄が鎧姿で妹が白衣姿と、よく考えたら凄い見た目をしている兄弟である。
他の人は普通の服を着ているが、比べて見ると異色であった。
けれど、村で浮いているのはカエサルだけのようで、アルバイトをしているときにシィルヴィアの名前が出ると比較的好印象……というか、カエサルの妹ということで同情する声が多々聞こえてくるのであった。
「それにしてもこんな道、いつも通っているのか。凄いなシィルヴィアは」
俺は息を切らせながら坂道を歩いていた。
慣れているのか、二人は汗一つ掻かずにどんどん先へと進んでしまう。
いやカエサルに関しては鎧を着ていたためにその表情がよくわからなかった。
初めて会ったときは『にゃん兵』から逃げて息を切らせていたくせに、同一人物とは思えないほど、身軽に歩みを進めていた。
こいつあの息切れは嘘だったのかよ。
鎧を脱げば体つき凄いし、体力は俺より全然あるなマジで。
俺も身体を鍛えたほうがいいのかと思いながら、汗を掻いた服を摘まんで、もう片方の手でパタパタと扇いだ。
「ふふ。違いますよ。普段はキューちゃんに送り迎えをお願いしているんです。だから今日だけは私も大変ですよ」
そう言いいつつシィルヴィアもカエサル同様に身軽に歩き進んで行く。
シィルヴィアと言えば、一つ気になることがあった。
初めて家に泊まった翌朝、破廉恥な恰好をしていたシィルヴィアであったが、あれ以降、下着姿で俺の前に出ることは一度もなく、代わりにハーフパンツを履いて過ごしていた。
あの日だけの出来事として破廉恥事件は終わってしまったのである。
ホッと安心した半面、また見たいという男の欲望が湧き出ていたが、そんなこと口に出せるわけもなく、今日まで過ごしていた。
結局あれはなんだったのだろうか?
気にしても仕方ないと思いつつも、気になってしまうお年頃の俺であった。
「おお! これまた綺麗な場所だな」
俺は坂道を登り切った先で見えた景色に声を出す。
畑が一面に広がった平地が広がっており、奥を見ると民家が密集した場所があるようだ。
よく見るとそこそこ人通りがあって、同じ村内部ではあるものの、別の町に来た感覚になる。
「ふっ、良い眺めだろう? 毎日巡回をしていたが、ここのところは働き通しでしばらくぶりの景色だ。騎士として人の営みを見守るのも重要な役目なのだが、すっかりサボってしまったな」
「何言ってんだよ。働くのも立派な務めだろうが……………………因みにあとどのくらいで目的の研究所に着くの?」
「えっと…………一時間です」
「マジで!? これ片道二時間以上はキツイなぁ」
俺は思わず、その場で仰向けに倒れたい気持ちになったが、先へ進む二人を見てなんとかグッとこらえた。
キューちゃんがいれば飛んで運んでもらえるだろうに、あの子の存在がより恋しくなってしまった。
会いたいよ、キューちゃん。
心の中でキューちゃんにラブコールを送りつつ、カエサルとシィルヴィアのあとを追うように俺も渋々と歩き始めた。
読んでいただきありがとうございます。
感想投稿、ブックマーク登録、リアクション、好評価してくれると作者は喜んでカエサルのように外で叫びますよ。




