3「ウッチャ村」
「『雷の御剣』っ!!」
シィルヴィアが詠唱すると魔法なのか紫雷を帯びた剣が複数現れ、『にゃん兵』たちを次々と蹴散らしていった。
「「「にゃあぁあああああああっ!!?」」」
強い! 強すぎる!!
さっきまでカエサルがあんなに苦労して戦っていたのに、シィルヴィアの放たれた魔法で敵は為す術もなく一掃された。
『にゃん兵』が強いんじゃない。カエサルが特別弱かったんだ。
クッソっ、最初に出会ったのがシィルヴィアだったらこんな状況になってなかったのに。
まあ考えても仕方ない。
『にゃん兵』たちは倒れるとその身体が粒子となって消えた。
「消えた!? なんで?」
「モンスターは力尽きると肉体が霧散するんだ。マナを吸収した影響らしい」
驚く俺にカエサルは説明してくれた。
「よ、良かった~。無事倒せました~」
全ての「にゃん兵」が倒され、空中に飛んでいたシィルヴィアが安堵するように筋〇雲の上でぐにゃりとその身体を伸ばす。
お餅のように伸びきった猫みたいで可愛かった。
「ありがとうシィルヴィアさん!! おかげで俺ら助かった。命の恩人!! 美少女魔術師!! 可愛い!!」
「そ、そんなに褒められると照れちゃいます」
頬を赤く染めて身動ぎするシィルヴィア。褒められ慣れてないのか、だらしなく顔が緩み、それを誤魔化そうと手で覆っていた。
可愛い!! 天使!! この世界の良心!!
「カエサルお前、良い妹さんもってんな。おかげで命拾いしたぞ」
「ああ。我が妹ながらよくやってくれた。褒めて遣わそう」
「なんでそんなに偉そうなんだよ!? お前第一印象だった堅苦しくも正義感溢れる騎士から、口先だけの勘違い野郎に評価がダダ下がりしてるんだぞ。情けなく思わないのか?」
「私は生まれて今日まで自分が情けなくない日など一度もないぞ」
「開き直ってんじゃねえよ!!」
言い合っていると慌てた様子でシィルヴィアが下りてきた。
「わわわっ!? け、喧嘩はやめてください~!!」
「違うぞ妹よ。これは男の友情って奴だ。友達同士のじゃれあいなのだ。照れているのだよこのジオンという男は」
「勝手に友達扱いしてんじゃねえよドアホ!! つーか照れてねーよ! シィルヴィアさん。気にしなくていいからねこれ。喧嘩じゃないから。きみのお兄さんUMAみたいな感じだから、人としてコミュニケーション取れるか確認しているだけだから。何も問題ないからね」
「そ、そうですか?」
シィルヴィアはおろおろと困っていた様子だが、本気の喧嘩じゃない聞き、落ち着いた様子だった。
「兄様、とりあえず怪我を手当てしないと、村に移動するためにキューちゃんに乗せますね」
「ああ。頼む」
「キューちゃん?」
俺が疑問を口にするとシィルヴィアは乗っていた紫色の雲を示した。
「はい。紫色の雲ことキューちゃんです」
「キュー!」
「うわっ、喋った!? 生きてるのこれ?」
俺はびっくりして思わず、仰け反った。
なにこれーっ!?
この世の神秘、不思議生物の登場、UMAは実在したんだ。
初めて見る生物に驚きはもちろん、軽く感動してしまう。
驚く俺の様子を見てシィルヴィアはクスクスと笑っていた。
「ふふふ。子供の頃から一緒に過ごしている私の家族なんです。キューちゃん、二人を乗せるから大きくなってくれる?」
「キュー!」
紫色の雲の塊ことキューちゃんは一鳴きすると、その身体をモクモクと大きくさせ、シィルヴィアが乗っていたときより四倍近く大きくなった。
「科学の力ってすげー!!」
「ふふふ。科学じゃないですよ、えーっと……ジオンさん?」
「ああそうだ! 助けてくれたのに挨拶がまだだった。ジオンって名乗ってます。改めて助けてくれてありがとうございました。カエサルの妹さんですよね、シィルヴィアさん」
自己紹介しててなんだか気恥ずかしい。
何故なら相手が美人だからだ。
カエサルもそうだったが、妹のシィルヴィアも美形だった。
全体のビジュアルもバランスよく可愛いし、優しい性格からも例として同じ学校、同じクラスなら目立たないためにあの子の良さは俺だけが知っているという男子から一番モテるタイプの子だろう。
俺の様子に緊張していると思ったのか、シィルヴィアは安心させるような笑顔を向けてくれた。
「はい。気楽に話してくださっていいですよ。シィルヴィアと呼んでください」
カエサルの妹だが、兄と違って礼儀正しく、困っている俺たちを助けてくれた。
いや一応カエサルも助けてくれようとしたわけだが、モンスターとの戦いや、あとの言動がマイナス過ぎる。
見た目がいいだけに騙されたわ。
騎士名乗るなら、兄ではなく妹のほうが納得するなこれ。
「ありがとう。ならシィルヴィアって呼ばせてもらうよ」
俺がシィルヴィアに挨拶していると、脇で倒れたカエサルの声が聞こえてくる。
「すまない。動けないんだ。手を貸してくれ」
カエサルを見ると倒れたまま、起き上がれないらしい。
胸に矢を食らって平気なのもそうだが、どうして無事な上に動けないんだ?
「足怪我して動けないならともかく、胸怪我して動けないってどういうことだ?」
「心臓の位置を変えると身体が硬直して動けないのだ。いやぁ便利さには常にリスクが付き物だな」
「サムズアップで答えるなよ。つーか手は動かせるじゃねえか!」
兜を被っていたためにその表情は読み取れないが、ドヤ顔で言っている気がするのは俺だけだろうか。
口には出さないが、シィルヴィアも何か思うところがあるのか「兄様……」と小さい声でぼそりと呟き俯いていた。
妹とという立場故に気苦労も多そうである。
「ったく仕方ねえな。そのままだと重そうだから鎧を脱がしてからキューちゃんに乗せるぞ。いいな?」
「ああ。そうしてくれると助かる。騎士として鎧姿は人々の安全を象徴する大事な物だが、ときには休息も必要なんだ」
「お前を見て安心する人なんかいるのかよ」
俺は文句を言いつつ、カエサルに歩み寄る。
まだ少し気持ち悪さが残っていたが、時間が経ったために動けるくらいにはかなり楽になっていた。
まず兜から脱がしていく。
矢の刺さった胴体は外さずにそれ以外を外していった。
「私も手伝います」
そう言ってシィルヴィアも一緒にカエサルの鎧を外していく。
それぞれ付属しているベルト状の留め具を外して一つずつ取っていくがこれが意外にも面白い。
鎧ってこんな感じなんだな……あれ? 思った以上に鎧って厚みがないんだな。これでよくあの矢を弾いていたな。胴体だけ厚みがあるのか?
俺はカエサルから鎧を取っていく度に知らない鎧の構造を知って知的好奇心が刺激されてきた。
何だか楽しくなってきたぞ。
「へぇ~、鎧の靴って、普通の靴を履いてからその上に鎧の靴を覆っているんだな。面白いなこれ」
「そうだろそうだろ!! 面白いだろ!! これはサバトンと呼ばれているんだ!! 因みにふくらはぎの部分はグリーブと言う名前なんだぞ!!」
「うわっ、饒舌に語り始めたぞこいつ。騎士というか騎士オタクかよお前」
「すみません! 兄様がご迷惑をおかけして本当にすみません!」
困惑する俺にひたすら謝るシィルヴィア。
いつもこんな感じで他の人に謝っているのだろうと想像に難くなかった。
マジいい子だなこの娘。
カエサルの妹には勿体なさ過ぎる。
そんなやりとりをしながら鎧を外していると胴体を残して全て外し終えた。
「鎧って臭いな。ちゃんと洗っているのかこれ?」
「私は風呂嫌いでな。いわゆる風呂キャンセル界隈の住人という奴だ」
「お前そんな見た目で風呂キャン勢かよ!?」
「ふっ、冗談だ……痛い痛い痛い!? 蹴らないでくれ!? 怪我人だぞ!?」
「うるせぇー! 紛らわしい冗談言ってんじゃねえぞこのばかちん!!」
俺は腹が立ったために無防備なカエサルに蹴りを数発入れた。
「すみません。兄様が冗談を言って本当にすみません!」
「シィルヴィアは謝らなくていいんだよ。悪いのはこいつだ。出会ってから思わせぶりなこと言ってばかりで余計なことしか言わないこいつが悪いのだから」
「違う。騎士として皆を安心させるためどうすればいいか考えた結果、嘘も方便と思い私は自分が強く立派な騎士であると勘違いされるように振る舞っただけだ。冗談も笑顔になってほしいから言っただけで悪意は微塵もないぞ」
「悪意がないだけ質が悪いんだよ!! こっちは笑顔じゃなくて不満顔にしかなってねえぞ!! ほら、とっとと乗るぞ!!」
俺は文句を言いながらカエサルを担いでキューちゃんに乗せた。
「これでいいな。落ちないようにしろよ」
「ああ。助かった。ありがとう、センキュー!!」
「テンション高いなお前」
良い笑顔で礼を言うカエサルに俺は呆れてしまう。
そのやりとりを見ていたシィルヴィアは先ほどまで申し訳なさそうに謝ってばかりだったが、いつの間にか笑顔でクスクスと笑って見ていた。
「ふふふ。ごめんなさい。兄様が楽しそうに話しているの久しぶりに見れたのでつい……」
「いやいいんだよ、笑ってくれて。けど楽しそうにしてるって、カエサルはいつもこんな感じじゃないのか?」
シィルヴィアは首を振って違うと言った。
「兄様はいつもこんな感じだから、まともに言い合ってくれる人がいないんです」
寂しそうに言うシィルヴィア。
ああそうか。こんな感じだから誰にも相手にされてないのか。
他人に相手にされないというカエサル。
こいつ案外可哀想な奴なのかもしれない。
「違うぞシィルヴィア。みんな照れているだけで本当は私のことが大好きなんだ」
キューちゃんに乗りながら歯を光らせて言うカエサル。
その姿に俺はまたもや呆れてしまった。
「お前、前向きだな」
少しでも可哀想だと思った俺が馬鹿だったのかもしれない。
ーーー
三人でキューちゃんに乗り込み空を飛んでいた。
外した鎧も一緒に乗せたが、キューちゃんは力持ちらしくこれくらいならビクともしないと言われた。
周りはもう真っ暗で光源がないために何かが見えてもそれが何かよくわからなかった。
村へと向かうが、村のむの字も見えないくらい目先には森しか広がっていないようである。
「全然見えないな。本当に村があるのか?」
「はい。もう着きますよ」
シィルヴィアの声に応じてキューちゃんは高度を下げる。
結構乗り心地良いなキューちゃん。
見た目は雲だが、毛布みたいにモコモコしていて肌触りが良く眠気を誘う柔らかさであった。
表情がわからないが「キュー」という鳴き声が明るく可愛いこともあって出会って間もないのに愛着が湧いてきた。
「ここです。一度降りて行きますね。兄様は乗ったままでいいですから」
「当然だ。言われても動けないからな」
「威張るなよ。みっともない」
キューちゃんが高度を低くしたのでシィルヴィアが降りる。
それに続く形で俺も地面に降りた。
「キューちゃん。ありがとうね」
「キュー!」
俺がお礼を言うと元気よく返事してくれた。
なにこの子、可愛い。
「ちょっと待ってくださいね……いま村に入れるようにしますから」
俺たちは先ほどいた場所から道に沿う形でここまで来ていた。
いまも降り立った場所は土の道である。
周囲には草木しかなさそうだ。
シィルヴィアは懐から何かを取り出すとそれを掲げた。
「もしもし管理人さん? シィルヴィアです。兄様と客人をお連れしました。道をお開け下さい」
シィルヴィアがそう言うと、突然光と共に両扉が現れた。
「うわっ、なにこれ!? 凄えぇ!!」
目の前に現れた扉には苔や蔓が纏わりついていたが、寂れた印象はなく、寧ろ幻想的な世界へと繋がるような装飾に見えた。
風情があるってこのことか。
「驚いてばかりだな。田舎者みたいだぞ」
「仕方ないだろ。初めて見るんだから素直に驚かせてくれよ」
「兄様、お客様に失礼ですよ」
そう言うとシィルヴィアは扉の持ち手に手をかけて開く。
ギィイイ、と建付けが悪そうな音を立てて扉が内開きに開くと、食べ物の良い匂いが鼻腔を突くように香ってきた。
「いい匂いがする……」
「この時間帯はみんな酒場で夕食を取っていますから、料理の匂いがここまで届いているんですね」
シィルヴィアに続いて中に入るとそこには絶景が広がっていた。
柔らかい光源が町全体を包み込むようにそこかしこに浮いていた。
ファンタジー世界にありそうなレンガ造りの家がいくつも立ち並び、ゲームの世界に飛び込んだような気分になる。
扉から真っすぐに道が続き、先には広場みたいなものが見えた。
通行人が歩いている姿も見える。
そこから更にいくつもの道が分かれ、奥に行くに連れて坂道になっているようだ。
手前から奥に向けて町全体が山の麓にようになっているらしい。
それぞれの民家の窓が明るく光っていることもあってその光景に俺は目を奪われていた。
「綺麗……美しいってこういうときに使う言葉だよなぁ」
「ふふふ。ありがとうございます。そう言ってもらえると何だか私も嬉しいです。行きましょう、こっちです」
シィルヴィアが嬉しそうに言って歩き出す。
それに続こうとするとカエサルの声が聞こえてきた。
「すまない。扉をもう少し開けてくれないか? キューちゃんが引っかかって入れそうにない」
カエサルの言葉に背後を振り向くと、カエサルを乗せたキューちゃんが扉につっかえて中に入れないようであった。
「キュー……」
「ああ!? ごめんね! いま開けるからね!」
可哀想な声で鳴くキューちゃんに俺は胸が締め付けられるような気持ちになる。
顔がないからわからないが、悲しそうになくキューちゃんを見て急いでもう片方の扉も開けて全開にする。
するとキューちゃんは「キュー!」と喜ぶように鳴いて扉を通過するのであった。
ああもう本当に可愛いなこの子は。
「ご苦労! 褒めて遣わす」
偉そうにカエサルが言う。
「キューちゃん、こいつ捨てていいよ」
「キュー!」
「待てっ! 矢が刺さってる状態で仰向けに落ちたらシャレにならん。悪かった! 私が間違っていたから捨てないでくれ!」
捨てようとするキューちゃんに辛うじて動く腕で必死にしがみ付くカエサル。
礼を言うのはいいが、言い方と言うものがある。
もう少し謙虚になってもらいたいものだ。
「おーい! こっちですよーっ! 早く早く!」
キャッキャッと明るい声で言うシィルヴィアは既に広場の方まで進んでいた。
俺たちもそれに追いつこうと前に進む。
歩いているとキューちゃんが雲の一部を伸ばして俺の方へ向けてきた。
「キュー!」
「ん? なんだいキューちゃん」
キューちゃんの意図が読めず、俺はキューちゃんの伸ばした雲の一部を前に首を傾げてしまう。
「手を繋ごうとしているのではないか? キューちゃんは面倒見が良いからな」
「キュー!」
カエサルがキューちゃんの行動を説明するとキューちゃんは肯定するように元気よく一鳴きした。
キューちゃん……シィルヴィアもそうだが、この子も天使みたいな子だな。
俺は感動しつつ、キューちゃんの差し出してくれた雲を優しく握り返した。
めっちゃ柔らかい。
なんだか優しい気持ちになっちゃうね。
「うんうん、ありがとうね。手を繋いでいこうね」
「キュー!」
こうして俺はキューちゃんと手を繋いでシィルヴィアが待っているところまで進んでいった。
「キューちゃん。ジオンさんのことが気に入ったみたいですね」
「嬉しいわぁ~。心が温かくなるよこれぇ~」
さっきまで『にゃん兵』に襲われていたためにささくれ立った心がほぐれるような気持ちになった。
天国にいるような気分である。
「手を握りたいなら私の手も空いているぞ?」
「いや遠慮する。お前はじっとしてろ」
俺はカエサルの差し出した手をキューちゃんが握る手とは逆の手でパシッと引っ叩いてそれを拒否した。
「ふっ、ジオンは本当に照れ屋さんだな」
「張っ倒すぞお前」
周囲を見ると様々な看板を立てた店が立ち並んでいた。
『定食屋くりきんとん』『ベーカリーカリカリ』『アイテム処ヤソップ』『ウッチャ村名所どんぐり酒場』などが目に入った。
「ウッチャ村?」
俺が聞くとシィルヴィアが頷いた。
「はい。ここは隠れ里ウッチャ村です。普段は外から見えないようになっていて、この葉っぱを掲げると中に入れるようになってるんですよ」
シィルヴィアが懐から葉っぱを出して見せてくれた。
普通の葉っぱに見えるが、全体がほんのり金色に光ってるように見える。
葉っぱ? なんで葉っぱ? さっき掲げてたのってこれか。
葉っぱが村に入るための鍵なのか?
目に見えない隠れ里ということだけで驚きだが、葉っぱで入れるとはまたおかしな話である。
「ここの管理人さんからもらえる特別な葉っぱなんです。いい香りがするんですよ」
はい、と差し出され俺はクンクンと嗅いでみる。
「あ……ほんのりと甘い匂いだ」
嫌にならない程度のほんのりとしたフルーティーな香りがした。
ていうかシィルヴィアが着ている白衣の内ポケットから出したってことはこれシィルヴィアの匂いじゃね?
そう思うと俺は嬉しいと思う反面、少々罪悪感を感じた。
いや男だから美少女の香りを嗅げるなんて変態的ではあるけど、嬉しいと思ってしまうだろ全国にいる男性のみんな。
女性の人だって嗅げるなら嬉しいと思う人はいるはずである。
「これは管理人さんの使っている香水と同じ匂いなんですよ」
「へ、へぇー」
純粋無垢な感じで話すシィルヴィア。
どんな気持ちでこれを嗅げばいいんだ俺は?
素直な気持ちで葉っぱを差し出してくれてるだろうに、自らの心の汚さを自覚する俺であった。
「シィルヴィア。キノ先生はまだ診療所にいるだろうか?」
カエサルがキューちゃんの上で仰向けのまま聞いてきた。
「わかりません。外食に出かけていないなら診療所にいるはずですよ。とりあえず行きましょう」
シィルヴィアの先導で俺たちはカエサルの怪我を治すために診療所に向かって歩き始めた。
人はまばらで多いとは言えないが、それでも飲食店から笑い声が聞こえてきたりするため、活気があるいい雰囲気だった。
「いい村だな。なんだかこうして見て回っているだけでも気分が上がってくるよ」
「そうだろうそうだろう。この光景を守る為にも私は騎士として村の周囲を見回ってモンスターの襲撃がないようにしているのだ」
「『にゃん兵』たちに逃げたお前が見回っても出来ることないだろうに」
図太い性格である。
まあそのおかげで俺が助けられたのも事実ではあるが。
「なあ、なんでそんな自称するほど騎士になりたいんだ? 騎士じゃないといけない理由があるのか?」
俺は気になってカエサルに聞いた。
するとカエサルはどこか遠くを見つめるような感じで静かに語り始める。
「あれは私が十歳の頃だ――」
カエサルは子供の頃、モンスターの縄張りに一人で入り込み迷子になったことがあったらしい。
そこは深い森の中で、カエサルは出口を探そうにも道に迷ってしまい、次第に奥へ奥へと歩いて行ったそうだ。
するとそこで『二股ザル』という二本の尻尾を持つ猿たちに取り囲まれてしまい、ピンチに陥った。
「必死に逃げたが敵は素早く、逃げる隙などまるでなかった」
そんなとき一人の騎士がカエサルの前に現れ、あっという間に敵を切り倒していったらしい。
「カッコ良かった。そして優しかった。そのときの騎士に憧れ私は騎士を志したのだ。いつかあの人みたいになりたい。あの人と肩を並べられる人になりたい。あの人と結婚したい。そう思ったのだ」
歯を光らせてドヤ顔で言うカエサル。
「確かにいい話だな…………えっ? 結婚したいってその人、女の人なの?」
「そうだぞ!! この世に二人といない絶世の美女だ。私もルックスは引けを取らないからあとは実績を積んでいけばいずれ婚姻を申し込もうと思っているのだ!!」
カエサルは言って恥ずかし気に鼻を指で擦る。
好きな人が騎士だったからお近づきのなりたくて騎士になったのか。
「下心満々じゃねえか。それで騎士名乗ってるのか。やめろいますぐ」
「正規の騎士ではなく、自称騎士ならいいじゃないか」
「もはや詐称だろそれ」
俺は冷めた目でカエサルを見た。
だが、人を好きになる気持ちは理解できる。
そう考えるとこいつも人の子だったのだなと初めて共感した。
「でも兄様、憧れの騎士様ってもう結婚なさっていますよね?」
シィルヴィアが言う。
「ああ。だからいまの旦那から寝取ろうと考えているのだ」
「お前、駄目だろそれは!! 人としてやってはいけないことだろ!! 駄目だ!! お前騎士名乗るな!! せめて『昔、好きでした』って気持ちを伝えるに留めろよ!!」
「無理だ!! それが出来るなら私は騎士を名乗っていない!! 毎晩彼女を想って私は枕を涙で濡らしながら寝ているのだぞ!? それに『昔』ではなく、『現在進行形』で好きなのだ!! これはもうNTRしかないだろう!!」
「お前みたいなヤバい奴に惚れられた女騎士様が可哀想だろ!? 結婚して幸せな家庭を築いているのにそれをぶち壊して自分の欲求叶えようとする奴なんか御免被るに決まってる!!」
「いやわからん。ワンチャンあるかもしれないんだ!! やらずに後悔するよりやって後悔したいんだ私は!! 憧れは止められないんだ!!」
「名言を汚すな!! つ〇し先生に謝れ!!」
言い争いながら歩いていると目的地の診療所にたどり着いた。
レンガ造りの家が多いなか、診療所は全体がキノコを繰り抜いたような建物で出来ていた。
「キノコ……?」
「はい。診療所の先生が趣味で独自に建てられた建物なんだそうです」
シィルヴィアは説明しながら、ドアに掛けられた木札を見る。
そこには「Closed」と書かれていた。今日の診療時間は終了しているらしい。
「急患と言うことでお願いしてきます。ちょっと待ってて下さい」
シィルヴィアがドアをコンコンと叩くと奥からおばあさんの声が聞こえた。
「はぁ~い。待ってねぇ」
鍵が開けられ、中から人が出てきた。
カラフルなキノコヘアーに腰の曲がったおばあさんが出てきた。
パッと見た感じ、かなり高齢のようである。
杖を使って一歩一歩踏み外さないように歩いていた。
「あらぁシィルヴィアちゃんじゃない。どうしたのよ?」
「こんばんはキノ先生。突然すみません。兄様が怪我をしてしまって、見てほしいのですが……」
シィルヴィアが物腰低くお願いするとおばあさんはゆっくりとした足取りでこちらに近付いてきた。
「あらまぁ、見ない子だねぇ」
「初めまして、えっと、ジオンって名乗ってます」
自分の名前がすぐに出なかったためにどもってしまった。
ちょっと恥ずかしい。
「おやまぁこれはご丁寧に。ここで診療所やってるキノと
言います。どうぞよろしくねぇ」
「はい。よろしくお願いします」
「お久しぶりです。キノ先生」
キューちゃんに乗っているカエサルがキノ先生に挨拶する。
どうして歯を光らせてドヤ顔をしているのだろうか、こいつは。
「あらあら、二日ぶりね? 今度はどうしたの?」
二日ぶりかよ。久しぶりじゃないだろ。
「見ての通り胸に矢が刺さってしまって……」
カエサルが自身の胸に刺さった矢を示す。
「あらまぁこれはもう駄目ね。死んでるわ」
「し、死んでる!?」
俺はカエサルを診るキノ先生の発言に驚いたが、一番驚いたのは言われた当人であった。
「せ、先生! 生きてます!! この通り私は生きてますよ!!」
「あらあら死体が喋ってるわ。物騒な世の中ねぇ」
「確かに物騒な世の中ですが、私はまだ生きてますよ!? どうしてそんなこと言うのですか?」
「そこのあなた、これうるさいから鼻と口を塞いでもらっていいかしら?」
「息の根を止めようとしてますか!? 嫌です先生っ!! 私はまだ騎士としてやり残したことがあるんですよ!! こんなところで死ぬわけにはいかないのです!!」
キノ先生の言葉にカエサルはびっくりして早口で抵抗する。
「往生際が悪いわね。騎士なら潔く死になさい」
「死に場所はここではないと思います!! せめて戦いの場で華麗に散って行くことを所望します!!」
「死ぬの怖いって言ったくせにまだ言うか」
思わず俺は口を挟んでしまった。
「三十年、四十年死ぬのが早まるだけよ。怖いことなんてないわ」
「恐怖しかありません先生ぇ!!」
次第に涙声になっていた。
怪我を治しに来たはずなのに、医者自ら止めを刺そうとされるカエサルである。
「なんで先生はこんなことをしているんだ?」
「いつも兄様がちょっとした怪我で来ては先生にご迷惑をお掛けしているので、たまに憂さ晴らしとしてこういうやりとりがあるんです」
俺の疑問にシィルヴィアが恥ずかしそうに答えた。
なるほど、平常運転と言うことか。
「騎士は主に忠誠を誓い、民のためにその身を捧げることこそが本懐にして騎士道と存じます! お願いですから助けてください!!」
「はいはい。来世で頑張ってねぇ」
「先生ぇ!!」
キノ先生ノリノリである。
少しも手加減しないことから日頃からかなり鬱憤が溜まっているようだ。
カエサルの好き勝手言う言動にお灸を据えるのはこれくらいが丁度いいのかもしれない。
「カエサル坊や。自分の望むように振る舞い、周りを巻き込むことがどれほど迷惑をかけるということか理解したかい?」
「はい!! 理解しました!! ですから助けてください!!」
「いまここでもう騎士として生きることをやめるって言える?」
「…………」
真一文字に口を閉ざし、カエサルは黙っていた。
「さようなら。墓にはヒガンバナを添えておくからねぇ」
「先生ぇ!!」
もうしばらくこの二人のやりとりは続きそうであった。
読んでいただきありがとうございます。
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