2「第一村人カエサル」
タッちゃん。
タッちゃん。
タッちゃんって誰だっけ?
俺は何かを思い出そうとして、結局思い出せないまま深い意識の底へと沈んでいった気がした。
…………。
…………。
…………。
「おい。大丈夫か?」
男の声がくぐもって聞こえる。
誰かに肩を揺すられているらしい。
俺は横になって寝ているようだった。
俺はボーっとした頭のまま、まだ寝ていたいと思いその男の問いかけを無視することにした。
「怪我をしている様子はない……ただ単に眠っているだけか?」
またもや男の声が聞こえる。
心配してくれるのはありがたいが俺は寝ていたかった。
「うるさいなぁ。放って置いてくれ」
俺は目を瞑ったままそう言って再び寝入ろうとする。
何故だか強烈に眠かった。
いまはとにかく放って置いてほしいのである。
「そんなわけにはいかない。道端に倒れている人をそのままにはしては騎士の名折れ! きみを放って置くなど言語道断だ」
しつこい男である。
俺は放っておいてもらうために無茶な要求をして追っ払おうとした。
「俺を起こしたいなら美女か美少女か美人を連れて来てくれ。耳元でお目覚めボイスを聞かせてくれたら跳んで起きてやるよ。それが無理なら放って置いてくれ」
「むう…………難しいことを言うな」
案の定、男は困った様子になったため、俺はシメシメと心のなかで笑う。狙い通りだ。
男の声が聞こえなくなったため、俺を起こすのを諦めたのだろうと思い、再び深く眠ろうとする。
そう思ったそのときだった。
「ねえねえ起きて? 起きてくれなきゃ私、困っちゃうの」
可愛い子ぶった男のお目覚めボイスが耳元で吐息と共に聞こえてきた。
「ほわぁああああああああっ!!?」
男のこそばゆい声と生暖かい吐息、全身に鳥肌が立つ同時に俺はその場で飛び起きたのだった。
自分でも驚くことに俺は横になった状態で一メートルくらい垂直に跳躍していた。
すぐさまささやいてきた男から距離を取るように俺は逃げ惑う。
「ああ良かった。起きてくれたな」
そう言った男の姿を俺は凝視する。
銀色の長髪イケメンがさわやかな笑みを浮かべて嬉しそうに立っていた。
全身を鎧で包み、近くには鎧の一部である兜が置いてあった。
声がくぐもっていたのは兜を被っていたためだろう。
それを脱いでまで俺の耳元でささやいたのだ。
なんてことするんだこいつ。
「お、お前、なんてことするんだ!? 俺は美少女か美女か美人にお目覚めボイスをお願いしたかったのに、なんで野郎のお前がこんなことをするんだっ!?」
俺は激昂して男に抗議する。
「いやぁ。私は男だが、女ならさぞ美人になっただろうと言われたことがあってな。それなら通用するかと思い、試したら見事起きてくれた。美形に生まれて良かったよかった」
「良くねぇよ!! 俺は女の人に起こしてもらいたかったんだよ!! ていうか頬を染めて照れた仕草してんじゃねーよ!! 赤くなるなっ。おい、お前まさか……俺の貞操狙ってんじゃないだろうな!?」
俺はとっさに尻の穴を庇うように手で押さえた。
「いやそれはない。断じてないとこの騎士の剣と私の命に懸けて誓おう」
男は腰に帯刀した剣を掲げて俺に言った。
騎士だって?
見た目もそうだが言動も含めてかなり堅苦しかった。
「ところできみは誰だい? 何故こんなところで寝ていたんだ?」
男の言葉に俺はハッとする。
そうだ。俺は確か…………
「……駄目だ。思い出せねえ。ここどこだ? なんで俺ここで寝てたんだ?」
額に手を当てて考えるが、なにも思い出せなかった。
周囲を見渡すと土の道が真っすぐと連なる場所に俺は寝ていたらしい。
空を見ると太陽が傾き始めているのか、夕日で周りの景色が赤く染まっていた。
道の脇には草や木が乱立していて森のなかにいるようだった。
「ふむ……酔っ払いというわけもなし。少なくとも悪党には見えないな。ここで寝ていたのもなにか事情があるのか?」
目の前の騎士の男は顎に手を当てて考える仕草をする。
先ほど自分のことを美形だと自称していたが、文句の付け所がないちゃんとしたイケメンだった。
奢った様子もなく、平然とそう述べることからあまり嫌味に聞こえなかった。
「よし! とりあえず困っているようだから私がきみを保護しよう」
「……………は?」
こうして俺は銀髪イケメン騎士にお持ち帰り――ではなく保護されることになった。
ーーー
「私の名前はカエサルだ。よろしくな」
サムズアップして言う騎士の男ことカエサル。
いまは兜を着け直していた。
「それできみの名前を教えてくれるかい?」
「えーっと…………」
言われて俺は黙りこくってしまう。
何故なら答えられないからだ。
何も覚えていないのだ。
自分の名前も何故ここにいるかもよくわかっていなかった。
そもそも名前なんかあるのか?
どうして俺はここにいるんだ?
俺は誰だ?
「悪い……俺、何も覚えてないんだ」
俺は正直にカエサルに伝えた。
「覚えてない? 酒の飲み過ぎだからとかではなく?」
「いや違う。俺飲んでねーし。つーか酔っぱらってても自分の名前を忘れるなんてことあるのか?」
「私の知り合いには酔うと『私は神だ! 敬え!』と言って神様の如く扱えと言う人はいるが……」
「いやそれ傲慢なだけだろ……自称神ってどんだけ自尊心高いんだよそいつ」
カエサルにはとんでもない知り合いがいるらしい。
「記憶喪失か? 怪我をした様子はないが…………一度医者に診てもらったほうがいいかもしれないな」
カエサルはそう言うとふと何かを思い出すように口を開いた。
「そういえばきみ、寝言言ってたぞ。名前も言っているような気がしたが……」
「えっ、本当か?」
マジか。何も思い出せないのに寝言で本名言ってたのか俺。
「えっと確か……『ジオンの栄光、この俺のプライド、やらせはせん』って言ってたはずだ」
「それ名前じゃないだろ」
宇宙戦争で戦う勇敢な指揮官を思い出す言葉であった。
「呼び名がないと困るだろう。いまはきみのことをジオンと呼ばせてもらうよ」
「俺の名前ジオンか…………絶対違う気がする」
そんなことを話しているとカエサルは空を見て何かに気づいた。
夕焼け空ではあるが、徐々に暗くなっていた。
「む、このままここにいたら危険だな。村に移動しよう。一緒に来てく……わっ!?」
そう言ってカエサルは道なりに歩き出す…………と思ったらその場でドンガラガッシャーンと盛大に音を立てて転んでしまった。
鎧姿のために金属同士が擦れる音が響く。
「痛たたっ」
「おいおい、大丈夫かよ? なんでいきなり転んだんだ?」
「すまない。石につまずいたようだ。きみも気を付けてくれ」
「石?」
俺は言われてカエサルの足元を見る。
石などなく、細かい砂利と土しかそこにはなかった。
「石なんかどこにもないぞ」
「む、どこかに転がっていったのかもしれないな」
カエサルはそう言って立ち上がる。
そして何事もなかったかのように再び歩き出した。
俺は転んだ理由が本当に石なのか疑問に思ったが、気にしても仕方がないとカエサルのあとに付いて行くことにした。
「なあ、村ってどこのことだ? それに危険って……熊でも出るのか?」
俺は疑問を口にする。
「熊のモンスターはもう少し遠くに行けば出てくるな。ここでは『にゃん兵』が出てくる」
「モンスターってなんだ? それに『にゃん兵』?」
「おいおい、モンスターのことも忘れてしまったのか?」
カエサルが驚いたように言う。
「忘れたも何もわからないものはわからないんだ。教えてくれよ」
カエサルの信じられないと言った態度に俺は少しムッとして強い口調で言い返す。
「いやすまない。馬鹿にしたわけではないんだ。気分を害したなら謝ろう。それなら説明するぞ」
そう言うとカエサルは指を立てて話し始める。
「モンスターとはマナを吸収したことによって凶暴化した存在のことを言うんだ。凶暴化したモンスターは人を襲ってくるんだ。ここは『にゃん兵』というモンスターたちの縄張りだからな」
「マナ?」
「マナとは、空気中に混ざっているエネルギー体のことだ。マナを用いることによって私たち人間は豊かな生活をしている。この剣もマナを用いて力を発揮するビルドギアだしな」
「ビルドギア?」
「ビルドギアとは、マナをエネルギーとして動かす機械類のことだ。生活用ビルドギアもあれば、私の剣のような戦闘用ビルドギアもある。ほらここにコアがあるだろう?」
言ってカエサルは自身の剣を持って俺に見せてくれた。
剣の持ち手、柄の部分に赤い宝石のようなものが埋め込まれていた。
これをコアというらしい。
剣を見ると思わず興奮してしまう。
まるでゲームの世界のようだ。
童心に帰るとはこのことか。
「このビルドコアがマナをエネルギーに変換してくれるんだ。これのおかげで私は魔法を使えるんだ」
「魔法って、あの魔法か? 火を出したり水を出したりするあの魔法?」
「そう! その魔法だ」
おお! 魔法という言葉を聞くだけでオラワクワクすっぞ!!
俺は話していて浮き浮きとテンションが上がってきた。
「魔法かぁ。ロマンが詰まってるなぁ」
「ふふ。そうだな。知らない人が魔法の話を聞いたら誰もがいまのきみみたいに目を輝かせるだろう」
カエサルは説明していてどこか楽しそうな声色だった。
人にものを教えるのが好きなのだろう。
俺自身、カエサルが真面目な口調で話すため教師と話している気分になってくる。
「魔法と言っても、この森のような場所で魔法を放てば火事の原因になってしまうから、無闇矢鱈と発動させるわけにはいかないがな」
そう言いながらカエサルは周囲を窺った。
「いいかい。さっきも言ったけど、ここは『にゃん兵』の縄張りなんだ。きみのように人が寝ていたところを彼らが見つけたら問答無用で攻撃してくる。くれぐれも私から離れないように」
頼もしい口調で話すカエサルに俺は罪悪感を感じた。
さっき俺を起こそうとしてくれたのは、俺の安全を考えてくれた故の行動なのに、俺は自分の眠気を優先させてしまったからだ。
「カエサル。さっきはごめん。わがまま言って。俺のことを助けようとしてくれてたのに無下にしてた」
俺は素直に謝った。
「気にするな。記憶がないことも含めてきみはなにか事故か事件に巻き込まれた可能性もある。困っている人がいたら必ず助ける。それが騎士というものだからな」
カエサルがかっこいいことを言い放つ。
その言葉に俺はカエサルが見た目だけではなく、中身も含めてイケメンだなと思った。
耳元でささやくのはやめてほしいが……。
「いいかい。もしモンスターと遭遇しても慌てず騒がず、目線を相手に合わせながら徐々に下がって行って距離を取るんだ。決して背を向けて逃げ出してはいけない。特に『にゃん兵』は賢いモンスターだからな」
「にゃっ!」
「そう! こんな鳴き声で鳴くんだ」
「…………あの、カエサル」
俺はカエサルに声をかける。
「なんだい? まさか説明を聞いただけで怖がってしまったわけではないだろう?」
やれやれとカエサルは少しだけ呆れたように言う。
「こいつ…………その『にゃん兵』じゃね?」
俺は足元にいた猫のような生き物を指差して言った。
「にゃっ!」
「よっ!」と挨拶をするようにそいつは一鳴きした。
猫にしては身体が大きく、俺の腰くらいの高さはあった。
しかも立っている。
二足歩行で。
ご丁寧にカボチャパンツみたいなものを履き、背中には剣を背負っていた。
「……………………」
「……………………」
「……………………にゃっ!」
もう一押しとまた鳴いた。
「ぎゃあぁあああああああああああああああっ!!?」
カエサルは悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。
「おいぃいいいいいいっ!? いの一番に逃げ出してんじゃねぇよ!!」
走って逃げていくカエサルを俺は見送る形となった。
「にゃっ!」
そんな人間の事情など知らぬと言った調子で変わらず声をかけてくれる『にゃん兵』。
「…………可愛いなお前」
「にゃっ!?」
俺のひと言に照れたようにする『にゃん兵』。
普通の猫の愛くるしさと変わらず、愛嬌のある姿であった。
背中に剣を背負っているのは物騒だが、それを差し引いても可愛さが勝っていた。
「ごめんな。ここはお前ら『にゃん兵』の縄張りなんだってな。俺知らなくてさ、いま離れようとしてたところなんだ」
「にゃっ!」
『にゃん兵』は気にするなと言わんばかりに返事をしてくれる。
どうやら人の言葉を理解できるらしい。
「すぐ出ていくからここは見逃してくれないか?」
「にゃっ!」
これまた元気よく返事してくれた。
なんだ。友好的じゃないか。
賢いモンスターと言ってたが、話せばわかってくれた。
カエサルはいったい何をそんなに怖がるのだろうか。
こうして話せば危害を加えようとしてこないというのに。
俺のなかでカエサルの評価はダダ下がりしていた。
騎士がどうとか言ってたくせに真っ先に逃げ出しやがって。
「ありがとう。話が早くて助かるよ」
俺は『にゃん兵』に握手を求めるように手を出した。
「俺、行くよ。さっきは連れが悲鳴を上げて悪かったね」
「にゃっ!」
『にゃん兵』は俺の差し出した手を握ろうとして肉球のついた手を出す。
すると、爪を出して俺の手を引っ搔いてきた。
「……………………」
「……………………にゃっ!」
ぶしゅっという音と共に俺の右手が出血する。
「……………………」
「……………………にゃっ!」
「痛ってぇええええええええええええええええっ!!?」
俺は悲鳴を上げてその場でゴロゴロと転がった。
「てんめぇこのクソ猫野郎がっ!! 何してくれてんだコラぁ!! お前のせいで俺の黄金の右手ゴッドフィンガーが血塗れになったでしょうがぁっ!! どう落とし前つけるつもりだコラぁ!!?」
俺はブチギレて『にゃん兵』を睨みつけたうえ罵倒する。
「……にゃっ」
次の瞬間、『にゃん兵』は不気味な笑みを浮かべて背負った剣を抜剣してきた。
するとそのまま剣を掲げて叫び出す。
「にゃあぁあああっ!!」
その声に合わせて周囲に隠れていた他の『にゃん兵』たちが現れたのだった。
「「「にゃあぁあああっ!!」」」
「ぎゃあぁあああああああああああああああっ!!?」
俺は悲鳴を上げてその場から逃げ出した。
ーーー
「こっち来るなぁああああっ!! あっち行けぇええええっ!! お願いぃいいいい!!」
「「「にゃあぁああああああっ!!」」」
叫びながら全力疾走で俺は道なりに逃げた。
とにかく逃げた。
しかし『にゃん兵』たちに俺の声は届かず、殺そうと矢を放ってきた。
なんて奴らだ!?
だが偶然か奇跡か奴らの放った矢は俺に当たらなかった。
わざと外しているのか!?
それを確認する余裕もなかった。
やばいやばいやばいやばいやばい!!?
矢は当たってないが、声はひたすら聞こえる。
逃げきれねぇ。
「「「にゃあぁああああああっ!!」」」
走っても走っても距離を離すことは叶いそうになかった。
このままではいずれ息も持たずに走れなくなる。
どうにかしなくては。
俺が走って逃げ続けていると、道の先に見慣れた鎧姿の男が立っていた。
カエサルだ。
「カエサルぅううううっ!! お前、俺を置いて一人逃げてんじゃねぇよ!!」
走りながらカエサルに近付き、俺は罵倒する。
この卑怯者がっ!
「す、すまない。はぁ、はぁ。気が動転して、しまった。はぁはぁ。つい、逃げてしまった」
「なにを息切れしてんだお前ぇっ!! さっさと走れぇええええええええっ!!」
俺はカエサルの目の前を通り過ぎながら叫ぶ。
どうやら走って逃げたものの鎧姿で走るのはキツイらしい。
カエサルは息が持たずにここで立ち止まっている様子だった。
「「「にゃあぁああああああっ!!」」」
『にゃん兵』たちが声を上げてすぐそこまで迫っていた。
カエサルは逃げようとするが、息が切れて動けそうになかった。
「わ、私が囮になる。きみは逃げろ」
その声に俺の足はつい止まってしまった。
「馬鹿野郎!! なに言ってんだ!? 確かにお前は俺を見捨てて逃げたけど、それとこれとは別だ!! お前が真っ先に逃げるってことはヤバいんだろあいつら!?」
「強く賢く集団で獲物を仕留める。正直、私では歯が立たない。だが――」
そう言ってカエサルは腰に携えた剣を抜き、迫りくる『にゃん兵』たちに対して身構える。
「私は騎士だ。民の盾となり剣となるべき存在だ。騎士が困っている人を放って、一人逃げ出すことなど許されないっ!!」
「さっき思いっきり逃げてたけどなっ!!」
俺は容赦なくツッコミを入れる。
「「「にゃあぁああああああっ!!」」」
あと少しで追いつかれる位置に来た『にゃん兵』たち。
その”敵”に対してカエサルは剣を両手で持ち頭の上に掲げる。
「私も騎士の端くれだ。そう簡単にやられるわけがない。食らえっ、『断空破』っ!!」
技を叫び、剣を振り下ろすカエサル。
「お、おおっ!?」
俺はその光景に口から声が洩れる。
振り下ろされた剣から空気を切り裂く衝撃波が光り輝きながら放たれたのだ。
ビルドギアを用いた魔法の技なのだろう。
狙いは『にゃん兵』たち、一直線に『断空破』が向かう。
「「「にゃっ!?」」」
反撃されるとは思わなかった『にゃん兵』たちが戸惑いの声を上げた。
イケる!!
倒せるぞあいつらを!!
「なんだカエサル。やればできるじゃない…………は?」
「「「にゃっ?」」」
放たれた『断空破』は確かに『にゃん兵』たちに向かっていた。
しかし遅い。
高齢者用押し車”(シルバーカー)を押して進むおばあちゃんくらいのスピードで『断空破』はノロノロと向かっていた。
「行けぇっ!! 我が『断空破』っ!!」
カエサルは叫ぶ。
しかし遅い。
まだカエサルと『にゃん兵』の間、半分を進んだくらいであった。
「…………にゃっ」
一匹の『にゃん兵』が手を上げて仲間たちに合図する。
それに応えるように他の『にゃん兵』たちは道を開けるようにしてそれぞれが脇に避けた。
『にゃん兵』たちが自分たちの横をノロノロと進む『断空破』を眺める。
中にはあくびをする者もいた。
『断空破』は『にゃん兵』たちの間を通過し、しばらくすると霧散して消えた。
「……………………」
「「「……………………」」」
「くっ、避けられたか!?」
悔しそうにするカエサル。
「当たるかあんなものっ!!」
俺はツッコミを入れた。
「お前馬鹿だろっ!? どうしたらあんな薄鈍『断空破』があいつらに当たると思ったんだよ!?」
「『急いては事を仕損じる』ということわざに則って撃ったが、駄目だったか…………不覚っ!」
「不覚……じゃねえよ!? なんでそんなことわざに則ったんだよっ!? せめて『飛ぶ鳥を落とす勢い』に則って撃ってくれよ!!」
こいつ、ポンコツ騎士じゃねえか。
「「「にゃあぁああああああっ!!」」」
『にゃん兵』たちが再び声を上げて襲い掛かってくる。
弓を持つ者から矢が放たれた。
「クソっ!? カエサル、その鎧は見掛け倒しじゃないだろ? 俺を守ってくれ!!」
俺はカエサルを盾にする形で敵の矢を凌ごうとする。
「そうだっ! 我が鎧は鋼鉄の守り!! どのような攻撃もこの鎧の前では児戯に等しい!!」
カエサルは手を広げて俺を守ろうと敵に向かって立ちはだかる。
「にゃっ!」
『にゃん兵』の掛け声と共に矢が放たれるが、カエサルの鎧に当たると弾かれるのであった。
「いいぞカエサル!!」
「ふはははぁ!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!」
カエサルは人が変わったように叫んだ。
「にゃ!」
再び『にゃん兵』が叫ぶと、今度は色の違う矢を一本用意して同じように放ってきた。
「馬鹿めっ! 貴様らの攻撃など、矢の種類を変えようが無駄だということがわからんのかっ!?」
カエサルの罵倒を無視して一本の矢が飛んでくる。
また弾かれると思った次の瞬間、なんとカエサルの鎧を貫通して胸に刺さったのだった。
カエサルはその場に倒れた。
「カエサルぅううううううううっ!!」
俺の叫びが空しく響く。
「「「にゃあぁあああああああっ!!」」」
「やったぜ」と歓喜の声を上げるように『にゃん兵』たちは叫んだ。
「くっ、しまった!? これは『防御無効の矢』か……」
カエサルは胸に矢が刺さったものの致命傷ではなかったらしい。
「カエサル、お前、大丈夫なのか!? 胸に刺さってるぞこれ」
俺は倒れたカエサルに駆け寄る。
「ああ…………だがこのままではやられる。ジオン」
カエサルが俺の仮の名前を呼ぶ。
「あと少し、この道を行けば村がある。そこにならこいつらを倒せる人がいる。お前も守ってもらえるはずだ」
「お前……まさか!?」
俺の言葉にカエサルは鎧越しにフッと笑ったような気がした。
「奴らが私を襲う間にきみだけでも逃げろ」
カエサルは自身を囮にして逃げろと言ったのだ。
「馬鹿野郎!! 置いて行けるわけねえだろ!?」
俺はカエサルの提案を拒否する。
「確かにお前は俺の耳元でささやく気持ち悪い奴だし、俺を置いて逃げた臆病者だけど…………あれ? 言ってて何だか置いて逃げてもいい気がしてきたぞ」
俺はやっぱり見捨てて逃げようかという気持ちになってきた。
別にこいつが死んでも悲しい気持ちにはならないような気がしたからだ。
「よしわかった。お前の言う通り、俺は一人で逃げ――」
言ってて俺は服に違和感を感じた。
服の裾を見ると、カエサルが力一杯に掴んでいることに気づく。
「……カエサル、なんだこれは?」
「…………やっぱり死ぬの怖い。せめて一緒に死んでくれ」
カエサルは胸に矢を打たれて倒れた怪我人とは思えないほど力一杯に俺の服の裾を掴んでいた。
「お前ふざけるなよ!? 騎士がどうたらかっこいいこと言ってたくせに最後の最後にこれかよ!?」
「私は騎士になりたかったんだ! でも無理だった。だから勝手に騎士を名乗ることにしたんだ」
「自称騎士(笑)かよお前っ!!」
「自称でも騎士は騎士だ!!」
開き直るカエサル。
クソっ! 少しでも見直そうとした俺が馬鹿だった。
俺とカエサルが言い合っているうちに『にゃん兵』たちが俺たちを取り囲む形で周りに立っていた。
「やばいっ!? 囲まれちまった」
「にゃにゃにゃっ」
不気味な笑みを浮かべてジリジリと距離を詰めてくる『にゃん兵』たち。
万事休すか。
俺は周囲の敵を見回しながら、カエサルに聞いた。
「カエサル、村はここから近いのか、遠いのか、どっちだ?」
「近い。モンスターから見えないように結界で覆われているが、もう目と鼻の先だ」
「クソっ! それなら村に逃げ込んで応援を呼んでおけば、すぐに助かったじゃないか」
馬鹿か俺は!
心の中で悪態をつく。
中途半端にカエサルを気にした結果、二人ともピンチに陥ってしまった。
「ジオン、短い間だったが、きみと出会えて良かった。一緒に死んでくれてありがとう」
「ふざけるな! 俺は死ぬ気はないぞ! なんとしてでも生き延びてやる!!」
そう言って俺はカエサルの剣を無断で取ると剣を構えて『にゃん兵』たちを睨みつけた。
俺が剣を持ったことで『にゃん兵』たちは距離を取るように少し下がった。
先ほど『断空破』を避けたことから奴らも直撃を食らうことだけは避けたいらしい。それなら__
「いったいなにを……?」
カエサルが俺を見て呟く。
「一か八かだ。戦ってやる!! 『断空破』!!」
俺は叫びながら剣を振り被る。
しかし、狙いは『にゃん兵』じゃない。真上に向かって剣を振った。
いきなり技名を言い放って撃てるかわからなかったが、『断空破』は俺の持つ剣から見事放たれてくれた。
「にゃ?」
『にゃん兵』たちが訝しむように見るなか、光り輝く衝撃波が先ほどカエサルが放ったときと同じようにノロノロとした速度で空に向かって放たれる。
夕焼け空から夜の暗さが混じり合った空に『断空破』はよく輝いて見えた。
「うっ! なんだこれ?」
俺は『断空破』を放ち終わると同時に全身が倦怠感に襲われた。
立っているのも辛いくらいだった。
「まずい、いきなり技を発動したからマナ酔いを起こしているんだ!」
カエサルが言う。
俺は立っていられずに剣を地面に刺してその場で膝立ちになる。
「キッツいな……一発でこれか」
「にゃあ……にゃにゃにゃにゃっ!」
『にゃん兵』は俺の放った『断空破』が無駄撃ちに終わったと思ったのか、あざ笑うように鳴き始めた。
「ここまでか……少しは騎士らしい人生を送れたかな」
「いや全然送れてないぞ。怖いから一緒に死んでくれなんて騎士の風上にも置けないだろ」
カエサルが呟き、俺は吐き気を催しつつツッコミを入れた。
「兄様ーっ!? 大丈夫ですかーっ!?」
すると突然、頭上から少女の声が聞こえてきた。
俺は重たい体をどうにか動かして空を見上げる。
『にゃん兵』たちもその声に釣られて全員が上を見た。
そこには紫色の雲の塊に乗った白衣姿の銀髪美少女がいた。
右目に着けた黒い眼帯が特徴的である。
なんだあれ? 紫色の筋〇雲か? どんな原理で飛んでるんだ?
「なんでこんなことに、どういう状況ですか!?」
戸惑う様子で美少女は言う。
兄様ってカエサルのことか?
兄妹揃って美男美女だな。羨ましいっ!
「シィルヴィア!! 来てくれたのか!!」
カエサルが歓喜の声を上げる。
シィルヴィアって名前か。可愛いしちゃんと覚えとこ。
俺は下心を包み隠しつつ、シィルヴィアの様子を窺った。
「兄様、それ胸に矢が刺さってますけど大丈夫なのですか!?」
「心配ない。動けないが急所は避けられた。運が良かった」
「位置的に心臓に刺さってそうだけど、お前の急所ってどこなんだ?」
俺はカエサルの胸に刺さった矢を見ながら、我慢していた疑問をぶつけた。
「心配するな。あんな猫もどきのモンスターに矢で刺されたくらいで死ぬ私ではない。私は日頃から鍛えたおかげで心臓の位置を自由自在に動かせるのだ。よって私に死角はない!!」
「お前のほうがよっぽどモンスターだけどな? 鍛えて心臓の位置変える前に『断空破』の練習しろよ」
言って俺はシィルヴィアに向かって叫んだ。
「シィルヴィアさん!! 助けてくれ!! 『にゃん兵』たちに襲われて俺たち身動きが取れないんだ!!」
「わ、わかりました……なんとか彼らを倒します」
ありがたい。紫色とは言え筋〇雲に乗っているなら強く、清らかな心を持っているに違いない。
助けに来てくれたのが彼女で良かった。
シィルヴィアちゃんに助けを求めると周囲がざわつき始めた。
新たな敵の登場に『にゃん兵』たちは殺気立っている様子だ。
「「「にゃあぁあああああああっ!!」」」
叫び声を上げて『にゃん兵』たちはシィルヴィアちゃんに対して矢を放ち始めた。
「わわわっ!? 撃ってきた!?」
シィルヴィアちゃんは紫色の雲に摑まりながらその攻撃を見事に避けていた。
「頑張ってくれ!! きみだけが頼りなんだ!!」
落ちた剣を拾いつつ彼女にエールを送った。
「そうだぞシィルヴィア。責任重大だ。騎士の妹として自覚を持って戦うんだ!!」
「プレッシャーかけるようなこと言うなよ!? つーか自称騎士だろ!? お前こそ自覚しろよ!!」
寝ながら好き勝手言うなこいつ。
俺が健康でお前が怪我してなかったら、今頃殴り飛ばしてたぞこの野郎。
心のなかで俺はカエサルを罵倒するのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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