12「素材採集」
シィルヴィアによるビルドギア講習を終えてウッチャ村に戻ったあと俺は一人、自室でカエサルのことを考えていた。
「人が変わったように……か」
騎士団の入団テストを経て性格が変わったとシィルヴィアは言っていた。
何があったか本人は話さないようだが、話したくないほどのことが起きたと考えるのが妥当だろう。
それに……少し気になることをシィルヴィアは言っていた。
「兄様は魔法の適性が軒並み低かったようで……唯一使えたのが『断空破』だったようです。以来、そればかり練習
しているみたいでして……」
確かにリズィさんにも他の魔法を練習するように言われていた。
そういえば一度だけ、カエサルが朝に身体を動かしていたところを見たことがあった。
普段から朝晩、身体を動かして鍛えているようである。
そのとき『断空破』の練習はしていなかったが、剣を振る姿はとても綺麗だった。
まるで何かを極めた職人のようであった。
けれど、『にゃん兵』たちを前に逃げ出す人間でもある。
才能がないから入団テストに落ちたのだろうか?
その可能性が高そうな気がした。
「一緒に素材採集か……」
アルバイトで返済を始める前にカエサルに誘われたことを思い出す。
一緒にやる人間が欲しかったのだろうか。
シィルヴィアが普段リズィさんの手伝いに行っているため、誘える人間が俺しかいなかったのもあるしれない。
「……やってみてもいいかもな」
俺はカエサルに声をかけようと部屋を出た。
ーーー
「はっはっはっ! まさかジオンから誘われるとは思わなかったぞ」
ビルドギア講習を終えた翌日、俺とカエサルは二人揃って村の外に出ようと家から広場に向けて歩いていた。
「ビルドギアの練習ついでに素材採集か。それならいくらでも付き合ってやってやろう」
癪な言い方である。
「リズィさんが許可したとはいえ、シィルヴィアにビルドギアの練習何度も付き合ってもらうの悪いからさ。本人が研究の手伝いを楽しそうにしてたのもあったし」
基本的なことは一日である程度教わったため、あとは練習あるのみである。
「それに素材採集に興味があったから、せっかくならカエサルと行こうと思ったんだ」
「流石我が親友。それでこそだ」
誘われたことに気を良くしたのかカエサルの足取りが軽かった。
広場に到着すると俺は最初に『アイテム処ヤソップ』に向かった。
「どうした? まだ何も素材は持っていないのに」
「行く前にヨハンさんから素材について聞きたいことがあるんだ」
「私がいるじゃないか。何でも教えるぞ」
「お前まともに素材持ち帰ったことないんだろ!? 素材の採集方法や取って来てほしい需要のあるものを最初に聞くんだよ!」
「なるほど! ならぜひ聞いてきてくれ」
「お前も一緒に聞くんだよ!?」
俺はカエサルの首根っこを掴んで引きずるのであった。
時刻は午前八時過ぎ。
開店時間は九時であったが、店は既に開いていた。
「いらっしゃい! あれ? なんだジオンとカエサルじゃないか」
店主のヨハンさんが出迎えてくれた。
俺たちは「おはようございます」と挨拶するが、ヨハンさんは俺たちが来たことを意外そうに首を傾げた。
「昨日、一昨日とマメさんのところにいなかったからびっくりしたぞ? 今日はどうしたんだ?」
マメさんのお店である『定食屋くりきんとん』にヨハンさんもお客さんとして来店していた。そのため俺たちが働いていたことを知っているのである。
「今日は素材採集に行こうと思って、ヨハンさんに聞きたいことがあって来ました」
俺が言うと、ヨハンさんは「そうかそうか!」と嬉しそうに言ってくれた。
「実は店の仕入れで切らしていたものがあってな。良かったらそれを取って来てくれないか?」
「任せろ! 私に言えば、例えドラゴンの鱗だろうがマナの結晶だろうがすぐに取って来てやろうぞ!!」
「テキトーなこと抜かすな馬鹿!! あと偉そうにすんな!! お前何も反省してないのかよ!!」
俺はカエサルの兜を脱いだ頭を引っ叩いた。
使えない素材を持ってきていたくせにこの態度である。
「わっはっはっ! いいよジオン。こいつの性格がそう簡単に変わるとは思ってないしな。…………それにジオンが一緒に行くなら、いままでにみたいなことにはならないだろう?」
ヨハンさんが安心したような口ぶりで言う。
期待されちゃってるよ。俺。
「すみません。素材採集が初めてなうえにカエサルもこの調子なんで……収集方法や素材の保存方法とか、良かったら色々教えてほしいです」
期待されたとしても素人である。
俺は申し訳なさそうに言うとヨハンさんは気にする素振りもなく快諾してくれた。
「ああいいぞ! 俺としても素材を売ってくれる人間が増える分にはありがたいからな」
そう言ってヨハンさんはカウンターの下に屈むと何かを取り出した。
「取って来てほしいのがこの『ガメゴンの甲羅』だ」
ゴトリッと大きな音を立ててカウンターのうえに置かれたそれに俺はびっくりする。
なにこれ!?
「デッカッッッ!? モンスターの素材ですか?」
「そうだ。『ガメゴン』って言ってな、亀みたいな見た目の奴だ」
直径五十センチはありそうな楕円形の甲羅であった。
色は黒でめちゃくちゃ重そうである。
「こいつは全部鉄で出来てんだが、とにかく硬くてな。前にカエサルが持って帰って来てくれたことがあったが、錆びの塊みたいな状態で困ったもんだったよ」
ヨハンさんが言うとカエサルは胸を張った。
「ふ……、我が『断空破』の前に現れた絶好の獲物。剣の錆びにしてくれたわ」
「素材ごと駄目にしたんだな……」
俺は呆れて言った。
「急ぎってわけじゃないんだが、もし持ってきてくれたら高値で買い取るよ。基本的なことは教えるから頼まれてくれないか?」
そう言われて俺とカエサルは承諾し、素材採集における基本や『ガメゴン』の特徴、倒し方を教わって店を出た。
ーーー
「『ガメゴン』は村の北側に生息している。普段は山の一部に擬態して過ごすから見つけ辛いが基本大人しいモンスターだ。甲羅は周囲の環境に合わせて色や模様を変えているが、食事するときは甲羅から顔を出すからそれを目印に探してみてくれ」
「って言われてもなぁ……」
俺とカエサルはヨハンさんに言われたことを思い出しながら、村の北側を山に向かって歩いていた。
周囲には草木があるものの、村の南に比べて緑は少なく、山に近付くにつれて岩肌が多く見られるようになった。
「カエサル。前にカエサルが『ガメゴン』を見つけたときはどの辺りにいたんだ?」
「ここから東の辺りだな。丘の下に湖が見えたからもう少し歩いたところだ」
湖とは俺が昨日シィルヴィアによるビルドギア講習を受けた場所のことであった。
「結構歩くな……。キューちゃんに付いてきてもらいたかったよ……」
「だから一緒に鍛錬をしようと言ったんだぞジオン。なのに『疲れてるから勘弁してくれ』なんて、そんなことを言ってからに」
「仕方ないだろ? 実際疲れていたんだから」
実は『定食屋くりきんとん』でアルバイトを始めた頃、一緒に身体を動かそうと俺はカエサルに誘われていた。
しかし、それは断ったのである。
何故ならフルタイムで働きながら、朝晩身体を動かすなど体力のない俺には到底できなかったのだ。
夜は疲れているからと言い、朝もギリギリまで寝ていたかったために俺は身体を動かすことを拒否したのである。
「研究所に行ったときもそうだが、そんなことでは素材採集どころではなくなるぞ。これに懲りて私と一緒に身体を鍛えるんだな」
サムズアップして歯を光らせるカエサル。
体力づくりか~。
この村に来てから気づいたが、俺は体力がなかった。
カエサルとシィルヴィアはいつも元気に動き回る印象だったが、俺はすぐに疲れてしまうことが多い。
記憶を失う前の俺はどうやらインドアな人間だったらしい。
「全く……よくそんなに元気でいられるな」
「はっはっはっ。ジオンが軟弱なのだよ。この軟弱者が」
言いたい放題である。
しかし、事実であるため俺は言い返せなかった。
これから素材採集をやっていくからには本格的に身体を鍛える必要があると俺は考えを改める。
「今日から一緒に身体を動かすよ。これでいいか?」
「ふ……それでこそだ!」
そう言ってカエサルはどんどん先を歩いていく。
「…………肉体労働は苦手だ俺」
俺はヘトヘトになりながらもカエサルのあとを追うように山道を進むのだった。
ーーー
「もう無理だ……一旦休憩しよう……」
「情けないな。お前は」
カエサルが呆れるように俺を見て言った。
いやもう無理だって。
山道キツイって。
喉はカラカラで腹も減ってきた。
俺は持っていた時計を確認する。
村を出てから三時間近く歩き通しだったようだ。
「休憩しよう。とりあえず飯食わないと持たないわ」
「わかった、わかった」
カエサルは言って兜を外した。
背負っていた背嚢から昼食を取り出そうとする。
俺は息を整えたあと、座る場所を探して丁度いい岩を見つける。
腰かけて息を整える。
「ふう。俺も食べるか」
そう言って背負っていた背嚢から水筒と昼食用に買っていた『ベーカリーカリカリ』のパンやサンドイッチを取り出した。
喉を潤したあと、無我夢中にかぶり付いて租借する。
疲れて腹ペコな状態で食べるサンドイッチは極上であった。
超うめえぇ。
「……ぷはーっ、生き返るな」
ようやく人心地付いた気がした。
カエサルもその場に座って同じくサンドイッチを口に頬張る。
「しかし、これだけ探したのに全然見つからないな。私が以前見つけたときは面白いくらいあっさり見つかったのだぞ」
周囲を見渡すが亀らしきものはどこにも見当たらなかった。
「マジでいないな。山に擬態して食事するときには顔を出すってヨハンさんは言ってたけど、まさかこんなにも見つからないなんて」
困ったものだと俺は頭に手を回す。
大変な頼みを聞いてしまったか。
道中、擬態した『ガメゴン』かと思った場所を剣で軽く叩いたり、つついたりしながらここまで来たが、結局見つからなかった。
「急ぎではないとはいえ、こりゃあ時間がかかるな」
「ふ……地味な人助けもまた騎士の常というものだ」
カエサルが何か格好良さげなことを言っているが、こいつの行動原理の行きつく先はNTRである。
見た目はいいが、中身を考えると全て台無しであった。
「またテキトーなこと言って。『ガメゴン』も見つからないし、いったいどこにいるんだか…………あれ?」
「ん? どうしたジオン」
俺は手に持っていた食いかけのパンが減っているような気がした。
「俺の食ってるパン。なんかやけに減りが早い気がする」
「はっはっはっ! なんだジオン。食いしん坊だな。自分の食べたパンの量もわからなくなるほど、がっつくとは」
カエサルが愉快そうに笑う。
「いや違うって。流石に俺もそれぐらいはわかる。まだ一口しか食べてないのにもう半分近く無くなってるんだぞ」
「わかった、わかった」
「クククッ」と笑いを噛み締めるカエサル。
「いや全然わかってないだろ」
するとまた自分の持っているパンが小さくなっていた。
最早四分の一しか残っていない。
「どういうことだよこれは!?」
俺はパンを持ったまま立ち上がる。
「グエェ~」
すると俺の背後から動物の鳴き声のようなものが聞こえた。
俺は背後を振り返る。
座っていた岩の陰から長い首を伸ばした亀のような顔をした巨大生物がそこにいた。
口にはパンのカスのようなものが付着している。
「…………」
「グエェ~」
「あっ! 『ガメゴン』!」
カエサルが指を差して言った。
「……………………お前だったのか。俺のパン食ったのは」
「グエェ~」
のんびりとした声で『ガメゴン』はもう一度鳴いた。




