11「魔法適性率と昔話」
「魔法を発動すると気持ち悪くなると思いますが、これは慣れるしかありません。慣れるとそんなに気にならなくなりますから」
「はーい、先生」
「まずは『断空破』の魔法を繰り返し発動してみてください。兄様のビルドギアで放てたなら、そのビルドギアでも同じように発動できるはずです」
褒められてから身悶え、そして落ち着いたシィルヴィア先生は、俺に『断空破』を放つように指示した。
「キュー!」
「ふふ。キューちゃんも頑張れって言っていますよ」
シィルヴィア先生が身体が小さくなったキューちゃんを抱えて言う。
「ありがとうキューちゃん。そこで見ててくれ」
「キュー!」
俺はキューちゃんにお礼を言うと剣を構える。
「『断空破』っ!!」
湖に向かって剣を振ると、光り輝く衝撃波が放たれた。
しかし遅い。
ノロノロと湖面に映りながら、湖の上を進む『断空破』。
そして放ち終わると、気持ち悪さが残った。
うげー、吐きそう。
「休みながらで大丈夫です。今日一日で全てを教えるわけではありませんので、ゆっくりと行きましょう」
「は~い……」
俺は『断空破』を発動すると仰向けになって休み、動けるようになるとまた『断空破』を放って休む。それを繰り返した。
十回近く繰り返すと、シィルヴィア先生による座学がもう一度始まった。
「はい。ここから先ほど言った魔法の発動内容が変わるといったことを、実際に体験してもらいます」
俺は体育座りで話を聞く。
もちろんキューちゃんも隣で同じように座っていた。
「ジオンさん。母様から『魔法辞典』をもらっていましたよね? それを貸してもらってもいいですか?」
「はい先生! どうぞ!」
俺は言って『魔法辞典』をシィルヴィア先生に手渡した。
先生が本を広げて数ページをパラパラッとめくる。
「いまからジオンさんには、この本に載ってある魔法で気になるものを発動してもらいます」
「先生、どうすればいいですか?」
俺は手を上げて聞いた。
「まずジオンさんにはこの本の中にあるもので、発動してみたいと思う魔法を探してください」
「はい! ありました!」
「えっ? もう決めましたか?」
言われて俺はシィルヴィア先生に該当の魔法が載っているページを示す。
魔法の名前は『雷の御剣』。
その図は雷を纏った剣を持つ人の絵が描かれていた。
俺とカエサルを助けてくれたときにシィルヴィア先生が発動した魔法である。
「先生が格好良く放った魔法を俺も使えるようになりたいです。よろしくお願いします」
「そ、そんなに格好良かったですか?」
照れるシィルヴィア先生だったが、先ほど照れていたためか今度は若干控えめだ。
顔は赤いが、両方の人差し指を合わせるくらいの照れである。
「はい! シィルヴィア先生が助けに来てくれなかったら、俺もカエサルもとっくにやられて今頃死んでいました」
俺は拳を振るって熱弁する。
キューちゃんに乗って駆け付けてくれたシィルヴィアは俺にとって間違いなく救いのヒーローであった。
「俺も魔法が使えるなら、シィルヴィア先生と同じ魔法が使えるようになりたいです!」
俺がそう言うとシィルヴィア先生はだらしなく頬を緩ませ、顔を背ける。
「も、もう……わかりました。では早速……実技に入りましょう……えへ」
「はい!」
「キュー!」
俺とキューちゃんで元気よく返事をする。
照れたままの状態でシィルヴィア先生は説明を始めるが、一度咳払いすると調子を取り戻したように普通の口調に戻っってしまった。
ああ、デレデレタイムが終わっちゃった。
「コホンッ。まずはビルドギアを湖に構えてください。そのあと発動したい魔法の名前を『断空破』と同じ要領で発動してみてください」
「はい! 『雷の御剣』っ!!」
俺は剣を振る…………しかし何も起こらなかった。
「……先生! 何も起きません」
「はい、見てましたよ。大丈夫です」
シィルヴィア先生が俺の近くに来て説明してくれる。
「このように自分が使える魔法は試すまでわからないんです。でも大丈夫。このビルドギアを使い続けると、発動できるようになる日が来るかもしれません」
「本当ですか、先生?」
俺が聞くとシィルヴィア先生は顔を背けて「えっと……あくまで可能性です」と言った。
「自分に適性のある魔法はすぐに使えるのですが、適正率が低い場合、同じビルドコアで何度も同じ魔法を使うことで使用者の魔法適性率を上げることができます。これが魔法の発動内容が変わると言った意味です」
そう言うとシィルヴィア先生は俺から離れてグローブを着けたまま手を構えた。
「『雷の御剣』っ!」
すると一本の剣が目の前に出現した。
シィルヴィア先生はそれを直接持って俺に見せてくれた。
「この『雷の御剣』という魔法ですが、私は適性が高い状態から繰り返し発動し、いまでは自由自在と言っていいほど使えるようになりました。以前『にゃん兵』と戦ったときには複数の剣を同時に生成して放ちました。そのことは覚えていますか?」
「はい! もちろんです」
忘れるはずがない。
キューちゃんに乗った状態で目の前にある紫電を帯びた剣を『にゃん兵』たちに向けて発動したのである。
しかも手に持たずに複数の剣を操っていた。
本当に格好良かったですよ。先生。
「本来『雷の御剣』という魔法は剣のビルドギアで発動する魔法なんですが、私は剣ではなく、この手袋で発動することが出来るようになりました。このように魔法適性率を上げると、本来の魔法の形から逸脱した変化を遂げて発動することも可能なんです」
そう言ってシィルヴィア先生は持っていた『雷の御剣』を消した。
任意で消したのか。
本当に自由自在である。
「魔法適性率と言いましたが、これが上がるかどうかは人ぞれぞれ運次第です。全く適正がない場合、何度同じ魔法を発動しようとしても一向に使えないこともありますので、注意してください」
そう言うとシィルヴィア先生はキューちゃんに声をかける。
「キューちゃん。そろそろお昼にしますから、あっちに置いたお弁当のバッグを持ってきてもらってもいいですか?」
「キュー!」
シィルヴィア先生の指示を聞いたキューちゃんが脇に置いてあったバッグを取りに行った。
そうか。もう昼頃か。
「午前の授業はここまでとします。お昼を食べましょうね」
「はーい。ありがとうございました。先生」
俺は剣を鞘に納めると、シィルヴィアと共にキューちゃんが持ってきてくれるのを待つのだった。
ーーー
「ちょっと急ぎ足でしたけど、大丈夫でしたか?」
おにぎりを手に持ちながらシィルヴィアが講習について聞いてきた。
俺とシィルヴィアとキューちゃんの三人はシィルヴィアが作ってくれたお弁当を広げ昼食を取っている最中である。
俺は卵焼きを咀嚼して飲み込むと首を振った。
「……いや、そんなことないよ。わからないことがある度にちゃんと答えてくれたし、一つずつ丁寧に教えてくれたから理解しやすかったよ。ねえキューちゃん」
「キュー! キュー!」
キューちゃんもお弁当のキュウリの漬物を箸で持ちながら頷く。
丁寧に雲の一部で箸を扱うキューちゃん。
器用だね。
「それなら良かったです。兄様に教わったことをちゃんと教えられるか少々不安だったので……」
「カエサルから教わった? シィルヴィアが?」
「はい。兄様は私の先生でもありますから」
意外である。
騎士がどうとか言いながらテキトーな言動しかしないあいつが、シィルヴィアの先生だなんて。
「子供の頃、私や兄様はウッチャ村とは別の村で暮らしていまして……母様とも別々に暮らしてたので、兄様が親代わりみたいに面倒を見てくれたのです」
「マジかよ……」
「いまの兄様からは想像できないと思いますが……」
シィルヴィアも話していて苦笑いである。
嘘じゃないよな? 本当だよな?
「兄様があんな風になったのは、恐らく騎士団の入団テストに落ちたからだと思うんです」
「そういえば騎士になれなかったって言ってたな」
子供の頃に女騎士に助けられて、その人に憧れて騎士になったとか。
「目指した理由が下心満々だったけど……」
好きな相手は既に結婚していると言っていた。
だが、だからと言ってNTRしようとするなんて言語道断である。
破滅の道しかないのに。
「昔の兄様は凄く真面目で、とても誠実な人柄でした」
シィルヴィアは言う。
騎士団に入団しようとした前と後で人柄がだいぶ変わったと。
「入団テストでどんなことがあったか聞いてもはぐらかされてばかりで…………恐らく兄様の性格を変えるような、辛い何かがあったのではないかと思いまして」
「性格が変わったというより本音を出すようになったとかじゃなくて? 羽目を外すようなことがあったとか」
少なくともいまのカエサルはよくも悪くも根が素直な奴だと俺は思う。
俺の言葉に「それもあるかもしれませんね」とシィルヴィアは言った。
「子供の頃の兄様は、私の面倒を見ようと無理をしていたかもしれません。騎士になりたいきっかけも……大元を辿ると私が原因なんです」
気まずそうにシィルヴィアが言う。
「シィルヴィアが? どういうこと?」
シィルヴィアは言うのを躊躇したのか、一度口を閉ざしてしまうが、何かを振り切るような表情で話し始める。
「私……とある理由で生まれ故郷の子供たちにいじめられていました」
「シィルヴィアが? なんでまたそんなことに…………」
俺が聞くとシィルヴィアは悲しそうな顔で首を振った。
「原因は色々あったと思います。あまり裕福な家ではありませんでしたし、私自身、暗い性格ではありましたから……」
シィルヴィアが暗い?
んな馬鹿な。
「暗くなんかない。俺、シィルヴィアと今日まで一緒に過ごしてそんなふうに思ったこと一度もないよ。明るくて何でも一生懸命頑張っているいい子だと俺は思ってるし」
「ふふふ。ありがとうございます」
お礼を言って微笑むシィルヴィア。
いつもならもう少し照れていると思うが過去のいじめの話のためか、そういう気持ちにはならないようだった。
「ある日、私が大切にしていた人形をいじめっ子たちが森に捨ててきたと言ったんです。それを聞いた兄様が探しに行ってくれて――」
森にシィルヴィアの人形を探しに行ったカエサル。
しかし、そこはモンスターの縄張りだったらしい。
そこをカエサル憧れの女騎士に助けられたそうだ。
「結局、人形は別の場所に隠されていただけで、兄様を危険な目に遭わせてしまいました」
「シィルヴィアは何も悪くないよ。いじめっ子たちだよ。酷い奴らだな、そいつら」
俺は顔に力を込めて怒りを露わにする。
いまの俺はしわくちゃになった怒りの化身だった。
「…………そうですね。そのとおりですね」
そう言ってシィルヴィアは視線を落とした。
弁当を食べ終わったキューちゃんが心配そうにシィルヴィアの隣に座る。
「キューキュー」
「ふふ。大丈夫ですよ私は。ありがとうキューちゃん」
なんて言っているのかわからないが、キューちゃんも慰めるようなことを言っているのだろう。
「兄様は私が成人するのを待ってから騎士団に入団しようと村を出ました。恐らく兄様自身は成人したらすぐに入団試験を受けたいと思っていたかもしれません。ですが、私が成人するのを待ってから村を出たんです」
いじめられていたというシィルヴィアを心配して、自身の夢を後回しにしたということか。
「その結果がいまの兄様だとわかったとき、私は何も言えませんでした。入団テストに落ちたあと、兄様は母様を頼ってこのウッチャ村に移り住みました。それに合わせて私も一緒に暮らそうとここに越してきたんです」
「そっか。そんなことがあったんだ」
普段カエサルが何かをやらかしたとき、気まずそうにシィルヴィアはしても、決して騎士を名乗ることやカエサルの気持ちを否定するようなことは一度も口にしなかった。
シィルヴィアの口ぶりから、自身のせいでカエサルが成人してすぐ騎士団の入団テストに行けなかったことを負い目に感じているようであった。
「この村に来て、母様がやっている研究を知った私は研究助手としてありがたいことに働かせていただいています。でも兄様は身の振り方に色々と迷っているようで…………結果として村の人たちに迷惑をお掛けしてしまいました」
シィルヴィアは言って俺に頭を下げる。
「シィルヴィア?」
「ジオンさん。改めてありがとうございました。兄様に村の人たちと和解するきっかけを作ってくれて」
カエサルが村の各お店でやらかしたことを言っているらしい。
「シィルヴィア。それについてはシィルヴィアは気にすることないよ。俺があいつにちゃんとしてほしいと思って付き合っただけだし。それに前にも言ったけど、あいつ自身が変わろうと頑張った結果だしね」
カエサルに村の人たちを紹介すると言われて最初は門前払いを食らったが、いまでは普通にみんな接してくれている。
経緯はどうあれ、村の人たちに俺を知ってもらえるきっかけをカエサルは作ってくれた。
「いえ。本当は一緒に暮らしている私や母様が兄様とちゃんと向き合わないといけなかったのにそうしなかった。だから、感謝してもしきれないくらいなんです」
シィルヴィアはそう言って俺を見た。
その目に熱を帯びているような気がしてドキドキしてしまう。
なにこれ!? 告白の流れ来た!?
「だからこれからも、出来る限りでいいので兄様と仲良くしてあげてください」
「えっ、あ、うん。そ、そうだね」
勘違いだったわ。
そりゃそうだ。
その後、俺たちは弁当を全て平らげて、午後の講習を始めるのだった。




