11-02:エアーズロックで決戦だ
十分後、彼らは次のようなリストを作り上げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
作戦会議=地図、筆記用具、机、計算器、懐中電灯、隊員名簿
戦闘班……メガホン、手提げ袋、作業用手袋、小石多量
救護班……食料、水三日分、医薬品、長さ二メートルの棒数本、板数枚、毛布数枚、ドラム缶
見張り……双眼鏡、地図、懐中電灯
監 守……ロープ、拳銃
信号手……双眼鏡、鏡、懐中電灯、手袋
別働隊……ジープ、ライフル銃、現金、信号手用装備一式
その他……個人用食器、防寒具、寝具
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
戦闘班の手提げ袋は小石を運ぶため、救護班の棒と毛布と板とドラム缶は、岩山の上にトイレを仮設するための資材である。彼らは岩山で最低二日は頑張るつもりでいた。
この作業が終わると彼らはツギオ、ワイプルダンヤ、シロ―の三人を残してサロンに向かった。二十分後、エレンが一人で戻ってきた。
「サロンにいた全員が一緒に行くと言って、もう皆装備の調達に動いてるわよ」
彼女は手に持っていた参加者リストを広げた。
「それにカミーユが何か手伝いたいって言い張ってるの。お母さんと一緒にいなさいって言ったんだけど」
「承知しないんだね」
「ええ……」
ワイプルダンヤは暫く考えていたが、本隊に“お祈り係”を追加することにした。全員の無事と作戦の成功をお祈りするのがカミーユの役目となり、乗客の一人から借りた聖書が装備に追加された。四人はそれから手早く次の表を作り上げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本隊(二十九人)隊長ワイプルダンヤ☆
戦闘班
A班 班長ツギオ☆、パティ、ガス、アンディ、ケイト
B班 班長ひげのブルース☆、モード、バジル、ドン、ケン
C班 班長ヤンキー・ドン☆、カボチャのブルース、レッド、ローズ、ハリー
見張り シロ―☆、フランソワ
救護班 班長ライケン夫人☆、バート☆、ジェーン、リンダ、アリス
監 守 ハガサ☆、ジュリア
伝 令 エレン、シモーヌ
信号手 ハインツ
お祈り係 カミーユ
別働隊(三人)
ライケン氏、スージー、デニス
☆印は作戦会議構成員
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
救護班の責任者はライケン夫人に変更された。バートが怪我人や病人が出た時には、その治療に専念したいと言い出したからだった。
午前四時、本隊の戦闘準備は整った。A地点には次雄指揮下のA班が、各々小石をびっしり詰めた手提げ袋を持って張り切っていた。狭い登山ルートは五人が横に並ぶともうそれでいっぱいになった。
「ガス、もう二、三歩下がってくれ」
下から登って来たワイプルダンヤが声をかけた。
「こうかい、ワイプ」
「もう少しだ……よおし、そこに何かで印を付けてくれ、そこまで退けば下からは見えない。つまりそこから先が安全地帯だ」
彼はそう言うとA地点に登って来た。
「僕は今、途中の鎖にハンカチを二枚結んで来たんだ。赤いのと黄色いのだけど。赤い方はここから百メートルのところ、これより近付けるとA地点は拳銃の射程内に入る。黄色い方は二百メートルのところ、こんなところからなら撃ちたいだけ撃たせたって大したことない」
A班の戦意は天を突く勢いだった。フットボール選手のアンディは腕をぐるぐる回しながら念を押した。
「奴らをやっちまっても正当防衛になるってのは本当だろうな、そういうことなら張り切らなきゃならねえもんな」
「大丈夫だよアンディ、安心して動いてくれ」
ワイプルダンヤが彼の肩を叩いた。
B地点には小石がうず高く積み上げられ、傍らには机が置かれていた。その机の近くには毛布とロープを巧みに使って庇風のものが作られていた。これはC地点にも作られていたが、強い日差しを避けて日陰を作るためのものだった。C地点では朝食の準備が始まり、やや離れた地点では後ろ手に縛られたティキが所在無げに空を見上げていた。
夜明け、戦闘班の見守る西斜面の遥か彼方の地平線上で、オルガ山が赤く輝いた。
ライケン氏たち四人は本隊からやや遅れてキャンプ場を出ようとした。すると、ジープのエンジン音を聞きつけて、テントの間からヒゲなしが出て来た。
「待って待って。僕も連れて行って下さい」
「おやブルース君、君はバスに残るんじゃなかったのかな」
と運転席のライケン氏。
「最初はそのつもりでした。だってあんまり無茶な話だったものですから。相手は拳銃を持った四十人のギャングだっていうんでしょう。しかもこっちには何もないなんて。その、ライケンさんの友だちがどんな知恵者か知りませんが、素手で一体何が出来るっていうんです。それで僕は砂漠へ逃げようって言ったんですよ」
「そんだばなして気い変えただ」
赤帽デニスがヒゲなしに席を空けながら言った。
「気がついたら残ってるのは僕一人なんだよ。これはどう考えても変だよ」
ジープが走りだした。ハンドルを握るライケン氏が尋ねた。
「バートンさんたちはどうしました?」
「三時間も前に車を拾ってアリススプリングスの方へ帰ってしまいましたよ」
ライケン氏は要領よく彼らの作戦を説明した。
「ジーザス! 凄い!」
「それでは君は私たちと一緒に戦う気はあるんだね」
「その話を聞いてはっきり決めました」
「ただ一つだけ、確認しておきたいことがあるんだけど」
「何でしょうか」
「君の褒めてくれたこの作戦は、ツギオサンたちの発案なんだ。私たちと一緒に戦うということは、同時に彼のために戦うということにもなるんだ。この点は他の人たちにも確認したんだけど、君には一層その必要があるかも知れないと思ってね」
最後の部分には皮肉も加わっているようだった。
「嫌だなあ、ライケンさんまでそんな風に考えているなんて。……でも今はそんなことを言ってる場合じゃないんでしょう」
車はレンジャー事務所の前に停まった。ライケン氏は手短に事態を説明して協力を要請した。レンジャーは半開きのドアの内側で眠そうに眼を擦りながら聞いていたが、
「一体何の証拠があるというんだね。誘拐事件と言ったって何も連絡を受けていないよ。第一そのティキという男は何処にいるんだい。なぜすぐに警察に引き渡さないんだ。警察だって何の証拠もなしにそんなべらぼうな話、取り合ってくれるかどうか。まあ、そこまで言うんだから連絡はしとくさ。真夜中にこんな馬鹿なことを言って来たひょうきん者がいたってね」
灯の消えたレンジャー事務所を後に、ジープは飛行場を目指した。この飛行場にある一機の観光用セスナをこちら側で抑えるかどうかが、エアーズロックに陣取る連中の安全に重大な係わりがあった。
「連中怖気付いたんじゃねえのかい。全然姿を見せねえじゃねえか」
毛布製の急造テントの日陰で、ガスが大欠伸をした。太陽は頭上にあった。戦闘班はワイプルダンヤとエレンを残し、全員B地点に後退し昼寝を決め込んでいた。
「ツギオ、ちょっと聞いてもいい?」
足音を忍ばせてB地点にやって来たカミーユは、ショートパンツのポケットからノートの切れ端に書きつけた隊員名簿を取り出し、彼の横に足を投げ出して座った。
「はい、質問なんですか」
「ツギオは仏教徒?」
「なぜその質問を」
「私、皆の代わりにお祈りする係でしょ。それで考えたの。ツギオやシローやワイプルダンヤはどうやってお祈りするんだろうなって」
「ワイプルダンヤとシロ―、どう答えましたか」
「ワイプルダンヤは虹の蛇やクナピピを信じてるって。クナピピって大地の母って意味」
彼女は名簿を読みながら答えた。
「シロ―は?」
「仏教徒だったかも知れないって」
カミーユは割り切れない顔つきで言った。
「私の答え、シロ―と同じです。あなたの言葉使って、あなたの方法使って祈って下さい」
カミーユはその表情に怪訝さを残したまま、名簿を丁寧に畳んでポケットにしまった。
一時間後、一台の乗用車が登山口の下に停まった。車から降りた男は双眼鏡を取り出し、頂上を窺っていた。ワイプルダンヤは慌てて首を引っ込め、エレンにもそうするように言った。やがて男は車に乗ると北へ向かった。
三十分後、フランソワがA地点のワイプルダンヤにシロ―の伝言を持って来た。
「東で動きが出て来ました。乗用車に二人ずつ分乗して何台も四方に散っています。そのうち一台はこっちに来ましたが」
「それなら見たよ。双眼鏡でこっちの様子を窺っていたようだ」
「彼ら、飛行場の方へ行きましたよ」
「飛行機を使うつもりかしら」
エレンが不安を隠しきれずに言った。
「今は僕らを探しているだけだろう」
「それじゃあ何故私たち隠れているの。どうせいつかは見つかるんだし、早い方がいいと思うんだけど。だって、皆が疲れ切ってからよりもそのほうが良くないかしら」
「相手のことを考えると、そうはいかないんだ。もし僕らが岩山の上からおいでおいでをしていたら、彼らはどう考えるだろう。こっちに何か備えがあると思うよね。そうすると最初の一撃で彼らを震え上がらせるチャンスをみすみす失うことになってしまう。だから僕らは発見されるにしても、血迷って岩山のてっぺんに逃げ隠れしている臆病者だと思われてなきゃいけないんだよ」
真夏の太陽が容赦なく照りつける下で、不気味な静寂が続いた。飛行場へ行った乗用車は一時間後に戻った。車から降りた二人の男は、登山口の方へ歩いて来た。
「エレン、仕事が出来たよ。急いでハガサのところへ行ってピストルを借りてきてくれないか。それからA班を起こして、ここへ来るようにって」
エレンは無言で頷くとB地点に降りて行った。
男たちは登山ルートに付設されている鎖につかまりながらA地点に向かい始めた。鎖は転落防止のためのもので、比較的勾配の緩やかなところには付設されていない。そんな場所では男たちは殆んど四つん這いになって登っていた。
このスロープではシーズン中に何件も転落事故が起こる。一度足を滑らせたが最後、鎖につかまるか、それを支えている支柱に引っ掛かるかしない限り、途中で止まることは不可能に近い。
岩の表面はこの岩山が誕生して以来、何万回、何億回あったか分からない砂嵐のため、サンドペーパーをかけたようになっている。
男たちがようよう中腹にかかった頃、エレンが戻ってきた。
「私たちの手並み、見物して下さい」
ツギオは安全地帯から匍匐前進し、そのまま下を窺った。
A地点までの最後の五十メートルはなぜか鎖が付設されていないが、このスロープのうち最も勾配のきつい所で、実際には四十度あるかどうかなのだが、正面から見ると五十度にも六十度にも感じられる。二人の男はこの急勾配の下で十分ほど休息した後、意を決したように登り始めた。もちろん四つん這いで。やがてA地点で待ち伏せるツギオたちにも二人の荒い息遣いが聞き取れる程に接近した。ツギオはガスにウインクすると立ち上がって叫んだ。
「止まりなさい! 静かにしなさい!」
彼の右手にはティキから取り上げた拳銃が鈍い光を放っていた。
ガスとアンディは素早く飛び出すと、男たちの腕を捩じ上げて安全地帯に連れて来た。二人の男はバックとフラッシュと名乗った。バックは淀んだ眼をした筋肉質の男、フラッシュは狡猾そうな目の良く動く痩せっぽちだった。
「フラッシュだって、それにしちゃおめえ、根の暗そうなツラしてるじゃねえか」
アンディはそう言いながら男の懐からピストルとナイフを抜き取った。
「なんだ、ハジキも持っちゃいねえのか。お前さんそんな下っ端かい」
アンディに倣ってバックのボディタッチをしていたガスが、落胆して毒づいた。やがて後ろ手に縛られた二人は、エレンに護送されてC地点に向かった。




