11-03:エアーズロックで決戦だ
A地点に静寂が戻った時、ガスがワイプルダンヤに言った。
「おいら、これから下まで行って来ちゃいけねえかい」
「下までって、彼らの車に?」
「そうだよ、まだ車の中にゃ色々入ってると思うんだ。足に覚えのあるのが他に二人もいりゃ、三十分で奴らの車を空っぽにして帰って来られるさ」
「条件が二つある。第一は拳銃を持って行くこと、第二に危険が迫ったら上から石を投げて合図するから、そうしたら何をやっていてもすぐに戻って来ること。いいね」
時を移さず戦闘班から足に覚えのある二人が選ばれた。ツギオとヒゲのブルースである。ガスは出発前に腕時計をワイプルダンヤに預けた。針は三時二十五分を指していた。
「おいらが戻った時にこの時計が四時を一秒でも回っていたら、今夜の晩飯はいらないぜ」
彼はそう言い置くとスロープを下って行った。ツギオがそれに続いた。
「俺の制限時間は四時一分過ぎにしといてくれよ。何しろこういうものを担いでいるんだからさ」
最後にヒゲが空のパイプザックを背に、ほとんど走るように二人に続いた。
坂を下り切る寸前の所、坂に向かって左側に高さ六、七メートルの大岩が三個転がっている。そこでガスが見張りに残った。彼はその大岩に背を凭せ掛け、A地点に向かって大きく手を振った。
エレンがフラッシュとバックの護送を終え、B地点に戻った時、そこには今までになく張り詰めた空気が漂っていた。A地点には既にヒゲのブルースをリーダーとするB班が登っているのだが、小石の補給に回ったC班は勿論のこと、目下休息中のA班までもが腰を浮かせてA地点を見上げているのだ。
「ツギオ、始まったのね」
「今、下にバス三台あります。中にお馴染みのAB社のバスあります」
「昨日の晩に逃げ出した筈なのに、途中で捕まっちゃったのね」
エレンは上体を屈めてA地点に登って行った。下ではバスから降りた男たちがバックとフラッシュの車の前で何か話し合っていた。
「ワイプルダンヤ、あれが例の連中なの?」
エレンはワイプルダンヤの耳元で囁いた。
「まだそんな小さな声じゃなくても大丈夫さ。でも頭は上げないようにね」
「間違いなく一味なのね」
エレンは体の震えを堪えていた。
「奴ら、ズボンのベルトにピストルを挿しているんだ。警官ならそんなことしないからね」
ワイプルダンヤは首から下げた双眼鏡を叩いて見せた。
「それから、シモーヌに連絡に行って貰ったよ、ハインツのところへ」
「分かったわ。ハガサの方は順調よ。バックったら調子に乗ってハガサを脅してたわ。スマート一家はティキが何か喋る前に私たちを皆殺しにする気だって」
下では五人の男たちがスロープを登り始めた。
「救護班を呼んでおきましょうか」
「念のためにそうしておこうか。今のところそんな事態にはならないだろうけど」
五人の男たちは鎖につかまり、あるいは四つん這いになって、途中四回の休憩をはさみ、一時間後に黄色いハンカチのところに辿り着いた。
「焦るな、もっと引きつけるんだ」
ヒゲが勇み立つB班を制していた。男たちは赤いハンカチのところまで来ると、ひと息入れて汗を拭いた。
「よし、今だ」
ヒゲの号令に他の四人が一斉に立ち上がり、手提げ袋にいっぱいの小石を一気に前に投げ出した。小石はぶつかり合い、はじけ合い、大きな音を立てながらスロープを雪崩れ落ちた。
男たちは一瞬何が起きたのか理解出来なかったようだが、事態の深刻さを思い知らされるのに時間は要らなかった。たちまち一人の男が膝を抱えて屈みこみ、同時に坂から転がり落ちた。男は必死で何かにつかまろうとしていたが、平らな岩肌には爪を立てる所すらなく、悲鳴とも呻きともつかない声とともに百メートルほども転げ落ち、鎖を支える柱に激しく右肩をぶつけて大きく弾むと、そのまま下まで落ちて行った。
「おおい、大丈夫か」
振り向いた男も額から血を流していた。この一撃で傷を負わなかったのはダンディ一人きりだった。傷を負った男たちは顔色を失い、その場に座り込んでしまった。なかにはA地点に顔を向けたまま後退を始める者までいた。
「馬鹿野郎、逃げるんじゃねえ、逃げた野郎はこの場で俺がぶち殺してやる」
ダンディは体勢を立て直すとA地点に向けてピストルを乱射した。しかしそのダンディも何度目かの投石の時、右肩に握りこぶし大の石の直撃を受けてしまった。彼のピストルはその拍子に彼の右手を離れてスロープを滑り落ちた。鉄と石とが擦れ合う乾燥した音が長く尾を引いて消えた。
この時北方から一機のセスナが上空に飛来した。セスナは低空で何回も岩山を掠め、逃げ回るティキに執拗な銃撃を浴びせて東に飛び去った。
騒ぎが一段落した頃、エアーズロックの頂上から一人の男がA地点に下りて来た。彼は回りの殺気だった様子に眉をしかめて言った。
「あんたたち、一体ここで何をやってるのかね」
「見て分からない?」
ヒゲの妻のモードが小石をひとつスロープに投げた。小石は大きく弾みながら斜面を落ちて行った。
「そんなことは分かってるさ。あんたたち、そんなことをやって、私に何か恨みでもあるのかね」
「おじさんに恨みなんて、だって私たち、おじさんがどこの誰かも知らないもの」
「私はこの上で記念のバッジやTシャツを売っている者だがね。それがどうだ、今日に限って人っ子一人来ないじゃないか。妙なことがあるものだと思って来てみりゃこの有様、お客が来ないのも道理だよ、あんたたちがこんな悪さをしてたんじゃな。良いことと悪いことの区別がつかない年でもなかろうに。ほら下に来ているお客さんも困ってるじゃないか」
「おじさん、これ遊びなんかじゃないのよ。私たち真剣なんだから」
「とにかくその石をこっちによこしなさい、とんでもないことにならないうちに。すぐ下に行ってあそこのお客さんたちに言って来なけりゃ。それに警察にも連絡してあんたたちを捕まえて貰うからね「下へ行くつもりかい。よした方がいいと思うけどね」
ヒゲが傍らから言った。
「あの連中はただの観光客じゃないんだぜ。俺たちは、奴らにつかまるのが怖くてこうしているってのが事の真相なんだから」
「そんなことあるもんか。だってたった今、無線で連絡したんだよ、レンジャー事務所にね。そしたら下界は何の異常もないってさ、異常なのはあんたたちだけだよ」
男はそう捨て台詞を残し、慣れた足取りでスロープを下り始めた。彼が下り着いた時、バスの陰から二、三人の男が飛び出して、暴れる男を殴りつけるとAB社の観光バスの中に強引に引きずりこんでしまった。




