10-02:ティキ、助けに来たぞ!
焚火のところではティキに替わってフランクがツギオに問い質していた。
「あれ、クーパーピディにあります。あなたたちAB社のバス追いかけていた時、そこに隠して来ました」
「クーパーピディつうと……」
「鉱山町、オパールの。その鉱山の廃坑にあります」
「手の込んだことをやるだなあ」
「本当言うと、手、もっと込んでいます」
「そいつを聞かして貰うべえ」
「私の知っていること、廃坑の入口までです。その先はワイプルダンヤ知ってます」
「そいじゃ、そのワイプル何とかつう奴なら分かるだな」
「いいえ違います。彼その廃坑のある場所どこ、知りません」
「馬鹿こかねえもんだ、そったら訳分かんねえ話」
「私、ワイプルダンヤに目隠ししました。そして、廃坑の入口まで連れて行きました。ワイプルダンヤ、そこから一人で埋めて来ました。クスリ、金庫に入っています。バクダン付きの金庫。金庫の鍵、別の男が持ってます。シロ―いう男。そして、クスリの買い手知ってる人、ライケンさんだけね」
フランクは横を向いて唾を吐いた。この時、ティキのしゃがんだあたりでフクロウの鳴き声がした。それを合図にしてティキの車から火の手が上がった。ワイプルダンヤはティキの前に飛び出して懐中電灯の光をティキの顔にあてた。今まさに奮戦? を開始したばかりの彼は腰を浮かせかけたが、慌ててシャツで前を隠しへたり込んでしまった。ワイプルダンヤは素早く拳銃を取り上げると後ろに回り激しく背中を突いた。
そして、闇の中からライケン氏の声。
「ティキ、カミーユ、助けに来たぞ!」
我に返ってティキの後を追おうとするフランクに、闇の中から一発、二発、ピストルが発射された。フランクも応射するのだが、彼の敵は闇の中、それに引き換えフランクの姿は燃え上がる車の炎のためにシルエットになってくっきり見えていた。彼は地面に腹這いになってはみたものの、そこから一歩も動けなかった。
「腹は減ってないかい。安心した途端に、夕食をまだ食べてないことを思い出したよ」
シロ―が、ハンドルを握るワイプルダンヤに話しかけた。
「それなら、君の座っているあたりに手提げ袋があるだろう。その中に色々入ってるよ」
「ああこれ? どうしたんだ」
「さっき奴の車を燃やす時、ライフル銃と一緒に持ち出しておいたんだ。フランクの奴、明日の朝は大変だと思うよ」
「みんな持って来ちゃったの」
「みんなは持てなかったけど、残った分は地面にぶちまけて踏みつぶして来た」
エアーズロックでライケン父娘を降ろし、彼らは北に進路を変えた。オフロードを三時間も走ると、夜目にもはっきりと真っ白な大地が見えて来た。
「アマティウス湖だよ。と言っても水はないけど。あの白いのは塩さ」
皆は湖畔で遅い夕食をとった。食事の間中ティキはざらざらの塩の上にぐるぐる巻きのまま転がされていた。
三人は三十分掛けて人が立って入れる程の穴を掘り上げた。それからティキをその穴に放り込むと首から上を出してすっかり穴を埋め戻した。
「あにするだ。堪えてくらっせえよう、ワシ腹下してるだ。こったらことされたら雪隠にも行けねえだァに」
ティキは半分泣き声で言った。
「駄目だよ、君の知ってることを全部白状するまでは。僕ら手荒な真似は好きじゃないけど、陰険さじゃ負けないつもりさ。覚悟しとくんだね」
ワイプルダンヤは冷たく言い放ち、ティキの首の回りの砂を踏み固めた。
翌朝十時、食料の買い出しがてらエアーズロックの偵察に行っていたシロ―が戻って来た。
「どう、ティキは何か吐いたかい」
「それがさ、どうも今までのやり方では手ぬるいらしくて……食事が終わったら何かうまいやり方を考えないと」
ワイプルダンヤの言葉に、ティキは寝不足の真っ赤な目を剥いた。
「ティキ、君も腹が減ったろう」
自分たちの食事が終わるとワイプルダンヤはグラスに牛乳を注いでティキのところへ持って行った。
「ただし十分って訳にはいかないよ。君の分は牛乳だけだ」
ティキは力なく口を開けた。
「でも下痢に牛乳は禁物じゃなかったかな。そうか、喉が渇いてるんだよね。それじゃやっぱり飲まないと」
ティキは声もなくワイプルダンヤの靴を睨んだ。
「ところで、僕は下痢止めの薬を持ってるんだ。ツギオが国を出る時、救急薬として持って来たトマバ―ルという日本の薬なんだけど。勿論ただであげる訳にはいかないよ」
ティキは目を閉じて首を振った。ワイプルダンヤはズボンのポケットからポリエチレンの袋に入った白い粉を取り出した。
「なんだそりゃ、トマ何とかだかね」
ティキはかすれ声で言った。
「甘いよティキ、これは下剤さ。さっきシロ―が買って来たんだ。今のところ君が下痢をしてるというのは僕らにとって好都合なんでね。分からない? 仮に僕らが君を責め殺しちゃったとするよね、それであんたの汚らしい屍がうまい具合に鷲の胃袋にでも納まってくれればハッピーエンドだけど、誰かに見付けられたりすると司法解剖になるだろ。ところで君の死因が激しい下痢による脱水症状ってことだったらどうだろう。君が下痢をしてたことはフランクだって知っていた、だから僕たちはこの手で行くことにした訳さ。それで君がいよいよいけないってことになっら、腐った牛乳と一緒に何処か適当な場所に放り出しておくのさ」
ワイプルダンヤは下剤を牛乳の中に入れて、人差し指でかき回した。
「手遅れにならないうちに腹を決めとくれよ」
彼はティキの鼻をつまんだ。苦しがって開いた口から下剤入りの牛乳が流し込まれた。
午後遅く、エアーズロックをかすめて一機の軽飛行機が渡来した。いち早く気付いたワイプルダンヤは、ジープをティキの頭の上に移動させた。ワイプルダンヤをジープの運転席に残して、他の二人は車の下に滑り込んだ。軽飛行機は低空で何度もジープの回りを旋回した。ワイプルダンヤは煙草をふかしながら愛想良く手を振った。
「どうやら勝負はこっちのもんだ。おめえらの運もこれまでよ」
ティキは急に元気を取り戻した。
一行は出発の準備にかかった。ティキに言われるまでもなく、ここには危機が迫っている。彼らは最後の勝負を賭ける時が来たと判断し、エアーズロックに戻ってウルル・モーテルに部屋を取った。
「おめえら、ここらでワシにおべっか使っておいた方が良くねえべか。そうすりゃ親分に命乞いしてやんねえもんでもねえ」
「そうかい、それは御親切に」
ワイプルダンヤは今日四度目の腐れ牛乳をティキの口に流し込んだ。
「これが僕らの答えだ。君の立場は昨日からちっとも良くなっていないんだよ」
「笑わせるでねえか。ワシゃまだ捕まったままだども、そいでももう助けがそこまで来てるだ。そんでもっておめえらは血迷ってとんでもねえヘマをやらかしてるだ。隠してもお見通しだァに。あの飛行機を見た後で、なしてこっちへ逃げて来ただ。北か西へ逃げねばなんなかったに。砂漠の奥の方にだ。そんだばちっとは望みつうもんもあったちゅうに、いっち見つかりやすいところに来ちめえやがった。そんではあ、ワシも助かったようなもんだども」
「君はそう思ってる訳だ。でも奴ら、本当に君を助けに来るんだろうか。だって奴らは君を裏切り者だと思ってるんだよ」
「何言い出すだ、そげなことは嘘っぱちよ」
「そうかな、証拠が揃いすぎてるとは思わないかい」
ワイプルダンヤは言葉を継いだ。
「第一、ケアンズの警察からツギオを逃がしたのは君だよ」
「そげなもんが証拠なもんか。奴がサツに捕まってたんじゃ何をやるにも好都合つう訳にゃ行かねえだよ」
ティキは言下に反論した。
「でもその時ツギオと君は変な約束をしたことになってるよ。フランクが無筆なのをいいことに筆談までしてさ。第二に、ダーウィンのモーテルにいた二人の電話番が挙げられたのは知ってるだろう? あの連中のことを知っていたのは君らの仲間だけだよね。第三に、君エアーズロックからツギオを捕まえた、って電話したよね。あの時スマート一家はツギオのふりしたシロ―と僕を追い詰めていたんだ、アーネムランドでね。シロ―をツギオと思っているところに、君からの連絡さ。彼らは半信半疑のまま僕らの追跡を中断して、君の御膳立て通りにここまでやって来た、ところがどうだ、君はフランク一人を残して逃げた後、とはね」
「だどもそりゃ、大勢して夜討ちを掛けて来たからだんべえ、ワシがおめえらにとっ捕まったつうことは、フランクのカボチャ野郎にもはっきり分かってるつう道理よ」
「だけど、あのドサクサにライケンさんが何て言ったか覚えてないのかい。“ティキ、カミーユ助けに来たぞ”ってさ。そうすると君は拉致されたんじゃなくて助けられたことになる」
「ワシが捕めえたのがツギだつうことはフランクも知ってるだァに」
「でもツギオの仲間を助けたことに違いないのさ」
「そげなことして何の得になるちゅうだ。そんでもってカミーユのことだってどう説明するだ。もしワシが裏切ってたとして、そんだば、なしてそげな七面倒なことしねばなんねえだ」
「そんなこと知るもんか。ただ僕らは麻薬の隠し場所っていう切り札を持ってるけど、君は親分にどんな切り札を持っているんだい。もし何も持ってないようだと、連中のことだから謎解きを諦めて変なことを考え始めるかも知れないよ。“どうもはっきりしねえが胡散臭えことにゃ変わりねえ。よしんば奴が裏切ってねえとしても、奴ぁ何度もしくじってる。ここは一番しめしを付けとかにゃあなるめえ。奴を始末しても困るこたぁ何もねえ”とかさ」
「埒もねえ」
ティキは平静を装ってうそぶいた。




