09-04:追いつ追われつ
その日、ツギオはモーテルオアシスの彼の部屋にこもり、電話帳と首っ引きでアリススプリングス中のホテル、モーテル、キャンプ場に片端から電話を掛けていた。しかしティキとカミーユらしいい宿泊客は影すらも見出せなかった。次に彼がしたのはレンタカー会社に電話することだった。
「もしもし、そちらエイビスのアリススプリングス営業所ですか」
「はい、そうですが」
「私、ダーウィンのタクシーの運転手です。実は十一日に乗せたお客様、車内に撮影済みのフィルム忘れました。そのお客様捜しています」
「それはそれは」
「最初、警察に届けること考えました。しかし、品物は写真のフィルムです。お客様諦めてしまうかもしれません。それでお客様捜して返して上げようと思いました」
「それは御親切なことですね。それで私どもにお電話なさったのは」
「私、思い出しました。お客様、アリススプリングスで車を借りてドライブする言いました」
「なるほど、それで何とおっしゃる方でしょうか」
「お名前知りません。小柄なお年寄りの方です。耳の不自由な女の子と一緒でした」
「少々お待ち下さい。今聞いてみますから。……確かにそれらしいご老人がお見えになりましたよ。ニュージーランドの方ですね。二十四時間の時間決めでご利用いただいております。ご住所はネルソン市タフナ、モンクリフ通り十七。ブルース・コーリー様と仰います」
「どうもありがとございます。それからお客様車返した場所、何処でか分かりますか。分かれば早く返してあげられる思います」
「それは調べれば分かりますが、しかしお泊りのホテルまでは分かりませんよ」
「どこで、分かれば役に立ちます。その近くのホテルにお泊り間違いありません。お願いします」
ツギオはその日一日かかって、ティキが変名を使ってレンタカーを借り、アリススプリングスからエアーズロックに向かい、更にそこからバジェットのレンタカーを一週間決めで借りたこと、エアーズロックのホテルにはティキらしい人物は宿泊していないことを突き止めた。
翌朝ツギオは電話のベルに起こされた。
「ツギ、おめえも可哀想に迷子になっちまっただか。妙な新聞広告なんぞ出しやがって」
聞き覚えのあるティキの声。
「そんでも間の悪りいことにゃあ、あのエイジっつう新聞は、ワシがこの国さ来た時から毎日欠かさず読んでる新聞だァに、こっちの目にも入るつう巡り合わせになってるだ」
「電話番号、掛け間違い違いますか」
「しらばっくれても無駄だ。おめえがツギで、あの広告が仲間と連絡取るためだつうことはお見通しだァに。そんでもっておめえが四の五の言ってればその分だけカミーユが泣きを見るだ」
「ツギオ私の名前です。それでそのカミーユとは何ですか」
「あのガキがおめえの仲間の娘っ子だつうのがワシの考えだァに」
「一体そのカボチャ頭、何を考えましたか」
「おめえがただの観光客の振りしてあのバスに乗りくさったなあ、そやってサツの目晦ますためだんべ。だどもヤクを盗られるが心配だつうて四六時中えかい荷物を担ぎ回ったり、キャンプ場にへばりついてたりすりゃあ、ブツはここでございと言ってるようなもんだ。おめえがただの観光客みてえにするためにあ、仲間が要るだ。そんでもって交替でヤクを見張ってるだ」
「それで、カミーユつかまえました、そしたら私の仲間の娘でした、と。もしそれ本当の場合は、出来過ぎの偶然です。世の中そんなに甘いと思いますか」
「んでねえ。仲間と一緒に、他人さまの間でうまく立ち回るにあ、お互いに仲間同士だって分かんねえようにするが一番だろうぜ。そんだば、あのツアーでいつもおめえと付き合ってたハガサって婆さんやエレンつう娘っ子なんかは仲間の訳はねえ。だどもガキにゃそこんところの理屈が分かんねえ。子供は正直っちゃそこんところを言うだ。そんでもって馴染にゃ馴染の付き合いをやらかすだ。あのガキゃいつだっておめえの後ば付いて回ってたでねえか。そいでお前と取引するにぁ、あのガキをとっ捕めえるのが一番だと思い付いただ」
「それあなたの考えです。私エコノミック・アニマル。知らない他人の娘よりお金大事です」
「そういう訳にぁいかねえだ。あの小娘はヨコハマつう所の生まれで、おめえもその近くに住んでるつうじゃねえか。こりゃあの小生意気なガキの言ってることだに、間違いなかんべよ。そんでもって“今にツギが助けに来る。そんだば奴はカラテの達人だに、ティキなんざチョチョイのチョイだ”とこきゃあがる。あのガキゃそやってワシを脅したつもりだべが、そんですっかり得心がいっただ。あのガキの親父とおめえは日本にいる時分からの古馴染で、あのガキにゃ赤ん坊の頃からきっと何べんもあってるだ。と、これがワシの読みだァに。そんでもっておめえがあのガキを見殺しにすりゃ、おめえとライケンつう野郎は仲間割れしねばなんねえ」
「……仕方ない。あなたの取引提案言いなさい」
「おめえの持ってるヤクとカミーユを取り替えっこするべえ。明日朝七時、場所は町外れのアンザック丘のてっぺんだ。おめえ一人で来るだど」
翌朝、ツギオは再び電話のベルに起こされた。
「コンノさん、また例の広告が載りましたよ。エアーズロックのモーテル赤砂亭に今日の午後連絡せよという内容らしいです」コリンだった。
「ワイプルダンヤたちは?」
「まだ尾行されているけど、うまく撒いて時間に間に合うようにそっちへ行くって言ってました」
ツギオは七時きっかりにアンザック丘の頂上に立った。町はこの丘の南と東に展開している。丘の下には町を縦貫してトッド川が横たわっているが、もちろん水は流れておらず、ただ蛇行するくぼ地が見えるばかりだ。北に目を転ずれば石と砂のマクドネル山脈、はるか南にシンプソン砂漠が広がっている。
まだ時間が早いのか、アリススプリングスを一望するこの絶好の展望台にも人影はまったく見当たらない。頂上に至る道は二本。西側と南側にある。
十分後、ティキはやや緩やかな西側の坂道を登って来た。予想通り車の中にカミーユの姿はなかった。
「おいツギ、ヤクは持ってるべえな」
ティキはツギオのすぐ脇で車を停め、窓から顔を出した。
「ここにはないよ」
「そんだば話が違うでねえけ」
「あなたカミーユ連れて来ましたか。これアイコね」
「何がアイコなもんか。ワシがなしてこげな早え時間に来ることにしたか分かるめえ。ほれ見てみろや、人っ子一人居ねえでねえか。おめえがそうして欲しいつうならこの場でけりつけべえか」
ティキはピストルの銃口を真っ直ぐにツギオに向けた。この時、南側の急坂を汗みずくで息せき切って駆け登って来る男がいた。
「あんれ、おめえフランクでねえけ。今まで一体何処で何してただア」
大きな腹を波打たせて近づいて来るフランクを認めて、ティキが言った。
「どこにいたもねえもんだ、新聞広告にも答えねえでおいてよう」
「それ無理な相談です。このヨボヨボの人、とうの昔に私のダチ公の人です」
と、ツギオがしらっと口を挟む。
「ツギ、何言い出すだ、ワシがいつ裏切ったつうだ」
「あなたの言い分正しいなら、何で連絡しなかったか理由言ってみて下さい」
にこやかにツギオが言うと、
「そのことよ、ワシの新聞広告に答えぶたなかったワケシキつうのを聞かして貰いてえもんだ」
フランクが尻馬に乗る。
「フランク、おめえ一体どこの新聞に載せただ、その広告をよう」
「サンつう新聞さ」
「それだ、その理由つうのはよう。ワシら連絡にゃあサン紙は使わねえだよ。そんだば親分からだって何の電話もなかんべよ」
答えに窮したフランクに代わってツギオが
「親分電話した、しない、それどちらでも構いません。確かなこと一つあります。親分、親分を裏切りません。裏切ったのヨボヨボの人ひとりね」
と、更にフランクをけしかけた。
「そんだばフランク、ワシと一緒に来るがいいだ、ワシが裏切ってねえつう証拠を見せてやるだァに」
「そりゃお目にかかりてえもんだが、だどもそのハジキはこっちに預けて貰いてえだ。おめえがほんに裏切ってねえなら、そげなもんいらねえ道理よ」
「これはツギを連れてくために使ってるだ。そうまで言うなら渡しても良いども、ツギを逃がすでねえど」
ティキは渋々銃をフランクに手渡した。それから二人はツギオを急かしてティキの車に乗せると、軽いエンジン音と共に南側の道を下って行った。その後ろを、シロ―の運転するジープが一台、ひっそりと尾行していた。




