09-03:追いつ追われつ
ライケン氏は空港からまっすぐホテル・アリススプリングスに向かった。そこにフランクが宿泊している筈だったからだ。
「フランクって名前のニュージーランド人が泊っている筈なんだが、何号室かな、奴の部屋は」
「名字の方はご存知でしょうか、フランクだけですとどうも」
「さあな、フランクとしか覚えていないが、なんていったけかなあ。背の高い太った野郎で、入れ歯をカタカタ言わせながらしゃべくる奴なんだが」
「それならF・フランクリン様ではありませんか」
フロント係は即座に答えた。
「そう言ったかも知れねえな」
「その方でしたら確かに今朝までお泊りでしたが……」
翌朝ライケン氏はレンタカーを郵便局の前に停めて入口を見張っていた。ダーウィンから送られた“ティキの裏切りの証拠”がそろそろ着く頃だ。フランクは今日あたりそれを取りに現れなければならない。
彼は予想通り十時半頃、ボディに“ヘビートゥリー断層キャンプ場”と書いた小型トラックに乗って現れた。やがて郵便物の束を持って建物から出て来たフランクは、力強い低い声に呼び止められた。
「フランク、フランクだな」
振り返ってライケン氏を見たフランクは暫く口もきけなかった。
「お前さん、フランク・フランクリンに違いねえな」
「ワシは確かにフランクつうだが、おめえさんは一体……」
「デニイ・サービスって者だ。見知って貰おうか」
「そのデニイがなしてワシを知ってるだ」
「前からお前さんたちを追っかけて来たのよ」
「そんでもってこのフランクにどんな用があるつうだ」
「場合によっちゃ殺らなきゃならねえが、その前に話を聞こうと思ってな」
「おっとろしげな話だども、それはちょっくら後のことにしてくんねぇべか。ワシ、今仕事の最中だに」
フランクの乗ってきたトラックの運転台の男が、焦れてクラクションを鳴らした。
「俺は親切心からこう言ってやってるんだが、それともお前さんから片を付けようか」
ライケン氏はもう一段声を下げた。彼の顔はここ数日の心労からやつれていたが、そのことがかえって目の凄みを増していた。フランクは気味悪そうに後ずさりした。
「それが嫌ならそんな仕事は今すぐに辞めるんだな」
ライケン氏は自分の車の方に歩き始めた。フランクは手紙の束をトラックの男に渡し、自分宛の一通を持って後を追った。ライケン氏はフランクを乗せると、ツギオの投宿しているモーテル・オアシスの前に駐車した。
「お前さん何でこんな所をうろうろしてるんだ。まさか俺たちの目を誤魔化すための囮じゃあるまいな」
「おめえ様、何言わっしゃるだ。ワシにゃさっぱり分からねえども」
ライケン氏の勢いに押されてフランクの口調が変わった。
「おとぼけじゃあるまいな。それじゃ聞くが、ティキって爺さんと、それにツギって名前の日本人が、ヤクを持ってここらをうろついてるってえのはどういう訳だ。え、答えてみな。それがバーク一家の耳に入ったと思いなよ。べら棒め、縄張内で勝手な真似されてたまるかってんで俺が出張って来たところよ」
「そいじゃおめえ様はバーク一家のお身内でがすか。ここらにそういう名前の一家があるとは聞いちゃいやしたが」
「身内じゃねえ、が似たようなもんだ」
「そりゃあんさん方に断りなしに縄張内を歩いたのはこっちの手落ちでがす。だどもあんさん方の縄張内でヤクをどうこうしようてえ腹はねえでがす」
「それじゃ何してやがる」
「ツギって奴がワシらのヤクを持ち逃げしやして、そんでもってここらに逃げて来たんでがす。ワシらはそれを取り返して奴に示しを付ければ、そのまんま国さ帰るつもりで……」
「ツギはお前さんらの仲間じゃねえってか」
「へえその通りで。ワシらは奴を追っかけてるところでがして」
「ティキって野郎もかい。いやさ奴さんもツギを追っかけてこっちへ来たってかい」
「ティキのことはよく知らねえども、奴が来てるとすりゃそういうことでねえべかと……」
「嘘つきゃがれ。ティキがアリススプリングスに来たのは昨日の昼のこって、ツギはその後から来たんだぜ、それでもお前さん、ティキはツギを追っかけてるっていうつもりかい」
「ちょっくら待ってくらっせえ。おめえ様が疑うのももっともでがすが、それつうのがワシらスマート一家もティキが裏切ったかも知んねえと思ってるぐれえで」
「間違いねえだろうな」
「へえ、それつうのがダンディの電話のことでやす。ダンディっちゃ一家の代貸しでがすが、奴の言うにゃ、ティキが裏切ったつう確かな証拠の品を送るから、それを見て間違いねえと思ったら、そいからティキを殺れってことでがして、そんでもってこれがその証拠だと思うども」
彼は今郵便局から取って来たばかりの封筒の封を切った。中からダーウィンでワイプルダンヤがでっちあげた“ティキの誓約書”が出て来た。
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これわコンノのダンナのために言ってるだ。ブツのことわワシらわ知らねえ。それわおめえが知ってることだァ。そいでワシらわおめえを無事に逃がすだァに。ゼニわワシらで山分けするだ。親分のこたあサツに売る。間違いのねェように、ちゃんと手筈通りにやるだ
一月六日 ティキ
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「証拠だべと思う、だと。ここにちゃんと書いてあるじゃねえか。こりゃティキって爺さんの起請文だ。お前さん字が読めねえな」
「確かに字は読めねえ。そいでおめえ様に読んで貰わねばなんねえ」
ライケン氏がティキの誓約書を読んでいる間中、フランクは目を閉じて聞いていたが、読み終わると、
「もう一度読んでやんなせえ」
と猜疑心に満ちた目をした。
「何度読んでも同じこったぜ」
「んでねえ、まっことおめえ様が書いてある通りに読んだものなら、何べんだって同じに読める筈だべ。こんだけの手紙だ。滅多なことじゃ信じられねえ」
ライケン氏は再び誓約書を読み始めた。フランクは今度は大きく頷きながら聞いていた。
「どうだ、出鱈目でねえことが分かったろう」
「そいで何もかも分かるだ、何でツギがうまく逃げられたかも、ワシがなして銭もなしでこんな所をうろついてねばなんねえかも」
フランクは肩で大きく息をついた。
「こうなったからにゃ、お前さんのやることは決まったろうな」
「裏切り者は殺らねばなんねえ」
「そういうこった。もしこれがバーク一家を騙すために仕組んだ茶番でなけりゃあな」
「そりゃ飛んでもねえこって……」
「それじゃ聞くが、お前さんティキって野郎をどうやって見つけるつもりだね」
「そのことでがす。おめえ様さっきティキがアリススプリングスに来てると言いなさったが」
「間違いねえ」
「そんだば教えてやんなせえ、ティキは何処にいるんで。おめえ様知っていなさるべえ」
「知っちゃあいねえよ。だが奴はここに現れるってのが俺の読みよ。それでお前さんをここに連れて来たって訳だ」
「そりゃもっともだつう理由があってのことだんべえが、ワシにも分かるように話してやんなせえ、その理由つうのをよお」
ライケン氏は今朝のエイジ紙を取り出した。
「いいか、この新聞に妙な広告が載ってる」
「どんな奴で……」
「ここにゃこう書いてあるんだ『グレッグ・ダスティン万事解決した、すぐ連絡せよ。父。八-九六六六』って、こうだ。妙だろうが」
「妙でがすか。ワシには一向に妙には思えねえけっども」
「これが妙でねえて奴はよっぽどのカボチャ頭だ。いいか手前の親父の家って言やあ、手前の家も同じよ。そこの電話番号を知らねえと来りゃ、こりゃどう考えても妙だ」
「へえ、そう言われてみりゃあ……」
「それにこの電話番号だが、今朝電話してみたが、こんな番号なんざありゃしねえ」
「そりゃいよいよ妙でがす。そんでもその広告とこのモーテルとどんな関わりがあるっつうんで」
「よく聞けよ。この局番の八だがな、こいつを十から引きゃあ二になるだろう。こりゃア市内局番だ。それで同じように九は一、六は四で、八-九六六六は二-一四四四になるって寸法よ。こりゃここのモーテルの電話番号って訳だ」
「そんで分かっただ。今時そげな手の込んだことぉやらかすにゃあ、何か後ろ暗いことがなくちゃなんねえ」
「調べてみたら案の定、ツギが泊ってやがる。このモーテルにな。そうなりゃティキを探すのは訳ねえ、ここに張り込んでいりゃあいい」
「ワシ、ここに待ち伏せてて奴を殺るだ」
「お前さんがその気ならこっちは高みの見物と行くか」
ライケン氏はそういうとフランクを残したまま車を発進させた。
どうやらうまくフランクをはめられたようだ。ライケン氏がこの役どころをやりとげられるかどうか、仲間たちが危惧したのを思い出して、彼のやつれた頬に微かな笑みが浮かんだ。ライデンでの大学時代、演劇サークルに所属していたことを言って、反対を押し切ったのだ。その際、サークルでずっと音響効果の係しかやったことがないのは黙っていたのだが。




