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09-02:追いつ追われつ

 ワイプルダンヤがスチュアートハイウエイを北上してマタランカに着いた時には、AB社の観光バスは既にキャンプ場に到着していた。マタランカのキャンプ場はハイウエイから五分程東に入った所にある。芝生に覆われた広々とした敷地の一角に、型通りシャワールームと洗濯場とトイレットがしつらえられ、そこから程遠からぬ場所に売店、その屋内の一隅がバーになっている。キャンプ場の西の端からハイウエイまでは深い森で、その中程に泉が湧いている。この泉は格好の水浴場であり、ツアーの乗客の多くはここで水浴を楽しんでいた。


「おおいツギオ、ここにいたのかい」


 ワイプルダンヤは遠くから叫んだ。


「ワイプルダンヤ、君か」


 ツギオ、実はハガサの紹介でダーウィンからツアーに加わったシロ―が、調子を合わせて大声で答えた。


「迎えに来たぞ、でもまあその前に向こうで一杯やろうや」


 店内には二、三人の客がビリヤードに興じているだけだった。二人はビールのジョッキを持って目立たない片隅に陣取った。


「今のところ、作戦通りにいってるよ」とシロ―が切り出した。


「スマート一家はこっちの目論見通り僕をツギちゃんと間違えて、大慌てで観光バスを追いかけてるそうだ。それに例の二百十七号室では、コリンのお父さんたちが交替で電話番をしてくれてる」

「それじゃ奴ら、三、四日はコントロールタワーなしで動き回らなきゃならない訳だ」とワイプルダンヤ。


 シロ―はハガサに宛てたメモを作り、それが終わると二人はテントに帰ってハガサを探した。彼女は、故郷の友人に出す絵葉書にアドレスを書いているところだった。シロ―は現在の状況を手短に説明し、メモを手渡した。メモには、これからの彼らの作戦の詳細が要領よく書かれていた。


「僕ら、これからこの先のミッションまで行ってきます」とシロ―。

「この先っていうと、アーネムランドですか」

「ええ、こんな機会でもないとなかなか行く気にもなれない所ですから」

「それじゃまた淋しくなるわね。シモーヌにはもう言ってあるの、彼女どこへ行っちゃったのかししら」


 ハガサはシロ―を冷やかすように微笑した。


「いえ、まだです」

「彼女も淋しがると思うわ、あんなに仲良くしてたんだもの」


 彼女はメモに目を走らせた。


「多分アリススプリングスに着く頃には追いつけるだろうと思います」

「ミッションって遠いんでしょ。これから出掛けたら夜になるんじゃないかしら」

「それで急いでるんですが、ラークが見付からなくて」

「それじゃこうしたら。ラークには私から言っといてあげるから、すぐ出発なさいな。テントもそのままでいいわ、後でガスにでも頼んでおきますから」


 シロ―は自分のテントに戻ると、メモ帳を取り出し、その表紙の『中田司郎』という漢字の下に“Tugio Konno”と書き込んだ。そして手提げ袋から現金その他貴重品を取り出してショルダーバックに入れ替えた。次にメモ帳をタオルその他のガラクタと一緒に手提げ袋に詰め込むと、それをテントに残して外に出た。


 ワイプルダンヤとシロ―がキャンプ場を出てから三十分も経った頃、ガスがテントに戻って来た。


「ツギオが行っちまったって本当ですか」

「ええ、あなたによろしくって言ってね」


 ハガサが答えた。


「残念だったな、おいら、サヨナラ位言いたかったのに……奴さんのテントはこれだったっけ。今度会ったらうんと奢らせなきゃ」


 彼はそう言いながらテントを畳み始めた。


「あれ、大将こんなものを忘れて行ったぜ」

「まあ、忘れ物ね。これ私が預かっておいていいかしら」

「そうしてやっとくれ。奴さん、あんたとは古馴染なんだから」


 ガスはテントをバスの方に運んで行った。




 やがて夕陽が森の彼方に落ちた。あたりは闇に包まれ、バーの店内だけが照明を当てられた舞台のように闇の中に浮かび上がった。ハガサとライケン夫人は、森の外れのベンチに座ってそのバーの明かりを眺めていた。


「それで主人はあんな電話をして来たんですね」

「ツギオと連絡がついたんですね」

「一緒にいると申しておりました。それで、彼が言っていることは本当かって」


 この時、売店の前に一台の乗用車が停まった。


「そろそろ私たちの出番ですよ」


 ハガサに促されてライケン夫人が小走りにバーの方に走って行った。店内はAB社のツアー客で賑わっていた。


 乗用車から降りたのはダンディだった。彼はジョッキを片手にヒゲなしに近付き、横の席に座りこんで話しかけた。


「兄さん、あんたAB社のツアーで来たんだろ」

「そうですよ」


 ヒゲなしはビールから目を離さずに答えた。


「お前さんの仲間に“ツギ”って名前の日本人がいるだろう」

「仲間にねぇ」


 ヒゲなしは眉間にシワを作った。


「確かそう聞いたんだが」

「ツアーの乗客の中に、そういう名前の日本人がいたよ」

「いただと、いるんじゃなくってか」


 男は鋭い目付きでヒゲなしを見た。


「ツギオを探していらっしゃるのですか」


 いつの間に来たのか、ライケン夫人が口を挟んだ。


「確かにここにいると聞いたんだが」

「ほんのさっきまではいたんですよ。でも二時間程前に出て行きました」

「隠してんじゃねえだろうな」

「何なら他の人に聞いてご覧になったら」

「まあ信じとくとするか。それで、何処へ行ったか知らねえかい」

「あなた、ツギオに会いたいなら彼と親しくしていた方に聞いてご覧になれば。何か言っていたかも知れませんよ。確かテントの方にいると思いますが、よろしければご案内しましょうか」


 ダンディは黙って席を立った。




「あなたツギオのお友達ですか、ちょうどよかったわ」


 ハガサは愛想よく言った。


「ちょうどよいって言うと」

「彼、急いで出発したんで忘れ物をして行ったんですよ。あなた、彼に会うんでしょう」

「居所さえ分かりゃあな」

「それなら大丈夫ですよ、彼はローパー川のミッションへ行くって言ってましたから。それで、お願いがあるんですけど、彼の忘れ物を待って行ってくれませんか」


 彼女は自分のテントからシロ―の手提げ袋を持って来た。ダンディはそれを無表情で受け取り、東の方角に走り去った。車が完全に闇の中に消えてしまってから、ライケン夫人が口を開いた。


「なぜあんなに何から何まで教えてしまったんですの」

「あの二人が囮になって連中の注意を惹き付けておく作戦なんです。あなたのご主人やツギオの仕事がやりやすいようにね」

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