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05-04:白昼夢の島

 ツギオが三時のお茶のためキャンプ場に戻ると、見慣れない四人がライケン夫人と話していた。飛行機で参加してきたスイス人のクーム母娘と、オーストラリア人のバートン父娘だった。親たちはともに四十代半ば、子供はクーム家が十二、三歳、バートン家の方が十七、八歳というところだろう。バートン氏は、日焼けした肌の痩せて背の高い男で、その横に立つ雀斑だらけの娘も、のっぽで痩せていた。


 夕食後、珊瑚礁の島に夕闇が忍び寄ると、島の宿泊客たちは三々五々ホテルのサロンに集まって来た。プールの回りを取り囲むように篝火がともされ、その火がプールの水面に揺れていた。次雄とハガサは、プールの中の島の一角に陣取って寛いだ。サロンではロックの演奏が始まった。そのうち、島のあちこちから皆が一斉に秒を数える声が聞こえてきた。


「五十八、五十七、五十六……十、九、八、七……三、二、一」

「ハッピーニューイヤー!!」


 新年の到来を告げる叫びとともに、サロンの明かりが消えて、歓声が起こった。

 何人かが正装のままプールに飛び込んだ。誰彼構わず接吻して回る者、シャンパンの栓を抜く音、バンドが再び演奏を開始した。


「ツギオ、あなたは大晦日の風習を知ってますか」 


 ハガサはそう言うと、テーブル越しにツギオにキスした。


 エレンは一時に爆発した喧騒を背にキャンプ場に帰って行った。キャンプ場に着いたのはそれから十分程経った頃で、ホテルと思しき辺りからは木の間隠れに微かな明かりがほの見え、バンドの演奏が時々、風に乗って流れて来ている。月明かりを頼りに自分のテントを探していた彼女は、ジョルジュのテントから光が漏れているのにふと気が付いた。


(ジョルジュはもう帰っているのね……でもちょっと変だわ)


 彼女は彼のテントの入口が閉じられているのを見付けた。


(こんな暑苦しい夜なのに、どうして閉め切っているのかしら)


 そう思った彼女は、彼のテントに近付き声を掛けた。


「ジョルジュ、もう帰ってたの?」


 応答はなかった。彼女がなおも近付き、中を覗き込もうとした時、入口が不意に開いて背の高い男が飛び出し、いきなり彼女に懐中電灯を向けた。一瞬の強い光に何も見えなくなり立ち竦んでいる間に、彼女は駆け足で逃げていく足音を聞いた。後にはその懐中電灯がスイッチを入れたまま落ちており、そしてテントの中は足の踏み場もない程に散らかっていた。


「誰か、誰かいないの」


 近くのテントから獣の唸るような声が聞こえて来た。彼女が恐る恐る声のするテントの中を照らすと、白い光沢のある開襟シャツに麻のズボン、白いエナメル靴というパーティ用装いのガスが、後ろ手に縛られた上に自分のハンカチで猿ぐつわをはめられて呻いていた。


「どうしたのガス、一体全体」

「酷え目にあったよ、他のテントはどうなってる?」

「ジョルジュのテントが滅茶苦茶よ。私の顔を見て逃げちゃったの」

「そりゃないぜ、おいらの時にゃ突然後ろからぶん殴られてこのざまだってぇのに」

「私が不意に声を掛けたからじゃないの」

「それにしたって人を食った話だぜ。おいらそんなに弱そうに見えるってかい」


 落ち着きを取り戻したガスは、自分が酷い目にあったことより、犯人がエレンを見て逃げ出したことの方に憤慨していた。

 一時間後に帰って来たジョルジュは「ワタッシの財布盗られていま~す」と報告した。スーツケースにしまっておいた小銭入れがなくなっているという。



 一月一日の朝食は、元日としては何とも情けないものだった。団子状に固まったスパゲティミートソースを切り刻みながら、レッドが「うわあ、凄くうまそう、こんなの初めて見た」というと、給仕をしていたリンダが明らかに嫌な顔をした。

 ハガサが笑いながらツギオに向かって言った。


「たしか日本では、今朝起こったことは特別意味のあることなんでしょう」

「はい、今朝起こったこと今年中ずっと起こるいう言い伝えあります」

「……どうも今年は、あまり良いものは食べられそうにないわねぇ」


 朝食後、ツギオは一人で、白い珊瑚の欠片が堆積している海岸を散歩した。途中で釣れない釣りをしているバジルとアンディを冷やかしたり、売店で新聞を買い込んだり、のんびりした朝となっていた。


 その頃、ツギオのテントの前では片手にカメラを持ったハインツとヒゲなしが話していた。


「それで皆、僕のことを疑っているんだ。でも絶対僕じゃない、誓ってもいい」

「エレンにこっぴどくやられたんだってな」

「どうして彼女があんなに怒ったのか分からない。酷い誤解だよ」

「本当にあんたがやったんじゃないんだろうね?」

「やだなぁ、君も疑ってるの」

「そうでもないけど。でもあんたがツギオを嫌ってるって噂なんでね。俺にはどうしてあんたが彼を嫌うのかよく分からんよ」


 そう言ってテントに入ろうとしたハインツに、慌ててヒゲなしがさらに話しかけた。


「誤解して貰っては困るよ、僕は彼が日本人だからどうこう言ってるんじゃないんだ。そんな偏見なんか持ってないよ。だけど彼の方で僕らのことを避けているみたいじゃないか。今朝もどこかに行ってしまってる。偏見を持っているとすれば彼の方だよ」

「へええ、そうかなぁ。兎に角あんたはそう思う、と。それで、ツギオが胡散臭いと考えているんだろ」

「ああ、まあ、ちょっと」

「それじゃ彼のことを色々嗅ぎまわるつもりかい」

「いや、僕に対する皆の誤解を解くことが第一だと思っている。何とかして彼のノートを盗んだ犯人を探したいんだ」


 言いたいだけ言うとヒゲなしは頭をふりたてて、自分のテントに帰って行った。


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