05-05:白昼夢の島
翌日、AB社の一行は日帰りのクルージングに出掛けることになっていた。出港までの短い時間にジョルジュはキャンプ場を抜け出し、小走りにホテルに向かった。見え隠れにその後をつけるヒゲなしに、ツギオが大慌てで追い縋った。
「ブルース、待って、ちょっと」
「何だい、僕急いでるんだけどな」
ヒゲなしは眉をしかめた。前方五、六十メートルの所でジョルジュが木立の陰に消えた。
「ごめん、聞いておきたいことあります。昨夜のテント荒らし、あれあなたですね」
ツギオが一気に切り出すと、
「何だい藪から棒に。一体何の恨みがあってそんな言いがかりをつけるんだよ!」
ヒゲなしは居丈高にまくし立てた。
「私知ってます。犯人、このツアーの中にいます」
「ただのテント荒らしだよ。皆もそう言ってるじゃないか。ジョルジュの財布が盗まれたのがその証拠さ。ツアーの中にいるかどうかなんて分かるもんか」
「それ違います。犯人、エレン見て逃げました。そのこと、エレンがガスより強いこと意味します。大変不思議です。しかし、犯人顔知られたくないの場合は不思議違います」
「ガスの時には後ろから不意に襲いかかれたけど、エレンの時はその逆だったって言うんだろ。でもそれなら僕だけじゃなく、ツアーの全員が怪しいってことになるよ」
「犯人、長い時間使いました。その時ホテルでパーティーありました。パーティーにいた人、犯人違います」
「確か君もパーティーに行かなかったよな」
「私犯人違うこと、自分で一番よく知っています。ジョルジュも違います。残ったのあなた一人」
「……」
「でもあなた泥棒違います。ジョルジュの財布盗ったこと、本当の目的でないです。あなた頭良い人。犯人他所から来たと見えるようにしました。皆そのこと信じてます……心配要りません。私誰にも話しません。私、知りたいことあります、一つだけ。私の日記帳盗った人、ジョルジュですか。あなたそれ調べました。それ知りたいです」
ヒゲなしは暫く黙っていたが、やがて、ぼそぼそ話し始めた。
「僕は誰が日記帳を盗んだかとは考えずに、誰がそれを僕のバッグに入れたのかと考えたんだ。それは結局盗んだ奴を探すことになるけどね」
「それ、良い考えです」
「第一に言えることは、僕は誰にも恨まれる覚えがないってこと。あんな酷いことをされる理由がないってことさ。そこで、これは間違いなんじゃないかと考えたんだ。バスで僕の隣りに座っているのはデニスだけど、彼を恨んでいそうな者なら一人いる」
「ジョルジュのことですね」
「そう、彼はデニスにかなり口汚く罵られていたからね」
「彼、犯人ですか。分かったこと教えて下さい、どうか」
「彼が怪しいことははっきりしたよ。彼の手帳を見たからね」
「あなた、フランス語分かりますですか」
「英語だったよ。英語で書いてあったんだ。彼はフランス移民じゃないね。もしそうなら、自分の手帳英語で書く筈ないもの。つまり彼の言うことは全く信じられないって訳。彼の寝相が悪いんだって、本当かどうか、わざとかもしれない。一人のテントになるため、とかさ」
「で、何書いてありましたか」
「それが分からないんだ。英語には英語なんだけどそれがまるで暗号文書だった。“二〇三号継続中”だとか“八四〇号変化なし”とか、そういった風に書いてあるんだ。ますます怪しいだろ」
午前十時、ツアーの一行はナースのリンダをキャンプ場に残して、ランチでロングアイランドに向かった。ロングアイランドは珊瑚礁に囲まれた遠浅の島だ。ランチが島の沖合五百メートル位まで来ると、一艘のはしけが漕ぎ寄せてきて接舷した。喫水の深いランチでは渚に近づけないのだという。
「はしけかぁ、気分が出てくるねえ」
ケンが誰にともなく嬉しそうに言った。
はしけは岸まで百メートル程のところに止まってしまった。はしけの横に妙な格好の小舟が停泊していた。全体として木製のプラットホームを五メートル位の長さにぶつ切りにした形で、その先端に旧式のトラックエンジンのようなものが取り付けてある。皆はその出来そこないの筏風の乗り物に乗り移った。
「皆服を脱いで泳ぐ用意をしときなよ、この次は泳ぐことになりそうだぜ」
ヒゲのブルースの言葉が船内の笑いを誘った。
やがてその出来そこないの筏は渚に達し、さらに島の内部に入って行った。筏と見たのは海上で喫水線の下が見えなかったからで、本体を現わした時には、それは無限軌道付きの耐水自動車だった。
海岸から五、六十メートルも入ったところに小さな門があり、その付近一帯にバーやサロンやゲームセンターなどがかたまっていた。
ツギオは自動車から降りると、そこからすぐにまた海岸に戻り、パーム椰子の木蔭に寝転んだ。
白い砂浜にはビーチパラソルが並び、若い男女が思い思いの水着姿で午後の日光を楽しんでいた。彼の傍らにカミーユがやって来て砂山を作り始めた。
「ツギオ、ヨコハマってどんなとこなの」
「君生まれた所か。日本で一番有名な港町だよ」
「ツギオは行ったことある?」
「何回も。東京近いし、友達沢山いるんだ」
「じゃあ、もしかしたら私たち、日本ですれ違ったことあるかもしれないわね」
「ああ、もしかしたら。まだ赤ちゃんだった君とね」
「ハウアーユーゴーイング、ツギオ」
聞き慣れない若い女の声にツギオが振り返ると、大きな白い日よけ帽を褐色の短い髪の上にかぶったバートン家の娘、ルイーズが父親と一緒に立っていた。二人はそれぞれに一台ずつのカメラを持っていたが、父親はEEカメラ、娘のものは一眼レフの高級機だった。
「娘と一緒に撮りたいんですが、シャッターを押してくれませんか」
バートン氏は自分の持っていたカメラをツギオに差し出した。
「そっち、いいカメラ。それで撮るのではないですか」
ツギオはルイーズの持っている方を指さした。
「これの使い方、分かりますか」
ルイーズがツギオのEEカメラをちらりと見やりながら、自分のカメラを手渡した。
「重いの持ち歩く嫌で、簡単なの持って来たですが、皆がこの手の持っている驚きました。EEじゃないの、あなたほかデニスくらいね」
「デニス、っていうとあの赤い帽子をかぶったよく働く人のことね」
ファインダーの中からルイーズが笑って言った。
「まだここにいるかい、ルイーズ。いるのならお前のカメラを貸してくれないか。私のを置いて行くから。向こうで望遠レンズを使いたいんだ」
「私ここにいるわ、パパ」
ツギオは使い終わったカメラをバートン氏の方に渡すと、また白い砂の上に寝そべった。
「三人とも、海に入るんならよく気をつけるんだよ。鮫がいるかもしれない」
「大丈夫、魚は見慣れない餌にはなかなか食いつかない言いますから。これだけ外側に食べ慣れた餌いると、こちらまで順番回ってこないでしょう」
ツギオはあたりをぐるりと見回しながらそう言った。
船がデイドリーム島に帰ると、桟橋にリンダが出迎えていた。リンダはラークが船から降りるのを待ちかねたように彼のもとに行き、ふた言み言小声で話した。ラークは大きく頷きながら彼女の話を聞いていたが、やがて乗客全員を彼の回りに集めた。
「皆さん、リンダが皆さんの留守中にテント付近で怪しい人影を見たと言っています。この前の例もありますので、各自、荷物を調べてみてください」
キャンプ場に着くと皆、自分のテントに急ぎ、荷物を調べ始めた。ハガサはしかし、すぐにテントには戻らずリンダに質問した。
「ね、よかったらその時のこと少し話してくれない。その人影ってどんなだったの」
「太った小さな男みたいでした。それから、ちょっとがに股だったかも」
「小さいってどれ位?」
と、畳みかけるハガサ。
「ジョルジュかツギオ位でした」
ハガサはマンリーでツギオが見たという人影のことを思い出し「なんか、似てるわねぇ」と、心の中で呟いた。
ちょうどその時、エレンが凄い悲鳴をあげた。エレンが自分のテントから飛び出してくると同時に、彼女の叫び声を聞きつけたガスとヒゲのブルースが駆けつけて来た。
「蛇、蛇がいるの! 私のスーツケースの上に」
エレンは金切声で助けを求めた。
「近くに棒切れか何かないかなぁ。そいつで追い出せばいいんだが」
ブルースは、近くでひと抱えもあるような大きな石を見つけ、エレンのテントに入って行った。テントの中でガサガサ物音がした後、彼が顔中汗だらけになって出てきた。右手には、黄色い縞模様のある小さな蛇がぶら下がっていた。
「テントの中は物凄く暑いぜ、こいつもぐったりしてやがった」
いつの間にかツアーの大部分が集まって来ていた。シモーヌがブルースの腕の中を覗き込んだ。
「何て蛇なのかしら」
「こんな蛇、見たことないな。誰か知らないか」
ヒゲのブルースが周りを見回して尋ねた。
「ヤンキードンに訊いたら分かるんじゃないかな。確か、彼は生物の先生だってことだよ」
カボチャのブルースが言い出し、ガスがヤンキードンを迎えに走って行った。ややあってドンが、分厚い図鑑を抱えて現れた。
「形から言うとこのタイガースネークというのがそっくりなのだけど、ちょっと変なことが書いてあるんだよ」
彼は声を出して図鑑を読み始めた。
「“タイガースネーク。体長六十センチ、コブラ以上の猛毒を持ち、オーストラリアの砂漠地帯に生息する”……この最後の部分がどうも引っかかるんだ。“砂漠地帯に生息”ってところがね。乾燥地帯にいる蛇が、こんな湿気の多いところに棲める筈がない。だからよく似た別のかもしれないけど」
シモーヌは、ドンの横から図鑑のそのページを何度も見直していた。
「でも本当に、そっくりねえ」




