05-03:白昼夢の島
翌朝、バスは八時にキャンプヤードを出た。座席におさまるとハインツが話しかけてきた。
「ツギオ、昨夜は大変だったんだってね」
「大変って、君どの程度まで知っているの」
ツギオがとぼけて訊くと、彼は得々として昨夜エレンが創作した話をした。
「……昨日君は飲みそこなったけど、今日は皆したたか飲むからね」
「今日は大晦日ね。大晦日の馬鹿騒ぎについては聞いたことあるです」
「そう、したたか飲んで、ふらふらになるまで踊るんだ。特にこれから行くデイドリームアイランドは、我が国でも有名なリゾートの一つだから……」
後ろの席のヒゲのブルースが、椅子の背当てに顎をつけて話に入ってきた。
ランチの出るシュートハーバーまでは二時間弱だった。ラークは突堤にバスを止めるとバスのトランクを開けた。真っ先にデニスが飛び出して、荷物を突堤のランチの着く予定の場所に運び始めた。他の連中は大きな伸びをしたり冗談を言い合ったりしながらのろのろとバスを降りてきた。バジルが煙草に火をつけて空を見上げた。
「さすがに暑いねえ、くらくらするようだ」
「おいデニス、ランチはまだ来てないじゃないか、焦ることはないよ」
ガスがデニスをからかった。デニスは大きなトランクを両手に、もう五、六回バスとの間を往復していたのだ。
「そろそろ始めるかい」
ヒゲのブルースがちらりと腕時計を見て言った。バジルが煙草をもみ消した。
「皆さぁん、一列に並んで下さぁい」
モードが手をメガホン代わりにして叫んだ。乗客全員が一メートル間隔に一列になると、ちょうどうまい具合にバスからランチの接岸予定地点まで届いた。デニスが汗を拭き拭き列に加わり、彼らは調子よくリズムに乗って荷物を手渡しし始めた。乗客のトランクが済み、テントを運び終わり、寝袋を調子よくぽんぽん投げ始めた頃、ジョルジュがケンに言った。
「この岸壁には~、トイレはどこにありま~すか」
ケンは回りを見回したが、突堤には船荷を一時置いておくための屋根付きスぺースがあるだけで、他には百メートルも離れた岸にお土産屋風の建物があるのみだった。
「バスのトイレに行ってきたら」
ケンが答えると、ジョルジュは列を離れて小走りにバスの方へ走って行った。
荷物を全部降ろすには三十分もかからなかった。皆はどやどやとバスに乗り込み、それぞれにバスの棚やシートの下に置いておいたハンドバッグや手提げ袋のたぐいを持ち出してきた。
ランチが接岸したのは十一時頃だった。ランチがまだ完全に止まっていないうちに、小柄なガスが、ひらりと身軽に船室の屋根に飛び移った。ランチのわりに岸壁が高かったので、乗り降りにはこの屋根を使うのが一番便利なようだった。
再び荷物リレーが始まったが、それが終わると皆岸壁と船の間の三十センチばかりの間を飛び越えて乗船した。乗り慣れないものは、この僅かな間隔を飛ぶのにも、手荷物を受け取って貰った上で、一、二の三と調子づけなければならなかった。ガスはそうした人たちの為に荷物を受け取ってやっていた。ひげなしも彼に助けて貰った一人だった。彼は自分の手提げ袋を船に乗っているガスに手渡し、調子をつけて思い切り遠くまで飛んで乗船してきた。
「ガス、どうもありがとう」
彼は手荷物を受け取ろうと手を差し出した。
「ブルース、ちょいと待った。ツギオ、このノートは君んだろ。おいら日本語は読めないけど、この表紙の見慣れない文字はカンジってやつの筈さ」
ヒゲなしは一瞬あっけにとられてぽかんとした。
「このノートまでは返せないぜ。自分の物だけ持ってきな。それから、後で話をつけてやるから逃げなさんなよ」
ガスはそれだけ早口で言うと、次に待っていたエレンのバッグを受け取った。
ランチは十一時三十分に出港した。デイドリーム島までは三十分。ガスは舳先に腰をおろし、気持ちよさそうに潮風にあたっていた。その横でヒゲなしが盛んに言い訳をしており、ツギオはその隣でパイプをふかしながら水面を見ていた。
「僕の全然知らないことなんだ、本当だよ、自分でもびっくりしてる位なんだよ。だってそうだろう、僕が本当にやったんなら、あんなところに入れておくもんか」
「それがあなたの手かも知れないじゃない。そんなこと何の証拠にもならないわよ。潔く認めて謝るべきよ」
いつの間にやって来たのか、エレンがツギオの傍らに立っていた。
「本当なんだよ、誰かが僕の手提げ袋の中に入れたに違いないんだ。昨日の夜にはなかったよ、本当だよ」
ヒゲなしはエレンの方に向き直り、哀願するような調子で言った。エレンは挑むように顎をぐいと上げてまくし立てた。
「あなたは前にツギオのことを嘘つき呼ばわりしたわね。でもあなたの方がよっぽど嘘つきよ。昨日の夜ですって、そんな話聞きたくないわ、彼のことを悪く言うだけでは足りないの。いったい彼にどんな恨みがあるというのよ」
「エレン、もうその位にしておいてです。彼の言う通りかも知れないし、それにノート無事に戻ったんだから」
ツギオがヒゲなしの方をちらりと見て言った。
「だって、ブルースが持っていたのは確かよ。それなのにこの人、まるで自分が被害者みたいなこと言って。昨日バスであなたのこと、あんなに酷く言っていたし。……もう、こんな所にいたくないわ。向こうへ行きましょうよ」
彼女はくるりと回れ右をして船尾の方に歩きだした。ツギオはガスに軽く会釈すると、仕方なさそうにその後ろに続いた。
ランチはやがて千トンばかりの船の停泊している島に接近して行った。目指す白日夢島だ。ランチは大型船の停泊しているコンクリートの突堤を避けて、そこからは二百メートル程離れた木製の桟橋に接岸した。
接岸と同時に、真っ黒に日焼けした島の男たちがランチに乗り込み、乗客を手伝って手際よく荷揚げを始めた。岸にはブルドーザーが停車しており、男たちは荷物をそれに乗せて島のキャンプ場へと運んで行った。
昼食後テントでくつろいでいたツギオを、ケンがプールに誘いに来た。彼らのテントから百メートル位の、コンクリート桟橋のすぐ上にホテルがあり、その一角に二百人収容のサロンがある。プールはその前庭にしつらえられていた。琵琶の形をした塩水プールである。真ん中に島を作り、島の中のニッパヤシの小屋はバーになっていて、プールの二方向から島に向かってアーチ型の橋が渡してあった。プールは既にツアーの仲間が占領して、二手に分かれて水球をしていた。ハインツは例によって島のバーでビールを飲んでいた。




