05-02:白昼夢の島
ワイプルダンヤはバスの後ろに単車を停めて待っていた。
「どう、その後は。これからダーウィンへ帰るところなんだけど。どうせならちょっと遠回りして帰ろうと思って、タウンスビルからマウントアイサを通ってテナントクリークへ出て、そこからスチュアートハイウエイをダーウィンまで行くつもり……こいつでね」
彼は得意そうに日本製の大きな単車のサドルを叩いた。
「シドニー以後、そっち変わったことなかった?」
「ああ、それが気になってたんだ。AB社のコーチがあったので、もしかしたらと思って来てみた。僕の方は取り立てて何も起こらなかったよ」
「それじゃあ、あれやっぱり僕のだったんだ」
「何かあったの」
「直接僕にじゃないけど、色々妙なこと起こっている。でもそれどういうことなのか、まだはっきりしてない」
「くれぐれも気をつけて」
「ああ、十分気つけるつもり。でも、今のところ、何に対してどう気つけることいいのか、分からないって状況なんだ」
ツギオは心細げに笑った。
「僕に何か出来るといいんだけど。僕、来月の五日位にはダーウィンに帰っていると思う。そっちでだったら色々出来ることもありそうだ。電話番号は知ってるよね」
「うん、もしかしたら君に助けて貰いたいこと起きるかもだ。その時はよろしく。もっとも今はそうならないこと祈ってるけど」
「僕だってさ。じゃあ、とにかく気をつけて。それから、何も起こらなくってもダーウィンの家には寄ってってね」
ワイプルダンヤは自慢の単車にまたがって、ブルースハイウエイをマッケイ目指して消えて行った。
一行はその日の午後六時過ぎにマッケイの手前二十キロほどのハイウエイ沿いののキャンプヤードに着いた。ツギオはまずテントを張り終えると、シャワーを浴びてからそのまま隣の洗濯場に行った。オーストラリアのキャンプ場では、トイレとシャワールームと洗濯場がひとつの建物に収められ、小さなキャンプ場では中央に一か所、大きいところでは要所要所に数か所配置されているのが普通だ。洗濯場ではハガサとライケン夫人が洗濯機の前で談笑していた。
「ハガサ、すっかり忘れてたけど、昼前に僕探していた聞きました。何か用事でも?」
「いえ、パブにもミルクバーにもいなかったので、どこへ行ったのかと思っただけ。いったいどこにいたの」
「どこにも行きませんです。ずっとバスの中いました。おかげで面白い話聞けました」
「まあ、どんな話ですの」
ライケン夫人が尋ねた。
「ジョルジュの寝相物凄く悪いって、デニス喚いてました」
「おやおや、それでさっき彼らは別々のテントを張っていたのね」
マッケイは南回帰線から赤道寄りに約三百キロのところにある。夕食が終わると乗客たちはエレンとライケン一家、リンダを残してマッケイに出掛けて行くことになった。ラークは例によってトレーラーとバスを切り離した。乗車したツギオは、ふと座席のポケットに目をやり、はっとした声をあげた。
「ハインツ、君、このポケットに入れてあったノート見なかったですか」
「気が付かなかったけど、どうかしたのか」
「なくなったです」
ハインツは腰を浮かして椅子の下や棚の上を探し始めた。モードが椅子の背越しに顔を出して、どうしたのか尋ねた。
「日記帳なくなったんだ。確かにここ入れておいた、だけど」
と、ツギオはシートのポケットに手を入れた。中にはやはり、何も入ってなかった。モードは立ち上がって自分のシートの下を覗き込んだが、もちろんそこには何もなかった。彼女は通路を歩いて運転席へ行った。
「ラーク、ツギオのノートを見なかったかしら。彼、シートの背中のポケットに入れといたんだけど、今見たらなくなっているのよ」
「デニスに訊いてみてくれないか。彼が掃除してたから」
ラークは後ろを見ずに答えた。助手席に座っていたデニスが頭をかいた。
「もしかしたら……紙くずと一緒にゴミ箱に捨てちまったかもしんねえ。洗濯場の横にあったドラム缶だ」
「他にはどこにも捨ててないね。全部そこ捨てましたね」
念を押すように一語一語はっきりとツギオが言った。
「うん、間違いねえ」
ツギオはしばらく当惑げに立ち尽くしていたが、やがてラークに向かい、申し出た。
「ラーク、車止めて下さい。僕これからキャンプ場戻ってノート探す」
「それは大切なものなのかね。……もう十キロも来てしまっているけど」
「ツギオ、それってあなたの日記帳でしょう」
いつの間にかツギオの傍らに立っていたハガサが聞いた。ツギオはハガサとラークの両方の問いに答えて言った。
「ええ。日記別にいいんだけど、あれ友人のアドレス書いてあったので」
バスが止まり、降りたツギオをハガサが追いかけてきた。
「一人で大丈夫? マッケイまで行ってそこからタクシーで帰ったら」
「いえ、僕、一刻も早く帰りたいです。ここでヒッチして行きます」
三十分後、ツギオはキャンプ場に着いた。洗濯場の横には確かにドラム缶が置いてあった。しかし、中を見るともうからっぽになっていた。ツギオは未練たらしくドラム缶の中を探したり、落ちてはいまいかとその回りをライトで照らしたりしていると、洗濯物を持ったエレンが背後から声を掛けてきた。
「ツギオ、出掛けたんじゃなかったの」
「バスに置いといた僕のノートなくなった。デニスが掃除した時ゴミと一緒に捨てたかも言うんで、急いで帰ってきたですが」
「それじゃ、ちょっと手遅れだったみたい。さっき小型トラックで取りに来て、あそこの焼却炉に入れてしまったわよ」
彼女は管理事務所の方を指さした。そこには小型トラックが止まっており、その横の焼却炉らしい煙突から火の粉が飛んでいた。
「でも、ノートとゴミの区別がつかないなんて、いくらデニスでもちょっと解せないわ。誰かの悪戯じゃないかしら、ほら、ハインツの枕が行方不明になったこともあったし」
「かもしれない。だとしたら急いで帰った挙句、間に合わなかった間抜け思われたくないけど」
「じゃあ、間に合ったことにしとかない」
「どういう風に」
「ドラム缶をひっくり返して探したことにするの。手にくさい臭いが付いちゃって大変だったけど、もちろんノートはなかった。だから誰かが悪戯したと分かっちゃったの」
「あまりかっこよくない。でも間に合わなかったよりいくらかまし」
「そうよ、ずうっとましだわ。私も手伝ったことにして、証人になるわね」
エレンはにっこりした。一時間ぶりにツギオも落ち着きを取り戻し、笑顔になった。




