嘘も
「いいえ、もっと簡単で、もっと効果的なことでございます。……池田殿、すぐに京の町へ向けて、盛大に『大嘘』を触れ回るのです。」
「おお嘘ぉ!?」
またこの爆弾オヤジがとんでもないことを言い出した。私が裏返った声を上げると、久秀は我が意を得たりとばかりに楽しげに指を一本立てた。
「まず一つ。中国地方から爆走中の羽柴秀吉。奴がすでに山崎のすぐそこまで、数万の織田家最強の大軍勢を率いて到着したと言い触らします。」
「嘘じゃん! まだ走ってる最中だよ!? 下手したらまだ播磨にも入ってなくて、道中でゼーゼー息を切らしてる頃だよ!?」
「関係ございませぬ。民や明智の雑兵どもに『おい、もう秀吉の先鋒がそこまで来てるらしいぞ。』と思わせれば我らの勝ちにございます。そしてもう一つ……堺で四国征伐の準備中に信長様の訃報を聞き、ショックで兵が逃げ出してほぼ自壊状態に陥っている織田信孝様。彼の方も、数万の健在なる大部隊を率いて我らの後方にガッチリと控えていると発信いたします。」
「信孝様、いま数千人くらいしか残ってなくて津田信澄の件もあって大混乱、部屋の隅で絶望して泣いてるって噂だよ!?」
「結構。泣きっ面に大軍の幻影を被せるのです。さあ、この二つの特大の虚報を、京の町中へ一気に、それはもう盛大に発信なされませ!」
久秀はニヤニヤしながら、私にぐいぐいと顔を近づけてくる。その悪魔的な提案に、私は冷や汗が止まらない。
「ちょっと待ってよ! そんなあからさまなデマ、すぐにバレるに決まってるじゃないか! 現代のネット社会じゃあるまいし、戦国時代だよ!?」
「戦国だからこそ通用するのです。情報が遅いこの時代、一度流れた噂を検閲する術などありませぬ。ただでさえ主殺しの汚名を着て猜疑心に駆られ、おまけに味方が増えずにピリピリしている明智の兵どもです。『天王山を池田に奪われた。』という特大の失態の直後に、『後方から秀吉と信孝の数万の連合軍が迫っている、もう囲まれている。』などという噂を聞けばどうなるか……。戦う前に腰を抜かして、クモの子を散らすように自ら逃げ出しますぞ。」
「精神攻撃がエグすぎる!! 君、本当に5年前に爆死して反省したの!?」
「フハハ、三度の不義を働いた私を侮っていただいては困りますな。これぞ戦わずして勝つ極意。さあ池田殿、京の商人や旅人にこの噂を吹き込ませ、ついでに光秀の陣へ『秀吉到着!』の偽の早馬を何本か走らせましょう。文字通り『風を吹かせる』のですな。さあ、早く突撃の前の『お口の準備』を!」
自信満々に煽ってくる久秀を前に、私は「歴史がどんどん教科書と違う方向に、というかこのオヤジの邪悪な趣味の方向に爆走していく……。」と、遠い目をして天を仰ぐしかなかった。




