天王山なんて
「天王山を制した者が天下を制す。……って、あれ? 秀吉、まだ中国地方から走ってきてる最中だよね!?」
「御意。毛利との和睦に手間取っているのか、はたまた途中で腹でも壊したか。何にせよ、まだ届きませぬな。」
「じゃあ、天王山で戦ったのは誰よ!?」
「我が主、池田恒興殿の手勢。並びに池田殿が声をかけた摂津衆の面々にございます。……特にお味方の高山右近殿と中川清秀殿、あの二人の槍働きは見事でございました。光秀の先鋒を木っ端微塵に打ち砕き、今まさに天王山の山頂に池田の蝶の旗を掲げたところでございます。いやはや、実に痛快!」
腕を組んでフンと胸を張る久秀。爆死した男とは思えないほど健康的なドヤ顔である。
対する私は、完全に顎が外れていた。
「……ちょっと待って。高山と中川が頑張ったのは嬉しいよ? 嬉しいけど、私が指示したのって『とりあえず山崎あたりでピクニック気分で陣を敷いて、秀吉が来たらすぐ引き渡せるようにしといて。』ではなかったっけ!?」
「ええ。ですので伊木殿から二人に『主の意図は、秀吉が来る前に天王山を完全占拠せよとの厳命である。遅れた者には切腹を申し付ける。』と、主の言葉を少々翻訳してお伝えすればよろしいかと。」
「超訳すぎるわ!! 営業妨害だよ!!」
頭を抱えて叫ぶ私。
歴史が壊れる。秀吉の輝かしい出世双六が、この爆弾オヤジのせいでサイコロごと粉砕されている。
ガクガクと膝を震わせる私を、久秀はどこか楽しげに、それでいて鋭い眼光で見つめている。
「だ、だけどさ、いくら天王山を抑えたからって、明智光秀だって戦国を生き抜いた歴戦の猛者だよ!? 前衛が少し崩されたくらいで、本隊の一万数千がそのまま戦意喪失して敗走するわけないじゃないか! 普通に考えたら、ここからが本番だよ!」
必死に常識的な戦術論をまくしたてる私に、久秀はふっと不敵な笑みを浮かべた。
その目が、かつて信長を二度裏切り、東大寺を焼き払ったとされる稀代の梟雄の輝きを取り戻す。
「おやおや、我が主はやはりお優しい。まともにぶつかり合うことしか考えておられぬ。おっしゃる通り、ただ天王山を取っただけでは光秀は退きませぬ。……なればこそ、その前に『やるべきこと』があるのではありませぬか?」
「やるべきこと……? 明智の兵糧を断つとか?」
「いいえ、もっと簡単で、もっと効果的なことでございます。」




