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周囲は盛り上がっているけど

石山から伊丹城へと戻る道中、私の胃は雑巾のように雑に絞られ、限界を迎えていた。

進軍の最中、我が池田軍の一万の兵たちは「明智討伐の先鋒だ!」と、これ以上ないほどお祭り騒ぎで盛り上がっている。

城の自室に戻り、私は一人でどさりと畳に崩れ落ちた。

(どうする。どうすんだよこれ。一万の先鋒って、実質的に明智光秀のガチ勢と正面衝突しろってことじゃねえか!)

恐怖で頭を抱えていると、部屋の隅の、今度は観音開きの棚の影から、ぬっとあの忌々しい老人が姿を現した。だからお前は本当にどこから湧いて出てくるんだ。

「戦うしかありませんな、恒興殿。」

松永久秀は、まるで他人事のように意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「戦うしかねえって、簡単に言うな! 冷静に考えてみろ、圧倒的に兵力が足りぬわ!」

私は恒興のドスの効いた声で、八つ当たり気味に怒鳴った。

歴史本の記憶に問いかけても、勝算がまるで薄い。

「確かに、高山右近や中川清秀ら摂津衆はやる気満々で、我が軍と共に積極的に戦うと言ってくれている。だが、彼らを合わせても明智の本隊に対抗するには兵力が足りぬ!それに。我が池田の名では、他を動かすことはできんのだ。大和の筒井順慶も、丹後の細川親子も、池田如きでは動かず他人事を決め込むに決まっている! そして何より……。」

私はがしがしと頭を掻きむしった。

「信孝様と、近江にいる次男の織田信雄殿はめちゃくちゃ不仲だぞ! あいつら、この状況でさえ手を取り合って光秀を挟み撃ちにするなんて芸当、絶対にできん! 筒井も細川も動かせず、織田の兄弟で挟み撃ちもできん。この状況で光秀と戦っても、勝ち目など万に一つもない!」

戦国の世、身内の不仲や周囲の静観は致命傷だ。歴史本の記述通り、織田の兄弟は壊滅的に仲が悪い。

このまま突っ込めば、やる気満々の摂津衆もろとも、池田軍は先鋒として明智軍に文字通り擦り潰される。

「いえ、問題ありません。」

久秀はあごヒゲをいやらしく揺らし、平然と言い放った。

「問題大有りだろ! 他人事を決め込みやがって、この爆破ジジイ……!」

喉まで出かかった暴言を必死に飲み込み、私は久秀を閻魔大王のような形相で睨みつける。

「おい久秀、お前はさっきから何を余裕ぶっているんだ。お前、何か勘違いしていないか? 確かにこの後、羽柴秀吉が『中国大返し』とか言う大移動で毛利から爆速で戻ってきて、明智を山崎の戦いで撃破する。……だから、それまで持ちこたえれば俺たちの勝ち。」

「恒興殿、お主は先ほどから、何を奇妙なことを言っているのだ?」

久秀がフッと冷たい笑みを浮かべ、私の言葉を遮った。

その目は、すべてを嘲笑うかのように妖しく光っている。

「羽柴が明智を破ったあの戦いなのでありますがね……。実は、その前提が狂っておるのだよ。」

「……は? 前提が狂ってる?」

私が呆然と問い返すと、久秀は私の耳元へ一歩歩み寄り、悪魔の告白のように、低く艶のある声で囁いた。

「羽柴の猿めは、毛利との和睦に手間取り、進軍が大幅に遅れておる。……秀吉は、あの戦いに間に合っていません。」

「え?」

脳が思考を停止した。

秀吉が間に合っていない?

嘘だろ。中国大返しは? 山崎の戦いの勝者は? 豊臣秀吉の天下は?

「お主が何を根拠に『羽柴が来る』などと確信していたかは知らんが、現実は非情よ。今、この畿内で明智光秀の首を取れる位置にいる大軍は……お主が率いる、池田と摂津衆の一万数千のみ。」

久秀はにやりと、この世の終わりを告げるかのような最高の笑顔を浮かべた。

「さあ、名実ともに、お主が明智討伐の総大将だ。どうする? 恒興殿。」

(歴史のカンニングペーパーが、燃え尽きやがった!!!)

秀吉という最強の盾を失い、私は今度こそ本当に、ガタガタと震えながら白目を剥きそうになるのを必死に堪えるのだった。

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