内輪揉め
「大坂・石山にて、いくさとなっている模様であります。」
家老・伊木忠次が部屋入るなり言って来た。
どうやら私の休憩時間は終わったらしい。
「大坂? 誰と誰が戦っているんだ?」
「四国攻めのために堺に滞在していた信長様の三男・織田信孝様。それと宿老の丹羽長秀様の両名にございます。石山に陣を敷いていた津田信澄様を急襲いたしました!」
忠次の報告に私の現代人脳が激しく回転する。
津田信澄。信長の弟である織田信行の息子……つまり、信長の甥にあたる男だ。有能で人望もあったはずだが、なぜ味方同士で殺し合いを?
「……あ」
思い出した。信澄の奥さんは明智光秀の娘。
信澄は光秀の「婿」にあたる。
「信孝様らは『津田信澄は明智の謀反に加担している。』と主張されております。四国攻めのために伊勢などから掻き集められた信孝様の兵たちは、本能寺の報を聞いて大混乱となり、次々と脱走しているとか。信孝様としては、ここで信澄様を討ち果たすことで軍の動揺を抑え。統制を取り戻す狙いかと。」
「なるほど……。で、戦況は?」
「不意打ちを喰らった信澄様は防戦一方。石山に籠もって必死に耐えておられますが、落ちるのは時間の問題かと。殿、我が池田勢はどう動きますか!」
忠次のギラギラした視線が刺さる。
どう動くかって? 決まっている。
(関わりたくねえ!!!)
私は内心で即答した。
歴史の記録によれば、津田信澄はここで冤罪のまま殺される。可哀想だが今の私は中身一般人の池田恒興だ。ここで大坂に介入して歴史をゴチャゴチャにしたら、どんなバグが起きるか分かったものではない。
「……静観だ。明智の動静が気になる。今は兵を動かさず、様子を見るのが上策。」
私は恒興のドスの効いた声で、いかにも「深謀遠慮な宿老」っぽく告げた。
忠次は「さすがは殿!見事な大局観であります!」と深く感服し、再び部屋を出て行った。
よし、これでいい。危ない橋は叩いて渡らない。
秀吉が中国地方から爆速で戻ってくるまで、この伊丹城で引きこもりを満喫してやる。
ほっと胸をなでおろし、お茶でも飲もうとした、その時だった。
「実につまらん。つまらんぞ、恒興殿。」
「ぶふっっ!?」
天井からの声に口に含んだ水を盛大に吹き出した。
振り返るとまたしても部屋の隅。今度は床の間の掛け軸の裏あたりから、松永久秀がぬっと姿を現した。だからどこから入ってきたんだお前は。
「な、何が詰まらんのだ……! 身内の処罰に巻き込まれないのは当然の処世術だろうが!」
「甘い。甘すぎるわ。お主のそのゴリラのような頭の中は伽藍に過ぎないのか。」
(だからゴリラって言うな!)
久秀は白髪交じりのヒゲをいやらしく揺らし、ふっと妖しい笑みを浮かべた。
「よいか。信孝と丹羽の軍勢は、脱走兵が相次いで文字通りの『烏合の衆』。不意打ちで信澄を攻め立ててはいるが、少数な上に、防戦に手こずって疲弊しきっておる。つまり……。」
久秀は私のすぐ目の前まで歩み寄り、その顔にドス黒いまでの野心をみなぎらせて囁いた。
「石山が落ち、彼奴らが信澄の首を取って油断した瞬間を見計らい――我が池田の一万の兵で、信孝と丹羽長秀を後ろから襲撃して皆殺しにするのだ。」
「はあああ!?」
私はひっくり返りそうになった。織田信長の息子と、織田家ナンバー2の宿老を、後ろから不意打ちで暗殺しろだって!?
「何を驚く。信長亡き今、織田の血を引く信孝と、重鎮の丹羽は邪魔なだけ。ここで二人の首を取れば、摂津・大坂は完全に池田のもの。明智光秀も、羽柴の猿も、お主にひれ伏すしかなくなる。……くくく、最高の漁夫の利ではないか?」
楽しそうに笑う爆破オヤジの目は、完全に本気だった。
(このじいさん、やっぱり頭がおかしい!!! 初手から明智じゃなくて織田家を滅ぼしにかかってるよ!!!)
私は恐怖のあまり、今度こそ完全に脳のキャパシティを超え、白目を剥いて卒倒しそうになるのを必死に堪えるのだった。




