確か5年前に
いやいやいや、おかしい。おかしいだろ!
私が持つ歴史の記録とは違い過ぎる。
目の前にいる男の顔、そしてその名乗り。間違いない。戦国最悪の裏切り者にして、教科書にも載っている有名人だ。
しかし時系列がおかしい。
本能寺の変は1582年。松永久秀が信長に逆らって信貴山城で爆死したのは1577年。
5年も前に木っ端微塵になってこの世を去ったはずの人間が。なぜ今、私の目の前で涼しい顔をして畳に座っているのか?
私は引きつった顔のまま思わず叫んでいた。
「お、お前……! 5年前に信貴山城でお宝の茶器(平蜘蛛)と一緒に爆発して死んだだろ!?」
「ほう。」
久秀はあごヒゲをなでながら、感心したように目を細めた。
「あの織田の目を欺くための大芝居を見破られておったか。さすがは信長公の乳兄弟、池田恒興殿。伊達にゴリラのような面構えをしておられぬ。」
(誰がゴリラだ!)
心の中で激しく突っ込む。いや、それより大芝居ってなんだ。
「爆死したというのは……嘘なのか?」
「嘘に決まっておろう。誰が好き好んで爆薬を抱いて火をつけねばならんのだ。……熱いではないか。」
平然と言い放つ老梟雄に、私は目眩を覚えた。熱いではないか。で済む問題だろうか。あらゆる歴史本に様々な手法を駆使し描かれて来た最期は嘘だったのか?
「では、あの時死んだのは……。」
「適当な身代わりよ。平蜘蛛の茶器も、今なお我が懐にある。……で、あるからして。」
久秀はにやりと、それこそ悪魔のような禍々しくも魅力的な笑みを浮かべ、身を乗り出してきた。
「信長が死んだ今、私を縛るものは何もない。摂津を瞬く間に掌握したお主の器量と家臣団。そして私の知略があれば、天下など容易く転がり込んでくる。どうだ? この松永弾正久秀と、一勝負乗ってみる気は……」
(あるわけねえだろ!!!!)
私の内心は全力の拒絶で埋め尽くされていた。
松永久秀。主君を殺し、将軍を殺し、大仏殿を焼いた戦国三大悪人の一人だ。そんな歩く劇薬みたいな男に関わったら最後。今度こそ一瞬で討ち死に向け一直線。
「おい、聞いておるか? 恒興殿」
怪訝そうに顔を覗き込んでくる久秀に対し、私の肉体(池田恒興)は、恐怖のあまり奥歯をガチガチと鳴らし、凄まじい形相で睨みつけるようなポーズになっていた。
それを見た久秀は、ふっと満足そうに息を漏らす。
「くくく……なるほど。すでに言葉など不要、腹は決まっているというわけか。その凄まじい闘志、恐れ入った。では共に、まずは明智の動向を見定めるといたそう。」
勝手に話を進め、久秀はまたしても煙のように部屋の影へと消えていこうとする。
(待て! 違う! 俺はただガタガタ震えてただけだ! 誰か、誰か伊木忠次を呼んでくれー!!)
優秀すぎる家臣団に続き、戦国最悪のバグキャラまで巻き込んで、私の「池田恒興としての初日」は最悪のスタートを切るのだった。




