一部真実を
久秀は実にあっさりとドヤ顔で言い切った。
「ですが、敗軍の将である光秀にそんな冷静な判断はできません。『あのサルがもうすぐそこまで来ている』と聞くだけで、胃に穴が空くほどの恐怖を味わっているはず。……ククク、さらにこれだけでは面白くありませんので、隠し味をいくつかトッピングしておきました。」
「隠し味……?」
嫌な予感しかしない恒興に、久秀は指を立てて楽しそうに数え上げた。
「一つ、信長公の三男・織田信孝様の軍勢が、秀吉の後を追うように山崎を通過し、怒り心頭でこちらに向かっている。
二つ、伊勢の織田信雄様の大軍が、近江の明智の領地に怒涛の勢いで侵入し、坂本城を今まさに包囲せんとしている。」
「全部大嘘じゃねえか!!!」
天幕が震えるほどの声で恒興が突っ込む。
「信雄なんて今頃伊勢で右往左往してるはずだし、坂本城が落ちるわけないだろ!」
「ええ、全部嘘です。ですが、この『織田家の血筋(信孝・信雄)がブチギレて総攻撃を仕掛けてきている』という情報が流れた瞬間、どうなると思います? 近江や丹波の明智残党は自分の領地が心配で後詰めどころではなくなり、日和見の筒井や細川は『うわっ、織田の直系が直々に動いたなら明智はもう終わりだ! 味方するのやめよ!』と完全に凍りつきます。」
久秀は扇子でパタパタと自分の顔を仰ぎながら、これ以上ないほどのドヤ顔で恒興を見つめた。
「どうです? 貴方様が恐れていた『後詰め』も『周囲の裏切り』も、私の紙切れ数枚で全て綺麗に消えてなくなりましたぞ。城内の光秀は今頃、孤立無援の恐怖でガタガタと震えているはずです。」
「お、お前……頭の構造どうなってんだよ……悪魔かよ……。」
恒興がその智謀の恐ろしさに戦慄していた、まさにその時だった。
「報告!! 報告いたします!!」
天幕のカーテンを跳ね除け、池田家の物見(斥候)が息を切らせて飛び込んできた。その顔は驚愕に染まっている。
「ど、どうした!? 秀吉が来たか!?」
恒興が身構えると、物見は首を激しく横に振った。
「違います! 勝龍寺城の北側、惣構えのすぐ目の前の街道に……本当に織田信孝様の旗印を掲げた数千の軍勢が姿を現しました!! 間もなく到着いたします!」
「……は???」
恒興の思考が完全にフリーズした。
今、久秀が「デマだ。」と言ったばかりの織田信孝の軍勢が、なぜか実際に勝龍寺城の目の前にワープしてきたのだ。
(えっ? 歴史の修正力!? それとも久秀のデマが現実化する特殊能力でもあるの!?)
混乱の極みに達した恒興が、恐る恐る隣の松永久秀を振り返る。
すると久秀は、驚くどころか、最初から全て計算通りだと言わんばかりに、フッ……と不敵な笑みを浮かべ、これまでで一番強烈な、テカテカと輝くような「超・ドヤ顔」を恒興に向けてみせたのだった。
「な? 言ったでしょう? 『戦うしかない。』と。」
(だからなんで本当に来てるんだよおおお!!!)
現代人・池田恒興の悲鳴は、現実に現れた織田信孝の軍勢の地鳴りのような足音にかき消されていくのだった。




