不安に駆られているのは
「はぁ……もうダメだ。終わった。誰かタイムマシンで現代のファミレスに帰らせてくれ……。」
天幕の片隅で、体育座りをしてガタガタと震える池田恒興。その視界に、ぬっと黒い影が差した。見上げると、いつの間にか結界を破るようにして天幕の中に佇んでいる松永久秀の姿があった。
「おやおや天下を望む英傑が、まるで借りてきた猫のように丸まっておられる。恒興様、そんなに青い顔をして、一体何を恐れていらっしゃるのです?」
「ひ、久秀……! 恐れるに決まってるだろ! 見ろよあの城! 惣構だぞ! 川に守られてるんだぞ!」
恒興は飛び起きると、久秀の襟元を掴んで小声でまくしたてた。
「それだけじゃない! 近江坂本や丹波の明智残党が後詰めで来たらどうする!? 今は日和見してる筒井や、不戦を気取ってる細川が『光秀が粘ってるから味方しちゃお♪』って手のひらを返したら、俺たちはここで袋叩きだ! 完全に詰んでるんだよ!」
必死の形相で現状の絶望的なシミュレーションを叩きつける恒興。これで久秀も少しは現実を見て「では退却しましょう。」と言うかと思いきや。
久秀は、まるで面白いおもちゃを見つけた子供のように、目を爛々と輝かせて低く笑い始めた。
「……何が可笑しいんだよ!」
「いや失礼。流石は信長公の乳兄弟、そして我が池田恒興様だ。凡百の武将であれば『光秀の首は目の前ぞ!』と盲目的に突撃するところを、貴方様はすでに近江・丹波の動向、ひいては筒井や細川の裏切りまで完全に予見しておられたとは。」
「予見っていうか、歴史の知識……じゃなくて、普通に考えたらヤバいだろ!」
「ええ、その通り。普通に戦えば、我らは遠からず全滅するでしょう。」
久秀は恒興の掴んだ手を優しく引き剥がすと、まるで劇場の役者のように大袈裟に両手を広げた。
「しかし恒興様、不安に駆られているのは池田様だけではありません。城の中にいる、あの明智光秀も全く同様でありますぞ。」
「光秀も……? あんな要塞に籠もってて、何が不安なんだよ。」
恒興が眉をひそめると、久秀はニヤリと口角を上げ、懐から怪しげな書状(本日二度目)を取り出した。
「光秀にとって最大の恐怖は何です? そう、西国から爆走してくる羽柴秀吉です。ですから私は、城内にいる光秀の耳元へ届くよう、徹底的にこの情報を流させました。『羽柴秀吉の数万の大軍、すでに山崎の防衛線を突破し、勝龍寺城の目と鼻の先を通過した。』と。」
「はぁ!?」
恒興は思わず裏返った声をあげた。
「ちょっと待て! 秀吉はまだ移動中!? 通過してないじゃん!」
「ええ、通過していません。完全なるデマです。」




