合議
「戦うしかないでしょう。」
という久秀の悪魔の囁きに、背中を押されるどころか崖っぷちから突き落とされた池田恒興だったが、まだ諦めてはいなかった。
(そうだ。私には信頼できる家臣や同盟者がいる。ワンマン経営のブラック企業じゃないんだから、こういう大事な方針はみんなで決める。『合議制』に限る!)
恒興はすぐさま池田家重臣の伊木忠次に息子の元助と輝政。そして先ほどの戦いで大活躍してくれた功労者・高山右近と中川清秀を天幕に集め、軍議を開いた。
当然、そこに「5年前に爆死した不審者」である松永久秀の姿はない。
(さあみんな!『もう疲れたから引き揚げましょう。』とか『秀吉を待つべきです。』とか、私の大暴走プランを全力で否定してくれ……!)
恒興は祈るような気持ちで、一同を見渡した。
「……皆の者、よく聞いてくれ。たった今、私に『勝龍寺城の光秀を即座に叩き、後ろから来る秀吉も締め出し、織田家における地位を盤石なものとする。』と言う考えである。皆の意見を聞きたい。」
全力で「NO」と言ってほしそうな顔で、恒興はあえて久秀の過激なプランを提示した。
ところが。
「――素晴らしい!! 驚きました、流石は恒興様だ!!」
最初に立ち上がって拳を握りしめたのは、敬虔なキリシタン武将、高山右近だった。その目は信仰の光を通り越して、完全にガチ勢のそれである。
「光秀を討ち漏らせば、再び天下は混沌に陥ります! 秀吉殿が来る前に我らが光秀を捕らえ、乱世を終わらせる……これぞ神の御心! 私の鉄砲隊、いつでも突撃できます!」
「えっ、あ、右近殿? 神の御心はもうちょっと穏やかなやつじゃ……。」
恒興が引きつった笑顔を向けると、今度は中川清秀がドサリと机を叩いた。
「いやぁ、恒興様がそこまで骨のある男だとは思わなんだ! 確かにサルに手柄を独り占めされるのは面白くない! あいつの鼻明かしてやろうぜ!」
「清秀殿。君は秀吉と義兄弟でしょ!? 身内への対抗心が強すぎない!?」
周囲の熱気は、恒興の焦燥感を置き去りにしてどんどん上昇していく。
若き息子たちも完全に目が血走っていた。
「父上! 我ら池田家が織田家を支える大黒柱となる時が来ましたな!」(長男・元助)
「兄上、手柄の横取りは許しません! 秀吉の鼻をへし折りましょう!」(次男・輝政、後の姫路城主)
(お前ら、相手はあの『天下人・豊臣秀吉』だぞ!? あと数年したら俺たちをアゴで使う男だぞ!? 調子に乗るな!)
恒興は心の中で絶叫し、最後の希望である理性的な重臣、伊木忠次に視線を送った。
(忠次……! お前だけは現実を見てくれ! 止めてくれ!)
忠次はしばらく腕を組み、険しい顔で考え込んでいた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……恒興様。羽柴殿の行軍速度は異常。仮にここで我らが休めば、山崎の功績はすべて羽柴殿のものとなり、我が池田家は発言権を失うでしょう。……やられる前に、やる。これしか池田家が生き残る道はございませぬ。この伊木忠次、殿の英断に命を捧げます!」
(お前もかァァァァ!!!)
全会一致。まさかの反対意見ゼロ。否定されるどころか、満場一致で「池田恒興、天下取りへ向けて進軍開始!」のクラッカーが鳴らされてしまった。
上気した顔で「オオオ!」と勝鬨をあげる武将たちの真ん中で、恒興だけが真っ白な灰のようになってガタガタと震えていた。
その耳の奥で、ここにいないはずのあの男の、愉しげな声が幻聴となって大音量で鳴り響く。
『ね? 言ったでしょう? 戦うしかないでしょう、光秀とも、秀吉とも。』
(久秀ぇぇぇぇ! お前の呪いか! 呪いなのかァァァ!)
こうして、現代人・池田恒興の「家康デスゲーム回避ルート」は、周囲の熱狂という名のガソリンを注がれ、秀吉とのガチンコ衝突ルートへと完全に向きを変えるのだった。




