休んでいる暇は
織田信長の乳兄弟、そして今や歴史の荒波に絶賛流されている池田恒興(中身:事なかれ主義の現代人)は、激戦を終えて泥のようにへたり込んでいた。
「ハァァァ……死ぬかと思った。もう無理、一歩も動けん。あとは秀吉が勝手にやってくれ……。」
勝鬨をあげる兵たちを横目に、ようやく訪れた平和を噛みしめ、兜を脱ぎ捨てて思いきり一息ついた――その時である。
「おやおや、天下を望む英傑が、このような地べたで泥にまみれて休んでいる暇などありませんぞ?」
草むらからガサゴソと、もはやお馴染みとなった「5年前に爆死したはずの男」松永久秀が、なぜか新品同様のピカピカの羽織を着て現れた。
「ひ、久秀……! お前、戦の間どこに隠れて……じゃなくて、もう終わったんだよ! 勝ったんだから休ませろ!」
「何をおっしゃる。戦はここからが本番でございます。恒興様、耳をすませてご覧なさい。あちらの勝龍寺城には、敗走した明智光秀が未だに立てこもって再起を狙っております。」
「えっ、光秀まだいるの!?」
「そしてさらに、あちらの西国街道からは、羽柴秀吉の軍勢が『ウキーッ!』とものすごい形相で、京に向けて爆走中でございます。」
久秀は楽しそうに、扇子でパタパタとふたつの方向を指し示した。恒興の脳裏に、嫌な予感がよぎる。
「……待て。ということは、何かい?」
「左様。仮にこのまま、我々がここで『ふぅ、疲れた』とサボっている間に秀吉が到着し、そのままの勢いで光秀を追い払ってごらんなさい。世間はどう見るか?」
「『やっぱり秀吉様が光秀を討ったぞ!』ってなる……?」
「その通り! 山崎での我が池田軍の流血も、私の素晴らしいデマ工作も、すべての成果をあのサルが一瞬でかっさらっていくのです! 美味しいところだけを持っていかれ、我々は『前座』扱いで終わります。これだけは、これだけは絶対に避けねばなりませぬ!!」
久秀がギリッと歯噛みし、自分のことのように悔しがる。しかし、恒興はむしろ「それでいいじゃん♪」と思った。
「いや、別に持って行かれてもよくない? むしろ秀吉が天下取ってくれた方が、歴史が元に戻るのだから……。」
(そうだ、歴史通りに秀吉が天下人になれば、俺は清洲会議で適当に領地をもらって、あとは余生をのんびりイージーモードで過ごせるはず!)
そんな現代人ならではの打算が口から出かかった、その瞬間。
久秀が、冷ややかな、しかし妙に憐れみに満ちた目で恒興を見つめた。
「……恒興様。お言葉ですが、『歴史が元に戻る』と、貴方様はどうなるかご存知ですか?」
「え? いや、そりゃあ普通に織田家の重臣として……。」
「数年後、小牧・長久手の戦いにて、徳川家康の軍勢に文字通り『ボコボコ』にされて命を落とすことになりますぞ」
「ええっ!?」
恒興は飛び起きた。完全に忘れていた。史実の池田恒興は、家康のガチ勢に急襲されて戦死するのだ。
「い、家康との戦いで死ぬの!? 俺!?」
「ええ、それはもう無惨に。つまり、ここで秀吉に天下を譲るということは、貴方様が将来『家康に討たれるデスゲーム』の入場券にサインするのと同じ。……さあ、どうされます?」
久秀が邪悪な笑みを浮かべ、恒興に詰め寄る。
歴史のレールに戻ったら、待っているのは確定した死。しかし、レールを外れれば、目の前には凶暴な光秀と、後ろから迫る怒れる秀吉。
「デ、デスゲームは嫌だ! 生き残りたい! でも、じゃあ一体どうすればいいんだよぉ!」
頭を抱えて叫ぶ恒興に、松永久秀は待ってましたとばかりに、目を爛々と輝かせて言い放った。
「決まっているでしょう。戦うしかないでしょう、光秀とも、秀吉とも。さあ、進軍です!」
「嫌だあああ! 歴史の修正力が強すぎるううう!」
恒興の悲痛な叫びを置き去りに、池田軍は久秀の手によって、さらなる歴史の泥沼へと強制発車させられるのだった。




