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デマが

まさか閉まった門の外側から、池田の本体が回り込んでくるとは夢にも思っていなかったのだろう。

思わぬ伏兵の登場に、明智の先鋒は一気に動揺を見せる。

そこへ集落の内部にいる高山右近の鉄砲隊、そして左右に回り込んだ我が池田勢と中川勢。

「放てぇぇぇい!!」

ガチガチに固まった斎藤勢に向け、三方からの容赦のない一斉射撃が浴びせられた。バババババン!と鼓膜を震わせる轟音が山崎の地に響き渡り、さしもの明智の精鋭もバタバタと崩れ落ちていく。

「よし! いけるぞ! このまま押し潰せ!」

私が拳を握りしめた、その時。

少し離れた後方で、戦況を見守っていた明智光秀の本陣に、凄まじい衝撃が走っていた。

光秀の目には、この戦況が「恐ろしい悪夢」として映っていたのである。

(な、何ということだ……! 先鋒の斎藤が、山崎の集落の罠にハメられ、三方から包囲されている……! やはり京の町で流れていた噂は真実だったのだ!)

光秀の脳裏に、先ほどから届いていた「大嘘(久秀製)」が鮮烈によみがえる。

『羽柴秀吉の数万の大軍、すでに山崎のすぐそこに到着!』

『織田信孝の数万の大部隊、後方にガッチリと控える!』

(池田恒興め、あえて先鋒を山崎の狭路に引き込み、包囲殲滅するとは……。これほど鮮やかな手際、背後に秀吉と信孝の数万の連合軍が控えていなければ絶対にできぬ芸当! すでに我らは、奴らの巨大な包囲網の中に囚われているのだ……ッ!!)

完全に久秀の特大デマを真に受け、ガクガクと震え出す光秀。

本当は背後には一兵たりともおらず、秀吉は今頃道中で「嘘やろ!?」と白目を剥きながら爆走している最中なのだが、目の前の池田軍の見事な(行き当たりばったりの)三方包囲が、デマの信憑性を100倍に跳ね上げてしまっていた。

「これ以上の池田攻略は無理だ……! 包囲が完全に完成する前に、一度退くぞ! 全軍、勝龍寺城へ撤退せよ! 退却だ!!」

光秀の悲痛な号令とともに、明智軍の本隊が、池田勢を攻め落とすことを完全に諦めてクモの子を散らすように引き返し始めた。死に物狂いだった斎藤の残兵たちも、本隊の撤退を見て大慌てで敗走していく。

「……あれ? 引いていく?」

私が呆然と刀を握ったまま呟くと、横から松永久秀が「フハハハ!」と高笑いをあげて進み出てきた。

「見事な勝利でございますな、恒興殿。これぞ『風』を操る者の戦。私の大嘘と、高山殿の強欲、そして恒興殿の泥縄……いや、臨機応変な采配が見事に噛み合いました!」

「勝っちゃったよ……。秀吉が来る前に、明智の本隊を追い払っちゃったよ……。」

歴史の教科書が、破り捨てられるどころかシュレッダーにかけられて跡形もなくなっていく。

山崎の集落の西国街道には、硝煙の匂いと、我が池田家の「勝利の鬨の声」、そして東の門の向こうから「神の勝利である!!」とまだ手柄を独り占めしようと叫んでいる右近の声が虚しく響き渡っていた。

私はただ遠い目をして、光秀が逃げていく勝龍寺城の方角を眺めることしかできなかった。私の胃に空いた穴は、さらに深くなった気がした。

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