軍師久秀
「落ち着きなされ。今こそ明智を討つ好機であります。」
私の両手で胸ぐらを掴まれ、前後にガクガクと激しく揺さぶられている真っ最中だというのに、この爆弾オヤジは一切動じることなく、むしろ涼しい顔でそう言ってのけた。
「何が好機だよ! こっちは門の前で締め出されて芋引いてるんだよ!?」
「フハハ、恒興殿は視野が狭い。よろしいか。斎藤勢は山崎の集落目掛け、遮二無二突っ込んでおります。我が方の『大嘘』に踊らされ、退路を断たれる恐怖から、高山右近の立て籠もる東の門しか見えておりませぬ。……つまり、その側面は今、ガラ空きでございます。そこを狙いなされ。」
久秀はニヤリと不敵に笑い、山崎の集落の「外側」の地形を指さした。
……なるほど。確かに斎藤利三の部隊は、集落の中にいる右近を叩き潰すことだけに完全に意識が集中している。猪突猛進、脇目も振らずに狭い街道へ雪崩れ込んでいる最中だ。
もう、こうなったらこのオヤジの言葉を信じるほかない。
現代人としての理性は「絶対にろくなことにならない。」と警報を鳴らしているが、背後からは明智の本隊の足音が迫っているのだ。ここで立ち往生して全滅するくらいなら、一か八かの大博打に出るしかない! 私はぐっと腹を括った。
「中川殿! 伊木! 門を殴るのをやめろ! 作戦変更だ!」
私の大音声に、斧を振り上げていた家臣たちが一斉に振り返る。
「中川殿は左へ! 伊木は右へ回り込め! 山崎の集落を大きく迂回し、突っ込んでいる斎藤勢の左右の横腹に食らいつくぞ!」
「おおっ! さすがは殿、右近の抜け駆けすらも計算に入れた、さらなる大計ですな!」
伊木忠次が感動の涙を浮かべんばかりの顔で頷く。いや、完全にただの現場の泥縄式な方向転換なんだけどね!?
中川清秀と伊木忠次をそれぞれ別働隊とし、私たちは山崎の集落の建物の外側を猛ダッシュで駆け抜けた。
集落の内部からは、右近の軍勢と斎藤勢が放つ「パパーン!」「ウオォォ!」という激しい銃声と怒号が聞こえてくる。それを横目に、私たちは二手に分かれて明智の左右へと回り込んだ。
「今だ! 突撃ィィィーーーッ!!」
「今だ! 突撃ィィィーーーッ!!」
私の下知とともに、池田・中川の軍勢が、斎藤勢の無防備な側面にドカドカと突っ込んだ。
「なっ……!? 側面から敵だと!?」
山崎の集落を強行突破することしか頭になかった斎藤利三の部隊は、完全に不意を突かれた形になった。




