抜け駆け
「西の門が……閉じられて、おります……ッ!!」
伝令の悲痛な叫びが、山崎の街道に響き渡った。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
私は手にした刀を落としそうになりながら、声が裏返るのを止められなかった。
突撃。確かに私は言った。全軍に告げよ、遅れるな、と格好よく鯉口を切って、自ら先頭に立って駆け出したのだ。地響きを立てて迫る明智軍を正面から迎え撃つ。その覚悟を決めた男の背中を、家臣も息子たちも涙を流さんばかりの熱い視線で見送ってくれた。
それなのに、いざ出陣してみれば、目の前にある山崎の集落の西黒門がガッチリと閉ざされている。木製の分厚い門扉は、まるで「ここから先は立ち入り禁止」と言わんばかりの冷徹さで、私と池田家の軍勢を完全にシャットアウトしていた。
「ちょっと待って、なんで閉まってるの!? 右近! 高山右近ーーーっ!?」
事の始まりは、ほんの少し前。
山崎の集落――西国街道沿いに2キロにわたって細長く伸びるこの地には、東西にそれぞれ『黒門』と呼ばれる頑丈な門が配されている。夜間の出入りを遮断するための防衛機構だ。
その東黒門へ、明智軍の先鋒である斎藤利三の部隊が殺到しているという報が入った時、先陣を切って山崎の集落へ滑り込んだのが、あのキリシタン武将・高山右近だった。
利三の部隊が東黒門の前で「門を開けよ!」と怒号を上げている中、右近は冷徹だった。自身の高山勢がすべて山崎の集落内に収まったのを確認するや否や、背後の「西の門を閉めよ。」と指示を出したのだ。
明智を迎え撃つための防衛陣地を作る――そこまでは戦術として理解できる。
だが、彼はさらに、恐怖に震える山崎の領民たちに「東の門を開けてやれ」と指示を出した。
焦れて開門を待っていた斎藤利三の部隊が、やっと開いた門から「しめた!」とばかりに雪崩れ込んできた瞬間。
「打てぃ!!」
右近の大音声とともに、完璧な迎撃態勢を整えていた高山勢の鉄砲が一斉に火を噴いた。街道の狭い一本道で、高山軍と斎藤軍の激しい肉弾戦が始まったのだ。
そこまではいい。そこまでは実に見事な伏兵戦術だ。
問題は、それを後ろから見ていた私が、「よし、右近が敵を止めているうちに、我らも突入して横合いから明智を叩き潰すぞ! 突撃!!」と叫んだ、その直後である。
門が、開かない。
「殿! 高山殿、我ら池田の軍勢が到着する前に、西の門を内側から完全に閉じてしまっております!」
「なんでだよ!! 味方だろ!? 後ろから援軍が行くって言ってるじゃん!!」




