098⚫️病と慣わし
亡き妻の墓前で静かに手を合わせていたバルハインのもとへ、
荒い息の伝令が駆け込んで来た。
「バルハイン様!カナタ様から至急の応援要請です!」
その一言に、彼の返事は短い。
「行くぞ。」
医療物資を抱え、険しい山道を急ぎ、
バルハイン一行はカナタたちに合流した。
ヴィンチ村はすでに混乱の渦中にあった。
「火だ!火を熾せ!伝承どおりにするんだ!」
「飛び込ませろ!そうしなければ、村が滅びる!」
高熱で弱った老人が、力を振り絞って炎へ這い寄っていく。
村人たちは恐怖に怯えながらも、
’慣わし’を破れば、もっと恐ろしいこと起きると信じている。
「やめろ!」
カナタが老人を抱き止めた瞬間、村人たちが一斉に怒号を上げる。
「邪魔するな!呪いが広がるぞ!」
「前は人の数が半分になったんだ!」
「慣わしを破る気か!」
その中へ、バルハインが歩み出た。
「呪いではない。これはただの病だ。」
彼は老人の皮膚に触れ、脈を測り、瞳孔を確かめる。
だが、その手が一瞬だけ止まった。
・・・見たことがない。
公国の最先端の医学を修めた彼でさえ、この病は未知だった。
「ガルドン!」カナタが火の前に立ちふさがり叫ぶ。
「発病者を押さえろ!飛び込ませるな!」
ガルドンは迷った。
伝承と現実との間で、顔が歪む。
「・・・本当に、火に入れなくていいのか?」
バルハインは短く答えた。
「湯を沸かして消毒だ。人は救える。」
その声は震えていなかった。だが胸の奥には、確かな困惑があった。
これは感染症か?それとも、もっと別の病なのか。
判断がつかない焦りが、静かに彼を締めつけた。
カナタとバルハイン。
圧倒的に人手が足りない中、
二人とその集団は、
未知の’病’と’慣わし’の両方に立ち向かおうとしていた。




