096⚫️アレがきた
翌朝、カナタはガルドンの家で目覚めた。
仲間にはあらかじめ、村で泊まると知らせてある。
大きく伸びをすると、傍らでまだ豪快な寝息を立てていたガルドンが目に入った。
彼の妻はすでに起きて、朝食の支度をしている。
カナタは何も言わず、それに参加する。
ガルドンが眠そうに目をこすりながら起きてきたのは、
食事の準備がすべて整ったあとのことだった。
その後、ガルドンは主だった村人を呼び、 昨夜の続きとして’独立’を含む今後について話し合いを続けた。
独立とは、どの世界でも容易ではない。独立を宣言して8秒しかもたなかった、という例さえあるのだ。
国家というものは領土や資源、税収の喪失を嫌い、多くの国は国土の不可分を掲げるのだ。歴史を見ても、流血の争いを経て主権を得た国は多い。 話し合いだけで平和的に分離した例は、ほんのわずかな奇跡にすぎない。
さらに、独自の支配を確立しても、周辺諸国から’国家’として承認されなければ、国際的には存在しないも同然だ。 この世界でも、名ばかりの国や、孤立した地域は少なくない。だからこそ、独立とは重い。村人たちの表情もまた、重かった。しかし、これらがその重さの理由の全てではなかった。
「独立かあ。悩ましいところだがなあ・・・。でもやっぱり今更、独立なんぞ叫んでみろ。この南の大陸をすべてまとめてる統一国家の中で、オレたちみたいな辺境が’新国家だ’なんて大それた真似をすりゃ、どうなる?」
年寄りのひとりが、歪んだ顔で吐き捨てるように言った。
「嫌でも大陸中の注目があつまる。一旗揚げようって怪しげな密輸商人や、新しい利権を狙う情報屋、周辺の街の冒険者どもが、新しい国とやらに’何があるんだ’と一斉に群がってくるに決まってる。’鎖国’して閉じこもる暇もありゃしねえ。人が勝手に流れ込んでくるに違えねえ。」
別の男も、深くため息をついて言葉を重ねる。
「そうだ。今までは’王国の端っこ’にある、ただの貧しい頑固な村だったからこそ、都の連中もわざわざマトモに調べに来なかった。ほったらかしにされていたから、オレたちの’アレ’を隠し通せていたんだ。だが独立なんて派手なことをやっちまえば、隠し事はできん。外から来る連中に、やがて’アレ’がバレちまうんじゃないか。先王だけは、そのことをわかってたんだ。」
「死んだジイさんが、’エルドランは冷たいようで、よく考えてくれた’と言ってた。」
「うぅむ。そうだな・・・。だが、新国王はちがうぞ。これからどうするか、だな・・・。」
カナタは’アレ’が何を指すのか分からなかった。 しかし、独立という決断がもたらす注目と、鎖国が間に合わずそれによって村の何かが暴かれ、制御不能になっていく恐怖。集まった者たちの深刻な顔つきを見ると、軽々しく尋ねることができなかった。
その時、ひとりの村人が勢いよく飛び込んで来た。
「長、たいへんだ!’アレ’だ!’アレ’が出た!」
その一言に、カナタを除く全員が青ざめ、立ち上がった。
’アレ’が現れたのである。




