開かずの玄関
そうこうするうち、30分が経過した。システムもいいかげん復旧するだろうと思いきや、なんの音沙汰もない。確か、5、6分で連絡がくると聞いていたんだが、それすらないのはどうなのだろう。
「うーん、さすがにおかしいな。直接、確認してみますね」
オムカエさんはスマートフォンのようなものを耳にあて、“上”の応答を待つ。が、途中で「あー、ダメっすわ、これ」と言って首を横に振った。いくら呼び出しても、一向につながらないらしい。
彼はそれを手にしたまま、何やら考えているようだった。そして数秒後、ゆっくりとこちらに向き直る。
「外に送迎車が待機してるはずなんで、ちょっとそのスタッフと相談してきます。ジブンのケータイが壊れてる可能性もありますから」
送迎車、だと?!
これまた心惹かれるワードが出た。
死者を運ぶ車とは、どんな形状をしているのだろうか。真っ先に浮かんだのは、霊柩車だ。“お迎え業界”の科学力は現代社会と変わらないようなので、こういうイメージが一番しっくりくる。でも、ここだけ牛車とか魔法の絨毯とかだったら、それはそれで面白いな……。
好奇心が抑えられなくなってしまい、思わずついて行っていいか訊ねたらあっさりOKが出たため、俺はオムカエさんとともに玄関へと向かう。初めての乗り物って、なんだかワクワクするんだよな。
ところが、またしても予期せぬことが起こった。
なぜか玄関のドアが開かない。いつもなら軽い力で動くはずのドアノブがびくともしない。全体重をかけて押しても1ミリも変化なし。本当に自分の部屋かと疑うレベルだ。
「あらぁ、開きませんか?」
「あ、はい……。さっきから全力で開けようとしてるんですが、ぜんぜん動かなくて……」
息も絶え絶えの俺に向かって、オムカエさんは再び首をかしげる。
「まじですかー。おや、そう言えば、ジブンも通り抜けできなくなってますわ。なんじゃこりゃー」
いつもの棒読みで緊張感こそ薄いが、彼にとっても予想外の異常事態に違いない。
急激に危機感を覚えた俺――とオムカエさん――は、夜だということやご近所に迷惑がかかることをまるっきり無視し、考えつく限りの脱出法を試した。体当たりをしたり、蝶番や錠前、すきまにアプローチしたりと犯罪めいた方法もやってみた。
しかしながら、玄関のドアは微動だにしない。まるでドアノブごと溶接されているかのようだ。
あっけにとられる俺の隣で、音もなくドアにドロップキックをかましていたオムカエさんがくるんと着地し、「一回、表に声かけてみます」と言った。
送迎車のスタッフとやらは、車内で待機しているのではないのか? 俺の部屋は4階だし、玄関前の通路はきわめて狭いのだが……いや、“あの世の車”なのでそこらへんは大丈夫なのだろう。
「おーい、“オオクリ”くーん、聞こえるー?」
オムカエさんはドアに顔を近づけて声を上げた。
「聞こえたら、バカ殿のモノマネしてー」
いきなりのムチャぶりだな。
というか、バカ殿のモノマネって、どうやるのが正解なんだ……?
そんなことを考えていたら、外からかすかに音がして、直後『だっふんだ』という声が聞こえた。
「オオクリくん、残念。それ、変なおじさんだわ。でも聞こえるんかー。わかったー」
オムカエさんは“オオクリくん”のボケをしっかり拾ったあと、ドア越しに状況の説明をした。
「――という感じで、なんかドアも開かんのよ。ケータイ壊れてるのか、“上”とも連絡つかないんだけど、そっちはつながるー?」
少しの空白があり、ブンブンと何かを振るような音が響いた。
「おー、やっぱつながらんかー。んじゃ、ひとっ走りして今の話、“上”に伝えてきてくれるー?」
『……あんだってぇ?』
これまた“中の人つながりのひとみばあさん”のモノマネで聞き返すオオクリくんに、オムカエさんは「クオリティ高いけど、一応緊急事態なんで、なるべく急いでもらう方向でー。よろしくー」と言って切り上げた。
「あとは彼に任せといて大丈夫です。アホですが、仕事はきちんとするタイプなんで」
「そうですか……」
聞けば、オオクリくんは送迎車の運転係で、オムカエさんと同じく死神の一種だそうだ。近頃、件の国民的コメディアンを知って、どハマりしているらしい。
「すいませんね、なんかいろいろと不手際続きで」
オムカエさんが申し訳なさそうな言葉を発するので、気にしないでくれと返した。
「……なんだか、今の状況って“〇〇しないと出られない部屋”みたいですね」
相手が人外だということを忘れ、うっかりネットミームを投げてしまった。
しかし……というか、やっぱりというか、オムカエさんは当たり前のように反応してくれた。
「ですなー。何したらいいかわからん分、条件シビアですけども」
それから彼はこんなことを言った。
「ひょっとすると、これは猶予ってヤツかもしれませんな」
「猶予?」
「はい。命が尽きる前、最後の自由時間みたいな。システムが直るまででしょうから、数分後には終了してる可能性もありますが」
なるほど。だがあいにく、俺に心残りはない。さっき片づけのたぐいも終わらせてしまったし、これ以上、時間をもらっても意味はなさそうだな。
「なんにせよ、焦ってもしょうがないんでね。あとは、のんびり待ちましょー。あ、そうだ――」
オムカエさんがボディバッグの中を探り、何かをつかみ出した。




