システムが復旧しないのだが
キッチンまで買い置きのお茶を2本取りに行き、部屋に戻ると、オムカエさんはドアの前に立ったままだった。事前に入っていいと言っておいたし、彼(彼女?)は“住居侵入の不審者”だと自称していたから、てっきり我が物顔でくつろいでいるとばかり思っていた。
「いやー、さすがに待ってますよ。見ず知らずの者を部屋に残して離れるの、心配かなーと思って」
“人外”の相手から意外と常識的なコメントが返るのが、なんだか可笑しかった。
「どうぞ、散らかってますが」
「部屋がきれいな人に限って、そういうこと言うんだよなー。でも、なるほど……ここは、言葉どおりの部屋で安心しました」
「あはは……」
オムカエさんは、ほんのり毒舌だ……。
床に散らばっているものをベッドに抛って、適当に座ってくれと伝えたら、座れないのだという想定外の答えが返ってきた。
「この仕事って、じっくり腰を据えて待機、みたいなこと想定してないんですよ。さっきも言いましたが、普段はシステムがきちんと管理してますし、文字どおり“お迎え”に来ただけなんでね」
そうか。一口に死神といっても、いろいろなバリエーションがあるんだな。
「――あの、“座れない”というのは、どっちの“座れない”なんですか?」
ふと気になったので訊いてみた。
「はて? それはどういう……?」
「えーと、物理的に座れないってことですか? それとも、座る権限がない的なことですか?」
「おー。そんなこと気にする人、初めて見ましたわ」
オムカエさんの口角が少し上がる。
「他人から細かいって言われませんか?」
よく言われる。なんなら、自覚もある。ただ、どっちなのかによって俺の対応も変わるので、確認しておきたかった。
たとえば“足が曲げられない”とか、“足の裏以外、地面につかない体に出来ている”とかなら、どうしようもない。しかし、この部屋の持ち主である俺が「座っていいですよ」と言えば、大丈夫になるパターンかもしれない。
「もしそうなら、ぜんぜん座ってくれていいんですけど、そんな簡単な話じゃない、ですかね……」
俺の考察を聞いたオムカエさんは、黙って数秒ほどこちらを見つめたあと、「いい人だなー」とつぶやいた。それから「ま、お構いなく。そういう決まりなんで」と付け加えた。
「そう、ですか……」
決まりなら仕方ないが、どうも居心地が悪い。客人を立たせているのは落ち着かないし、彼(彼女?)――長いので、これ以降は“彼”に統一しよう――が座ってくれないとこちらも座りにくい。
そこで俺はオムカエさんの隣に移動し、壁に寄りかかって待機することにした。立ち話はどうかと思って部屋に通したのに、これじゃ意味なかったな。
お茶のペットボトルを手渡そうとして、これにも制限があるんだろうかと躊躇していたら、すんなり受け取ってくれた。
「ちょうだいします。あらぁ、おいしー。名も知らぬメーカーながら、いい仕事してますわ」
オムカエさんはペットボトルを見つめながら言う。
どう見ても口をつけていないが、“飲食物の気を食べる”みたいなことをしているのかな。
いつの間にかオムカエさんの不自然さになじみ始めている自分がいる。
「じゃあそろそろ、お迎えが来てうれしくなる理由、聞かせていただけますかね?」
少しして、オムカエさんがペットボトルからこちらに視線を移した。
ああ、そうだったな、ええと……。
俺は思考を巡らせるが、理由らしい理由は思い浮かばなかった。
「うーん、生きててもしょうがないから……とかじゃないですか」
「へー。なんでそう思うんですの?」
「え……?」
「前、迎えに行った先でよろこんでたコ、ごく普通の高校生でした。データによれば、死にたくなるほどの悩みもなかったっぽいんですけどね」
「なんで、と言われると困るんですけど……」
たぶん、俺もそのコも、そう思ったことに、深い意味なんかないんだ。ただ、何をやってもうまくいかず、未来も見えないままぼーっと生きているのがしんどくなっていた。かと言って、自分で死ぬ気にはなれなくて。
そうやって行き詰まっていたとき、誰かから「ここで終わっていいんだよ」と言われることでホッとしたんだと思う。これ以上、どうしたらいいかわからない人生の荒波の中、もがかなくてよくなったから――。
「ほー。うれしそうにする人って、そういうメンタルだったんですね。学びがあるなー」
オムカエさんは、ふんふんとうなずきつつ俺の話を聞いていた。その間もずっと例の微笑を浮かべていたが、相変わらずの棒読みで興味を持っていないのは明らかだった。
「ジブンはあんまりピンとこないですけど、フクザツですね、人間の方って」
「ええ、まあ……」
本当にそう思う。
薄笑いを浮かべながら、俺は内心、ため息をついた。
「……あの、"システム”っての、なかなか復旧しないですね」
話題を変えると、オムカエさんはまたゆっくりと首をかしげる。
「ですなー。“上”からの連絡もこんなに時間かかることないんですが、なんか今回、異例ずくめですわ」
彼はスマートフォンのようなものを確認したあと、「ま、こういうこともあります。すいませんが、もう少し待っといてください」と言って虚空を見つめた。




