第31話:英雄オワイン・グリンドゥール
ネスと名乗る魔女に案内され、プリンリモン(Plynlimon)の深い霧の中を歩いた。
俺と、手を繋いだティートンとティーテンは、質量軽減の魔法の恩恵で、泥炭湿原に沈まず足を取られることはないが、彼女も整備された道を歩くが如く足取りが軽い。
迷うこと無く暫く歩くと、この霧の大地に一箇所だけ霧のない高台が覗えた。
「ここは…」
陽が差し込み、大地には花が咲いた、プリンリモンには似つかわしくない景色が僅かではあるが存在した。
そして、その中央には小さな小屋?バラック?が建っていた。
「ここだけ、アニっちの妖精の家と同じ空間だね」
ティーテンが教えてくれる。
足場が普通に大地であることを確認すると、皆を呼び出すことにした。
後で説明するより皆で会ったほうが手っ取り早い。
「アニェス様、ここは何処ですか?」
バシリアとジャンネットはキョロキョロしている。
「彼女…ネスさんの家だ」と俺は彼女を紹介する。
「そちらの方は?」
「俺の仲間だ、悪いが一緒にいいかな?」
出した後に言うのも、失礼な話だと思ったが、ネスはかまいませんよと承諾してくれた。
「茶菓子はこちらで用意しよう」
一瞬驚いた顔をしたが、「助かります」とお辞儀した。
俺はペトロナさんにお願いして用意してもらうことにした。
中に通されると、外の外観より中が広い室内だった。
「誰だ?」
奥の方から誰何する男の声が響いた。老人の声だが、明瞭でよく通る声だ。
「お客様です」
「客?こんなところにか?」
「お邪魔致します。霧に迷っていたところ、ネスさんにお声がけ頂きました。
失礼とは思いましたが、ケルト最後の英雄にお会いできる機会を頂けないかとお願いいたしました」
「変わり者だな、こんな敗北者のジジイが英雄なわけあるか」
奥に吊るした布の奥からの声のようだ
「英雄とは、勝ち負けではなく、生き様だと思っています」
「…おもしろい、おもしろいなお前。こっちに来て顔を見せろ」
俺はネスさんに視線をむける。すると頷いてくれた。
俺たちは、吊るされた布を捲りながら進んだ。
寝床が轢かれており、そこに体躯が良かったであろう長身の老人が寝床の上に座っていた。
「なんだい、可愛らしい声だと思ったら、本当に可愛い嬢ちゃんだったか」
「アニェス・ソレルと申します」
「ふむ…お前ら魔女か…」
「全員ではありませんが、皆特別な存在ではあります」
「堅苦しい喋り方はやめろ、素でいいぞ」
「…それではお言葉に甘えまして。
彼女たちはティートンとティーテン。アヴァロンの九姉妹です」
ティートンとティーテンを示す。
「なんだ。伝説が出てきやがった」
「彼女たちはペトロニラとバシリア。アイルランドの魔女です」
ペトロナとバシリアを紹介する。
「ほうアイルランドか」
「彼女はフランスの聖人と呼ばれるようになる人です」
ジャンネットを見る。
「フランスか。俺からすると協力者だった。だが聖人と呼ばれるようになるってのはなんだ?
んん?
お前の持っている剣…
ちょっと見せてくれないか?」
「あ、はい」ジャンネットは素直に鞘ごと剣を老人に渡す。
老人は片手で受け取ると、慣れた手で鞘から剣を抜く。幅広で深いフラー(軽量化用の溝)が刻まれた剣が光を反射する。
「これは?」
老人はジャンネットを見る。
「マハインレスで購入致しました」
「そうか…」
「その剣が何か?」
「この剣は俺の使っていた剣だ…綺麗に直ってやがるな」
ジャンネットが俺を見て頷く。
「お返ししましょうか?」
俺がそう切り出すと、老人は剣を鞘に戻し、ジャンネットに押し付けるように渡す。
「買ったんだろ。もうお前のものだ。ずいぶん長いこと取りにも行かず放置したんだ。あの鍛冶屋も良く保管しててくれたものだ。行くことが出来るなら、一言御礼の言葉でも伝えたいもんだ。嬢ちゃん大事にはしてくれよ」
「はい、ありがとうございます」
ジャンネットは深々と頭を下げた。
そんなジャンネットに頷くと、俺を見据えた。
「俺は、そうだな……遠い東の果ての島から来た。縁あってイングランドとフランスの戦に巻き込まれた感じだ」
相手は眉をひそめる。
「東の果て……? どれほど遠いんだ?」
「地球の反対側だ」
「……ち、ちきゅう?」
相手はその言葉を口の中で転がし、怪訝な顔をする。
「それは国の名か? それとも海の向こうの島か?」
「いや、世界そのものの……形の話だが」
「世界の形……?」
相手は困惑し眉間に皺を寄せる。
「お前、学者か修道士か? それとも東方の錬金術士か?
世界は大地が広がり、その果てには奈落があると聞いたが……反対側など、落ちてしまうではないか」
あ、あれ?老人の言葉にティーの字や、バシリアにジャンネットまで頷いてる?
「アニェス様。今はまだ天動説です」
ペトロナさんが小声で教えてくれる。
ああ、そうか…地動説ってもっと時代が遅かったんだ。
ペトロナさんがウィンクしてくれる。なんでペトロナさんは知ってるんだ?
「東の崖の手前とでも思ってくれ」
「ふむ、なるほどな、どうりでお前からは異質な感じを受けると思った」
「お前らのことは分かった。敵でも味方でもないようだ。良いだろう。
お前ら何か聞きたいことでもあるのか」
「…失礼ですがお名前からお聞きしても…」
老人は目を丸くした。
「…それも知らずに来たのか?失礼なやつだな。
まあ、いい。
私の名はオワイン・グリンドゥールだ、俺を知る奴は20年位前に死んだとでも思ってるだろうな」
俺はバシリア、ペトロナ、ティーの字組、ジャンネットを順に見る。
それぞれ首を傾げた後に横に振った。
オワインの顔が赤くなっていく…
「オワイン・グリンドゥール様は、ウェールズ人にとってのケルト最後の王です。イングランドの支配に対して命を懸けて反旗を翻した孤独な英雄です」
見かねたネスが説明してくれた。
ネスに対する俺の好感度が上がる、なんだろう俺は説明女史に弱いのか?
「まあ、この国と関係ない連中だからな、知るわけもないよな」
ちょっと寂しそうだ…悪いことをした。
「お前には、この国がどう見えている」
「俺の知識だと、フランスのゴタゴタに横槍を入れてる奴らってイメージだ」
「ずいぶん軽い歴史感だな」
「すまない、深く知ることも、考えることもしなかった」
日本の学校が教える他国の歴史なんてそんなもんだ。
興味を待たなければ、知識なんて入ってこないし、身にもつかない。
「今のフランスとのイザコザなど身内の喧嘩だ。フランス人同士が相続争いしているようなものだ。」
「どういうことだ?」
「今のイングランドの支配者は1066年にフランスのノルマンディーからきた連中だ。
ふん
お前は、この地の歴史から知るべきだな」
「すまない」
「お前の国も島と言ったな。ならば、海の向こうからやってくる『招かれざる客』の恐怖は分かっているはずだ。
お前はイングランドを一つの国だと思っているのか? 愉快な冗談だ。我らウェールズの民から見れば、イングランドなんていう国はただの『泥棒の継ぎ足し』に過ぎん。
見てみろ、この険しい山々を。ここにはローマの軍団も、アングロ・サクソンの野蛮人も、完全には踏み込めなかった。我らこそが、この島に最初からいた正当な主、ブリトン人の誇り。奴らが『ケルト』と名付けた、古の血を引く者だ。
ローマが来るまではこの島は自然を愛する我らケルトの島だった。
奴らは自分たちの文化を押し付ける代わりに、道などインフラを整えた。
百歩譲ってトントンと考えて良いが…奴らは勢力が弱まるとあっさりこの島を捨てやがった。
400年続いた統治が突然無くなり、混乱が起きた上に、今度は海を渡ってローマではない雑多な蛮族がこの島に押し寄せてきやがった。
ケルトは力を合わせて戦ったが…スコットランドとこのウェールズと島の南西を除いて、俺たちを追い出し、雑多な蛮族が、雑多に国を興した。
その国々も淘汰され七つの王国になり、さらに長い戦いと。バイキングの襲来に見舞われた末最後に残ったのがウェセックス王国だ。
イングランドは、ローマ人がこの地はアングル人の土地と言う意味でアングリア(Anglia)と呼び。このアングリアをアングロ・サクソン人風にした呼び方だ。
ケルトのケの字もありゃしない。
しかしな、先ほどの話に戻るが、今のイングランド王家は。1066年に、フランスのノルマンディーから来た成り上がりの騎士共だ、そいつらが島を支配している」
俺がペトロナさんを見ると頷いた。
100年戦争はフランスに寄った書かれ方をしているところがあり、ジャンヌ・ダルクの話が有名で、日本人としては負けてる方を応援したい気持ちに駆られるが。歴史とはそれだけでは語れない、奥の深いものだと痛感させられた。
俺は一方だけを見てどうこういう人間にはなりたくないと思っていたが、知識が無いと偏ってしまうという事なのだろう…
「奴らはフランス語を喋り、フランスの土地を欲しがり、その戦費を賄うために、このウェールズの羊と銀を搾り取っていく。
奴らは法律を盾に言う。『ウェールズ人は武器を持つな、役職に就くな、集まるな』と。自分たちが海を渡ってきて人の家を乗っ取ったくせに、今度は我らを『反逆者』と呼ぶのだ。これほど滑稽な話があるか?
私はかつて、イングランドの王宮で法を学び、奴らの軍に従軍したこともある。だが悟ったのだ。奴らと我らは混ざり合えぬ。奴らは『領土』が欲しいだけだが、我らは『自由』が欲しいのだ。
私は1400年にプリンス・オブ・ウェールズとして協力者と共にウェールズ支配に抵抗し蜂起した。
私は、フランスやスコットランド、さらにはローマ教皇とも密使をやり取りしていた。イングランドという『海賊たちの巣窟』を包囲するために、毒を持って毒を制するつもりだった。
だが、10年に渡る戦いで信頼していた協力者はみんな殺され。私の娘のカトリンと孫娘の3人もイングランド軍に捕らえられ、ロンドン塔で獄死させられてしまった…
客人よ、覚えておけ。イングランドがどれほど着飾っても、奴らの根っこは、海からやってきた『飢えた狼』だ。一度食いついたら離さない。奴らが作る『イングランド』という物語の裏には、我らのような古い民の涙と血が染み込んでいるんだ……」
オワインはここで言葉を切った。
「行き場を失ったオワインは、娘の一人アリスに一時期匿われていたそうです。
ですが、娘を危険にさらさないため、死を覚悟して放浪に出て、この地で私と出会いました。
私もカデル・アプ・ブロヒファエルの娘として七王国の一つマーシア王国に抗するために生きてきました。
彼の怒りは、この島に満ちる『新参者たち』への正当な感情です。私は、傷つき、泥をすすりながらこの山へ逃げ延びた彼を、霧のヴェールで包み、隠しました。奴らイングランドの追っ手には、ただの岩影にしか見えなかったことでしょう。
…ちなみに彼に対して、恋愛感情はありません」
(ネスさん…なぜ恋愛感情が無いと今言う必要が?)
オワインが愕然とした顔をしてるぞ…
「私はかつて、誇り高き王女として、部族を繋ぐためにグウィネズ王に嫁ぎ、バイキングに対する英雄を授かりました。
私は争いは好みません。ですが、この島で生きるものに、呪いのように現れた『海からの侵略者』たちにすべてを狂わせた。
奴らアングロ・サクソンは、私たちの言葉を『ウェールズ(よそ者)』と呼び変えた。失礼な話だと思いませんか? この土地の本当の主を『よそ者』と呼ぶなど。奴らが作り上げたイングランドという国は、いわば『盗んだ服を何枚も重ね着した巨像』のようなもの。その下にある、古の神々の息吹や、大地の鼓動を奴らは忘れてしまったのです。
私がなぜオワインを助けたか。それは彼が、この島の『本当の名前』を叫んだ最後の男だったからです。」
これがこの国か…
俺が教科書で習った「輝かしい発展」とは全く別の、「奪われた者たちの鎮魂歌」だな…
今後、この国で俺は誰に寄り、誰と敵対するのか、足場のない虚無感に襲われた。
お読みいただき有難う御座います。
少しでも面白いと思っていただけたら、どうか★をお願いいたします。
作者が折れないため是非ご協力ください。




