第32話:シュルーズベリー
イングランドに辿り着いたときに、第一の目的地と決めたシュルーズベリー(Shrewsbury)に、まもなく到着する。
塩も売ったし、武器も買った。チートとしか思えない妖精の家も手に入った。
気分的には寄る必要ないんじゃね?みたいな感覚に陥っている。
しかし、それを言ってしまうと、アリスやサラまでもどうでも良くなりそうなので、何も言わず寄ることにしている。
「そうそう、目的は見失わないようにね」
とティートンが、俺に注意する。
(だから、考え読むなっつーの)
おれは無言でティートンにウメボシを(こめかみを拳でグリグリ)する。
今日は気候もよく、シュルーズベリーも近いため、久しぶりにみんなが表に出ていた。アルガンテも一緒だ。
みんなも出てるし、流石に今日はお姫様抱っこしなくて済むかと思ったのだが、アルガンテを背負っている。
なんかこの集団を見た人は、俺が罰ゲームを受けていると思わないだろうか…
プリンリモン(Plynlimon)からは、ネスが霧を取り払い、俺たちの進路を示してくれたことで、難なく脱出することができた。
ネスはオワインを看取るまで、あの霧の中で過ごすのだろう。
俺は、オワインに会ったことで、イングランドに対するスタンスを決めかねていた。
「アニェス、それは考えるだけ無駄よ」
また心を読まれたが、心配してくれているようなので不問にする。
「いつもそうあって欲しいわ」
くっそ
「アニェス様。気にされるのは私もどうかと思います」
「ペトロナさん」
「人の歴史とは、力ある者が弱き者を呑み込む歴史です。
アニェス様の国でもそうだったのではありませんか?
イングランドで起きたことは、ビザンツやアイスランド、スイスのような特異な地を除けば、
クリスティアニタス(キリスト教世界)のほとんど全ての地で繰り返されてきたことです。
ローマ帝国崩壊後、北方より押し寄せた諸族が、帝国の残した空白を埋めるように各地へ広がりました。
イングランドもフランスも、例外なくその流れの中にありました。
部族の長が貴き家となり、その中で最も力ある者が“王”と呼ばれるようになっただけです。」
「ペトロナさん。つまりイングランドだけが特別不幸な歴史というわけではないと…」
「そういうことです。先日たまたまオワイン様やネス様から話をお聞きしたことで、ケルト…ウェールズから見た歴史が語られただけです」
「…そうか、一方だけの話だとそうなるか…了解だ」
俺は一旦考えるのを中止する。あくまで中止だが過去に起こったことを今考えても、これから起こる事の対処に躊躇が出ては本末転倒だ。大事なもの、大事なことをその時に護るため行動するんだ。
「そうそうそれで良いんだって」
く、ティートン…
「ソレル様」
「どうした?」
ジャンネットが俺の迷想が終わるのを待っていたかのように呼びかけてきた。
「フランス語が聞こえました…」
「フランス語?」
「はい、向こうの林の方でした」
みんなを見回すと、俺の視線にキョトンとする。
俺としては、イングランドでフランス語が聞こえる事に、違和感を覚えるが…
俺とジャンネット以外はさほど警戒したりしていないようだ?
「アニェス様。
この辺りでは、町や村の者はフランス語は使いません。
使われるのは、イングランドの言葉です。
フランス語とは、耳触りからして違います」
ペトロナは少し間を置いて、続ける。
「ですが、ノルマンが渡ってからは、
領主や兵の中には、ノルマン訛りのフランス語を使う者もいます。
ですから……シュルーズベリーも近いことですし、フランス語が聞こえること自体は、あり得ます」
「あーもう。言葉まで複雑なのかよ…
考えるだけ無駄という意味が解ったよ」
ティートンは複雑な顔をしていた。
それはそれとして、聞こえたというフランス語に俺は引っ掛かるものを感じた。
「ごめん、ちょっと気に掛かるんだ。見てくる。
悪いが、アルガンテを頼む」
ジャンネットにアルガンテを託し、頭を冷やす意味も込めて、俺はジャンネットが声がしたという方向に向かった。
***
久しぶりのインビジブルとスニークを発動させると、声のする方へ向かう。
ジャンネットがよく聞き取れたなという、囁き声で、話す複数の男たちがいた。
一人は貴族のような整った身なりでその護衛らしき者が二人、対面にマント姿の男が二人という何やら怪しい集まりだった。
「では、間もなく到着するのだな…」
「はい、明日には巡幸で到着予定です」
「あんな幼帝を奉り上げ、好き放題しやがって…
ベッドフォード公め戦争続きで国力が弱っていると言うのに、フランスに注力しすぎだ。
フランス人同士のお家騒動で、利のない話で供出させられ疲弊するなど割に合わん」
「……」
「お前らは何故、我に与する?王側はお前らの協力者だろう」
「ジャンヌ・ダルクが死んだ今、イングランドに力を入れられ過ぎるのは、今後を考えれば不味いのです…」
「ネーデルラントの件を引き摺っているのか?善良公は」
「特定される言い方はお避けください」マント姿に殺気が走り、護衛が剣に手を置く。
「あ、いや悪かった」
貴族風の男は、護衛を手で止める。
「わかった、此方で幼帝は抑えよう…その代わり」
「はい、今後の支援はお任せください」
「…ヘンリー4世め。王位につけてやったのは、我が主であったにも関わらず、辛酸をなめさせられた。
シュルーズベリーで反旗を翻せば、援護に来ると思ったオワイン・グリンドゥールは来ない。主君も同胞もほぼ殺され…
我は子供で許されたが…許せるものではない。孫に罪を償ってもらうとしよう」
(善良公?幼帝?)
不穏な話のようだ…
護衛の眉が跳ねる、俺にナイフを投げてきた。
同時にもう一人の護衛が此方に走ってくる。
「どうした!」
「人の気配を感じました!」
「なんだと…」貴族が青い顔をしている。
「どうだ」ナイフを投げた護衛が、走った護衛が戻って来たので尋ねる。
走った護衛は、投げた護衛にナイフを渡す。
「投げた方向の気に刺さっていた」
「そうか…」ナイフを受け取ると懐にしまった。
「気のせいだったとは思いませんが…」
「わかった、注意しよう…」
貴族が振り向くとマントの者は姿を消していた。
「裏切ってくれるなよ…」
俺に向かってきたナイフの軌道は正確だった。
避けたときの草葉の音を嫌った俺は、ナイフを二本指で受け取ると、後方に勢いのまま投げた。走ってきた男には何も無かったように見えた筈だ。
俺も男たちが帰るのを見届けると、皆の元に戻ることにした。
***
「イングランド王、ヘンリー6世。
生後9か月で父ヘンリー5世の死によりイングランド王位を継ぎ。
その2か月後に母方の祖父であるシャルル6世の死により、1420年のトロワ条約に従ってフランス王位を継いだ幼帝です」
みんなの下に戻って、善良公?幼帝?を聞いてみた。
そして久しぶりにバシリア解説を受けている。
「善良公は、ブルゴーニュ派のブルゴーニュ公、フィリップ3世のことを言います
どうされましたか」
「フランス語でされていた会話で出てきた。
どうやら襲って、その幼帝を抑えるらしい」
「不穏な話ですね」バシリアが顎に手をやる。
「そう思った」
「どうされるのですか?」ペトロナが聞いて来る。
「うーん…助けるべきなのかな…歴史的にも」
俺の顔を伺っていたジャンネットが複雑な顔をする。
ジャンネット的にはフランスを虐める首魁に思えるだろうからな。
「取り敢えずシュールズベリーに入るとしよう」
四半刻ほど歩くと町が見えてきた。
石橋の向こう、木骨造りの家々が密集し、教会の塔が低い雲を突き刺している。
「堅牢な城が見えるし、市もありますが…シュールズべーは町です。
イングランドでは司教座があれば都市。国王から自治権を得ていれば自治都市又は街。市場を持つ場合は町。
という分類になっていますが…
市場を持ち、城壁を持ち、城を持ち、国境の要衝で、自治組織を持っていても町ということがあり
シュールズベリーはそれにあたります。」
「イングランド面倒くさすぎ…」
ティートンが俺の肩を優しく叩く。
街道を行き交う人々の足が、こちらをちらりと見る。
まあ、久しぶりに感じる視線だ、この格好だしこのメンバーだ見ない方がおかしい。
視線と陰口に晒されながら俺たちは進む。
ジャンネットは黙って俺の少し後ろを歩いている。
帯刀は彼女だけ。剣の柄が外套の隙間から覗くたび、視線が集まるのがわかる。
彼女だけ。言葉がわからないというのは、こういう場面では祝福でもあり、呪いでもある。
ティートンとティーテンは左右に散り、ペトロナとアグライアは手をつないで歩調を合わせる。
石橋の手前で、見張りが立っていた。
鉄帽に短槍。兵というより、町の番人だ。
「名と用向きは?」
見張りが目を白黒させつつメンバーを順に見る。
ペトロナが一歩前に出る。言葉は流れるようだが、慎重に対応する。
「巡礼と商の途中です。旅を続ける食料を求めています」
視線が人数を数え、剣に止まる。
俺は半歩だけ前に出て、頭を下げた。貴族でも兵でもない、ただの旅人の角度で。
番人は一瞬、迷うように顎を撫でたが、やがて顎をしゃくる。
「争い事は起こすな。それだけだ」
橋を渡る。
木と石の匂い。湿った土と、獣脂と、煙。
町の中は思ったより狭く、音が反響する。鍛冶の金床、子どもの笑い、遠くで鳴る鐘。
ジャンネットが立ち止まり、周囲を見回す。その目には恐れよりも、戸惑いが浮かんでいた。
シュールズベリーは石造りの家の多いフランスの街と違い、2階が張り出す木造の家が多く、石造りは城・教会と一部の家だけ。
フランスの市場ではワイン・塩・布・香辛料・陶器など多様なものが並んでいたが。ここで目につくのは 羊毛・羊毛製品だった。
城壁の修繕が行われていて、兵士の巡回も多いようだ。
「フランスの街とは違うものですね」ジャンネットは俺にそういってきた。
「そうだな」
「でも、人の営みはそんなに変わりませんね」
「同じ人間だからな…」
「…そう…ですね」
異世界では人と魔物の戦いだった。相手の生活も何もないが。
ジャンネットにしてみれば、憎い敵にも生活があったという感想になるのだろうか?
ふと…市に並んだ商品の中に革袋を見つけた…
どうにも見覚えがある…
この継ぎ目のない、どうやったら造れるのか想像もつかない塩5キロが入りそうな革袋…
「お、綺麗なお嬢さんお目が高いね。
それは入荷したての妖精の革袋だ。継ぎ目がない魔法の品だよ」
「そ、そうなんですね…」
「5袋入荷してもう最後の一枚なんだ、どうだい?」
「お幾らなんですか?」
「1ポンド。240ペンスだ、お嬢さん、綺麗な服だし貴族のお嬢様でしょ。如何ですか?」
「1ポンド…」
おいおい、塩入り1シリングで売ったものが1ポンドとか冗談だろ。
俺は眩暈を覚えた。
振り返るとみんなも口を開けて驚いていた。
「アニっち…一ポンドあれば蜂蜜漬け林檎何個買えるの…」
「うーむ、蜂蜜漬け林檎は1個1ペンス未満?」
ペトロナさんが頷いてくれる。
「 1ポンドあれば数百個は買える計算かな…」
ティーテンが今にも泣きそうだ。
あとでティーテンに好きなものを買ってあげることになった…
(なんでだ!)
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