第30話:プリンリモン(Plynlimon)
今日はティートンを、お姫様抱っこで野山を駆け抜けている。
先日、ペトロナさんをお姫様抱っこして、マハインレス(Machynlleth)まで道案内して貰ったことで、ティーの字の二人がイングランドなら私たちだって出来ると言って聞かなくなった。
何が楽しいのか解らないが、順番にお姫様抱っこすることになった。
「大丈夫でしょうか…」と心配したペトロナさんに、大丈夫大丈夫とティートンは言っていた。
前も後ろも何もかも隠す霧が、俺とティートンを包んでいた。
「大丈夫って言ったよな?」
「アニェス。知ってる?」
「なんだ?」
「同じ言葉を二回言うのは、NotかNoなのよ…」
「んなわけあるか!」
「ハイハイとか、理解った理解ったとか、みんなそうなんだからー!」
「逆ギレするな!
何処なんだよここ」
「ふふふ、わかったら迷子って言わないのよ」
「迷子なんじゃねえか!」
「…たぶんですが、カンブリア山地、プリンリモン(Plynlimon)かと思われます」
ペトロナさんに出てきてもらった。お手数おかけします。
「ここは、霧が常態の場所で、霧の晴れない場所と言われています。
標高は700メートル級なのですが、起伏が緩やかで谷が浅く、風が抜けません。
泥炭湿原が広がり常に水を吐き続け、地表から水蒸気が立ち上っています。
また、アイリッシュ海から湿った空気が流れ込み雲が滞留しやすく…常にこんな感じの場所なのです」
ご説明ありがとうございました。
目的地には近いのか?
「ランギドノ(Llanidloes)が目的地ですので…非常に微妙ですね…間違ってると言い切れないけど、このままだと辿り着けないみたいな…」
振り向いてティートンを見ると、申し訳なさそうにしているので…何も言えなかった。
(まったく…)
「この霧から出られるのか?どのくらいあるんだ?」
「ざっくり言うと、
直径15〜25kmほどの高原性湿地帯 が連続しています。
プリンリモンは「山」ではなく、
波打つテーブル状の高原です。
明確な稜線がありませんし、谷が浅く、方向感覚を狂わせます。
また、この一帯は、ほぼ完全な泥炭湿原です。木に記して以前通ったかも確認することもできません」
ペトロナさんは視線を足元に落とす。
「なにより、泥炭湿原のこの地は、歩くと腰まで沈む場所もあり、帰らぬ人となった場合、その亡骸まで隠してしまうような場所です」
「そんな、物語のような場所が実在するというのか…」
信じられない気持ちでいっぱいだ。
「アニェス様ならどうとでもできそうですが…こういう地は妖精とも関わりが深いので…」
「霧を払ったりしないほうが良いと?」
「はい、できればそう願います」
ふむ
「わかった…」
ペトロナさんは、満足そうに妖精の家に戻っていった。
「さて、行くぞティートン」
といってティートンを抱き抱える。
「え?私のままで良いの?」
「今日はお前が案内なんだろ、先ずはここを抜けよう」
「わかった………ありがとう…」
俺は数メートル先も見えない霧の中、質量軽減だけを掛けて歩き始める。
走るには危険だからね。
***
かれこれ、一刻は歩いた気がする…
「大丈夫か?寒くはないか?」
防寒具も着込んだが、霧によって衣服は既に水浸し、体力を奪われる。
「妖精の家に入ってて良いんだぞ」
「大丈夫…」
「お、お前遭難しかかってないか?」
ティートンが唇を紫にして、眠そうにしている。
俺は急いで自分たちの周りに空気の層を作り出し、余計な水分を除去して、暖気によって空気の層を温める。
衣服の水分も飛ばしたので、これでだいぶ違うはずだ。
「やっぱり入ってたほうが良いよお前…」
「嫌です、私の失敗です。貴方だけに無理をさせるわけにはまいりません」
「ん?なんか口調がいつもと違わないか?」
「…大丈夫、私の責任だ、一緒にいる」
言い直した?
「ダメだと思ったら言えよ、お前のせいとかないからな」
「わかったわ」
***
人は真っ直ぐ歩こうとしても、目標が見えてないと、数キロ、短ければ数百メートルで円を描いてしまう。雪山の遭難がそれだ。
だが、ここのように半端な起伏のある地でも、歩きやすいところを歩いてしまうため方向が解らなくなってしまう。
「同じところを歩いている気がする…」
「目印に出来るものがないのが、厳しいわね」
ティートンの顔色が、大夫良くなった気がする。良かった。
「ん…」
「どうしたの?」
「あそこに人が見えないか?」
まさかと言ってティートンも目を向ける。
「…んーなんかいるわね」
「なんか手招きしてないか?」
「してるわね…」
「行って大丈夫かな?お化けとかそっち系の存在じゃないよな?」
「怖いこと言わないでよ」
あれ?ティートンが怖がってる?
俺からするとそう遠からずな存在なんだがな。魔女も。
「失礼なこと言わないで」
「だから考えてることを読むな」
取り敢えず、手招きに応じることにしてみた。
近づいて、容姿が解るようになると。ロングドレスの、年若い女性だった。
「遭難の方ですか?」
妙な第一声をかけられ、俺とティートンは顔を見合わせた。
「そうだけど、貴方は妖精ではなく…魔女ね?」
「よくお解かりになりましたね」
「悪い魔女なら、相応の対応するわよ」
「私はここでひっそり暮らしているだけです」
「こんなところに?一人で?」
「ひとりではありません。それより、貴方方が悪い魔女だったりすることはありませんか?その場合はこちらも相応に対処させていただくことになりますよ」
そう言うと、俺たちの周りを囲むように炎の柱が立ち上る。
「私の名はティートンよ」
「尊大ですね、アヴァロンの九姉妹の名を語るとは」
「本物よ」
「穏便にここから出してあげようと思いましたが…嘘をつくような方には相応の罰を与えざるをえませんね」
「なんで、信じないのよ」
「最後にお会いしたのは随分前ですが…私は、女王ティートン様のお顔を存じております。似てはいらっしゃいますが貴方ではありません」
「代替わりしたのよ。今のティートンは私なの!」
「まだ、そんなことを、だんだん許せなくなってきました」
地面を穿つように火柱がこちらに迫ってきた。
俺はバックステップで躱す。
「なんだよ、どうなってるんだよティートン」
「んー話が拗れちゃったねー」
話を聞いてると悪い人じゃないみたいだし…攻撃するのも躊躇われる。
やっかいだ。
「なんとかしてくれ」
「ティーテンを出せる?」
どうだろうか…
「出でよ、ティーテン!」
召喚風に言ってみた。
するとティーテンが光の中から現れる。おお、なんか神々しい登場シーンになった。
蜂蜜漬け林檎を食べながらでなければ。
「なになになに!キャー足が沈むー」
目を白黒させたティーテンが悲鳴を上げる。
「なによーどういうことー」
「ティーテン。その魔女に私のこと説明して!」
「えー」
ティーテンはティートンに指さされた方を見る。
「誰?」
「!」
ティーテンと魔女の視線が交差する。
すると、驚くことに魔女が膝を折った。
「お久しぶりです、ティーテン様」
「どういうこと?」
「ティーテンのほうが在位が長いのよ」
「長いってどれくらい?」
「三百年くらい」
聞くんじゃなかった…
魔女に跪かれたティーテンは、腰に手をやり「お前は?」と問うた。威厳ある態度だが口の周りに蜂蜜が付いているのが悲しい。
「私はネスと申します。以前ティートン様、ティーテン様により助けて頂いた者にございます」
「んー」
ティーテンは笑顔だが…何も覚えてなさそうだ。汗が頬を伝っている…
「今から600年ほど前に、王女だった私は、12歳になった時に婚姻が決まりました。嫁ぎ先に向かう途中で、マーシアの軍に襲われてしまい、湖に追い込まれたところをお救い頂きました。
私は、お二人に会うまで記憶のない状態のチェンジリングでした。ティートン様には、己が魔女であることを告げられました」
「ああ、なんとなく思い出したのー」
「継承されなかった、記憶のない魔女ー」
「はい」
「元気してた?」
「はい、後に婚姻を結び、子を設け、子はケルトの英雄と呼ばれるようになりました」
「そっかー良かったね」
「しかし、私は普通に歳を取ることができず、変装のできない私は死んだことにして国を離れざるを得ませんでした」
「そっかー悲しいね…今はどうしてるの」
「今はこの地で、ケルト最後の英雄を匿っております」
「最後の英雄?」
俺とティートンはティーテンの影に隠れるように近づく。ティーテンを盾にしているとも言う。
ネスと名乗った魔女はティートンを睨みつける。
「ティーテン。説明、説明してあげて」
「んー。
彼女は、今代のティートンです。貴方を助けたティートンは継承を終え、もう現界にはおりません」
「そうなのですか…お会いしたかった」
あれ?ティーテンの口調が…
ネスは、ティートンへ視線を移す。
「大変申し訳ありませんでした。この罪如何様にお裁き頂いてもかまいません」
「気にしなくていい。無警戒よりそのくらいの方が生き残れる。ただ、話はちゃんと最後まで聞いてね」
「寛大なお言葉ありがとうございます」
俺はケルト最後の英雄に会わせて貰う事になった。
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