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やっちゃいけない技だけ使える聖女


現状私の知る限り最強戦力だと思うアネモネにも、重大な弱点が発覚しつつある。中央の隊長による解説の最中だが、この戦いに明らかに向いていない。




「絶対に傷つけたらダメですからね」

「分かってるわ」



中央から来た隊長が、アネモネに対して構える。



「じゃあなんで抜刀してるんです?」

「得意な捕縛技があるの」



隊長さん的には装備が重いと出来ない動きらしく、ほぼ全ての防具を外しているので念入りに忠告されているが、その無防備な相手に対しアネモネは短剣と黒い剣の二刀流で相対する。



「ちなみに影縫いはダメだよアネモネ」

「えっ!?」



衝撃を受けるアネモネ。ヤマトのやった球技っぽいフェイントを見せてくれるって話なのに、ディフェンス側が抜かれない為に相手を剣で刺したらさすがに反則だと思うんだよね。


ここ単品のルールって話じゃなく、あらゆる世界の球技で剣は大体ダメだと思う。




「あー、いいですか?素手で、私を、『怪我させない』ように止めて下さい」

「素手ね?」


「まぁ一回やってみましょう。自分じゃ彼ほどの動きになるか怪しいので、その確認も兼ねてお試しですね」


「分かった」




アネモネが「分かった」って言ってる時は大体分かっていないので止めたほうが良い気がしてきた。素手という条件しか了解していないのが気になる。



だけど皆忙しい中であんまりトロトロ時間をかけていられない。とにかくすぐ試して早々に結論付ける必要がある。



ごめん隊長さん。ヤバそうだったら庇うから死なないでね。




「行きま……、いや待った!何かおかしいな……魔力の、いや、硬い空気の壁?が聖女様の後ろにあるような。抜いたら頭から激突するやつ」


「よく分かったわね?」

「はい反則!!」

「!?」




凄い。さすがに中央で隊長やってない。危機察知能力が高い。何も気付かず駆け抜けて見えない壁に激突したら首の骨とか折れてたかも知れないもんね。怖。




「でもヤマトさんはこれも避けたわよ?こっちも咄嗟であまり固められず範囲が狭かったからだけど……」


「だから彼と同等の動きは無理ですってば!え、凄いな勇者!?」


「アネモネ、これってまず私が離れた場所から見てみたいやつだからさ、最初はディフェンス無しにしよう」


「分かったわ」




再び構え直す隊長さん。




「行きますよ、5、4、3」




隊長さんの足に魔力が漲り、対するアネモネの右手からも魔力が吹き出す。もうこの時点でアネモネが何か大きな勘違いをしていると分かる。




「2、1」




周囲が静かになり、ピリッとした緊張感が走っていく。ただのお試しの空気では無い。恐らく皆の「あれ?これも止めた方が良いか?」みたいな不安による緊張感だ。


私も迷っているが正直早く次の段階に行きたいので、もう既に隊長さんを庇っている。




「0!」




ドン!という地を蹴る音。凄まじい速度で駆け出した隊長。そして、加速が乗って距離が近づくと、ヤマトがやっていたみたいに足を変なふうにワチャワチャさせる。



なるほど、あれって躓いたっぽく見せかけただけでステップだったのか。隊長さんも凄いが、ヤマトの方がもっとセコい感じだった。


アイツのはもっとこう……視線とか手の動きとかが……いや、あれ、演技か!




そうか、フェイントって演技力も絡んでくるのか。見てる方向とかだけじゃなく、アイツは手足の仕草から顔の表情まで全部使って騙していた気がする。



左から抜くと見せかけて右、みたいな素振りで左に行くとこまでは只の基本動作なのかも。球技なら、パスなども含めた無数の選択の応酬が一瞬で行われるんだろう。球技ならね。




……アネモネは、0という合図と共に自分も前に突っ込み、極端に強く踏み込んだ左足が地面を割り、大きく右手を振りかぶっている。




この一瞬の出来事で、私の発言ミスにまで気づけたのは恐らく隊長さんだけだろう。まずい。あの構えはロケットパンチだ。パンチに当たらなくても爆発するぞ。



ディフェンス無しでってのは、守らず攻めろって意味じゃないんだよね!




「ふっ!」



強く息を吐く音。どうやら隊長さんも色々諦めて予測していたのか、一瞬驚いて止まって防ごうとしたみたいに見えた。



でもそれこそがフェイントで、ぐにゃりと回転しながら右パンチを受け流しつつアネモネの右脇をすり抜けようとする。すごい。確かになんかスポーツで見たことあるターンだ。



「……!!」



ヤマトみたいに消えたって程では無いが、かなり予想外の動きだったので重心が逆に寄ってしまっており、あのアネモネが再びスポーツに敗北し……




「……せいっ!!!」


その瞬間、鋭く響くアネモネの気迫の籠もった声。漲る魔力。絶対ダメなやつ。



「ストーップ!!!だめ!!!アネモネぇ!!!」



大袈裟な右パンチを振り抜き、右側を隊長に抜かれたアネモネ。


だが、流れるようにその右腕は肘打ちの形になり、大振りのパンチで左巻きに捻られていた体がそれをバネにするかのように逆回転しはじめ、右脇を抜けようとする隊長さんの後頭部に異様な魔力の籠もった肘の一撃が迫る。


アネモネのロケットパンチもフェイントだったんだ!むしろ右に抜きやすく誘導し、本命は後頭部への回転肘打ち!





▽(隊長)

▲(アネモネ)


↓


▲▽ 右を抜く。


↓


▲>▽ 後頭部に肘が迫る。すごく危ない。





……右側面を抜けていく相手への攻撃なら、せめて足への裏拳とかチョップであって欲しかった。


後頭部を叩き割らなくても、走ってる人なら蹴り上げた踵をベシって叩いただけで大体転んで止まるらしいよアネモネ。基本的に全ての動きの殺意が高すぎる。



相手の走りではなく息の根を止めようとする攻撃は、多分あらゆる球技で反則だと思う。




「ぐわぁあああ!?」



隊長さんは本当に偉いので、殺気に気付いたのか必死に防御体制を取り、私も偉いので既に庇っていたので、二回の爆風で吹き飛ばされた隊長がズシャアアアっと転がっていくだけで済んだようだ。


ちなみに二回の爆風とはパンチと肘打ちそれぞれで発生したものだ。多分また空気をどうこうしたり圧縮したりしたんだろうが、およそ体術で発生して良いものではない。




「はい失格!!アネモネに戦力外通告!!!」

「えっ!!?」



いや、『えっ』じゃないが。全然普通にダメだったよ?




「隊長さん大丈夫?もう分かったからお試し終わりでいいや。ダメだと分かった」

「……賢者様も気軽に人を庇わないように。過信が一番危ないんですから」


「いやこれは無敵のコンボなんだよ」

「だからそれが過信です。装備の不具合とか、いっそすり替えられてたらどうするんです」




殺人技と謎の爆発を受けても冷静に立ち上がり忠告してくる中央の隊長。やっぱり本場の人は度胸が凄いね。周囲の方がパニックになりそうな攻防だったのに。



……そして、確かに、改めて言われてみれば私の無敵の国宝ビキニアーマーをすり替えておくという悪質なハッキングは既に現実に発生した事案だった。


私が騙されたり軟禁されたりするのって大体味方の仕業なんだけど、敵じゃなくて良かったって言うべきなのかな。




「分かった気をつけるよ。そして隊長さんの犠牲のおかげでどうすべきかは良く分かった」

「途中犠牲が出そうと分かっていたのに止めませんでしたよね?」

「ごめん」




謝罪にうんうんと頷く隊長。遠慮しない辺り本当に怖かったんだろうな。


そしてその応答を見てアネモネが不安そうに近づいて来る。怒られた大型犬みたいだ。




「タリア、私まだまだ奥の手が沢山……まだやれるわ」

「殺れちゃダメなんだよね!アネモネは、手加減が、下手!!!」

「!?」




再び頷く隊長。うちの自称妻がすみません。




「もう今の攻防でどうすべきかは大体分かったよ」


「そもそも賢者様による索敵はとんでもなく有用なので、我々としてはそのまま離れて索敵し続けて欲しいんですよ。なんでアレを放棄して手が足りてる現場にまで突っ込んでしまうんですか」




隊長の冷静な指摘にハッとする。確かにね。


私だってどうやって見つけてるか分からないくらい私の索敵は凄かった。やっぱり天才。知的で天才で美少女なんだよ私は。いや本当にそう。実はそうじゃないかとずっと思ってた気がしてきた。




「そういえばそうだ。うんうん。自分の得意分野の凄さを、相手の得意分野で負けて見失っていたかもな。焦りもあったし。うん。私は本当は負けてなかった。無駄な事をしただけだ」


「自己弁護力が凄い。負けは負けなのに、賢者様ともなるとそこまで覆りますかね」




私の身体能力と反応速度でヤマトの前に立ったら簡単に騙されるんだとよーく分かったし、さすがに受け入れよう。自分の天才性と、ちょっとだけ苦手な分野への配慮を。



隊長さんの実演でも見てて思考が追いつかなかったが、ヤマトはアレより更にセコくて速い。それも魔力を封じた状態でなので、仮にちょっとでも魔力を溜め込めて残ってたりしたら本当にどうにもならん。




「よし、情報をまとめて方針を決めよう」



ぺちぺちと手を叩いて皆の意識を集める。学問の国の最高峰の王女が今後の作戦を決めるぞ。



「現状わかってる事は3つ。勇者による穴の封印魔法は発生時に魔力を消費するだけで、あいつの魔力を封印したら維持できず消えるようなものじゃなかった。効果範囲に入った事はこの目で確認したからな」



「これは少し謎ですよね。だったら人柱みたいな個人魔法にせず定期的に皆で維持管理したほうが明らかに安全だ。この世界を守る義理も無い異世界人を攫って個人魔法にするほうがおかしい」


「そうだよね。勇者は一人の為の称号では無いみたいな呪文とも食い違っているし、どこかで本来の運用が捻じ曲げられてしまった感じはするよな」




中央の隊長や兵が結構賢く話についてくるので、知力に優位がある代わりに貧弱なうちの兵が若干気まずそうになっている。


大丈夫、君達に足りていないのは加護の差じゃなく経験値とトレーニングだから。緩い国で緩く育っただけだから。隣のシリアスな国の兵にみっちり鍛えてもらおうね。




「2つ目、ヤマトはあの時隊長さん達を見て『げっ!』と嫌そうに言い、実際にそっちではなく私とアネモネを抜き去った。つまり私とアネモネが次にやるべきなのは現場の支援だ」


「わ、私が、支援!?私が一番活躍しないとダメなのに!!」




「ああー、まだその張り切りもあったんだ。大丈夫、隊長さんの犠牲のおかげでアネモネに任せたい事も分かった」


「……任せたい事?」「あ、待った。自分の犠牲のおかげなら一つ忠言を。大っぴらに作戦を話すと多分聞かれますよ」


「うぇっ!?」




驚愕する私達南の国の一派と、うんうん頷いている中央の兵達。警戒心の差がこんなにも如実に!


でも言われてみたら確かにヤマトならやりかねない。あいつマジでセコい。




「……よし、もう自分らは分かったんで、後でこっそりそちらの打ち合わせは済ませておいて下さい」


「えっ、あの、でも私良い感じに賢く作戦を立てて『さすが賢者!』って感じの空気にしたくて……判明ポイントが3つあるって言って3つ目聞かない事ある?」




唐突に隊長さんが打ち切りと解散の気配を出し始め、慌てる私。まだここからが私の評判稼ぎポイントなのに。




「そういうのいいんで。明日もう一度集まって念入りに練習しましょう」

「えっ!?今日は!?」


「勇者様の封印は今日三回ほどかけ直されていました。強度や持続時間を確認しているんでしょう。恐らく彼も色々疲弊している。大会の時間が終わったら封印の維持もせず休憩するでしょう」



「そこを襲うんじゃないの?」


「大会の開催時間じゃ無ければどこまでも遠くに逃げれるし、我々も夕暮れからは自分の警備の方が大変じゃないですか。普通に無理です」




……。

たし、かに?そうか?


大会会場の破壊や揉め事を見張る為に結局周辺から離れないと思うんだが、一時的に私達を振り切ろうとする可能性はあるか?



まぁ警備の彼らが勇者捕獲作業なんて余計な仕事をしていられるのも、その勇者の封印で空の安全が保証されているからだろうし、仕方が無いのかな。




「穴から来る大きな脅威があるからそれに注力してしまうのは当然ですが、兵の仕事というのはそんな分かりきった特別な脅威だけを警戒するものではない。予測できるトラブルに対応するのはむしろ上の仕事で、現場は常に想定外に備え続けていなければ」


「はっ!」「はい!」「なるほどなー!」「中央ってシリアスー!!」




隊長さんが南の兵に向けて講義混じりに話をまとめてしまった。



「……ねぇアネモネどうしようか。今日は引き下がって家に帰る?」

「私、戦力外通告されて、補助に回れって言われてお家に帰るの?」



泣いちゃうし病んじゃうけどとアピールする金髪美少女。見た目は拗ねた可愛い女の子なんだが、アネモネの戦力外通告は殺意が高すぎるからである。人に向けられない危険な攻撃手段しか手札に持ってないじゃん。




「大丈夫、ヤマトに盗み聞きされないよう後で内緒で教えるよ。相手を殺そうとしない攻撃をね」


「こ、殺そうとしない攻撃!!?」




すごい。そんなに驚愕する言葉じゃなかったけどね。そんなにアネモネの中では攻撃=抹殺なんだ。じゃあ戦力外が正しすぎるだろ。一生スポーツに興味持たないで欲しい。


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