世界がスローに見えたのに
子供達の大会は無事に始まったらしく、会場に近づくとあちこちでなんか色々やって騒いでいる。
賢者と勇者が絶対に開催させてみせると宣言した大会だ。もはや多少の事が起きてもやり切るつもりに皆なっているだろう。
きっと空の巨大封印に気付いた者も居るはずだ。
詳しい事情を知らなければ勇者の紋章が刻まれた大魔法なんて心強いに決まってるし、魔力の問題を知っていてもこの魔法がどこまで負担になるか私にだって分からないのだから、まずは様子を見つつ安全をありがたく受け取るしか無いだろう。
皆はそれでいい。
ヤマトがそうまでして守りたいと願う大会を強引に中止にさせて、封印を解く脅しにするのも一つの手ではあるんだが、子供達は恐らく最後のチャンスのつもりでこの日に向けて全てを費やしてきている。
私だって安全に開催させると宣言した一人なのに、それが自分の落ち度を補う為に裏切るなんて許されるわけが無い。そもそも子供の安全や生活を取引の材料にするのは人間として間違っている。
命だけではなく生活まで守るべきというアイツの主張は正しい。未来の目標を低く見積もっていたら、得られた筈の良い人生まで低くなっていく。
だから成すべき答えは単純だ。私が勇者を止めて、尚且つ安全に大会を守りきれば良い。勇者を倒す理由は揃ってる。
……簡単に勝てるかどうかは別としてね。
アネモネに抱えてもらって勇んで飛び出したものの、高速で飛び回れるらしい透明な勇者を見つけるのって普通に大変だよね。
「きっと大会を見守れる位置に居ると思ったんだけど、もしかして甘かった?」
「会場って競技毎にあちこちにあって別の街でも開かれてるみたいよ?」
「こう、なんていうか、主要なでっかい街のでっかい競技場を良い感じに見守れる場所とか……」
「高く飛べば見渡せるけど、別に自分が飛ばなくても観測用の魔法生物飛ばせば良いのよね」
もう絶対会場の上空に居ると思ったんだよ。でも居るかどうか確かめるのも難しい上に、言われてみれば自分が飛ばなくても見守れるんだよね。
なんなら私達が近づいてきたと気付いたら透明なまま逃げるだろうし、アネモネでもフル装備かつフルパワーの勇者に追いつけるのかという疑問もある。
その時、ふと遠くに白い何かが浮かんでいるのが目に入る。
距離の問題でサイズ感がちょっと掴めなかったが、近づいてもらうと結構大きい。二階建ての家くらいの高さがある白いゴーレム。
ウラニアだ。ウラニアが既に空で何かをやっている。下には別の研究員や、護衛をしてくれているらしい兵も居る。
「もしかしてウラニアも勇者探し?」
「空には居ないっすよ。探してないけど、戦ってはいます」
「えっすごい!どういうこと?」
「こっちは見えない鳥の対策だってやってるんです。見えない勇者だってそう簡単に飛ばせない。勇者召喚の天敵は、ボクだ」
「かっこよ!!」「最高よウラニアさん!!」
私とアネモネが素で褒めて、きゅふふふと照れ笑いするウラニア。笑い声の癖が独特。
というか見えない敵の対策普通にしてたんだ。なんか達人がどうにかしないとダメなのかと思ってた。
かなり高い空に無数の魔法道具が飛び交っていて、その中には勇者の魔力を封印するのも沢山混ざっているが、これはヤマトだけじゃなく空の穴にも効くって話だった。
ウラニアが街の防衛を過剰に厚くすれば、ついでにヤマトも対策出来るわけか。
「ボクのやってる事はあくまで街を守る防衛です。だからヤマトさんには反撃も邪魔も出来ない。恐らく初めての大魔法で、あの人の慎重さからするとテスト的な意味合いもある筈。ボクという保険は崩せない」
「なるほど。つまり、空はウラニアが抑えている?」
「はい」
「えらすぎ!!!」
「えひひひひひ!!!」
笑い声の癖が独特。
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うちの最強天才スペシャル研究員が言うには、大きな会場から少し離れた高台の山中などが怪しいらしい。
人の多いところは兵と協力して警戒を厚くしているそうで、透明で隠れてるやつは魔物でもヤマトでも見逃さない体制になっているそうだ。
ヤマトだって会場の近くで変な揉め事を起こすわけにはいかないし、かといって想定外の奇襲などがあった時には絶対駆けつけたい筈だと。最低でも即座に魔法弾で応戦出来る位置に居なきゃおかしいというアドバイスを貰った。
「ヤマトが見張っている会場が一つや二つならもう答えは決まったようなものなんだが」
「一番人が集まっている場所なのか、少しでも手薄そうな別の街を見張るのかちょっと難しいわね」
「無難に複数の会場が見える展望台付きの山に行ってみようか」
とりあえず私の勘で適当な山を目指す私達。私の勘は大体正解だが、その正解が今求めているものとは限らないので、結局行ってみないと分からない。天才は天才にも分からないのが玉に瑕だ。
アネモネはウラニアに分けてもらった透明化を見破るメガネを早速かけている。
暗視ゴーグルの亜種みたいなものっぽいので、さすがにちょっと……いやかなり普段よりは見づらくなると思うから、あまりその状態で高速飛行して欲しくない気がしている。
「ねぇタリア。もしかしたら緊急事態かも知れない」
「メガネを外そう!!よく見えないんでしょ!!!」
「今ちょっと手が塞がってて」
片手には空を切り裂く短剣、もう片手には私が抱えられてるからだね。仕組みはよく分からないがアネモネは高速飛行する時に剣で空気を曲げている。そこに私が居ると両手が塞がっちゃうんだなって。
慌てて手を伸ばしアネモネのメガネを……取れねぇ!!硬い!!!何!?どういうこと!!?
「素早く動いてる時にメガネがズレたらダメだと思ったのよね。紐を作って後ろでギュッとしてるの」
「一旦ストップ!!一旦速度を緩めよっか!!!」
「はっ!?」
アネモネは今「その手があったか!」みたいな顔をしていたが、その割に速度を緩めない。嘘でしょ。減速に思い至らないのも嘘だと言って欲しいが、止まらないのはもっと嘘でしょ。なぜ。
「……タリアが勘で選んだのは、今正面にある小山?」
「え?う、うん」
「何か居る!!!」
ドン!というすごい音が聞こえて、次の瞬間には私も景色が何も見えなくなる。
そうか、なるほど、話の途中で偶然何かを見つけたんだねアネモネ。どうやら今回の勘は目的通りの正解を引けたようで、ヤマトを見つけたのかも知れない。
でも何の話の途中だったか忘れないで欲しかった。
私達は多分、そこそこ高い空から山肌に向かって超高速で斜めに落ちている。しかも頭から。
どれくらい怖いか、うまい例えが浮かばないくらい怖い。
なぜか視界が白黒になり、世界がゆっくりになって色々沢山思い浮かぶ。凄い、ゾーンっていうか、死に瀕した時のアレというか、まるで時間が止まったみたい。
体の全部が恐怖を訴えている。分かるよ。私も本当に怖い。
凄いよね、空から落ちるだけでも怖いのに、今回はアネモネがあまりよく見えていない状態だもんね。
たすけて。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
「ヤマトさん!!!!」
「うわぁああ!?」
インパクトの直前に、死の危機によって私の天才的な力が目覚める。
そういえば落下をゆっくりにする魔法を前に編み出してたなってギリギリで思い出せるという、知力の頂点の力。
凄いよ。本当に咄嗟の出来事過ぎて、自分でもその魔法を使った自覚が無かった。体が勝手に反応してた。
「タリア!」
魔法とか賢者ってより、生物の本能による悪あがきではある。世界がスローモーションになるのって本当だったんだね。昔よそ見して壁に激突して頭から地面に倒れそうになった時にも一回なった。
「魔法を解いて!!逃げられる!!!」
……こっちはまだ落下のパニックから戻ってこれてないんだけど、どうやらアネモネはヤマトを発見していたらしく、私はその捕縛劇を速度低下で邪魔してしまったっぽい気配がしている。
「あ、あ、ごめん、すぐ……ぐぇっ!?」
魔法を解除した瞬間、ドドドドという音が後から追ってくる。アネモネが山の木々を踏み台にしてピンボールみたいに駆け出した音だ。速すぎて音が遅れてるみたいな変な感覚がある。
ちなみに私はそのアネモネに抱えられているので、目の前に凄まじい勢いで大木が迫ってきて死ぬほど怖い。
なんかに包まれてて衝撃が緩くなってるっぽいんだけど、内臓が飛び出そう。
「アネモネ!その速度じゃ俺には追いつけないし!!そんな飛び跳ねてたらタリアの体が壊れるぞ!!」
「くっ……!」
ヤマトの透明化装備はあまり激しく動きすぎると若干迷彩が乱れてしまうようで、木々の隙間を縫うようにスルスルと逃げ続ける猿みたいな影がチラチラ見えている。
あいつ本当に人間か?障害物だらけの場所を魔力の無い人間の方がそんな素早く動けるのはおかしいだろ。
手持ちの勇者封印道具の範囲内には間違いなく入ってる。何らかの道具と、あいつの体術の組み合わせだけでこんなに厄介だって事だ。
だが。
「天才美少女賢者を、舐めるなよ、異世界人が!!」
指の間に絡めた髪の毛が変換されていく。莫大な魔力に。
左手で発動させるのは庇う魔法と反転魔法。
右手で発動させるのは捕縛に使うショック魔法。
私だっていつまでもアネモネの戦力を削ぐだけの足手まといじゃない。
そして切り札だってある。庇うや無効化の反転は、まだ誰にも見せたことが無い私の奥義だ。
「くらえ!!反転アタック!!!!」
私が私に短い遠距離攻撃をし、それをヤマトに庇わせる。奥義にしてはちょっとセコい気もするが、不意打ちとしては完璧だ。
ここぞという時に使うからこそ切り札。思い知っ
「はいガード」
「あれぇ!!?」
私が反転庇うを発動した瞬間、まるで読んでいたかのように振り返ったヤマトが何らかの魔法装備を使って完全に遠距離ダメージを受け流す。
「なぜ!!?」
「それ前に見たよ」
「そうだっけ!?」
「前に寝ぼけて使ってたわよタリア」
よく見たらアネモネは私が魔法を発動しやすいように速度を落としつつ滑らかな動きに変えていたし、どっちにもバレバレだったらしい。
あれ、おかしいな。隠していた切り札で、足手まといに思われていたか弱い美少女が勇者を止めて感動する流れだった筈なんだが。普通にバレてたし、何の苦もなく防がれてしまった。あれ?
「う、う、残念だけど仕方ない、私を降ろしてアネモネ」
「もう少し耐えて。もう一度チャンスが来る。二人で一緒に攻撃するの」
……。
アネモネは、別に私のことを足手まといだなんて思っていないようだ。何か策があり、ちゃんと協力プレイで勇者を捕えようとしている。
ふ、ふーん。全然頑張るけどね。別にそんな、対等に戦えそうな感じで嬉しいとかでは全然無く頑張るけどね。
「(跳ねさせるから、その瞬間落下速度を)」
「(あ、なるほど)」
顔を寄せてボソボソと小声で作戦を話される。真剣な表情で顔を近づけられるとドキドキするね。
木々の合間を駆け抜けるのは悔しいけどヤマトに絶対勝てないっぽいので、アネモネは少し高くジャンプして木々を上に抜け、低空のまま音を頼りに追走し始める。
視界が開けた事で、私もようやく戦況が見えてきた。
……ヤマトの向かってる方角の先には、警備兵が駆けつけようとしている。人数は少ないが中央の手練っぽい動き。
どうやら騒ぎが起きた瞬間に全力で向かってきていて、アネモネは恐らくヤマトをそっちに追い立てているようだ。
こうなったらさっきの作戦のタイミングは明白だ。
遠くで、捕縛装備を構えて展開する警備兵達。あれとヤマトがかち合った瞬間こっちからも攻撃する。ほぼ全周攻撃。逃げ道は空しか無い。
そのまま当たればヨシ。空に飛び上がったら私の落下速度低下魔法。アネモネの速度まで急減速させられたんだから、ヤマトの飛行も止められる筈。
──勝ったな、ガハハ!!
警備兵との接触タイミングが近づく。
微かに聞こえた「げっ!?」というヤマトの声と、「構え!」という聞き覚えのあるおじさんの声。関所で会い、先日も話した隊長さんだ。ヤマトと互角に戦えるとか言う。
完璧すぎる。あの人なら体術でうっかり抜かれる事も無いだろう。きっと其の為の布石だったんだな多分。
今更気付いてももう遅いぞ勇者ヤマト。
反転した庇う道具と、落下速度低下魔法を構える。相手に庇わせる方式なら私だって当てるには当てられるんだ。さっきは防がれたけど。
ていうかあれ?下手に攻撃せずそもそもこの速度低下魔法をぶち当てれば良かったか?
これも防げるのかな。いや防げるんだったらこの作戦も成立しないし。あれ?
「行くわよ、構えてタリア!」
「あ、う、うん!」
やばい、咄嗟に説明出来なかった。いやいやいや。でも、ヤマトだって全てを同時には防げない筈。
多分魔法効果を弾くレジスト機能を持った手持ち防具の筈だ。さっきわざわざこっち向いて構えて防いだもんね。
恐らく、アネモネが私の動きに合わせて攻撃するんだ。先に散弾的な攻撃で飛ばせて、私の狙いと違う場所に捕縛道具を投げるんだろう。賢者の能力がそう予測する。
……実戦って、全てが速すぎて思考が追いつかないよ。やっぱ現場で戦ってる人達は凄すぎる。よくもまぁこんな一瞬一瞬に膨大な選択をし続けられるものだ。
賢者と呼ばれていても思考速度で勝てる気がしないというか、なんならそもそもこの勝負には勝てる気が
「いくわよ、タリア!……5、4、」
「!」
思考を振り切って構える。
「3、2、」
「隊長!!見逃して!!!」
「絶対ダメです!!」
あの、アネモネ、どうしよう、私、勝てる気が
「1、」
「くっ!!」
「捕縛!放て!!」
ヤマトが前方で兵達と接触し、捕縛道具を展開している皆から一斉に放たれた瞬間、アネモネは物凄い勢いで木々をかき分けて薄っすら見えているヤマトに背後から突撃し、散弾的な魔法弾を放とうとする。
全方位からの攻撃に対して、アネモネの予測ではヤマトは飛び上がるしか無く、そこに私の落下速度低下魔法が放たれれば、空中で身動き出来なくなった勇者の捕獲の完成。
そのルートを目指していたのはなんとか私にも分かったんだ。
──問題は、異世界人の技術と、ヤマトの異常さを、甘く見ていた事。
「ゼ、ロ!?」
「「「あ!!?」」」
ヤマト以外の全員の声。
隊長と接触する手前で大木を駆け上がったヤマトは、そのまま勢いの方向を上に向けて飛び上がるかに見えた。
きっとここまでがアネモネの想定通りだったのだが、ヤマトは更に太い枝に駆け上がる。
巨大な木の壁を駆け上がり、太い枝を天井にして逆さまに数歩走ったみたいな形だ。もはやどう考えても人間業ではない。こいつが一番ニンジャしてる。
→→→、↑、←。
勢いをあまり殺さないままヤマトは壁と屋根を使って反転し、なんかこう、ぐにゃっと体を捻って回転しながらこっち向きに着地すると、なぜかまだある程度の速度を保ったまま私とアネモネの方に突っ込んでくる。
人体としても物理現象としても不自然に見えるし、高速移動からの一瞬の出来事だったので予想外の動きに頭が追いつかない。なんでこっちに来るの!?
「ふっ!」
「ヤ、マトさ……!!」
ヤマトが強く息を吐き加速して、想定外の動きに動揺するアネモネ。
アネモネは猛烈な勢いで突っ込んで魔力の散弾を撃とうとしていた。その発射口にヤマトが一気に加速して突っ込んでくる。
恐らくは射程の非常に短い牽制技で、単にヤマトの行動を縛って誘導する為の攻撃だった。その当てるつもりの無い攻撃はもう発射されかけていて、なぜか当たる位置にまでヤマトが突進してくる。
一瞬だ。この全てが一瞬。
喉から「危ない!」と叫びそうだったが、そんな時間すらも無い。
あろうことか、アネモネの構えた手に向かってまっすぐ頭から突っ込もうとするヤマト。
突然の事に声も間に合わず、咄嗟にヤマトを庇おうとする私。
攻撃が出かかっている上に、そのままだと私を抱えたまま凄まじい勢いでヤマトにぶつかるので、目を見開いて驚愕しているアネモネ。
「おっ、と」
「!!」
最悪な事に、ヤマトは木の根に足を取られたのか体勢を崩してアネモネの前に無防備に頭を差し出す形になる。
アネモネは必死に減速しながら散弾の発射方向を変えようと体全体を捻る。
私は目を回して庇えているのかも分からない状態になり……
次の瞬間。
ドドドドンという多重の衝撃音が鳴り響き、アネモネの単射程散弾が……誰も居ない地面に着弾する。
「!?」
「はぁ!?」
アネモネの息を飲む声と、私の困惑の声。
──居ない。目の前から突然人間が消えた。えっ、居ないんだけど。時間が止まったかのような感覚の中で、それでも人が消えた。
緊迫したスローモーションのシリアス映像から、突然ギャグみたいに人物が消えたんだけど。
本当に私もアネモネも意味が分からなくて、しかも無茶な動きで完全に体勢も崩れちゃって、なんとか下方向に逸らした散弾は地面を爆発させていて、一瞬遅れてその衝撃が私達に襲いかかり……
二人ともグチャグチャになりながら吹っ飛んで、木にぶつかりそうになった所を隊長さんに受け止められる。
「……だっ大丈夫ですか!?」
「そちらこそ!?」
どうやら対衝撃用のエアバッグみたいな装備で止めて貰ったっぽいんだけど、アネモネも空気の壁を前に出してそこに着地しようとしていたらしく、どうしてかは分からないが隊長さんの顔面にはアネモネの足跡が付いていた。
「……あの、あれ?いや、今の、どうなったんだ!?私……あれぇ!?」
超高速戦闘の連続がようやく停止し、地面に降りられて、改めて急に意味の分からなさに困惑する。
ここまでずっと物凄い集中していてスローモーションみたいだったのに、急にその領域から追い出されて元の世界に帰ってきた気分。アドレナリンが行場を無くしてしまった感じ。
アネモネも、見たこと無い表情をしている。恐怖と、困惑。
「一瞬過ぎて私にもよく分からなかったの。で、でも、ヤマトさん、間違いなく私の攻撃をわざと食らおうとしてて……」
「私も間違いなく見た。あいつ、狂ってるのか?」
いつも最強無敵だったあの超武人アネモネすら予想外の狂気に肝を冷やしたようだ。
「ど、どうしようアネモネ、一旦完全に見失っちゃったけど、今のもう一回やる勇気が……」
「うう……」
さすがに二人してショックを隠せない。普通に怖かったもん。
固まってしまう私達。そこに、隊長さんがパンパンと手を叩いて意識を切り替えさせるように話しかけてくる。
「ダメダメダメ!今日は一旦二人とも負けを認めて下さい。下がりましょう!作戦会議が必要だ!」
「ま、負けた?私がヤマトに?」
「二人ともあの動きが何か分からなかったんでしょう。ダメですよ、あんなあっさりフェイントに引っかかるんじゃ、俺達……私達とも連携出来ない」
「「フェイント……!?」」
私とアネモネの声がハモる。
「そう。フェイント。あれは格闘技とか走術でも無く、球技に近いやつですね」
はーー、と兜を取り頭をガリガリと掻きながら解説してくれる中間管理職おじさん。
な、なるほど。球技のフェイント。球技……?
「球技って……あれ、スポーツの技って事!?あんな危ない事して!!?」
「そりゃスポーツでしょうよ。危ない攻撃を当てずに捕まえるってルールの戦いなら、まさにスポーツ。完全に彼の得意分野だ」
合図を出して皆を集合させる隊長おじさん。彼が大声で「勇者様!!一旦引き上げますー!!」と叫んで、私達の敗北が確定し休戦が訪れる。
「さて聖女様、分かりますかね?あれはあえて反則を受けようとしたんです。貴方は当てちゃいけない攻撃を使おうとして、逆にそれを狙われた」
「……反則……」
「更に、よろけたように見えるステップを踏んで、視線の予測を誘導してディフェンスを抜いたわけです。下手したら人が消えたように見えたでしょう?」
私の方を見るおじさん。思わず頷いてしまう。消えたよ。人間が。アネモネは一応見えていたっぽいけど理解できないみたいな顔をしている。
「いやそんなわけあるか?何、じゃあアレって只のスポーツの体術って事?」
「はい」
「嘘だぁ!?絶対嘘だよ!危なすぎるし、ほんとに消えたもん!!」
「なるほど、賢者様も目の前で彼の技を見たのは初めてなんですね」
集まってきた他の兵からも口々に「アレは凄いんですよ」みたいな話をされながら、なんだか撤退の流れに乗せられてしまう。
「で、でも、早く捕まえないとアイツの負担が……」
「だからこそ、勝てない勝負を無駄に挑みまくって消耗させるのは止めて下さい」
「うっ!!」
隊長にズバッと未練を断ち切らされ、山を降りていく私達。
「勇者を倒すなら、必ず倒す。そして勇者以上に守る。この戦いは完璧じゃなきゃダメなんですよ。下手に負けたら勇者の価値だけが上がってしまう。負担もかけるのに。失敗しちゃダメなんだ。自分らもあんな甘い布陣で挑んだのは愚かでした」
「……そう、だな……」
元はと言えばアイツが余計な無茶してるせいなのに、やってる事が良い事だから私達が悪いミスをして叱られてるみたいな謎構図になっちゃったじゃないか。なんだよもう。
トボトボと山を降りる私達。遠くに、大会で負けてしまったのか、空気の重そうな若者達の集団が見えた。
私も完全に同じテンションだ。今まで以上に気持ちが分かってしまうよ。
あんなに意気込んで、切り札まで使ったのに、普通に負けた。
別に開発や医療だって成功だけじゃないからさ、こういう気分になる事だってあるけども。
……私とアネモネの連携は最強だって思ったのに……ヤマトは私達の方を穴だと思って、実際に抜き去っていったんだ。
隊長さんは謙遜して自分たちも甘かったみたいに言ってるけど、アイツの行動が真実を物語っている。
あの瞬間、ヤマトにとっては隊長達のほうがよっぽど厄介だったらしい。スーパーミラクル天才美少女チームよりも、おっさん達の方が抜きづらいって判断したから反転した。
「……え、本当に悔しいかも」
「私もよタリア」
とぼとぼと歩きながら呟く私を、アネモネが抱き上げて同調する。
「……作戦会議をしよう。とりあえずこの抱かれて行動するのがダメなのは本当によく分かった」
「そ、そんな……合法で抱けるのに……!?」
そうかぁ。アネモネの中の評価って合法でお得みたいな感じだったんだ。負担かけてるみたいな感覚はもう二度と感じないで済みそう。
……もう全てが許せん!絶対何か新しい手を考えてやるぞ。覚えてろ勇者……!!




