不意打ちと、宣戦布告
朝。
今日から子供達の大会が始まるからか、どことなく張り詰めたような空気を感じる。
ヨロヨロと寝ぼけながら朝の着替えや食事を済ますと、ちょい前に私を健康診断地獄に突き落としたシンシアちゃんが突然うちにやってきて、今の状態を確かめてくる。
「どうしたの急に」
「タリアさんも今日からきっと無茶するので」
私の顔を掴んであちこち見たり、腕や腹を触ったり、ケツやふとももをグニグニ揉まれる。
アネモネもしれっと混ざって触ろうとするが問答無用で手をベシっと叩かれて追い払われる。
「散歩とかはしてますか?まだ疲れやすい?」
「そういえばずっと貧弱キャラ扱いなんだよ。別に強くないのは認めるけど、私だって普段は忙しく働いてたし知的天才美少女戦士として冒険もこなしてたんだ」
体温やらなんやら測定もされて、まるで病み上がりの検診みたいだ。
「タリアさん。貴方は病み上がりそのものですが。無茶が祟ってしばらく安静にしておく状態でしたよね?」
「うん」
「入院って本当怖くなるくらい体が衰えるじゃないですか」
「……あ、そうか。私ってもしかしてリハビリ中なのか」
「正確にはそろそろリハビリを始めようかってところなんです。勝手に判断して動き回ってるみたいですけど、元の感覚より体力が落ちてるのを忘れないで」
なるほどなぁ。言われてみれば変に疲れる時あるなぁと思ってたんだよ。自己認識と今の体力がズレてたのか。
「……あと一応。本当はもっと精密に検査を重ねて、確証を得てからにしたかったんですけど、きっと時間が無いのでお土産に渡しておきます」
「お土産?ってそれあの不健康激甘スイーツじゃん」
さすがに朝から異世界由来のスイーツは重すぎるのでメイドさんに保管しておいて貰う。
まさかシンシアちゃんが不健康なものを持ってくるとは思わなかった。
「タリアさん。栄養ってバランスじゃないですか」
「そうだね。そしてあのクレープは絶対バランスが悪いやつ」
「いいえ」
「えっ!?」
何やらゴソゴソと書類を取り出すシンシアちゃん。あれからも様々なデータを検証し続けてくれていたようだ。
「ヤマトさんのデータを見てずっと考えていたんです。私達が摂るべき栄養バランスは、恐らく異世界人よりももっと加護と肉体に合わせて人それぞれ調整しなければならないんじゃないかって」
何やらデータを色々見せられる。でもそうか。なるほど。強い加護には強い負担があると考えた場合、その特性によっては栄養の消費が重くなっていたりもするのかも知れない。
「異世界スイーツが流行ってからまだ日が浅いので十分なデータが足りていないんですが、ちょっと脂質とか摂りすぎてる反応だなぁって人とは別に、体調や思考力に改善が見られる人も居るんです」
「言われてみれば私もウラニアもあれ食ってる時って栄養剤並に脳が元気になるかも」
「多分ウラニアさんは食べ過ぎちゃダメっぽいので注意してあげて下さい。知力の加護が強力なほど欲しい栄養の量も変わるって感じなので、彼女みたいに頭そのものが天才なタイプだと平均的に言われる栄養バランスがベストの筈」
これを聞いたらウラニアは泣くだろう。若干依存しそうなほど食いまくってたもん。
「学力の国で不健康な甘味が流行るのは、それがとても体に効いてる人が多いからなのかもって思ったんです」
「あると思う。多分このままじゃ結局過剰な栄養素もあると思うけど、ヤマトのおかげで一つ固定観念崩れたかも知れない。確かに主語の大きい人類的な平均バランスで考えて、個々の栄養バランスは想定していなかった」
うんうんと頷き、もう用は済んだとばかりに立ち上がるシンシアちゃん。
「無茶はしないでねタリアさん。散歩とかはして欲しいけど、駆け回るのはまだ早い」
「全然無茶する気なんか無いよ」
「嘘ね。私も私に出来ることを地道にやっておくから、それまで絶対に健康が第一なのを忘れないで」
何か自分の使命的な物を心に得たのか、エリートの貫禄が出始めた友達が格好良く去っていく。
しかし、なんであんなに私の無茶を心配していたんだ。嘘だと断言までされるのは過剰な心配ってより何らかの確信を得ている態度だよね。
家の外に出てシンシアちゃんを見送ると、彼女は最後に振り返って何かを伝えるように空を指差す。
快晴だ。
どういうことだろうと再びシンシアちゃんの方に目を戻すと、足早に馬車に乗り込んだらしくもう姿が見えなくなっていた。きっと本当に忙しく、本当に何か急いでいるんだ。
それでも私を診察しに来た。
ふと横を見るとアネモネも険しい表情で空を見ている。再び私も見上げるが、不審な所は見当たらない。
「アネモネも何か見えるの?」
「……うん……ちょっと待って……」
ふわりと浮き上がり、真剣な表情で全方位の空を凝視するアネモネ。やっぱり何かあるんだ。
私は一応メガネをかけているが目は割と健康で、そもそもこれはヤマトの要求で着ける事になっただけの伊達メガネだ。
シンシアちゃんもアネモネもぱっと見て何か気付くなら、私も別に見えると思うんだけど……
「タリア。薄っすら白く何かがあるの」
「うすーい雲の層なら私にも見えてるよ?」
「そうじゃないのよ。ほら、こう……」
降りてきたアネモネが空を指でなぞる。それを追いかけるように見ると、確かに雲にしては長く広く直線的な白いモヤが非常に微かに見える気がする。
「……タリア。鑑定して欲しい」
アネモネの声のトーンが変わる。ピリッと空気が張り詰めた気がする。まるで臨戦態勢に入ったかのような。
「鑑定って言われても、薄すぎて……」
必死に目を凝らすが、薄い空の白帯はどこからどこまでが輪郭なのかもよく分からなくて……
と思ったが、私の能力はアネモネに頼まれた瞬間答えを導き出していたようだ。私の感覚など無視して、賢者が答えを脳に提出する。
あれは、魔法陣。
それも、勇者の紋様が組み込まれた、超巨大魔法陣。
異常に巨大で端が見えないもんだから逆に形が把握しづらかったが、薄っすら雲が重なっているような見た目の場所に目を凝らすと、見覚えのある多重円らしき形状の一部に見えてくる。
「アネモネ、これまずいかも」
最強のダークナイト聖女が、私を不安そうに見つめている。恐らく目の良い人はアレがなんなのか薄っすら気付けるんだろう。
鑑定するまでも無く、状況からの推測で。
地平線の向こうまで伸びる、勇者の天空魔法陣。
「──あれは、封印結界だ」
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中枢のでっかい会議場でマリウス王子に合流すると、朝から激務と大騒動でグチャグチャになっていた。
もう子供らの大会は開催するところで、ここや学校街などの各種大会会場のある場所はいつもより過剰に万全な警備と防衛設備が配置されている。
何より、空のヒビ割れが消失し、観測結果もおかしくなっているらしい。
邪竜対策を突き詰めて来たつもりだったが、ここにきて穴自体が開かなくなった。恐らく、勇者の力で。
状況だけ見ればビックリするほど安全な状態で大会が開催出来て良かったねって感じだけど、そういうわけにもいかない。
「申し訳がないですタリア様!!!!」
「うわ!?」
突然見慣れない女の人が高いジャンプから床にビターン!と土下座の格好で着地して私に謝ってくる。なんなの。普通に怖すぎる。
背中に何かジェット噴射しそうな羽が生えているが、サキュバスなんだろうか。
「申し訳ないタリア様。我らにミスがあった」
少し遅れてライラさんも到着する。なぜか小脇に見覚えのある歴史調査員の人を抱えている。
「どういう話?サキュバスがヤマトを抑えようとしてくれてたんだっけ?」
「申し訳が無いです!!」
「そこの滅茶苦茶凹んでるチタラというサキュバスが結構強いので、勇者を捕らえて地下図書施設に軟禁し、スポーツ大会中だけ逆に一切手出しさせない予定だったのだ」
ライラさんが結構強いと表現するという事は、このチタラさんは多分洒落にならないほど強いんだな。
というか名前を教わったことで賢者の能力がだいぶ色々と答えを流し込んでくる。人の鑑定というかなんというか、どんな人物なのか偉人を歴史書で調べたような概略やその人を決定づけるエピソードが見える。
なんなら結構偉いサキュバスだ。とてもそんな姿勢で這いつくばるべき存在じゃない。
「勇者が雑学に弱いと聞いていて!地下図書の誘惑には絶対勝てないだろうと!!」
「確かに。ところでその土下座ポーズはそろそろ解除して頂いて良いです?」
まるで私がサキュバス達を叱ってるみたいに見えちゃうからね。なんか周囲が変にザワザワしてるから。変な性癖を疑われちゃうから。
「ついでに歴史調査員とも協力して封印中の歴史書物を改めたかったのだ」
「ごめんなさいタリア王女、一緒に楽しく調べてた筈なのに逃げられてしまいました」
「なるほどあいつ最近ずっと地下に居たんだね。その話はもちろん聞きたいんだけど、一旦ライラさんもこの土下座ポーズやめさせてくれないかな」
「本当に申し訳無い、我らに誤算があった」
「スルーして話を繋げてくるんだよね」
抱えていた歴史調査員の人を降ろし、普通に説明を始めるライラさん。チタラさんはぺちゃんこになったままだ。いや解放してあげてくれないか?
「異世界の勇者の知恵を侮っていた」
「ああー、まぁ、アイツずる賢い知恵を良いことに使うから紛らわしいんだよね」
「面目ない」
ライラさんまで頭を下げてくるのを必死に止めて話の続きを促す。
「一体何をされたんだ?まさか何か知られちゃいけない事を知られた的な?」
「いや、違うのだ」
ライラさんが見慣れない道具を見せてくる。しれっと持ってるが結構貴重なアーティファクトでは無いだろうか。鑑定すると相当高レベルな武装っぽいんだが。
「勇者に魔力を使わせるべきでは無いが、魔力を封印した状態で襲われたら加護すら無いただの人間で危ないだろう?」
「たしかに」
「だからノームを通じてゴブリン達からアーティファクト装備を提供され、ウラニア嬢からも自衛装備を受け取っていた」
「そうだね」
手渡された装備を見る限り、今のヤマトは魔力抜きでも相当戦えると言うか、過保護にされすぎて強すぎる状態になっているのでは。
それで逃げられてしまったと。
「我らもゴブリンの英雄も完全に騙されていた……確かに魔力が無い時の自衛装備は必要なのだが……」
「渡しすぎちゃったのか」
頷くライラさん。
「魔力がなくても強い装備を沢山持った勇者ヤマトは……魔力も使うと滅茶苦茶強い!!」
「そうだろうね!?あ、え、しまったそういうこと!?」
まずい!!思ったよりもっとバカな話だぞ!?
作業を進めながらこちらに聞き耳を立てていたマリウス王子も「しまった!?」とか言ってガターンと立ち上がる。凄い、誰も気付いていなかったんだな。もしかして戦闘に関しては本当に私達って平和ボケのアホなのか?
「どうやら元々姿を隠す装備を持っていたらしいのだ」
「あ、持ってたわ」
「だから今の勇者は装備だけで透明になり空も飛び回れる。其の上で力を解放されるとクソ強い上に信じられん速度で飛行するのだ。申し訳ない、完全に見失ってしまった!」
やばすぎる。
「申し訳が無いです!!まさか魔力封印装置をこっそり壊して効いてるフリをしていたとは!!」
「うわセコい!!ヤマトそういうの得意そう!!」
未だに土下座で地面に貼り付いたままのチタラさんをなんとか宥めて立ち上がらせながら、事の顛末を把握する。
対人戦闘だけで歴史を紡いできたような異世界人から見た私達って、もしかして相当チョロいのでは。こっちは戦いと言えば野性的な魔物が主な相手だからなぁ。
いやアイツの場合本来なら警戒する必要なんて無い所で仕掛けてくるのが悪いわ。善行が卑怯な奴って聞いたこと無いもん。
おずおずと歴史調査員の人も心配事を話す。
「もしかしたら私も余計な事をしたのかも知れなくて。過去の勇者の逸話や、勇者の元ネタと思われる風の魔法使いの調査結果を沢山見せちゃったんです……あの、空の魔法陣って……」
「いや関係無い。勇者の力は全て聖剣で物理的にヤマトに埋め込まれた。それを感覚的に使いこなせるようになっている」
「そうなんですか?」
「アイツは前に、勇者が人柱になって封印するのが規定のルートだろうと私に指摘している。恐らくそれに気付いた段階で密かに調査や練習を積み始めていた筈だ」
ぐぬぬぬ。言っていて自分でも気付いたが、そうなるとこの件で一番やらかしているのは私という事になる。
「ヤマトは天才美少女賢者の私にちゃんと警告している。勇者に頼らないと言うなら対案を出せという明確な課題を出した。私はそれをもっと終盤の戦いまでに解決すべきだと誤認していた。失態を恥じるべき人が居るとしたら、事前に知っていた私だ。」
シン…と静かになり視線が集まる。「いやいやそんな」みたいなのも無く本当に静か。真剣に聞いてくれるのは良いんだけど、一旦そんなこと無いよフェーズ挟んでくれても。
「ヤマトは最初から本当に絶対子供達の大会を安全に開催させるつもりだったんだ」
「うわ確かに!!僕らはなんて悠長な……っていうか賢者ならなんで先に分からないんですか!?」
「黙れ!!お前だって学問の国の第一王子だろうが!!なんかこう、戦略的な話はそっちのがプロだろ!!」
「僕と違って結構暇な時間あったでしょう!?」
「うわー!正論腹立つー!!!」
なんかマリウス王子も最近遠慮が減ってきた気がする。許せん。
周囲もなんか賢者なんだからなんとかしてよみたいな目で見ている気がする。許せん。絶対に許さないぞ、ヤマト!
「アネモネ!勇者信仰はまだ各地で警戒したままで!!」
「もちろんよ」
静かに話を聞き流していたアネモネが戦いの気配に気付いてスッと立ち上がる。
「私と本気で共闘しよう、アネモネ。今度こそ守ってもらうんじゃなくて力を合わせるよ。勇者を倒す!」
「倒すのはちょっとダメじゃないかしら!?」
あえて宣言するように、皆の方をバッと振り返って叫ぶ。
「勇者ってのは、一人に犠牲を押し付ける為だけの下らない称号なんかじゃない!そこの王子も、兵も、事務も、皆が誰かの勇者としてちゃんと準備をしてきている!!今回はアイツが余計な事をしなくても守りきれるんだ!!」
静まり返る会議室。ちゃんと静かに話を聞く人ばかりだから「オー!」とかも無いんだよね。いい感じの反応はしろよ。これだからインテリ貴族達は。
「これは裏切りだ!!勇者の善行を許すな!!!絶対に見つけて倒す!!」
「善行を許すな!!?」「人生であまり聞いたこと無い」「勇者の犠牲を許すなって言うべきだったんじゃないですか?」
クソみたいな揚げ足取りは沢山来る!!!カス!!!!!




