静かな反撃の始まり
中央の国と、西の方でも邪竜の襲撃が発生した。
どうやら私がやらされている計算である程度予測が出来ていたようで、空のひび割れが小さい内にすぐさま対処出来たらしい。
透明な鳥も居たらしいが、さすがにアネモネやノームさんみたいな超強い人らじゃないとまともな戦いにもならないようで、恐らく逃げられてしまったと報告を受けた。
事件が世界規模に広がっていくのは不安だが、前回既に国を跨ぐほど巨大なひび割れが発生しているので、他国も心構えはちゃんとあったらしい。
内心ビビりすぎていた。世の中意外となんとかなるんだなって、大事件の度に思うよね。
まぁ実際に活躍しているのはどうやら勇者信仰みたいだが。
中央では元聖女候補の男性の女装ニンジャが目立つ活躍を上げたそうで、同人イラストが活発化していた。女装美青年かぁ。男装サキュバスと並べてみたい。性癖が破壊されそう。
私も結構気合を入れて手伝っているので、ウラニアによる勇者封印装置の流用道具は適切な順に配備が整いつつあり、いずれは穴の修復だけなら対処に困らなくなる筈だ。
やはり人は道具で世界を変えていく生き物。最初に空の穴を見た時は天才美少女賢者の私だってこんなのどうしたら良いんだと思ったけど、時間さえ間に合えば割となんとかなるもんだ。
問題は空の穴の原理や、ウラニアの道具がなぜ穴を修復出来るのかがイマイチよく分かっていない所だが、魔法ってそういうもんだしというノリで押し通している。
完全に物理法則が解明出来て、完全にコントロール出来るなら、それは魔法ではなく物理だ。
だからなんだよって話なんだけど、割と皆納得して引き下がるので押し通してる。私が正解を必ず出せるからなんだろうけどね。
そもそも穴の修復ではなく穴が開かないようにしたいんだけど、そこはまだ全然分かんない。
多分そこは簡単じゃない。だってゴブリンやサキュバスのような精霊的存在が定着しているのも、宇宙の法則からズレた魔力という概念も、元から世界に穴が開いていないと有り得ないんだ。
魔法生物が繁殖した邪竜という問題はかつての賢者が黒幕の事件だとしても、それを封印したらしい世界の穴は元々存在していなければならない。
この世界の仕組みからズレたものが実在する為には、世界の外が必要になる。
そして別世界があるだけじゃなくて、穴が空いていないとその干渉は有り得ない。この世界は、最初から世界の壁になんらかの問題がある。
魔物も魔法も無い世界から来たヤマトが、私達の世界はおかしいのだと明確に示している。
必死に駆け回って、なんとかしないと大勢死ぬような危険な状態は抜けた。それでようやく私ももっと落ち着いて事件のもっと根本的な部分について頭を回せるようになってきた気はする。
まだまだ忙しいので、今日もそんなことを寝る前に布団の中でようやく熟考出来ているだけだけど、少なくとも「次」に進むための取っ掛かりは出来たという感触がある。
明日を楽しくするためには、明日が良くなると信じられる状態で眠りたい。ようやくその感覚に近づいてきている。
……今回もこのまま小さいのを潰すだけでは終わらないだろう。
あちこちに穴を開けて、その頻度が上がっていくなら、その狙いくらい私にも分かる。連結した大穴がきっと待っている。
きっと、そこが、勝負所だ。
……窓に、また小さなトカゲの影が貼り付いている。もう眠すぎて頭がぼんやりしてきたが、このサラマンダーゲッコーが夜な夜な届けに来る魔石の破片も、進捗が順調な事を……進捗ってなんだっけ……
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気持ちよく寝られた筈なんだけど、叩き起こされて全てが台無しになった気分の早朝。
家に国王がやってきた。マリウス王子も一緒だ。
「……まだ……ねむいんらけど……」
「今です。タリアくんが覚醒する前の賢者寄りの意見を引き出して下さい」
「は、はい。タリア王女、これが僕の元に届きまして」
すごい、こいつら寝ぼけてる私に容赦なく質問を投げかけてくる。失礼極まりない。
「……脅迫状……?だれが、なんで?」
「現在ヤマトくんが軟禁状態で、その脅迫状の条件が満たされない限り解放して貰えないらしいんです」
「……」
ぼんやり聞き流していたが、だいぶとんでもない事を言われている気がする。
でも、アネモネの方を見ても私にひっついて朝飯をもぐもぐ食べているだけで反応が無い。
……うむ。ヤマトが軟禁されていて、アネモネがそれを知っても動かない。なるほど。
「サキュバスだろ。ほっとけ」
「凄い!なんで分かるんです!?」
「分からなかったのは君だけだよマリウスくん」
しょうもない脅迫状を受け取る。
「えー。『別にこっちは要求とか無いんだけど、勇者の要求が面白そうだったから採用した』。……なるほど、つまりヤマトからの要求を無視したらヤマトが解放されないわけだな。バカか?」
「タリアくんとしてはどう思いますかね?この要求を飲みますか?」
勇者による勇者の解放条件は二つ。
一、大会を予定通り行う。
二、北の国と中央、可能ならゴブリンとオークにも勇者ヤマトからの協力要請を出して活躍させる。
……ねぼけた頭が余計にぼんやりするよ。なんだこれ。
「実は緊急時に大会とか不謹慎ではという話が丁度流れています。別に子供を集めて守るにしたって大会をする必要も無いし、練習も不十分になっているのでは無いかと杞憂する声もある」
国王が今更ブチブチ言う。そんなん予想通りで事前に話してたじゃないか。どうせ答えも分かってるくせに。
私にはなんであんなに必死になれるのかよく分からないけどさ、子供らは勇者と賢者の後ろ盾がついた時点で本気で練習し続けている。絶対に大会があると信じている。
諦めたくても諦められないような奴らをどうにかしてやるって話なのに、諦めてるわけないだろうが。外野が勝手に不十分だのなんだの杞憂して止める必要は無い。
「命を守るだけでは足りなくて、普通の生活も守らなきゃダメなんだという話を、もっと徹底的に流しておいてよ。遊んでたっていいし、大会は会場も万全だから見に行くとむしろ安全で安心。最初からそういう約束だったろ」
状況ごとにちゃんと細かく再確認する人も正しいというか、実際には偉い行動だと思うんだけど、そうは言っても恩人との約束だぞ。破るという選択肢は最初から無いんだ。
「やはりタリア王女もヤマトくんも大会決行は揺るがないんですね?」
「状況が変わったからと簡単に覆すようなものは約束と呼ばないんだ」
「そういえばタリアくんは意外と約束を守るんですよね」
「どこが意外なのか言ってみろジジイ」
イラッとして目が覚めてきた。ぺちって叩こうとしたのに普通に避けられたのが一番許せん。
「そんなことより、北と中央に活躍させろってのはなんなの?可能ならゴブリン達ってのも全く意図が分からないんだが、何かあった?」
「いえ、それが僕にはよく分からなくて。国王は若干思い当たる節があるようなんですけど、まず賢者様の意見を聞くべきだと」
「寝ぼけてる内に一旦答えて下さい。詳細はすぐその後に話しますから」
飄々とした老執事っぽい国王が、温厚な口調と動作とは裏腹に、問答無用で賢者の答えをまず寄越せと目の奥で語っている。
「あの、僕としてはむしろ逆に頼りすぎているのではと……」
私もなんとなくそう思っていたんだけど。一回マリウス王子と見合って首を傾げあう。
でもウラニアの手伝いをしていて若干気になった事もあって……。
「……いや。そうか。ヤマトが合ってるかも知れない」
「何か思い当たる事が?」
「ウラニアが……活躍しすぎているかも。ヤマトやアネモネと違い、ウラニアは明確に南の国の活躍だ」
ヤマトがそこまで気が回るとは思えないんだが、誰かの入れ知恵か?
言われてみれば、国家間や種族間の貸し借りの印象が歪みつつある。
確かに、ここはもしかしたら好意を示す場面かも知れない。上手く頼る事で好意を示す。私とお母さんの得意技でもある。
「ウラニアの防衛道具は世界規模の災害に唯一対抗出来ている。英雄の犠牲だけに頼らなくなったのはいいが、今度はウラニアが英雄だ」
「背負わせすぎてしまうという話ですか?」
「それもあるが、道具には使い手が必要だし、防衛装備の開発は北の達人の技を参考にしている。国や種族を越えた災害対策には、国や種族を越えた協力が不可欠だ。異世界勇者に頼るべきじゃないのと似た話だよ。一方的な貸し借りは関係を壊すかも知れない」
「でもゴブリンやオークは?こちらはむしろ借りばかり増えているようで」
「こっちは逆で、借りを自覚しているのが特定層しか居ないからちゃんと大々的に借りて世間に知らしめろって話なんじゃないか?正直ここはヤマト本人に意図を聞かないと断言出来ないけど、私だってゴブリンを侮っていた」
「ああー。うーん。それは確かに僕も……」
国王の方を見る。スラッとした老紳士が短く頷く様はやっぱりどうみても執事だ。
「……独自の強みを持った事で優位に立つのか、それでも互いに利のある対等な協力関係なんだとアピールするのか。国王としては、他国や他種族への優位なんて作れば作るほど良いと思いますがね?」
「嘘だな。そんな簡単な話で済むなら私に相談もしないだろ。一旦答えたんだから、何か知っているなら早く教えてよ」
謎にウンウン頷いてから、何らかのメモを取り出す国王。
「君達が発見した本の検閲について、多少心当たりがあるんです」
「急に話が飛んだな!?」
「ゴブリンの長老や私のような古い世代には感覚的に分かる部分がある。賢者の討伐シーンが検閲されていたと言うのなら、それで得をする者が居る筈でしょう?」
「いつその話を知ったんだ?いや、なんか、私の直感だと過激な表現を規制する的な……」
「過激な場面となれば尚の事、誰が得をしているのか分かりやすい。私達です」
私達?
「まさか、私が賢者だからって事?倒す方法を隠されている方が得って話か?」
「違います。南の国民が得をしている。過激に討伐されかねない私達がね」
意味が分からん。マリウスも、家のメイドさんも首を傾げる。
でも、まさかのアネモネがちょっと頷いている。これほど厄介な長話を把握しているのは珍しい。
「タリア、私が最初に告白した時、『結局殺されたら死ぬのだから武術や魔術の加護を持ったうえで学問は自力で学べば良いだけ』という話を鵜呑みにしていたって言ったのを覚えているかしら」
「全然覚えてなかったけど丸ごと言われたから思い出した」
「あれは他国から見た南の国への普通の感覚。でも言葉通り侮っているわけじゃなくって、むしろ嫉妬を自覚したくないから、相手の不利にだけ注目し、下に見て安心したいという感覚もあると思うのよ」
再び首を傾げる私とマリウス王子。そんなこと言われてもな。
どこにも誰にも得手不得手はあるし、その利点だけ見て嫉妬した挙句見下されるのは滅茶苦茶だろ。
「タリアくん、マリウスくん、我々老いぼれの時代はもっと差別的で醜かったという話を聞いたことがあるでしょう?」
「あー」「はい」
「それを意識した上で、賢者の討伐話が検閲されたら誰が得をするのか考えて下さい」
……。
もしかして、割と下らなくて面倒くさい話のパターン?
つまり、よくあるアレ。歴史上の悪いやつを倒す場面の規制って、それによる子孫の差別やいじめを防ぐ系の……
「世界の破壊者が学問の国の頂点である賢者だったなら、誰だってその国に悪い印象を持つでしょう。正義の討伐シーンがあるのなら、誰もが南の国民は殴って良いのだと思うでしょう。少なくとも賢者狩りや魔女狩りは必ず起きた筈」
「そんなバカな!倫理観の終わっている先祖どもも、さすがにそこまで愚かじゃないはずだ!いやどうかな!言ってて既にちょっと不安だな!?」
「人間もですが、他種族からはもっと冷徹に嫌われていた筈です。どうやら賢者だけではなく、星の魔女というのも度々現れては強力な兵器を作っていたらしい。協力的なゴブリンでも無差別に殲滅するような防衛兵器をね」
思わず頭を掻きむしってしまう。なんかもっと壮大で隠された謎が云々だと思っていたのに、しょーーもない。アホ過ぎる。そして賢者の能力が正解だと感じている。
度々現れたって事は、称号的に勝手に名乗ってたんだろ星の魔女。いや、違う。魔女狩りの可能性を考えるなら、元々は星の巫女とか賢者を名乗っていて、魔女と呼ばれるような状態になって……うーーーん。
そういえば、私という本物が生まれてからエセ賢者は消えて無くなったと聞いたことがある。賢者っぽい人が否定されたという話とはまた違う。自称賢者の話。つまり伝説の再来を自称して色々やっていた偽物はいつの時代にもずっと居たという事だ。
しょーーーもな。
朝っぱらから面倒な長話に巻き込まれて頭がダルすぎる。大事件中によくもまぁこんな。
まぁ言わんとすることは分かった。ウラニアが特別な存在、星の巫女みたいな認識にされつつあるのも知っている。私もそう思っている。魔女呼びの悪意も、そう呼ばれるには相応の理由があるのも大体把握した。
「アネモネの話も参考にすると、別に何もなくとも私達は思ったより能力だけで警戒されている。過去のやらかしもある。ゴブリンやオーク達の立場も考えた場合、ここでウラニアの防衛兵器で優位を得すぎてしまうと、貸しを作るというより警戒感を煽りすぎる?」
老執事の目がなぜかちょっと鋭い。大事な部分だぞアピールだろうか。
「理屈よりも感情や感覚の話なので私には難しいのですが、これこそタリアくんの一番の得意分野なのでは無いですか?」
「得意分野?」
「あなたは本来なら誰もが畏れ敬う賢者で、権力もある王女だ。活躍も著しい。でも貴方を恐れる者は誰も居ない。殺意を向けたゴブリンの英雄ですら態度を改めた」
「それはそれで私の威厳とかどうなってんの?」
「──とぼける必要は無い。店員との会話や警備兵相手などでも、妙に敬語を混ぜたり崩したり。誰が相手でも恐縮させぬよう常に工夫しているのでしょう」
「うお。よく気付いたね。でもまぁ店員に偉そうな言葉遣いしてる人って別に王族とか貴族とか関係なくアレじゃない?畏まりすぎても困らせちゃうわけで別に……」
「私は、タリアくんが母君から受け継いだ魔法を知っている」
「!!!」
ガターンと音を立てて立ち上がる。
思いっきり目が覚めた。あれ私まだこんな寝ぼけたんだって分かるくらいズバッと目が覚めた。
故人ネタゆえに触れて良いことなのか分からないらしく、途端に周囲の皆がオロオロしている。キングジジイめ、余計な事を。
別に隠しているわけじゃないし、簡単に言えば仲良くなるための心構えであって、聞かれたらすぐ教えちゃう簡単な話だ。でも、例えそれがどんなに上達しても、凄い技術だとひけらかすようなものじゃ無い。むしろそんな事をする人間には扱えない。
「本家の凄さをこの目で見てきたが、私には全く再現できないのです。最も理解を越えた優しい魔法だ。タリアくんが完全に受け継げているのかは知りませんがね」
「下らない挑発に天才美少女の私が簡単に乗ると思うなよ国王。マリウス王子、ちょっと通信とか書類とか色々手伝って。やることが出来た」
「え、え!?どういうことです!?よく分かりませんが挑発に乗ってませんか?」
「アネモネ、ウラニアに今日はこっちで材料とか流通の手配色々動くって言っておいて。手伝いに行けない」
「……伝えたわ」
「どうやって!?」
なんだかニコニコ見ている老執事。どうやらお父さんとお母さんをかなり知っていて、かなり認めていたようだ。どういう繋がりなんだろう。
賢者として頼られている分には天才的な力を披露するだけなので別に気楽なんだけど、お母さんの娘として見られている時に半端な事は出来ない。そして多分、お父さんの娘としても。
「既に割と無視してるけどさ、私を療養させるみたいな話はもう終わりで良いよね」
「こうやって頼るべき時に頼りたいから、普段は無理せず休んでいて欲しいのです」
「ふん。もうここからは本気で遠慮なく勝手に動くからな」
「体力の無い者が息切れするような動き方だったら愚か者として止めましょう。執事としてね」
「執事じゃねーだろ」
──全然挑発に乗ったわけじゃないけどね。全然知的で冷静なクール美少女だし。全然違うんだけど、一旦私の全力をひけらかしてやる。
「マリウス王子。流れとしては結局ヤマトの要求通りにするから、まずそこらへんの返答とか手配をなんとかしておいて欲しい。いける?」
「あ、や、やります!すぐに!」
「おい私の美貌に気圧されるのは仕方ないが、あんまり年上の男がいつまでも年下美少女に緊張しすぎるなよ。もうだいぶ付き合い長い仲間だろ?」
「いや!その!美少女と思ったことは!いや違う!間違えた!!」
「何をどう間違えた!?言ってみろ!!!おい!!?」
殴ろうとしたが避けられる。どいつもこいつも!なんで避けるんだよ!!




