急に忙しくなってきたし、忙しい方が楽しいかも
不甲斐ない始まりから一転、ウラニアからの協力要請で研究所に呼び出された私は、勇者封印装置の改善案だの、最適な量産計画だの、突然降って湧いた大仕事で頭がパンクしそうになっていた。
しかも襲撃予測の計算もさせられている。
「なんか私の体を心配して無茶させないみたいな話だったじゃん!」
「どうせ地図以外は楽勝じゃないっすか!ちょっとだけ!!逆に地図はボクが手伝うんで!!!」
「約束だぞ!!」
あまりにも切羽詰まったウラニアは私の口に甘いスイーツを突っ込みながら作業を進めさせてくる。栄養を強引にねじ込む感じで食わされる激甘スイーツは、私の意思に反して脳を勝手にフル回転させて大量の書類に答えを書き込ませていく。ひどい。
でもウラニアはとんでもない天才なので、なんと地図も読める。明らかに効率が上がった気もする。もう最初から協力し合えば良かったじゃん。
「というかさぁ、ベルトの時点で封印の開閉を微細に調整してたわけじゃん。なんで誰も気づかなかったの?」
「賢者様が全部分かってる筈なのに何も説明しないせいっすね!」
「私のせいか!?ヤマトのベルトはウラニアが自発的に作ってなかったっけ!?」
「いやもう全部賢者の力はお見通しなんすよ!誘導なんです!」
「それはズルだろ!」
勇者封印装置はどう考えても私のせいじゃない。なんならヤマトが意味不明な反抗を続けるから広範囲の封印が必要になったわけで、黒幕が居るとしたらアイツでしょ。
いやヤマトも多分今後を見据えて勇者を道具で簡単に倒せるように仕向けただけだと思うが、前回私が穴に向かって何かした時に魔力が連動して吹き出したみたいな話もしていた。
恐らくだけど、ノームさんもヤマトもあの空の穴の向こうにある何かから力を引き出せる仕組みになっているんじゃないか。
勇者も空の穴も最初から一緒の案件だと考えたほうが状況がスッキリする気が……
「……ウラニア!例のゴブリンをおかしくする首長竜対策ってどうなってる!?」
「もうやったっすよ?」
ウラニアの指差す先には、研究所にしょっちゅうお土産を持ってきているらしい管理職ゴブリンが職員と謎のボードゲームをしている。馴染みすぎだろ。前に英雄ゴブリンの祭壇まで案内してくれた案件から外交官みたいになっている。
少し離れていたけど話はしっかり聞いていたらしく、ゴソゴソと銀色の紙を取り出して頭に帽子みたいに巻いていく。
「オイ。状況が落ち着いたら、見栄えについて絶対相談させて欲シイ。絶対に」
その瞬間。まさに空気が変わった。ドシリアスで慌ただしい裏方の場面に、突如ピリッとした不穏な気配が流れる。
油断していた。ゴブリンというひょうきんな生き物を甘く考えていた。イタズラ種族とはつまりお笑いを求めし種族でもある。
思わずフフッて笑った職員が必死に咳払いして誤魔化している。気持ちは分かるが、笑っちゃダメだ。
「どうしタ?急に静かにナッテ?」
銀色の紙を頭部に巻き付けたゴブリンは、その、なんていうか、ものすごく何かに騙されてそうな不安な見た目になっている。神妙な表情をしているのがズルい。
私も思わず目を逸らしてしまい、そこからまともに見れない。いや、どう考えても笑ったら失礼過ぎる。人間を襲わない為の装備だもん。絶対笑っちゃダメだよ。でも見た目がすっごくハッピー。
「お前らの安全に関わる問題で、お前らの要求で被ってるんダカラな。その見た目を笑うとか絶対に有り得ないからナ。こっちを見ろ。目を逸らすナ」
「もちろん。ホントに。絶対改善するから。私が責任を持って手伝うから」
「こっちを見ろ」
「ホントに。ちょっと書類が。終わったらすぐ。ホントに」
「……」
まずい。無言で何かカシャカシャと形を弄っている音がする。
魔法回路の通った長い銀の紙を巻くだけなら開発も量産もあっという間だ。最悪の状態でも暴れ出した相手をこれでグルグル巻きにすれば良い。緊急対応の防衛装備としては凄く良いと思う。
その開発者も当然誇るべきだろう。胸を張って。
だがウラニアは急に俯いて何も喋らなくなり、肩が震えている。絶対有り得ない話だけどね。人間のために協力してくれているゴブリンを笑うとか。それも自分の作った装備の見た目で。
「……猫チャン」
「!!?」「!!!」
ダン!と拳で机を叩き突伏するウラニアと私。一瞬見てしまった。銀の猫耳ゴブリンを。ダメだ。とてもじゃないが耐えきれる攻撃ではない。
「……失、礼、だろ、ウラニア!」
「な、な、な、何がっすか?全然、ボク、関係無いっす。全然書類中っす」
双方震える声。絶対に失礼過ぎる。絶対にダメだよこれ私達。外交問題にすら成りうる。
周囲の職員からも苦しげなうめき声が聞こえる。明らかに不自然に壁や天井を見ている。やめろ。その笑っちゃいけない空気がダメ。この空気じゃなかったら全然大した事無いんだから。やめろ。
「で、これがなんなんだニャン?」
あちこちで壁や机がダン!と叩かれる。耐えろ皆。耐えろ私。とても協力的に外交してくれている重要ゴブリンだぞ。なんならノームさんに襲われた時庇ってくれた相手だぞ。見た目を笑うとか。そんな。絶対ダメ。
「あ、あ、あの海から来た竜も、ノームさんも、空の穴が開いた時に現れただろ」
「ああー。勇者が繋がっているナラ他もという話か。実際、死竜も死体勇者も大元は同じ技法だろうしニャ」
耐えろ。語尾にニャはやめろ。
「も、も、もし、海の上の穴が予想されたら、先に連絡するから装備してくれ。事件が起きてからだと大変だと思う」
「まぁ急に恐怖感に駆られるだけだから、分かってさえいれば事が起きてからでも大丈夫だケドな」
「勿論それでもいい。た、た、多分近々あるという想定で準備だけしてくれれば」
「了解だワン」
ダン!机を叩いた手が痛い!
たすけて!猫だったのに!こいつのイタズラかなり厄介だぞ!!顔の筋肉がつらい!!
アネモネが突然ゴブリンの後ろに現れ、頭をスパーン!と叩く。どうやらいつものように隠れて私を見守っていたのに、耐えきれなかったらしい。まさかツッコミまである舞台だとは思っていなかった。やめてアネモネ。余計に辛い。
「なぜ犬のほうが猫より声が高いのよ」
「そっち!?」
肩を震わせているアネモネから絶対どうでもいいツッコミが入る。ツボがちょっと違ったらしいが、笑っちゃいけないのは共通のようだ。
「練習しておくんだニャ↑ン!」
あちこちでダン!という打撃音。
裏声だった。ニャが。




