【主人公はまだ寝ているので、とある歴史調査員の裏視点】
【主人公はまだ寝ているので、とある歴史調査員の裏視点】
深夜に突然爆音の放送が鳴り響き、騒音に反応する空の魔物とスピーカーを守る警備兵の戦いがあちこちで頻発している。
放送の内容は、「北の国に邪竜が現れて襲撃を受けている」というもの。
私も北の国出身の女で、ちょっと自慢だが南とは少し違う風の英雄のお話を賢者様に伝えた事もあったりする。だから、「国境に特例を発動するので応援に行ける者は駆けつけろ」という緊急放送に少し心が揺れている。
どう考えても、サキュバスの街で論文の穴を指摘してもらうプレイにハマっている場合ではない。
襲撃が発生しているという事は自国の防衛も油断出来ないわけだし、ほんわかした南の国の警備兵がただ応援に行ったところで身体能力に優れた北の国の防衛と簡単に同調できるとは思えないから、これは要するに『一人で戦況を覆すような英雄達』に動いて欲しいって事だと思う。
確か中央から歴戦の隊長とかも色々来ていた筈。先生役として招かれている大魔法使いとかも南にはいっぱい居るし。まぁ勇者様とか聖女様みたいな次元の違う人達が大活躍しまくるせいで全然目立たないけど。
夜に魔物との戦闘を誘発してでも大騒ぎして連絡を回すのってちょっと怖い判断だけど、その国の出身としては初動を優先してくれて嬉しくもある。
「この時間を狙われたのはマズいかも知れないわ。タリア様の近くに行くので悪いけど貴女にも同行してもらう」
素人質問で恐縮しながら雑な論文を叩き切る事に興奮するサキュバスが、一旦私との利害一致論文バトルを切り上げ、そのまま私をお姫様抱っこで抱えながら空へと飛び立つ。
サキュバスの羽って結構人それぞれだけど、有名なライラさんとか、この人とか、全く羽ばたかずに魔力を噴射して高速移動するタイプのサキュバスは、こういう何らかの緊急事態が発生する度に飛び回っている気がする。
恐らく前方の空気を魔法で軽く切り裂きながら進んでいるらしく、超高速飛行でも思ったより苦しくはならない。それでも風がうるさすぎるけど。
「確か貴女って北の国の人よね。空からの不意打ちでいきなり被害が出ているとマズいんだけど、あの国の防衛って今はどのレベルなの?」
上手く風を操っているのか不意に騒音が緩み、もっと強く抱き寄せられた私の耳元にサキュバスの甘い声が響く。顔が近い。あまりにも美しい顔が、あまりにも近い。うへへ。サキュバスって凄い。美しくて良い匂い。
「あ、あの、空からの襲撃は皆知ってる筈なので、対策していない街は無いと思います」
「根拠を聞いても良いかしら」
ああっ!元データが示されない話に厳しい!好き!!
「体を張って街を『庇った』二人の天才による活躍百合シーンと、自らを焼いて敵を倒した勇者を燃えながら介抱するイケメン王子のシーンは、エロでも非エロでも大量の創作物が生まれていますから」
「……なるほど、そういう周知ルートなのね。ウラニア博士の防衛道具は?」
「もちろん流れています。確か第三王女が例の同人流通ルートに介入して、かなり緊急で防衛道具のやり取りを加速しており、その恩恵で北はむしろかなり豊富に色々貰ってるんです」
「なぜ北が優遇されるのか聞いても良いかしら」
ああっ!前提が抜けると指摘されちゃう!好き!!!
「そもそもウラニア博士が開発した広範囲の庇うスキルだって北出身の達人による奥義を参考にしているもので、防衛とか身体能力系の魔法開発関連で北の国と協力しない国はありませんから」
「なるほどね。助かったわ」
夢のような耳元囁きタイムが終わると、いつの間にか私達は南の中枢に到着していた。タリア様の近くに行くって言っていたので、王族の家とかも多い高級住宅地に向かうんだと思う。
賢者様ともなると恐らくとんでもない豪邸で、大勢の人間が集まって作戦会議とか出来るんだろうな。
一旦サキュバスが着地したのは多少貴族も多いくらいのまぁまぁな住宅街にある公園で、私が芝生にそっと降ろされると、木の上から黒服黒覆面のニンジャみたいなサキュバスが音もなく降ってきて合流する。その衣装から珍しいピンクの羽が出てる事あるんだ。絶対意味ないよ黒服。
「タリア様は?」
「爆睡している」
よく見るとブラックニンジャサキュバスさんは手に双眼鏡を持っている。特定の素材を透過出来る凄い魔法道具で、ろくでもない事にしか使われないから確か所持が禁止されていたモデルのような気がする。
なるほど。タリア王女って意外とこの辺りの小規模な貴族っぽい家に住んでるんだ。
そこも驚きだし、普通に私生活を覗かれているので通報した方が良いかも。
「待たれよ。初対面で通報しそうな顔で見るのはやめて欲しい。緊急事態なのだ」
「聞く前から自白しちゃうならもう本当にニンジャ向いてないですよ」
「しまった!?罠!?」
私がその双眼鏡の仕様を知っていると気づいたらしく、ブラックニンジャサキュバスさんが普通に動揺している。覆面の下は美女なんだろうけど、まず見た目からして信じられんほど怪しい。少なくともまともな性癖じゃない。まともな性癖のサキュバスなんて見たこと無いけど。
論文抹殺サキュバスさんは急いでいるのか余計な話を叩き斬りたくなったようで、ニンジャの体を突然まさぐって謎のファイルを取り出し、中から一枚の紙を私に押し付ける。
「……!?」
それは印刷された一枚の盗撮写真で、勇者様がイケメン王子に料理を振る舞っている場面だった。
同人誌的には確かお米が大好きなキャラだった筈だけど、これはパスタだ。野菜と魚介を豊富に使った、南の国の人が好きそうな海鮮パスタセット。スープとかも付いていて味が普通に気になる。
そういえば最近流行っている不健康だけど死ぬほど美味しいスイーツも勇者様が最初に作ったらしく、あの感じで結構料理出来る人なんだな。すごい、見るからに美味しそう。
どう見ても「うわ美味しいよ!?」って言ってそうな王子と、その反応に嬉しそうに笑っている勇者。自分の分もあるっぽいので、一緒に楽しく食べるんだろう。
恐らく事務に疲れていたイケメン王子に、栄養を心にも体にも届けようと思ったんじゃないだろうか。考察が捗る。素材は体の栄養で、味は心の栄養。
美味しい料理を一緒に食べるというのは、即ち本物の愛だ。
「なんてことだ、公式が最大手。すっごい。すっごいです」
「それをあげるから今回は見逃すこと。共犯ね」
「はい!」
「勝手にあげないで頂きたく……!それはとてもお気に入りの……!」
「アネモネ様は?」
「あ、え、えっと、くっついて寝ています」
賢者様と聖女様が同衾!?!??!
公式って……!すっごい!!すっごいんだ公式って!!
「起こすべきなのかしら。判断が難しい。ライラと連携する」
動揺するブラックニンジャサキュバスさんと私が全然相手にされず、勝手に話が進んでいく。つ、強い。
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覗き魔ブラックニンジャサキュバスさんと分かれて、再び短時間の飛行移動。
ライラさんは国立の競技場から少し離れた河川敷での通信に協力していて、受信機に群がる魔物を蹴散らしている所だった。
「チタラ!ちょうど良かった!手伝ってくれ!」
私をそっと降ろした論文抹殺サキュバスは、ライラさんへの返答代わりに幾つもの魔法を発動し、受信機から飛び出ようとした不定形の魔物や上空で騒ぐ鳥みたいな魔物があっという間に吹き飛ばされる。
つっっっよ。
うそ、全然知らなかった。サキュバスってこんな強いんだ。
私も身体能力は高い方だし、危険な調査も多いので戦闘にも自信があるけれど、これは格が違うかも。こんな達人に怪しい論文を読ませていたんだ私って。
というかチタラさんって言うんだ。他種族の人って意外と名前聞く機会無かったりするから嬉しいな。真の名とかがあって隠したがる人も多いからね。
「違う違う!戦闘は我だけでいい!北の国に詳しい者を誰か連れてきてくれ!細かい報告を見ても地理感覚が分からん!」
「あ、え!?私です!私、北の国の出身です!」
「おお!?頼まれる前に連れてくる!さすがチタラ!!」
なるほど、そういうことだったんだ。緊急対応とは言え別に連れ回す理由もよく分かんなかったから、なんで連れてこられたんだろうとちょっとだけ思ってた。
「ただの幸運よ。危険な論文を持ってきたから拘束する必要があるんだけど、緊急事態になっちゃったのよ。運良く北の国の出身で助かったわ」
なるほど、そういうことじゃなかったんだ。全然違った。普通に私が危険視されて捕まってるんだこれ。嘘でしょ。もしかして私って今逮捕されてるの。
「あれ!?私なにかしましたか!?全然いつもの歴史論文なんですけど!!それもただの寓話系ですよ!?昔のフィクション!」
論文抹殺サキュバスはライラさんに私の論文を手渡し、そのまま通信の防衛に入る。どうやらいちいち説明するのが面倒なので、私が抑えておくからさっさと読みなさいという意思表示らしい。
パラパラと訝しげに書類をめくっていたライラさんが、不意に手を止める。
何かミスがあって指摘されるのかもしれないと一瞬興奮してしまったけど、「あ~…」と声を上げて私を見るライラさんは明らかに困っている。
どう見てもアレ。知ってはいけない事を知った一般人を見るアレでしょ。うそ、私ってよりによってそういう裏世界に巻き込まれる系の主人公だったんだ。
あれも見る分には楽しいけど、自分がそうなった場合って論文だけじゃなく私も抹殺されるっていうルート以外に何か展開あるのかな?もしかしてマズいのでは?
「ううむ、これは……どうしたものか。根拠も理論も無いのに妄想だけで勝手に結論を付けているのはもう論文では無いぞ?」
「あっ!!!好きっ!!!さすがサキュバス!!!」
「どういう反応だ!?」
「やばい子なのよライラ。どうしようか」
通信の方はどうやらもう十分らしく、最強武闘家サキュバスと最強魔法使いサキュバスの会議が始まる。なんなら強すぎるせいで魔物の気配が近隣から消え去った気がする。
「──悩むなら、俺としてはまず人命救助を優先して欲しいが。北の国の情報を集めてくれたんだろ?」
「うわ勇者!!また厄介な時に!」
突然空から見覚えのある男性が降ってきて、その場の流れを掌握しようとする。
「あ、ゆ、勇者様、お久しぶりです」
「あれ?歴史調査の人……そうか北の国の話がどうこう言ってたもんな。お久しぶりです。不安だろうけど、一応もう一人の勇者が応援に行っているから、その分だけちょっと安心して欲しい」
どうやらちゃんと覚えてくれていたらしく、軽く挨拶する。久しぶりに本物を見ると創作物ほどイケメンでも粗野でも無い普通の気さくで優しい男の人だ。気遣われてしまった。
でもそのまま強引に話の流れを人助け優先に持っていくあたり、やっぱり勇者と呼ばれるに相応しい資質も感じてしまう。
ライラさんもチタラさんも勇者の話というか「人命救助が先だろう」という正論に押し負けて簡単に応じてしまう辺り、やっぱり優しい。
こういう人達って、北の国だと付け込まれたり騙されそうで守ってあげたいね。まぁなんか守る以前に私が口封じされそうな気配がしてるけどね。
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一応北の国の地理とか軍備状況の話ではさすがに私も役に立ち、幾つかの通信内容と照らし合わせた限りでは、どうやら一旦問題なく守れているのではという感じ。一気に安堵の気配が漂う。
意味がよく分からない部分も多く、ゴブリンの勇者が不意打ちを防いだだの、オークの土地に邪竜が落下した為食い止めてくれる形になっただの、私達の手柄じゃないっぽい話の方が目立って若干不満だったりもする。
「一応私達の名誉の為に言っておきますけど、戦闘で北の国を南から心配するなんて百年早いですからね。勇者の元ネタだって北の国が由来なんですから」
「だから推測を根拠に断言するのをやめなさい」
「あっっっ!!!好きっ!!!チタラ様!!!」
「どういうプレイだこれ?」
困惑する勇者と、どさくさ紛れに名前を呼び反応を確かめる私。どうやら呼んでいいらしい。
「変な情報を拾って勇者が飛んで行かなくて良かった。我は普通に一瞬不安だったぞ」
「頼れる味方も増えたし、迂闊には動かないさ。だからこうやって情報求めて飛び回ってんの」
「まず飛び回るのをやめろ」
ライラさんと勇者様はじゃれ合うように手先だけの組み手をパパパっとこなしながら妙な会話をしている。南の国でこんなに達人を見るのは不思議な気分かも知れない。強い。これだけで分かるほど強い。雑談混じりにこなせるレベルでは無い。
……というか、そうだ。そういえば異世界の勇者に頼るべきでは無いって流れになってたんだった。
身体能力と鍛錬から来る強さにうっかり北の血が騒いでしまったけど、戦わせちゃいけないんだよね。
戦いは好きそうだから、魔力さえ使わないなら良いと思うんだけどなぁ。
きっと優しくて無理するのが目に見えてるからなんだろうな。どんどん解釈が深まってしまう。
「一旦様子見かな。ノームが間に合ったなら、俺まで慌てて北に飛ぶより他を警戒したい。これならさっきの話もちょっと確認しておこうか?一応知り合いだから、不穏な空気のまま置いていけないよ」
「なんか普通に優しい人で逆にいたたまれない気持ちです。ちょっと私が作ったのも誇張しすぎてたなぁ同人誌」
「やっぱ置いていっていいかもな」
ああっすごく冷たい目!すごくいい!
そしてヤレヤレと言った感じでチタラさんが動く。
「仕方ない。恐らくタリア様はもう気付いているし、少なくとも私達だって悪意があって隠し事をしたいわけでは無いと理解して欲しい」
「一応俺もノームから色々聞いてる。変な揉め事にならないよう協力するからさ」
「そうね。どうせなら、何かあったら真の第三者である貴方が仲裁してくれる事を期待しましょう」
勇者様に私の論文が渡される。どうしよう、何か格好良く語り合ってたけど、それ本当にただの昔の寓話に関する推察なんだけどな。なんでそんな読めば分かるみたいなノリで毎回手渡されるんだろう。
パラパラとしばらく中身を確認していた勇者様が、さっきのライラさんと同じ様に手を止める。
「……星の、巫女!?」
「勇者達がコッソリ色々調べ回っているのも知っています。でも、もうあまりその話題には触れないで欲しい」
「どういうことなんだ?なぜこれがここまで警戒される?」
「どういうことなんです?」
勇者様と私が同じ様に食いつく。本当に理由が分からない。
「この論文は推測を根拠に勝手に色々決めつけている駄文なの」
「ごめんなさい!!!好き!!!!」「だからその反応怖いって!」
「問題は、その当てずっぽうの推測が当たっていて、さも根拠があるように話が進んでしまっている事」
改めて、問題だとされている論文のページが開かれる。
……あれ?そのページなの?そこって私のただの感想部分なんだけど。
「──『つまり、星の魔女と呼ばれる存在は南の国の天才……それもタリア王女のような加護依存では無く、星が生み出す物理的な天才なんです』」
「確かに、只の推測がいつのまにか確定事項として断言されてるな。調査員にしては酷いぞこれ」
該当箇所をチタラさんの美声で読み上げられて、勇者様にまでツッコまれる。助けて。興奮が止まらない。多分それどころじゃないんだけど、自分の文章を美声で読まれるのって、すっごい。
「──『きっと、そう。例えばウラニア博士』」
一斉に目線が私に向く。も、もしかして、そんなに個人名を出すのがダメだったのかな。褒めたつもりなんだけど、明らかにマズい表現を責められている。
「──『彼女のような、星が自然に生むタイプの天才。星の生命が自然な進化の先に到達する、正当な天才こそが星の魔女……いえ、魔術とは関係無いんだから魔女じゃない』」
どうしよう。全然何が悪いのか分からない。でも思わず喉がゴクリとなるほど緊迫した空気。
「──『ウラニア博士こそ、星の巫女と呼ばれるような存在なのではと結論付けます』」
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「……で、何がダメなんです?」
恐らく決定的な部分を突きつけられたんだけど、全く意味が分からない。
なんなら一瞬これで話は終わりですみたいに解散しそうになってビックリしちゃった。
「ダメになるのはそっちでしょう?」
「え?」「え?」
勇者様と私の声がハモる。どうやら勇者様は色々予測していたけど、反応的に若干外れていたようだ。
「俺はてっきり賢者や星の巫女が他の種族から疎まれるほど人間を優位にし過ぎて、種族間戦争みたいになっちゃったのかと思ってたんだが」
「それもありますが」
「あるんだ!?」
あれ?
おかしいな。歴史調査員の前で、私の知らない重大な歴史の話が進んでいる。しかも結構ヤバい。
言われてみれば様々な他種族を『魔物』とかカテゴライズしてる時点で結構アレだもんね。明らかに良くない歴史はあるよね。
「じゃあ何なんだ?結局この空想決めつけ論文が合ってるっていうなら、星の巫女は只の肩書きじゃないか」
「だから、それでそっちがダメになるんだと言ってるじゃないですか」
……あ。それはちょっと意味分かったかも。勇者様は首を傾げているけど、貴方こそこの話に一番関係している。
私が勇者様を見る視線にチタラさんが気づき、頷いて話を続ける。
「……肩書きでおかしくならない人間なんて居ない。あなたもそうでしょう?勇者だと呼ばれたら英雄的な行動に囚われる」
「俺……?」
なんだかライラさんもチタラさんも一瞬悲しそうな顔してから話を続ける。
「『先輩』とか、『役員』でもそう。些細なことでも『肩書き』を得た人間は必ずそれに引っ張られておかしくなる。本人よりもむしろ周囲が先に肩書きに沿った扱いをするから、回避のしようが無い。群れの習性でしょうね」
「あ、え……?そういう地味な話!?うわ急に聞きたくなくなってきた!検閲されたお伽噺に隠されている伝説の力がどうこうだと思ってたのに!!」
急に勇者様が頭を抱えて嫌がりはじめた。
「そして、偉そうな肩書きほど傲慢になるし……そうじゃない誠実な人でさえも、周囲からは『きっと傲慢なんだろうな』と認識される」
「あー!うわー、嫌だ!分かったけど嫌だ!!」
「私も言わんとすることは分かったんですが、結局何がダメなんでしょう」
「はぁー……」
ああっ!すっごい溜め息!!「あなた歴史調査員じゃないの?」っていう呆れた顔!すっごいんだから!
「あなた死体兵器に関する論文も書いていたじゃない。邪竜を生み出したのは人間だって勝手に結論付けてたでしょう」
それは確かに。他に考えられないし。
「なんなら今起きている邪竜騒動や謎の襲撃も、元はと言えば結局人間のせいだって論文も書いたでしょう?推測じゃなく断定で」
書いた。勇者様がよく分かったなって目で見ているので、どうやら復活したゴブリンの英雄にインタビューする必要はなくなったみたい。
「貴女、自分の論文を他の種族が見たらどう思うか考えたことは無いの?」
「え?」
サキュバス達と、異世界の勇者という、そういえば少し違う立場の人達に、じっとりとした目で見られる。
あれ?
そう言われると……
「さっきも、邪竜の出現場所がオークの集落で安心していたじゃない。貴女も勇者も」
「あ」「いやすまん、そこは俺もダメだった。返す言葉も無い」
やばいかも。あ、ちょっとやばいかも知れない私。
「邪竜騒動の原因が人間で、他種族がそれに巻き込まれているなら、真っ先に感じるべきなのは罪悪感でしょう?勇者も一緒に気まずくなっているけれど、貴方だって事件の対処の為に誘拐されて道具にされている被害者じゃない」
「あー、いやー、俺はそのぉ……」
「あっすごい!今度のは興奮じゃなくすっごく辛いです!胸が痛い!ごめんなさい!」
「遅いのよ気付くのが。別にそれほど遠くない過去にも、風の魔法使いや星の魔女を自称した人間は居たわ」
「えっ!?歴史調査員なのに聞いたこと無いですけど!?」
「……自分が優れていると主張したいのに中身の無い人間がする事なんて、大げさな肩書きの自称と他者への攻撃しかないのよ。そんな時、貴方達に魔物だと勝手に分類されている種族がどんな目に合うか説明するまでも無いわよね?」
「検閲されてる!どちらかというと私達への差別を軽減する為に検閲されてますね!?」
「すぐ断定しないの。でも争いの火種にしかならない歴史なら捨てようと判断した者達が過去に何度も現れている可能性は否定しないわ。この私自身も危険な出版物を警戒している側だし」
やたら博識だとは思っていたけど、チタラさんってもしかしてかなり特別な立場の存在なのでは。
こうなると頭を抱えるしかない。危うくウラニア博士に特殊な肩書きを付けて迷惑をかけるところだったわけだよね。そういえばゴブリンやオークの長老クラスだと星の魔女にやたら忌避感を示すと聞いたことがある。
褒めてるつもりの時って結構危ないって言うよね。何々より素敵!とか言って比較対象を貶してて喧嘩になるとかよくある話だし。そういうの分かっているつもりで全然出来ていないやつ。私。うわー。
「神の末裔とか、星の巫女とか、風の英雄とか、なんでも一緒なのよ。自称は最悪だけど、周囲が勝手に大袈裟な肩書きを与え、特別だと褒め称えるだけでも普通は壊れていく」
普通は。誰か例外が居るみたいな言い方で、私にも一人の人間が思い浮かぶ。
「『星の巫女』という肩書きは実在している。貴女の論文のように、自然に生まれた天才が更に加護や魔法で強化された結果、賢者とはまた違う特別な存在に届いてしまっていた可能性が疑われている。そこに辿り着く者が定期的に出るのは仕方ない」
「はい……」
「重要なのは、そういう肩書きはもう悪用され尽くし、今や魔女と呼ばれている事。若いからそういう表現を気軽に囚えているのかも知れないけれど、魔物と同じ様に『魔女』と言うのも決して良い表現では無いのよ。ましてそれを特定個人だと決めつけるなんて」
「はいぃ……」
とても凹む私。もし迂闊に発表していたら、尊敬する人に迷惑をかけたかも知れないと思うとそれはもう気も沈む。
黙ってしまった私を庇うように、勇者様が動く。うう、すみません。
「他種族の長老クラスの知識まで持ち合わせているって事は、チタラさんってもしかして……賢者の別の呼び方も知っているのか?」
「……もしかして、いま私のことを長老クラスのババアって言ったのかしら?」
「言ってないが!?」
「…………そうか。そうね。まぁ丁度良いわ。勇者に無茶させたくないとか面倒な話だと思っていたの。……私をババア呼ばわりする愚か者なんて、半殺しにして拘束しておけばいいのよ!!!ここで死ね!!!!」
「だから言ってねぇって!!」
あれ!?
凄くシリアスで重い空気だったんだけどな!?
半殺し狙いって話なのに「死ね!!!」まで飛び出ちゃったんだけど、どうしたらいいのこれ?
ドガガガガ!という激しい炸裂音が響く。なんてことだ。いつも冷静で美しい論文抹殺サキュバスのチタラさんが、怒りに任せて勇者と戦闘を開始し、魔法と格闘術を組み合わせたとんでもない強さで攻め込んでいる。
それを魔力も使わず装備と体術で捌いている勇者様も凄すぎる。なんで魔力無しで段々空中戦闘になってるんだろう。謎の装備で浮いてるけど。それ伝説級のアーティファクトでは。
なぜだかちょっと呆れ顔のライラさんが近づいてくる。サキュバス格闘家から見てもきっとあの戦闘は凄いはずだ。
「歴史調査員の割に、むしろ戦闘のほうがよく分かってるみたいだな?」
「よく言われます。北の国から南に来ると特に」
炸裂音がどんどん空に登っていく。年寄り扱いはそれほどまでに禁句なんだな。
「多分あれは我とお前に聞かせない為に誤魔化してるんだ。もっと上空でこっそり勇者に答えを教える気なんじゃないか?」
「あっそういう!?ビックリした、本当にブチギレたのかと」
「ブチギレてもいる。絶対にババア扱いするな。すんごい年上だから」
ライラさんがそう言った途端、彼女の脳天に雷撃が落ちる。「痛っ!?」とか言ってた。痛いで済む魔法攻撃じゃなかったけどな。
「……まぁ大体分かったと思うが、もし特別な肩書きを自称して、それを周囲も認めていたら、一人の人間だという意識はどうしても壊れてしまう。ウラニア嬢もだし、タリア王女に至っては貴族で王族で天才賢者という凄まじい肩書きだ」
「……でも」
「うむ。きっと優しく育てた親や周囲も褒めるべきだろう。その気になれば今回の襲撃相手を殲滅する事も本当は可能なんだろうが、明らかに何か別の解決方法を探し続けている」
「そう、タリア王女は他種族の病気にだって友達を助けるみたいに協力的で……あれ!?なんか違う反応だった!そんな戦闘も強い感じでしたっけ!?」
賢者による医療革命の恩恵を受けているのは人間だけじゃない。サキュバス特有の病にもタリア様が動いたし、確かライラさんはその恩もあって絶対的に味方しているという話をサキュバスの街で聞いていた。
「我の恩の話も知っているのか。まぁ直接的ではないので本人に実感も無いみたいだったが、大事な友を救ってもらったからな」
そう言って上空を見上げる。という事は、その救われた友というのは……。
「まぁそんなわけで、我とチタラはとてもタリア王女に甘く、そして彼女の力を素直に頼りにしていて、出来れば彼女の周囲の人間も優先的に守りたいと思っている」
「分かりました。それに私だってウラニア博士がとても大事で、あの、もちろんこの論文は自主的に破り捨てて…」
「チタラがわざわざ緊急事態でも連れ回し、隠しておきたい事情も話したという事は、逆に裏側を知った者として協力しろという事だ。そんな破って終わりみたいな話じゃない」
「うえっ!?私って今そんな立場なんです!?」
「実際ちょうど人間の地理や歴史に強い調査員が欲しかったのだ。まず星の魔女や風の魔法使いを自称した者の事件を掘り当てておいてくれ。ざっくりで良い。可能なら、本家本元のお伽噺にされた人物にまで辿り着いてくれると最高だ」
あれ、検閲されているっていう話では。あ、もしかしてサキュバスの秘蔵品を見せてもらえるとかそういう!?歴史調査員としては嬉しすぎるが、荷が重すぎるような気もする!
「争いの火種にしかならない事件なんて歴史から消せばいいという意見も尤もだが、それだって結局は個々の事件を勝手に拡大解釈し、肩書きや種族問題へと主語を大きくしているだけじゃないか」
「あ、た、確かに?」
「個々の話に出来ず、情状酌量も不可能で、結局無駄な差別しか生まれないなら我も諦める。だがそういう暗い時代は終わったのだとお前のような若者が過保護な老人に示せるなら、世界はまた一つ良くなるだろう?その為に必要なのは正しい根拠と実績だ」
あの、どうしよう、凄く重いものを今背負わされているかも。私の平凡な人生では、あんまり世界とか背負った事無いかもなって。
しかも正しい根拠と実績って一番苦手でして。すみません、調査員にあるまじき苦手分野で。
そして老人という言葉に反応したらしい雷撃が再びライラさんに落ちる。
「信頼できる仲間が居るなら協力するんだな。歴史調査員という事は、機密や危険もある程度承知しているんだろう?」
「うぇ!?い、いや、その、なんかヤバそうな話に気軽に仲間を巻き込むわけには」
「既に邪竜を掘り当てて、人類の自業自得なのではという話を目撃しているだろう。お前の仲間は、誰一人としてそれを作った者の肩書きを想像したりしていないのか?」
……。なる、ほど。私は察しが悪すぎて今まで全く気付いていなかったけど、皆はもしかして色々結びつけて考えているかも知れない。
というか勇者様を誘拐する魔法も多分そうだけど、とんでもない魔法を生み出すのはいつだって南の国で……。
うわ、良くないな。特に自分の国が襲撃された状態で考えると凄く良くない。『南のせいで』、と薄っすら脳裏に過るだけで気持ち悪い。
なるほど、これか。危険視しているのは。やっと感覚で話が分かってきた。
私の知る南の国の人は皆のんびり屋の優しい人達で、当然誰も邪竜の問題に加担なんかしていないのに、南の国という主語には良くない感覚を覚える脳のエラー。
主語や肩書きという、『ラベル付け』の怖さ。他種族から見たら、人間という単位にまでこの感覚が普通にあり得るんだ。
「そういうことだ。主語を大きくするなと言いながら人間代表で頑張れというのも酷い詭弁だが、主語を広げた責任の追求合戦で余計な被害が出たら、それこそ今頑張っている者達が報われぬ」
「はいぃ……」
「実は既に前回の事件でゴブリンとオークが起訴を起こし、保証問題に発展している」
「ゴブリンって起訴してくるんです!?」
「そうだ。善人だらけゆえに、どうも前例を作られてしまった危機感が足らん。今回も既に他国でオークが襲撃されたのだ。人間の非だと認めるのは偉いが、その正しさで人間というラベル自体に悪印象が付き過ぎるのも避けたい」
「あ、あの、だいぶ重くて難しい話になってしまったって言うかぁ……」
我ながら情けない声が漏れる。頑張ろうという意思はあるんですけどぉ……話がでかくなってきて……私にはちょっと荷が重くってぇ……。
「目立たない裏側で戦う者の勇気だって、その一つ一つが未来を守る。勇者とは一人の称号では無いのだ」
「はいぃ……」
萎縮して縮こまった背中をバンバン叩かれて励まされながら、どうやらどこかに連れて行かれるっぽい私。
やる気はあります。頑張るつもりだし、心無しか拳も熱くなっている。
私のおじいちゃんより上の世代では、ちょっと北と南で仲が悪いというか、身体能力の加護と知能の加護で色々差別が生まれやすくって、今みたいに認め合う感じじゃなくバカにしあって気持ち悪い感じだったらしい。
北の国でも知能側の加護の人はちょっと生まれるわけだし、私もどっちつかずの全体的な能力なので、時代が変わっていなかったらきっと辛い目にあっていただろう。私は優しい世界の方が普通に好きだ。だってそうじゃなきゃ不利益を被るし。
まぁ優しい世界とか差別反対とか北の国で聞いたらまず活動家か詐欺なので、正直綺麗事っぽい単語に苦手意識もあるけどね。むしろそこを考えると緩い南の国の人より私がやる方が全然いいのか。絶対悪いやつに騙されそうだもん。
それに歴史調査員って隠された歴史とかに触れる機会も多いわけで、もともと裏側に近い位置に居ると言えば居る。適任だよ私。やろう。やれる。頑張ろう。
……ただ、ただちょっとだけ、そのぉ……一般人が本当に裏にご招待されると普通に怖いですぅ……。




