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私とノームさん



アネモネによる蹂躙も表向きは訓練の一つという事で処理したものの、その場に居た全員がなんとなく状況を察していた。


一段落ついてしまうと私も浮ついた気分からシリアスな問題に直面させられ、日没後に終わった訓練はそのまま話し合いの場になっていく。



競技場の屋外グラウンドでは様々な所属の衛兵や警備が今日の問題点を話し合いながら時折簡単な手合わせをしており、いつにもまして光源器具や光源魔法が周囲を明るく保っている。


屋内競技場からも居残りで訓練していると思われる音や声が聞こえてくる。



それらを見渡せる位置にあるVIP向けの観覧席の一つで、私もまた重々しい会議に参加させられていた。


勇者、聖女、第一王子、サキュバス武闘家のライラさんまではいつもの面子なので気楽だが、南の国王とその親衛隊に加えてゴブリンの勇者と前回道案内してくれた管理職ゴブリン、さらには中央の国のなんか偉い人と、関所で隊長って呼ばれていた中間管理職っぽいおじさんまで居る。



VIP席が特別なのは一般エリアと分ける事で要人の警備や脱出をしやすくする為であり、結界なども当然優れているので、ヤマトが「即席の要人会議には便利なんだな」とやけに感心していた。




「さてタリアくん。脱走した賢者様が何故か偶然上空で待機していて、ちょうど現れた不可視の鳥を迎撃したという話は本当なんですね?」


うちの国王がねちっこく状況確認をとってくる。


「そうだよ!そうだけど、脱走とか完全に軟禁を肯定してるじゃないか!私も自由にさせろ!」



もはや私の外出は脱走扱いになっている。ふつうに酷いので必死に抗議するのだが、全然相手にされず警備やヤマトと戦闘系のなんか難しい話を繰り広げている。


事実確認以外だと私に興味すら示さないんだけどこいつら。




「で、あの、聖女様が迎撃したと伺ったんですが、その……調査用に遺体などは……」

「あ」


「いえ全然大丈夫ですから。全然。自分に剣を構えないで下さい。うちの警備がそれトラウマなんです。本当にダメですよ、老人の前でそんな過激なポーズは」



そして何故かアネモネにめちゃくちゃビビっている国王と警備達。



そういえば謎の透明な鳥は姿を見ることも出来ないまま砕け散り、追い討ちで発生した見覚えのある大竜巻によって流れ星になっている。


アネモネも本人曰くちょっと浮かれていたらしい。




「まぁこれで敵がこっちを監視してるのは判明したよなマリウス」

「例によって丁度タリア様が居た以上ここが大事なのは間違いないみたいだけど……」


「君達はもう少し王にも色々共有すべきじゃないかね?」

「オレ達にもダ。下手に巻き込まれたく無いゾ」



さも何か分かってたみたいなノリで勇者と王子が地図を広げて戦略的な何かをゴチャゴチャと話し、それに国王や管理職ゴブリンが食いついていく。



そして壁際ではサキュバス格闘家のライラさんが、関所で会った中央の国の隊長さんや王の親衛隊の偉い人と戦い方の相談を受けている。



「遠距離エナジードレインはさすがに貴方だけの奥義で良いんですよね?」

「いいや!かなり前の段階からウラニア嬢が魔力反転研究のルートで道具化を進めている」

「では魔力抜きで戦う訓練というのは……」

「こちらに出来ることはアチラも出来ると想定すべきだと言うのが、そこにおられる愛らしい賢者様の考えなのだと我は思う」



やばい。よく分かんない話でまた賢者の考えが勝手に過大評価されている。でも別にそりゃそうだよねって感じの話だったから、さもその通りみたいな顔で頷いておいた。




「ねえタリア」


不意に、珍しくキリッとした声でアネモネが私の名前を呼び、妙に通ったその声が私達に注目を集める。



「あの透明化を使える鳥も邪竜で、既に繁殖されていると考えて良いのよね」


「まぁそうだろうね。僅かな生き残りだけみたいな状態だったら、複数体でゾロゾロ監視には来ないでしょ。状況的に考えれば、きっとあの鳥を通して情報を集めてる敵がどこかに居る」



「前回は透明のハチとかも居たじゃない?もしかして……」


「あれは発掘現場だったのもあって、ただ模倣しただけの魔法道具なのか、繁殖という命の仕組みを獲得した新生物なのか判別がつかなかったけど、鳥が繁殖しているなら他の種類も警戒すべきではあるよね」




皆がざわつく。ヤマトは私のことを舐め腐っているので、比較的賢そうな事を言う度に驚いた顔をする。知的で天才で美少女の賢者なんだが私は。




「つまり、今ってまた空が割れて奇襲される事への警戒よりも、危険な魔物が身近で繁殖しているタイプの危機対応の方が必要なのかしら?」


「いや。また空の襲撃は来るよ。警戒すべきはそっちだ」




珍しくアネモネが戦いの話で私の意見に驚いた顔をする。




「未知の危険な魔物を警戒するのは今回だけの特別な状況じゃない。突然変異や暴走もある。こんなのは常日頃から当然やるべき防衛の一貫で、多分山の観測所や海沿いの警備は現場がもう頑張ってる筈だ」


「そう……ね。確かに色々動いていたわ。でも空からの襲撃は正直しばらく無いと思っていた。タリア、もしかしてちょっと眠い?」



「え?うん。ちょっと夜ふかし気味だったから。で、襲撃と言うか、多分それぞれ事象と思惑が違うんだよ」


「思惑?」


「あの手足の化物や首長竜は明確に人類を敵視して攻撃してくる。でも彼らが空を割るわけじゃない。アネモネが見抜いた通り鳥が座標を含めてこちらの情報を向こうに伝え、ヤモリが空を割る。そしてもう一つ……」



ノームさんの方を見ると、頷いて代わりに解説してくれる。



「オレの知る邪竜とは劣化シタ封印の穴から襲ってくる竜だ。邪竜が穴を開ける訳では無イ」

「だから勇者を犠牲にして封印させればいいなんて単純な話じゃもう無くなっているじゃないかって指摘したら、割と協力的になってくれた」



これは表向きの話だ。別にこれも理由の一つなので嘘ではないが、勇者召喚の価値を下げる為にわざと広げようとしている理由であって、ノームさんはもっと私欲で私と協力関係をこっそり結んだ。




「……なるほど?」


アネモネが冷たい目でノームさんを見つめる。



「人柱製造道具の封印も劣化で壊れたんダロ?前の勇者が異常な成果を出しすぎているだけで、何千年も誰も何もしていないなら穴が空いて無い方が不自然ナンダ」


「つまり、鳥やヤモリと無関係にも穴が開くと言いたいの?」



「ヤマトとお坊ちゃんの話を聞いただけダから断言は難しいが、どこかのバカが気軽に異世界人を誘拐するきっかけになった最初の穴は、オレの頃と同じ劣化による一時的な穴に思える。時間をかけて割れていき、邪竜が入ってきてしまい、一旦すぐ塞がったんダロ?」


「ぐっ……そう、ね。そうです。」



「だから小僧の言う通り、いつ空が割れてもおかしくない想定をシロ。事象が一つだと簡単に決めつけない事だ。劣化でも開く。意図的にも開けられる。もっと別の思惑で別の穴が開く可能性もアル。場所だって空じゃないかも知れナイ」


「なる…ほど。分かりました」




アネモネが痛い所を突かれて押されている。敬語になっちゃった。ヤマトの悲しそうな顔を見る限り、ゴブリンに口喧嘩で負ける聖女は解釈違いのようだ。それはまぁ分かる。


うちの国王が庇うように出てくる。




「ノーム様。先に伺っていた気象関連のデータをもっと届けろというのは、つまりその封印の劣化による穴の予測を賢者様にして貰うべきだという話なのですか?」


「貰うべきというか、お坊ちゃんに頼んで実際にはもう準備を初めてイル」



おい。私の知らない所で私を計算機みたいに使う感じに予定が組まれていってる。そうなんだ。


国王に睨まれる第一王子。でもこいつあんまり王のこと気にしないんだよね。気楽な感じ。叔父さんなんだっけな。第一から第三王女への反応も含めて、近い親戚独特の妙な関係。




「あまり賢者様や勇者様に頼らないって話になっている筈なのですがね?」


「頼るべきじゃないが、こいつの実績を調べた限りさすがに邪魔する気も失セタ。お前らがやるべきなのは特別な存在に頼らずとも自力で解決出来るよう努力し続ける事で、優秀な人間を邪魔する事ではナイ」


「ふーむ。ノーム様は賢者殺害を目論む最大の脅威という話になっていた筈なのですが、いつの間にかむしろ協力者になられているのですね?」


「賢者は警戒しているが、事情が変わっタ」





……その後、非常に協力的になったノームさんとヤマトを中心にまた戦い関係の難しい話が延々繰り広げられ、私の出番は少なくなって、ウトウトしている内に会議は一旦お開きになった。


休憩後で私抜きの面子で続きをやるっぽい。子供扱いか?みたいな不満はあるものの、ちょっと最近夜ふかしして色々練習したり開発してて眠気に勝てなそうなので、大人しく去る事にした。




「……小僧」

「だから小僧じゃないって」




去り際、ノームさんが私に本を投げて、アネモネが遮ってそれをキャッチする。管理職ゴブリンも頷いていたので、何か彼らの保管庫から探してきてくれたものだろう。最近ゴブリンのお宝がどんどん私とウラニアに流出している。



「頼んだゾ」

「分かってる」



私とノームさんのやり取りを不服そうな目でアネモネが見ていたが、そのまま彼らは離れていったので、アネモネは私を抱えて空に飛び上がる。恐らく家に連れて帰ってくれるんだろう。でも高く飛ばないで欲しい。怖いから。私全然馬車で帰れます。下ろして。





################################




「タリア。なぜあのゴブリンとこそこそ隠し事をしているの?アレは信頼出来ない」

「少なくとも元凶を倒せる可能性があるならそれまで私に危害を加えない」


「……嘘だわ。そういう難しい感じじゃない。もっと感覚的で悪友みたいな気配がした」

「鋭すぎるよアネモネ」


「どうやって私を出し抜いて秘密の話をしているの?」

「それは秘密だけど、気づかれたなら悪巧みはアネモネにも話しておくよ」


「……?」

「ノームさんは、前の勇者を解放して自分が応急的な封印になる気なんだ。ヤマトと以前の友達を助ける代わりに時間を稼ぐから、私にその協力をしつつ元凶をなんとかしろと言っている」


「!?」



さすがに驚愕したのか、アネモネの目がまんまるになる。




「なっ……待って、それじゃ」

「危険だけど一旦封印を解く必要がある」


「違う、そうじゃなくて、私がアレの犠牲に救われてしまうわ」

「そこは犠牲にしないように頑張るしか無いね。それこそ私じゃなくアネモネが元凶を倒すかも知れないし」


「ちょ、ちょっと待って、いいの!?そもそも封印を解くのだって南の国民の危険が」

「そこは逆にノームさんに内緒で、アネモネに聞きたい事なんだ」


「私?」

「映像を確認した限りだと、アネモネが一番身近で見ていたっぽいから」


「……待って。そういえば、前回タリアの無効化魔法の後……」

「やっぱり、私って寝ぼけてた間に、もう向こう側に何かやっていたよね?恥ずかしながら全然自分じゃ覚えていないんだけど、何をやっていたか心当たりとか無いかな」



「だめ。ヤマトさんとかに聞かないともう頭が追いつかないわ」

「まぁまだ私にもハッキリ分からないから。もしかしたら既に何かやってる事でノームさんが協力してくれるならメリットしか無いじゃんって感じ」



「……うーん。なる、ほど。私も少し様子見で。すぐに判断出来ない」

「私もそうなんだって。何かあったら協力して。少なくともアネモネに損はさせない」

「得でも借りは作りたくない」




複雑な表情になったアネモネが、私を抱えたまま困り眉で星空を駆ける。


私を無事に送り届けてくれて、遅い食事も一緒にしたりして、最終的にはさも当然のように寝室に侵入してきて一緒に眠ろうとしてきたが、今回は黙って受け入れておく。まだ悩んでいて困った顔が可愛かったので。




今のアネモネの悩みのタネ。私と協力関係になったノーム。


彼が本当に私に協力的になったのは、『無効化魔法』と『魔法スライム』の組み合わせだ。




ノームさんは異世界人をこの世界の為の犠牲にするのが本当の本当に許せないらしい。ヤマトも。前の勇者も。


伊達に英雄ではない。危険視している賢者以外には善良過ぎる。多分賢者に関しては当時それが当たり前だったんだろう。賢者の再来みたいなのが現れたら必死に皆で倒すような常識の時代に生きていた筈。



ヤマトと違って、ノームさんも、過去の勇者も、死体を魔法素材に置き換えて道具化したような存在だ。もし魔力そのものに問題を見出してしまったら、自分すらも危険視するしか無い。


どうやらその流れで結局前の勇者が自ら人柱になるのを止められなかったらしい。元々の自分と、置き換わった魔法素材による意識への影響が区別できなくなっていく恐怖を前にして、過去の勇者は何らかの決断をし、本来あり得ないほど長い平和をもたらした。



私達にも無関係な話では無い。一人の異世界人の犠牲に守られてきたと知って、かつての英雄がそれを救いたいと願うなら、さすがに協力するとも。




彼はまだ諦めていないんだ。自分をノームと呼ぶ友達の事を。




もしも魔力の危険性というのが主語を大きくしているだけで、切り分けて対処出来る問題だったら。


もしも封印を無効化した先にまだ前の勇者の体が残っていたら。


もしも可能性があるのなら、英雄は諦めない。仲間を救うことを。




本当は可能性なんか見えなくてもガムシャラに頑張れるのがもっと創作的で主人公な英雄なんだろうけど、現実で英雄と呼ばれたゴブリンは現実的に仲間を救ってきたレスキューヒーローのようなもので、奇跡を自由に起こせるわけじゃない。



他ならぬ信頼していた勇者に不可能だと説明されて、実体験でも論理的にも正しく思えてしまって、うっかり諦めてしまったのを本当に後悔しているらしい。



何千年も経ったと聞いたら、当然手遅れだと思ってしまう。当たり前だ。私達だって誰一人として過去の被害者を救おうとは考えもしなかった。


けれど、他ならぬノームさん自身が再稼働しているし、今度は天才美少女賢者を味方側として利用できる可能性が出てきた。調べる内にどうやら賢者は人命救助を優先していると知った。


それで、彼の中に再び密かな火が灯ったようだ。



最初に復活した直後も混乱しつつ何かを成すために再復活を求めていたから、恐らく感情面ではどんな被害者も救いたい英雄で、過去の勇者も心では救うつもり満々で、賢く現実的だから現実にその火を萎められ、非現実的な賢者を見て光を取り戻したみたいな感じ。



命を狙われても敵対的な態度をとらなかった私が偉かったおかげでもあるので褒めて欲しい。まぁ加害者側の一派っぽい気配が私達には常に漂ってるので当たり前なんだけど、それでも褒めて欲しい。





……そして、私もノームさんの話に乗った。


アネモネには打算的にも考えているような事を言ったが、この世界の人間として、どうも元凶らしい賢者の一人として、異世界の被害者を救える可能性があるなら救う努力は惜しまず費やすべきだと感じるんだ。まぁヤマトもね。



正直に言えば、国民を危険に晒す選択かも知れないと言われて一瞬ドキッとしてしまった。


でもそうじゃない。そうじゃないんだよアネモネ。そうじゃないんだ私。



私の力が見出す最適解はそういうトリアージというか、何かを見捨てて何かを救うみたいな現実的な選択で非情な回答を簡単に出せる。


いっそ常にそういう人命救助の正解を出してくれるなら話は別なのかも知れないけど、情のない回答というものはそもそも命を救うという事を最優先にしてくれない。感情を伴わない最適解には死の恐怖が入っていない。



だからこそ。



だからこそ私という人間の部分は、人間の感情は、救いを諦めちゃいけない。救えるかも知れない人を本当に救えるよう最後まで走り続けなきゃいけない。



私は絶対に国民を守るよ。守るけど、救えるかも知れない人を知って見捨てることも、絶対にしないんだ。


不死なんて求めない。不可能な夢物語を追うわけでもない。ノームさんと私はちょっと似ている。強い力を持っていて、奇跡みたいな事が出来るけど、救えない時は救えないと知っている。現実は厳しい。だからこそ。絶対に思考は止められない。



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