変な戦いがジワジワ始まっている
南の国の、地区がどうたらの、子供らの部活大会。
その大会が行われる街を丸ごと守る防衛訓練。
誰だって前例の無いものをいきなり実施するのは怖いわけで、まずは訓練の訓練が近々行われる。その訓練の訓練の予行訓練というややこしい日が今日だ。
自然災害も襲撃も予告無く突然訪れるわけで、理屈の上ではむしろ襲撃される想定で全力で警備されている大会の方が安全な筈だという事になっている。
でも、大体の物事は理屈通りに行かないものだ。問題点は大体やってみてから発覚する。良さそうなものほど事前のテストは入念に行うべきだし、その上で本番でも絶対にミスは出てくる。
だから、事前テストで一番見なきゃいけないのは、ミスに対応出来る体勢がどれだけ整っているかだと思う。エラーが出るのも、それを見つけて直すのも当たり前の話で、見つけ方と直し方が大事。
そこらへん私は天才なので鑑定による判断も完璧だし、大人気王女ゆえの財力と権力によって責任がどうとかの下らない停滞要因も突破出来るから、絶対役立つ筈なんだよね。
というかそういう場面で活躍させて貰わないと困る。優しさ由来の成分であろうと軟禁は軟禁だし困るものは困る。
ここ最近ノームさんに一時的に狙われたのと体調をちょっと崩した事が重なって、過剰に心配されすぎている。
実際にはノームさんも別の目的を果たすまで私と協力関係となっていて、体の調子も全然問題ないので、さすがにもう自宅に籠っている必要は全く無い。逆に不健康になるわ。
なので脱走して訓練の訓練の予行訓練を見学に来ている。
私ってばやろうと決めたことは絶対にやれてしまう天才美少女なので、どうしても気になることがあったら普通に自分で動けてしまうのだ。
「タリア、今回だけよ。キス一回に釣られるのは」
「まさか本当に釣られるとは思ってなかったよ」
ちなみに脱走の手段はアネモネへの色仕掛けだ。半ば冗談のつもりだった。ちょろすぎる。
交渉した次の瞬間には庭から私を抱えて飛び立っていた。ちょろすぎる。
国立の大きな競技場に着くと、国を揺るがす大事件でも起きたのかと勘違いしそうなほど大量の警備兵が集まっていて、恐らく民間と国と私兵がそれぞれのポジションや役割を確認しまくっていた。
どうやら他国の兵も沢山居て、割とゆるく生きている南の国の警備に何やら厳しく色々教えている。
そういえばアネモネとの最初の約束で訓練を受けろみたいな話があったんだよね。前も色々な所でやっていたみたいだけど、どうやら今回も実施されているらしい。
そして、実際に来てみて少し驚いたのが、競技場のあちこちで子供達がスポーツとか楽器の練習をしている事だった。
「おかしいな。子供らをいきなり集めるのは不安だから入念に訓練するって話じゃなかったのか?」
「大会の直前だもの。一番安全で、一番設備の整っている施設に、子供達が集まって練習したがるのは仕方ないわ」
「ギリギリになって無茶な練習してケガとかしたらそれこそ勿体ないと思うけどなぁ」
「ねえどうしてタリアは部活関係だけ確実に地雷を踏むの?」
「これが失言判定なの難しすぎるでしょ」
「失言じゃないけど迂闊に言ったらダメよ」
「無茶して後悔するのも、何もしなかったせいで負けるのも怖いんだ。外部の人間がその怖さも知らずに外から選手を揺さぶるのは絶対に止めてくれ。リスクを分かってないわけじゃないんだよ」
アネモネだけじゃなく、上からも拒絶の声。
空からの見学なので誰も聞いていないつもりだったが、いつの間にか更に上空からヤマトが近づいてきていて、アネモネのダメ出しに加勢してくる。こいつまた勝手に魔力使ってるし。
しかも何か胸を抑えている。
「おい何か痛そうじゃないかヤマト。私よりよっぽどお前のほうが健康のために監禁されるべきだろ」
「この痛みはお前のノンデリ発言による心の痛みだ」
「あ、もしかしてお前大会前にケガをして……いや違うな。ケガさせたんだろ」
「なんで分かる!?」
「自分の後悔だけで済むミスならそんな顔になるほど引きずらないだろお前」
しまった。ヤマトが黙って俯いちゃった。そんなに。どうやら本当に私はスポーツとかそういう話に軽率な口出しをしないほうが良いらしい。
「ほら言ったじゃないタリア、トラウマを抱えがちなのよ大会って」
「ご、ごめん……」
なんでそんな苦しむ可能性を抱えてまで大会を?という言葉はさすがに飲み込めた。危険察知能力のレベルがまた一つ上がった。
「……まぁそんなわけで俺は絶対に大会を完遂させる。この事前練習まで含めた、大会の全てを守りきる」
──前言撤回。ダメだ、デリカシーを重視して危険な言葉を飲み込めば良いというものでも無いらしい。発言を控えようと思ったのに、思い詰めた勇者を放置するのもダメでしょこれ。ややこしいなぁもう。
「ヤマト、それはダメだ。別世界で罪滅ぼしに囚われて自己犠牲は間違っている。慎重に言葉を選ぶ流れだったけどそこだけは否定しなきゃダメみたいだ」
「別に分かってはいるさ。誰かに迷惑をかけるわけじゃないし、皆にもメリットしか無いだろ?何が悪い?」
元々自己犠牲が過ぎるとは思っていたが、ここに来てようやくその理由の一つが見えた。どうやらこいつ相当根深く罪を抱え込んでしまっているらしい。
自分の表情に自分で気づくのは難しいだろうけど、それはもう酷い顔だ。顔色まで悪く見える。
しまったな、むしろ強引に色々聞き出して把握しておかなきゃいけなかったのか。配慮し過ぎてもダメとかいう裏目ルートね。一つの正解が全ての正解と限らないとかいういつものトンチ。だるい。
ヤマトはこの子供達の大会について、全部の責任を勝手に背負おうとしている。子供らだけは何があっても自分一人で守るという過剰な背負い込みだ。
襲撃の時はこの自己犠牲に本当に助けられたし、感謝しているし、必ず礼をしなければならない。でも今回のは違う。
これはちゃんと国を通して国の責任で行う大会と訓練だ。数々の意見の中から私が推奨したものだ。勇者の自発的な協力はありがたくとも、対価を払えないほどの協力は止めなければならない。
「……ヤマト。無茶をするにしてもせめて元の世界に戻ってからだと思う」
異世界の勇者に、無言で見つめ返される。珍しいほど無表情で怖いがここは引けない。こいつがここで過剰に体を張りすぎているのは私のせいだ。
こいつの中に罪があり、体を痛めつけて自罰的に罪滅ぼししたい欲があるとしたら、私はその心の傷を利用してしまった形になる。
薄々何かあるのは分かっていたんだ。「ここまで思い詰めるとは思わなかった」なんて言葉で自分の認識の甘さから逃げるわけにはいかない。王女としても、友達としてもだ。
……急所狙いの厳しい言葉で心を揺さぶって、一旦勇者を倒さねばならない。
「お前、諦めてないか?」
「何?」
「もう皆死んでて、絶対に誰とも決着が付けられないのか?」
「な……っ」「ちょっ、タリア!?」
私は目を逸らさない。ヤマトは目を逸らす。
これは事前に知っている。前にヤマトは大会の中止を必死に阻止しようとしたが、代替の大会は最初から不可能だと諦めていた。
恐らく、自分の時も諦めた。
中止になった以上、難しい事情があるのは当たり前だ。実際ヤマトの世界では現実的に不可能な状態だったのかも知れない。
それに、子供達の為の大会であろうと結局全ての決定権は大人にある。そうなれば『大人が助けてくれよ』としか考えられないのは当然の話だ。そして、助けてくれなかったんだろう。
……でもこいつが言ったんだ。負けという結末も必要だったって。ヤマトはまだヤマトの世界で最後まで全力で抗えていない。戦いきったと自分自身で思えていないから、負けたとも思えていない。
どんな善行も自罰も結局代替にはならないんだから、無茶をするにしても自分が本当に欲しているものの為に頑張らないと報われない。救われない。
「……意味が分からん。俺が本気を出して守っていたほうが絶対お得だろうが」
「善意の借りはダメだって言ったろ。医者の言う事は聞き、報酬に見合った以上の仕事をし過ぎない。そうじゃなきゃ正常な関係では居られなくなる。お前がやたら上空に居たのって、たぶん広範囲を丸ごとスキルで庇ってたんだろ」
「そ、それは……何かあったら本当にマズいだろ?」
「治癒魔法も無いお前の世界の基準で心配しすぎなんだよ」
「怪我してからじゃ遅いって。痛い思いさせて良いわけ無いだろ」
「痛い思いさせて良いわけが無いよな、お前にも」
ぐぬぬぬという顔になったあと、長い間があり、やがて深く息を吐いて両手をあげる勇者。揚げ足を取りあう無意味さを分かってしまうが故に引いてしまう良い人間の弱さよ。
こんな屁理屈っぽいゴリ押しを毎回やってたら絶対嫌われるので私だってそんなにやりたくは無いが、ここは絶対に勇者を倒し切る。
「……確かに。自分への罰を求める部分が心のどこかにある。だが俺には俺でその欲求以外にも目的があって、それにはある程度自分自身の訓練を積みたい」
「この際だから言っておくが、お前を頼った私とお前を喚び出したアネモネはそっちの世界の危機にも必ず全力で協力するからな。私達とも敵対しかねないという想定は結構だが、物事が白か黒かに見えてきたら視野が狭くなってきてるから一旦止まって戻ってこい」
急に話を振られて隣でぶんぶん頷くアネモネ。
そして今度こそ観念するヤマト。我慢強く、すぐ非を認められる賢い善人だが、それゆえに実は諦めるのが早いんだよお前。
きっと論戦に限らない。合わない水や料理もずっと我慢出来てしまう。体調を崩しても、自己治癒魔法で治るのが分かってるから我慢する。
もう一つの人生だったと言うほどの部活の大会が潰れても、我慢したんだろう。
良いやつ特有の呪いだ。すぐ諦めて我慢する。
言ってもどうにもならなそうな事は当然言わない。痛みを隠すから、痛みから救われない。
論理的には正解だし効率的なんだけど、多分感情がいつも取り残されている。
「まったく。分かった、分かったよ。俺にそんなお説教する為に抜け出してきたのか?」
「もっと気軽な気分で見学に来たのに、お前が青ざめた顔で一人だけ本番みたいに気合い入れて自己犠牲してたからおかしくなったんだよ」
「あれ、そんなにか」
「そんなにだ。乗り気でアイディアに乗っておいて、実は一番不安なんですみたいな顔を勇者がしてたら子供達だって怯えちゃうだろ」
それに。いつだって、頑張っているのは自分だけじゃない。誰もが自分を視点にした関係性と物語をもつ主人公なわけで、子供を守りたい登場人物も勇者や王女だけじゃないんだ。
「鑑定できないお前には分からんだろうが、今のあの競技場の守りは凄いことになってるぞ。あの子達の親も、周りの大人も、国も、ちゃんと手は打ってる。皆それぞれの考えと防衛手段を持っていて、ついでに私とアネモネまで来た。逆にお前ですら子供達をそう簡単に傷つけられないぞ。こっちの世界を舐めるなっていつも言ってんだろ」
前にも使った腕輪の改良型で、庇うスキルを起動する。
こっちは一人だけハブられて家でずっと暇だったんだ。道具や魔法の改良くらいしまくっている。
「だからちょっと気持ちを緩くしろ」
「だから分かったって。降参しただろ。程々にしとくよ」
不意に下からワーッという歓声が上がる。どうやら特にスポーツ界隈で人気者の王子が何やら挨拶とかしてたみたいだ。
「マリウス王子も来たみたいだぞ。一人で気張らず向こうと合流しとけ。要らないとは思うが、子供らを上から庇う役だって私がやってやるから」
「もう素直に任せるよ」
やれやれという感じの態度になったが、多少眉間のシワがほぐれたので説得は一旦成功したようだ。
私を空で抱えているアネモネも非常に緊張してずっと私の服を握りしめていたので、ヤマトが険しい目つきからいつもの顔に戻るとあからさまに警戒が緩み、嬉しそうに私を強く抱える。内臓が飛び出るからそれ以上強く抱きしめないで欲しい。
「そういやなんか勇者が敵役で模擬戦とかするんじゃなかったのか?子供らが帰った後?」
「ああ。今日はとりあえず勇者二人とゴブリンとサキュバスで小規模な襲撃をする」
「何言ってんの!?街を滅ぼす気か!?」
「さっきと言ってることが違うじゃねーか!それくらい余裕で守れるって言えよ!」
「ライラさんなんか謎の奥義で直接触れずともエナジードレイン出来るんだぞ!?」
「だから、突然加護とかが使えなくなっても余裕で守れって事」
「道具に全てがかかりすぎるわ。ウラニアが過労死する」
呆れ顔のヤマトに、「だから、どうせ抜け出すなら次は向こうを手伝ってきてくれ」と至極真っ当な事を言われてしまう。
ウラニアが今抱えている案件幾つあるんだ?
「まぁ今日はお言葉に甘えて、俺は下で色々訓練の手伝いしてくる。丁度良いから上からの視点で現場には見えない問題とか探しておいてくれよ」
お前らに任せるぜみたいな雰囲気で降下していくヤマトだったが、途中でお気に入りの白いフクロウを飛ばしていた。なるほど、自分でも全体視点は確保するわけだ。
そうだよね。任せるのと頼り切るのは違うよね。分かるよ。だが失礼だろ。こいつもこいつで大概失礼だろ。
……多分、今回のも効いたは効いたけど、またこっそり自己犠牲するんだきっと。そういうものだ。説得一つで変わるのはその場の話で、そう簡単に人間が変わったりしない。だから、私は毎回勇者を倒さなきゃならない。
少なくともアイツを強く窘められるのは現状私だけだ。善悪程度の評価に収まらない知的天才美少女の私なら、でっかい借りがあっても一旦棚上げして偉そうに説得出来る。必殺、『それはそれ、これはこれ正論パンチ』。
「アネモネがパワーで。ウラニアが道具で。それで最後に私か」
「なんのこと?」
「私達でそれぞれ勇者を倒して自己犠牲させないようにしなきゃって事」
「……」
すごい顔で見られている。パワー扱いが今更ダメだったんだろうか。いつも喜んでいたような気がするんだけど。
「タリア、一応教えておいてあげるけど、賢者も全く同じ理由で皆がそれぞれ頑張って自己犠牲をやめさせるつもりよ」
「私!?私は自己管理出来てるし、人もちゃんと頼ってるじゃん!ちゃんと目的もあるわけで、全然自己犠牲とかしてないぞ!?」
やれやれという顔をするアネモネ。なんなのその苦笑は。
「やっぱり自分の事って自分じゃ分からないものなのね」
……あの!えっと……くそっ!上手い返しが出せなかった!自分が一番謎のパワフル超人のクセに!天才賢者の私から見ても、分からない度合いでアネモネを超える人間は居ないんだが?
「でも確かにそうね。私はヤマトさんに今後絶対負けるわけにはいかないし、タリアにも勝つわ。勝ち続けて正式な妻にする」
「そんな戦闘民族みたいな婚姻システムは無いし、私がアネモネと戦うのはそもそも無理だよ。儚い天才王女の体が跡形も残らず星になるよ。競う気すら起きん」
「嘘ね」
「え?」
にっこり勝ち誇るアネモネ。なぜ。
「最近こっそり魔法の粘土素材で練習しているでしょう。私と同じく、削らないでいきなり完成させるやり方を。タリアは既に私と競い始めている」
「見てたの!?」
「私はいつでもタリアを見ているわ」
「寝る前の寝室とか便秘中のトイレの虚無時間に練習してたのに!?」
「私はいつでもタリアを見ているわ」
「犯罪だよ!!」
たしかに、ちょっと色々アネモネみたいに凄い事をしてみたい気持ちが最近更に強くなっていて、何か一つくらい近いことが出来ないかこっそり試している。
バレる可能性を想定していなかったわけじゃないけど、実際にバレると信じられないくらい恥ずかしい。あと普通に犯罪。
「私達は皆お互いにライバルにもなるのね。ちょっと高揚する。戦いは大好きなの」
私を抱く美少女が、本当に嬉しそうに微笑んでいる。風になびく金髪がキラキラと光って綺麗。というか魔力か何かが実際にキラキラ光っているような。
まぁ武人みたいなセリフでその美しい見た目も台無しではあるんだけど、何かがこう、トクンと胸を打つ感じがした。アネモネにライバルと言われると……競う相手だと認められると、何かが私の中で反応する。
私ってもしかして……
賢者の力ですら一切勝ち筋が分からない強敵と戦ってみたいのか……?自分の性癖が怖くなってきた。




