自認と他者の認識は大体合わない
見た目は食堂のおばちゃんだが、第二王女の威厳ある声が響く。
「報告を続けて。順を追って、些細な部分も全て」
「は、はい!」
王族と聖女に囲まれたシンシアちゃんはだいぶ緊張している。
なんとか助け舟を出したい気持ちはあるんだけど……
「つまり、同年代から見たタリアちゃんは意外と守ってあげたい感じだったのね?そこの雑魚王子みたいに勝てない天才に引け目を感じる人ばかりでは無かったと?」
「はい!」「うぐっ」
絶対いらない質問に真面目に答えるかつての学友シンシアちゃんと、不要なダメージを受けるイケメン王子。
「はいじゃないんだよ。シンシアちゃん、緊急案件は?」
「待ってタリア。私達には見知らぬ他人なのよ。警戒を緩めて話を素直に聞けというのなら、せめてある程度素性を確認したいわ」
アネモネがもっともらしい理由でカバーに入って先を続けさせる。普段人の話あまり聞いてないのにこの食いつきよう。
「で、急に卒業する事になって……?」
「ぐちゃぐちゃに泣いてました。『みんなともっと仲良くなりたかった』とか『忘れないで』とか」
「おい!?」「静かにタリア」
「能力のせいで学問も遊びも不公平になるのが嫌だったみたいで、いつも私達に遠慮がちだったんです。だから壁は実際ありました。大人が難しい質問しに来るのも日常茶飯事だったから、やっぱり彼女は特別な存在なんだっていうのは常に実感させられていましたし」
凄い、私のかつての学友がおどおどしながら私の幼い頃を暴露し続けていく。
確かに、シンシアちゃんは何か気まずい会話になった後もめげずにまた話しかけてくれる勇気のある子だった。今その勇気全然いらないけどね。
「そういう有名人とか天才みたいなのが身近に居たら、もっとミーハーだったり羨んだりと、好き嫌いの派閥が二極化とかしないのかしら?タリアちゃんいつも寂しそうだったから私てっきり」
「それは大なり小なりあったかも知れないし、自分はどちらかと言えばそのミーハーだったと思います。もっと仲良くなりたくて、特別感にも憧れて、色々口実考えては何度も無理に話しかけました。それで気まずい失敗も何回もしたし、どうしても普通の友達にはなれていないです。でも……」
「でも?」
でも?なんだろう、さすがに私も気になって止められない。いや緊急の案件は。でも聞きたい。
「でも、近寄るとすごく嬉しそうにしてくれるから」
「ああああ!恥ずかしい!やめっ…むぐぐ!?」
予想外に恥ずかしい感じだったので必死に止めようと思ったんだけど、ムネメお姉様が普通に私の口を塞いで話しを続けさせる。嘘でしょ?そこまで聞きたいかこれ?
「声がカスカスで体の弱いちっちゃい子がすごく嬉しそうにするんですよ。勉強も意外と式の理解とかに苦しんでて。妹を見守りたいみたいな欲求のほうが圧倒的に強かったです。もしかして私だけが懐かれてるんじゃないかって思って舞い上がるくらいに」
「むぐー!!!」
「たぶん不公平感が引け目で自分からうまく話しかけられないんだけど、本当はもっと誰かと一緒にいたいんだろうなって。『私だけが分かってる。私がタリアさんを守護らなきゃ』って。今思うと、自分だけがタリアさんの理解者だと思ってる人って結構居たような」
「むぐぐーーー!!!」
「遺伝するのねそういうのって(まあ結局一番分かっているのはわたくしですが)」
「ほら第二王女様のその感じ!そういう感じの人が密かに多かったです!」
全然知らない恥ずかしい情報が暴露されていく。
……自分は『周囲と比べて大人びすぎている』という自己認識だったんだよね私。かわいいと言われて怒る男子の気持ちが今急に少し分かったぞ。自分は大人でクールなつもりなのにカワイイ子供扱いは確かに何らかのダメージが入るね。
儚く大人びたシリアス知的クール美少女だった筈なのに、人見知りの小動物みたいな扱いをされていたようだ。そんなばかな。
「でも別にそれほど男の子から恋愛的にモテていたわけでも無いんですよね。タリアさんゲームとかスポーツに冷たいし、創作物の夢も平気で壊すから、キッズな男子の思う格好良さを全否定する存在なので。その上でゲームや勉学では絶対勝てないですし」
「あ」
「むぐぐぐぐ!!!」
「まぁこれも生意気な妹みたいに見られていた気がしますし、可愛い女の子に『妹みたいなものだから』って言ってる成人男性を今見たら多分殴ると思うので、本当のところは謎ですね」
まってくれ!今、今イケメン王子が「モテていなかったのは僕にも分かる」みたいな反応をしてたんだ!その「あ」の一言に詰まっちゃいけないものが沢山詰まってた!!殴らせろ!!!
「で、これが少し緊急案件にも繋がっています」
「「「えっ!?」」」
嘘でしょ。本当に皆同時に驚いていたので、誰一人重要な話だと思って聞いてなかったよ。じゃあさっさと打ち切らせてくれって話だけども。
ただ暴露されただけじゃないならまだマシなのかも知れないけど、展開がさっぱりわからないぞ。
「タリアさん…タリア様、このデータを見て下さい」
「昔のままでいいって。さんでも呼び捨てでも。で、これは……ヤマトの検査結果?」
ずらりとテーブルに並べられたのは、本来なら誰かに見せてはいけない個人情報。血液検査などの詳細分析データだった。
なるほど、どうやらシンシアちゃんは病院などの依頼で色々分析する検査機関に居るらしい。
「同じく問題に気付いた上長が、賢者様にこういう細かい部分も全部見せて相談すべきなのか、勝手に自己判断せず個人情報を守るべきかでずーっと迷っていたので、とりあえず全部データ盗んで持ってきました」
「もしかして今王族に囲まれながら犯罪の自白した?」
「多分クビになるし捕まるだろうなって思ってます」
「覚悟ヤバいな!?」
ゆるい話から唐突に覚悟を見せられて皆で息を呑む。そんなに?そこまでしてヤマトの検査結果を私に?
どうしよう知らないのかな。私あいつの診断結果もう見たことあるよ?
「タリアさんならすぐ分かると思います」
「え?あ、あのー、私、これ殆ど見たことあるよ」
「じゃあ話は早いです!変なところは?」
ご、ごめん、どうしよう、魔力の悪影響で尿管結石が出来やすくなってる話だろうか。もう皆知ってるんだよそれ。
「そう!!」
「なにが!?」
首を傾げた私に「それです!」みたいなリアクションが来る。
「異世界からの勇者様は……とても数値が良い!もちろん魔力を消費できない体質の問題は大変ですが、その部分を除けば……むしろ健康すぎるんです!!」
「……良い事だね!?」
興奮するシンシアちゃんに全く理解が追いつかない。なんでアイツの健康を緊急で知らされなきゃならんのか。
「マリウス王子!」
「は、はい!?」
「恐らく王子様が一番分かるんじゃないでしょうか!」
「何をです!?」
突然矛先が向いて謎に追い詰められるイケメン王子。
「つがいの王子なら、魔力抜きでの勇者様の力をご存知なのでは無いですか!?」
「つがいとは?あ、いや、めちゃくちゃ強いですよ生身のヤマトくんは」
「もし魔力抜きで戦ったら勝ち目が無いのでは!?」
「は、はい。実際に最初そういう手合わせをして、他国の同年代も含めて全員圧勝された事が……。さすがに誰一人として歯が立たないってわけでもなく、上の隊長とかは結構戦えて」
「やっぱり!!!!!!!!」
「何がです!!?」
興奮のあまりバーン!と机を叩くシンシアちゃん。自分の分野にのめり込み過ぎた研究者の狂気かも知れない。怖いよぉ。
今のとこアイツが凄く健康で強い事しか分からないのが一番怖い。何に興奮しているの。
「タリアさん!」
「うぇ!?」
油断した瞬間また私に矛先が!展開にも話題にもまだ全然ついていけてないんだけど!?
「賢者から見て、異世界の勇者様は……その世界でも特別で最強の逸脱した肉体の持ち主ですか?」
「え、いや、そんなことはない。強いは強いけど、別に世界どころか国でも全然上位じゃ無い筈だぞ。まぁそれを決める学生大会みたいなのが開催出来なかったっぽいけど……」
「やっぱり!!!!!!」
「何が!!?」
再びバーンと叩かれる机。怒涛の勢いに押される私達。
「──異世界の人が強いんじゃない!私達が弱いんですよ!!」
シンシアちゃんが私に再び検査結果を見せる。
あまりの迫力に、みんなすぐ反応が出来なかった。
……いや、でも。うーん?なる、ほど?
言わんとすることはちょっと分かった。
「……そうか、ヤマトがあいつの世界でそこまで逸脱しているわけじゃないなら、この飛び抜けて良く見えるデータは……?」
「ああ、その事なら僕らもよく知っているよ。あれから筋トレを欠かした事は無い。そもそも僕らは魔力に頼る分、筋力の平均値からして彼の世界の人間に負けているっぽいんだよね」
「あ、その話だったんですか。筋トレは私も」
「アネモネ様のは筋トレじゃないです」
「!?」
筋肉の話題になってようやく自分も混ざれると思ったアネモネがそのまま打ち砕かれていった。
「そう!それ!!王子!!当然の話ですよね!?」
「は、はい!?」
そしてシンシアちゃんから不意の追撃を受ける王子。勢いがつくと怒涛すぎるよぉ。
「私達は加護を通して思考や身体能力をブーストしています。意識的に筋肉だけを鍛えないと、身体的な加護を持つ強い人も、意外と筋肉量は大した事が無い」
「そ、そうです。それは僕が実際に体験しましたので間違い無いと思います」
あー。私達は加護に補助して貰える代わりに、補助に頼らない世界の人間より運動量とかが足りていないという話なんだろうか。そう言われるとまぁ確かにあり得るか。
比較対象として魔力の無い世界から来た人間が現れ、実際にそいつが私達より強く健康だったわけだしな。
それ系の推測話も別にそこまで珍しいわけじゃないけど、実例が出てくるとさすがにね。
……うーん。昔の学友がナチュラル思考系の何かにハマってしまったかも知れない恐怖と、実際にそうなんだから何もおかしくないという冷静さに今ちょうど挟まれてる。
「タリアさん。体格は?勇者様の体格はどうですか?タリアさんの小ささからすると相当大柄に見えているとは思いますけど、勇者様の世界で勇者様は巨漢ですか?」
あ、それは私より解説が向いてる人がそこに居る。
ライラさんの方を見ると、頷いてから代わりに返答してくれる。
「勇者は同じ体格の人間と戦うルールに馴染みすぎていた。我のように自分が特別大柄だった場合の手癖でも無い。近い年齢、近い体、なるべく等しい相手とだけ沢山戦ってきた人間だ。つまりよくある体格という事だな」
確かそんな話をしていたよね。よく覚えてた私。偉い。さすが知的天才美少女賢者。
「でも王子、同年代から見て彼は少し大柄で、圧倒的に強いんですよね?」
「確かに大柄で強いけど、さすがに体格は個人差じゃないのかな……?」
「……そこです!」
不意にものすごく真面目な顔で私を見るシンシアちゃん。
「ここからが大事なんです。この勇者様のデータはとてもとても健康です。私達より明らかに年齢による劣化が少ない。素晴らしい健康体です。栄養も運動量も万全で、スクスクと大柄に育った健康体です。もはやデータが美しい」
やばい、データに美しさを覚えるタイプだった。でも、真剣で、心配そうな顔で真っ直ぐ見てくる相手に迂闊に突っ込めない。
「──私は、成長期における魔力の悪影響を研究しているんです」
皆の視線が一斉に私に集まる。
「生まれつき強力な加護を発現させ続けていて、同年代でも明らかに小さく貧弱だった妹がずっと気になっていたから」
妹ではない。だがなるほど。ようやく話が見えてきた。
「異世界のほぼ同一種と思われる人間が居て、その人は魔力が使えない代わりにとても強く、とても健康です。一方、私の知る最強最大の能力者は特に小柄で体も弱い」
「うーん……こんな少ない例だけで決めつけるのはあんまり良くないんだけどな。でも確かにそう並べられると疑うべきでもある」
「……緊急だって言いましたよね、タリアさん」
シンシアちゃんの声のトーンがすっと下がる。皆おもわず集中して聞く体勢にさせられる。いつのまにそんなスキルを。
「例えば身体能力の加護を持つ王子が、むしろ加護に頼るせいで筋肉を発達させられていないのは分かります。でもそれは異世界人との比較であって、結局能力を活かそうと体を動かしていますから、私達の平均値からすれば物理的な身体能力も高いですよね」
「ちなみに僕は他国の人と比べて弱めだよ。体も加護も」
「となると尚更です。なぜ知力の加護に寄った国の人間が……特にその頂点が、魔力に頼って筋肉が育たないわけでも無い筈なのに、こうも貧弱になるんですか?」
首を傾げているアネモネ以外の全員が難しい表情になる。
情報を整理しただけだ。別に何も増えていないし何も変わっていない。それが当然だったから気にしていなかっただけ。
頭脳系の力を持っていたら、身体能力は低くなる。
──なぜ?
頭でも体でも、鍛えていない部分が伸びないのは分かる。でも比較対象として異世界人をフラットな健全体と見た場合、加護に頼っていない部分の数値まで妙に低い気がする。
勇者の力を封印した上でこちらは加護が使えるなら絶対負けないが、逆にこの世界の人間が加護抜きでアイツの数値に勝つのは不自然なほど難しい。
こうなると、どうやら研究職に就いていたらしく事務作業なども得意なヤマトの万能さが不自然に思えてくる。なんなら普段は知識量が目立つくらいだ。記憶力の加護も無いのに。
あいつ個人の有能さは認めるが、だからこそ個人由来では無い部分の差が見えなくなっていたのかも知れない。
「加護以外に違いが見当たらない異世界の人が明確に強く健康で、彼は魔力を摂取すると体調が崩れる。この時点で答えは明白なんです。加護や魔力には私達の想定以上に何らかの害がある」
「もしかして……魔力や加護には本来の成長を阻害するほど悪影響があり、僕みたいに身体能力の加護だとそれをある程度打ち消し合って補えるという話ですか?」
「はい。恐らく王子のような加護が本来の正常な寄生なんだと思うんです」
「寄生!?また随分過激な表現を」
「いいえ。加護は後から丸ごと付け加えられるんです。それも別生命の加護を丸ごと無機物に植え付けたり出来ます。植物と光合成バクテリアのような完全に組み込まれた共生状態ではなく、取り外しと後付けが可能な寄生的魔法概念だと近年証明されています」
すごい顔で王子が見てくる。「あれってそういう意味なの!?」という顔。ごめん全然そんな深く考えていなかった。なんか勝手に証明されてる。
「つまり加護というのは名ばかりで、本質的には心身に何らかの負荷がある寄生の形だと思うんです。肉体本来の成長を阻害し、劣化を早めるような。それを魔力の消費による身体強化で補うから、悪影響が隠される」
「い、いやしかし、悪影響を隠すというとさすがに悪意を見出そうとしすぎていませんか?魔力が消費出来ないとどうなるかもヤマトくんが証明している。結局加護は必要だ。形が寄生でも、結果的には共生の筈」
いつの間にか書記もしながら疑問点には逐一突っ込む第一王子。便利なやつ。どうやらヤマトのせいで小難しい話への対応力が鍛えられすぎてしまったようだ。
「はい。そうですね、メリットのある存在なのも間違い無いです。大雑把にまとめれば『メリットには必ずデメリットもある』というだけの話なのかも知れません。私達は加護のメリットしか見ていなかったのではと」
「……うーん。かなり合ってるとは思う。私の賢者の力も肯定してる。ところで、これの何が緊急なの?興味深くはあるから、むしろ大々的にじっくりゆっくり皆で検証したいくらいなんだが」
「タリアさん。あなたは自分の能力を制御出来ていますか?」
「え。いや、無理だよ。脳内の思考を完全に制御とか皆出来ないでしょ?」
「私の加護は自分と別の答えを脳内に常時垂れ流したりしないです。恐らく記憶力の補助が主な力だと思うし、タリアさんみたいに常に毎日長い睡眠時間が必要でもない」
「……あれ?もしかして私?」
「そう。緊急事態はあなたよタリアさん。勇者様の他にも居ますよね、体に悪い力を過剰に使い続けているかも知れない重大患者候補が。そして最近の事件で無茶をし続けている人が。クビになる前に大至急精密検査させてもらうわ」




