二十話 四本の枝
ヘーベリック・ヒョードルとの一戦の後、俺たちは貴族や枝長クラスしか泊まれないという最高級の宿に泊まる事になった。魔術枝団(エルザに詳しく聞いたら師団ではなく枝団らしい。エルザは大枝長。元『究』の枝の枝長だったそうだ)の『攻』の枝の枝長ヘーベリック・ヒョードルが右隣の部屋で護衛してくれているらしい。鎧を脱いだ彼の姿はまさに歴戦の勇士と言って良かった。金髪で頭を丸めている。目は赤く右目には黒い眼帯がしてある。白い肌には無数の傷が付いていた。体格も良く、程良く筋肉が付いていて均衡の取れた身体をしていた。年は四十歳前後だろう。
左隣の部屋には『守』の枝の枝長クリシュティナ・ベストージュフ=リューミン。肌は透き通るように白く、華奢な体は今にも折れてしまいそうだが、姿勢が良く、どことなく芯の強さを感じる。薄茶色っぽい長髪を背中にまっすぐ伸ばしている。黒寄りの青い目をした、落ち着いた雰囲気のある貴族出身の女性だ。多分年は三十代中盤辺りだろう。彼女もエルザと同じ白いローブを着ていた。
目の前の部屋には『補』の枝長ヘルマン・エシュテバノフ。聡明そうな蒼い目をしていて、年は五十代くらい。すらりした長身の老人だ。髪はほとんど白髪になっている。シワが多いがそれすらも威厳として感じられる。彼は白いマントを着ていた。
窓の外にも多数の兵士らしき集団が詰めている。これは護衛ではなく監視だろう。『逃がさぬぞ』という意味か。観衆の前で王にあんな口聞いたんだ。俺たちがちょっとでも変な動きを見せたら攻撃されるだろう。まあただ寝る分にはこれ以上の安全な場所は無いかもしれないな。
そして俺達の部屋にはエルザと『究』の枝長リズ・アダルスキー。彼女は……暗い。エルザと同じ金髪を全く手入れせずに伸び放題にしている。メガネもエルザと同じ丸メガネで、首まで伸ばした前髪の上にかけている。毛の塊がメガネをかけて人間の身体の上に乗っているイメージ。胸もぺったんこで、言われなければ女性とは思わないだろう。人間とすら思われないかもしれない。
「あ、あの……よろしく……お願いします……」
ついでに言うと声も小さい。
「なんだって?」
「ひぃ……!」
リズは飛び上がって怯えだした。ああ……イライラする。こんなのが枝長なのかよ。ウソだろ……たまんねぇな!!
「ちょっと!リズを苛めないでよ!!」
と、エルザが怒った。
「苛めてねぇよ!!聞こえなかったから聞き返しただけだろ!!」
「だったらもうちょっと優しく言ったらどうなの!!」
リズが俺とエルザを交互に見ながらオロオロしだした。
「うるせえ!精一杯の優しさ込めて言ったよ俺は!てかそうやって甘やかすからこんなになったんだろ!!仮にも枝長ならもっと威厳持たせろよ!!なんだよこの他の枝長との差は!!」
エルザがそこではっとしたような顔をしてリズを見た。
「そうね……リズ、北極行く?」
「「「「ええ!?」」」」
「ええ‥…!?」
今まで寝ていたマイケルとロザとオルタスすら飛び起きて叫んだ。リズも叫んだ気がする。ハルは昼の試合から見てない。
「うっそだろ!?極端すぎんだよ!!」
「なによ!厳しい自然の洗礼を受けて初めて一人前になれるのよ!!」
「いやいやいやいやいや」
「リズは行きたいわよねぇ?」
「は、はい!エルザ様と一緒ならどこへでも!」
お?お?声大きくなったぞ?なんだなんだ?
「そう?じゃあ北極に
「待て待て待て、その前にこの国の現状を教えてくれ。三年前とはどう変わった?」
とオルタスが慌てて止める。というか話題を変えた。ナイスだオルタス。
「うーん……そうね……じゃあまずは戦況から。まずこの国は周囲を巨大な壁で覆っているの。モンスター対策だったんだけど、今は敵への防護壁ね。あの壁には障壁魔法、バリアが常に張ってあるわ。ちなみに守の枝長クリシュティナが敵国オーガーンのある北方防壁を守護してるわ」
「一人でか?」
「ええ、彼女のバリアは一級品よ。それに寝てる時でもバリアを張り続けられるの。さすがにそこのお嬢ちゃんみたいに移動なんてできないけどね」
そう言われてロザは無い胸を張った。
「まあね!さっすが私!さっすが!」
一人で騒いでるし放っておこう。エルザが話を続ける。
「で、現在オーガーンはアルベリート周辺国の『エリシュナ』『ベイランド』『インベルド』の三国を支配下に置いているわ。もともと同盟国だったんだけど、王の求心力が低くてね……」
「そうなのか?」
エルザは声を低くして話し始めた。
「そうなのよ。完全能力制で階級を決めて、競争意識を高めてここまでの魔術国家を作り上げたところまではいいんだけど、あくまでも実力……ええと、『攻』の枝長なら戦闘力。『守』の枝長なら防御魔法の練度や戦略を練る能力。『補』の枝長はサポート魔法や心配りの精神。『究』の枝長は魔法全般への知識や頭の柔らかさよ。ちなみに大枝長になるにはそれら全てを身につけてなくちゃいけないの!すごいでしょ?ね?ね?」
「あっそう。で、完全能力制で国家作ってどうしたって?」
エルザはムッとしたような顔になったがすぐに元に戻る。仮にもエリート宣言した者がこんなことで怒ってはいられないだろう。うんうん。
「完全能力制だから統率力の無い人間も枝長になれるのよ。リズなんかがそうね。彼女、頭は優秀なんだけど……」
「ご、ごめんなさい……エルザ様のお役にたてるよう
「なるほど、じゃあ必ずしも優秀な人材がトップに集まる訳じゃないってことか」
「そう、逆に統率力のある優秀な人材が能力が無いばっかりに埋もれてしまうの。本来は人の使い方が上手い人が上に立って能力のある人材を使うのがいいんだけど」
「そこから不満が貯まっていって求心力が失われつつあるってことか?」
「そうよ。それに王もあんな感じでしょ?いきなり現れたよそ者をいきなり大将にだなんて」
「強ければいい。いや、強いのがいいって考えか。子どもだな」
「そうね、だから同盟国はオーガーンからの降伏命令にあっさり従ったわ。オーガーンの帝王イングラム・エルツェシュバインのカリスマ性も手伝ってね。で、今は四方を囲まれている状態」
「よく俺達この国に入れたな」
「籠城なんて魔法がある限り不可能よ。いざとなったらあたしのテレポートでいつでも物資を運べるもの。囲っていて効果があるのは実際に戦闘が起こったときだけよ」
それもそうか。
「それにね、この国は最高峰のバリアが常に張ってあるのよ。囲んでいようがなにしようがこの国は落とせないわ。まあ一応、例え明日戦闘になっても大丈夫なように常に兵士たちに準備させてるけどね。それは三年前の戦闘で不完全な壁を一部壊されて大きな被害を出した不安からよ。ヘーベリックの命令でね。でも今は防御も完璧よ」
「じゃあなぜ戦争を?」
「オーガーンは我々アルベリートの魔法技術を狙っているの。オーガーンは魔科学信奉の国でね、魔法と科学が合わされば究極の技術が生まれるって信じてるのよ。オーガーンは同盟を結ぼうって言ってきているんだけど、あちらからは何も恩恵を受けられないの。一方的な搾取なんて最悪でしょ?」
「ふうん。まあそれくらいわかればいいや。じゃあ戦闘は明日にしよう」
「はあ!?」
あれ?起きてるの俺とエルザだけか。あ、リズも起きてるみたいだ。なんか静かだと思ったんだよね。
「この国はいつでも戦争の口火を切れる火種を持っている。鉄壁の守りを内側から破壊し、邪魔くさい壁を取り除いたら敵国オーガーンへ向けて突撃だ。これ作戦な」
「なんで明日なのよ!」
「早い方がいい。明日戦闘になっても問題ないんだろ?」
「いやそうだけど!そうなんだけど!」
「よし、それじゃあ明日オーガーン方面の壁を内側から破壊する。クリシュティナにも伝えておいてくれ。あ、そうだ。ヘーベリックに演説してもらう、その演説の原稿は俺が書くから読んでって言っておいてくれ」
「話聞きなさいよ!!」
「俺は風呂に入ってくるから」
「わかったわよ……ああもうわかったわよ……」
風呂だ。お湯は少し熱い。足の指が痛くなる。正直入っていられない。出よう。
脱衣場には鏡があった。あれ?俺の身体大分筋肉ついてきてね?身体中のあらゆる筋肉が太くなったように思える。まああんなでっかい刀振り回してちゃね。このままマイケルみたいになったらどうしよう。
フレンドリーちゃんからもらった服を着て脱衣場を出る。ふと、腰の辺りに冷たい感触があった。
……銃だ……!朝捨てたはずの銃がある!なんだ?誰かが俺の服に入れたのか?いや、だが帯に差し込まれている。なんだ?どうなってる?
怖くなったので窓から銃を捨てた。カツンと音がした。あ、兵士の鎧に当たっちゃったかな?
腰の辺りに手をやった。手が固いものを触った……銃が戻ってきている!何かの魔法によって常に俺のところへ戻ってくるようになっているのか……?何にせよ、この銃を捨てることはできないようだ。
諦めて演説の原稿を書こう。最高の演説のな。
まだ人間同士で戦ってるとか……まだ魔王名前しか出てないのにさ!!




