十九話 愚王と忠臣
エルザが目の前に現れる。マイケルとオルタスもいる。
「お帰り」
マイケルは北極から帰ってきたというのに半裸だ。何かの動物の毛皮を着ている。
「ただいま。危うく燻製にされるところだったよ」
燻製……?
「おう、そりゃ大変だったな」
そういえば煤の臭いがする。
「ここは?」
オルタスがエルザに聞いてる。
「王座の間の扉の前よ」
赤を基調とした広場の奥の階段を上ったところにある、金で縁取られた大きな扉には、王を讃える絵が描かれている。
「じゃあ入るか」
「待って!」
とエルザが止める。
「なんだ?」
「こいつら酷い格好してるのよ!?」
エルザがマイケルとオルタスを指差して言う。
「「誰の所為だと思ってるんだ!!」」
マイケルとオルタスが同時に叫ぶ。
「あーごめんごめん。あたしが魔法でなんとかするから」
エルザは少し悩んだ後、
「シャワー」
と呟いた。すると水が勢い良く降り注ぎ、二人の汚れを洗い流した。ついでにオルタスも流れていった。マイケルは多分筋肉で耐えたんだと思う。
「おい!!」
オルタスがさっきより大きな声で叫んだ。エルザはそれを無視する。
「それよりエルザ、魔力明日まで回復しないんじゃなかったの?」
「わざわざあたしの研究所から魔力回復剤持ってきたのよ。コスト高いのよこれ」
そうか。でも俺は悪く無いぞ。なんで俺が悪いみたいに言うんだ。
「おい!忘れるな!俺たちビチョビチョじゃねえか!」
マイケルは半裸だしどうにでもなるとして、オルタスは確かにまずいな。
「しょうがないわねぇ……あたしが幻視魔法でどうにかするわ」
「最初からそれやれ!」
「なぁに!?また北極行きたいの?今度は迎えになんか行ってやらないわよ!!」
「え?あ、いや、すみませんエルザさん」
オルタスが急にしおらしくなってしまった。
「さ、とにかく入ろうぜ。何十分待たせるんだよ」
扉を開けると王座が見えた。王らしき人物が座っている。その前にはずらりと兵士が並んでいる。王に一番近いところに居る兵士は他の兵士よりも位が高そうだ。金糸で編まれた襷を肩にかけている。
王は王冠を被り、肩には赤いマントを付け、金や銀やルビーの装飾が施されたゴテゴテした服を着ている。
エルザはつかつかと王の前へ進み、跪いて言った。
「王よ。此度の戦に有力な味方が付きました。アルトニアの勇者、あの伝説の東方不敗でございます」
エルザが俺たちの方に目配せする。進めという合図だ。
俺たちもエルザに習い進む。俺は立ったまま王の前で止まった。エルザはため息をつく。そのまま顔を上げたエルザは王をまっすぐ見て「ファントムルック」と小さく呟いた。オルタスはちゃんと跪いている。マイケルは膝を付いて腕を上げてポーズをキメている。ロザはあくびをしながらマイケルに寄りかかっている。ハルは物珍しそうに飾られた絵を眺めてフラフラ歩いている。エルザは頭を抱えプルプルと震えている。
「ほう、そなたらが東方不敗、アルトニアの勇者か。名はなんぞ?」
「ハジメ・クロイヤードだ」
「そうか……ハジメ・クロイヤードよ、ワシは命令を下す。『攻』の枝を統べる現将軍ヘーベリック・ヒョードルの任を一時解き、東方不敗、アルトニアの勇者、ハジメ・クロイヤードに全軍の指揮を任せる」
はぁ?そんなのそのヘーベリック・ヒョードルが納得するわけないだろ。
「そんな!納得できませぬ!」
さっきの金の襷の兵士が叫ぶ。あいつがヘーベリックか。
「ほう、そなたはワシの采配が気に食わぬと申すか」
少し萎縮したものの、ヘーベリックは諦めなかった。
「では、私と東方不敗で試合をさせては頂けませぬか?勝った者が全軍の指揮をとるというのは如何でごさいましょう?」
「そなたはワシに意見までするのだな?良かろう。そこまで言うのならば試合を認める。ただし殺すか殺されるかだ。一方の生存しか認めぬ」
「はっ!構いませぬ」
己の力を誇示するかのような無駄な宝石の装飾……絵画……カッコつけようとして逆に変になってしまっている言い回し……その上配下の者の感情を考えぬ振る舞い……俺は東方不敗なんかじゃないが、東方不敗ってのは伝説になるくらい強いんだろう?強いから大将にするなんていう幼稚な考え……愚王だな。ヘーベリックは忠臣だ。こんな愚王の為に命をかけるとは。
ヘーベリックは俺を睨みつけている。ふん、ずいぶん面倒なことになっていくな……。
「俺も構わないぜ?」
試合をする事が決まってしまった。
「で、試合はいつだ?」
「今からだ!城の前の広場へ来い!」
ヘーベリックは叫ぶ。気の早い奴だ。
城の外装は中とは違い白で統一されている。広場の花壇には色とりどりな花が植えられている。白い石を敷き詰めた広場だ。
そこには噂を聞きつけた見物客が詰めかけている。みんなも最前列で見ていてくれた。
ハルが「ハジメ頑張れー!!」と手を振っている。かわいい。王は高みの見物だ。
「さぁ!勝負だ!どちらが将に相応しいのか!」
「将に相応しいのはお前に決まってるだろ!」
それを聞いてヘーベリックは狼狽える。
「だが!俺は勝負を受ける!」
「それでいい!ゆくぞ!」
ヘーベリックは剣を抜いた。少し長めの剣。ロングソードか。
俺も太刀を抜く。野太刀はマイケルに預けてある。
「食らえ!!」
ヘーベリックが勢い良く剣を振り下ろした。俺はそれを左へ受け流す。勢い余ってヘーベリックの剣は地面を斬った。大きく体制を崩したヘーベリックのわき腹を蹴る。
「バリア!」
蹴りが当たる寸前にヘーベリックはバリアで身を守った。
「へぇ、やるじゃない」
今度は俺の番だ。刀を大上段に構え、一気に距離を詰めて振り下ろした。ヘーベリックはまっすぐ受け止める。ガチャン!という音がした。俺は刀をそのまま押し込んだ。ガチャガチャと鉄と鉄が擦れ合う音がする。ヘーベリックの体制が限界に近づいた時だった。ヘーベリックが俺の刀を受け流した。俺は勢いのまま地面を斬りつけ、大きく体制を崩した。しかし前転のあと受け身をとり、すぐに体制を立て直す。
しかしその直後、ヘーベリックが
「アクア!」
と叫んだ。俺の足下から水が湧き出す。そして
「フリーズ!」
と叫ぶと足下の水が凍りついてしまった。
「しまった……!」
足首から下が動かない!ヘーベリックが距離を詰めてくる。急いで凍った地面を刀で突き刺す。
「なっ……!」
ヘーベリックが動揺する。氷が消えたのだ。だが、すぐに余裕を取り戻した。俺の刀が刺さったまま抜けなくなったのだ。
ヘーベリックが横に凪ぐ。俺はしゃがんで避ける。頭上を剣が掠めた。
俺は後ろに転がり地面に手を付き、全身を使って両足でヘーベリックの顎を蹴り上げた。しかしヘーベリックは仰け反って回避する。俺は右足の踵をヘーベリックの右足の指目掛けて思い切り落とす。
「ウゥッ!」
ヘーベリックが呻き声を上げる。俺は踵を落とした反動で体をヘーベリックの方へ移動させ、体を捻って左足でヘーベリックの足を払った。ヘーベリックが倒れる。俺は足払いの後すぐに立ち上がった。見物客から歓声が上がる。
倒れたままヘーベリックは剣を振ってきた。それを難なくかわし腹を踏みつける。
「ウゥッ!」
とまた呻いた。
「フレイム」
そうヘーベリックが呟くと俺の足元から火が出た。
「おっと!」
後ろに飛び退いて回避した。刀を抜こうか。いや、少し遠くにある。
ヘーベリックが立ち上がる。また剣を振り下ろした。俺は横に転がりながら避けた。そのときに、平たい、手のひらより少し小さい石を拾った。
ヘーベリックは剣を横に凪ぐ。今度は飛び上がってかわした。そのまま右足で顔の横を狙って蹴る。バリアで弾かれた。ヘーベリックが剣を振り上げる。俺は空中で身体を回転させ振り上げられた剣を避け、回転を利用しながら左足でヘーベリックの頬を蹴った。今度は命中し、ヘーベリックは蹴られた頬を抑えながら二三歩後退する。
「さすがは東方不敗。剣が無くとも強いなっ!」
と言いながらヘーベリックは剣を振り下ろしてきた。俺はまず、左手の甲で剣の軌道を脇へ逸らし右手に持った石で手を守りながら、剣の中程に手を当て上から下へ押し込んだ。剣の勢いに俺の技の勢いも加わり、剣は思い切り地面に叩きつけられ、バキンッ!という音と共に折れた。
俺は地面に付いた右手を軸に身体を回し、右足でヘーベリックの顔を蹴った。動揺していたヘーベリックに見事命中した。
「そりゃ、どういたしまして」
得意気に笑ってやった。
「ぐぬぬ……」
「さぁ、次はどうする?逃げるか?命乞いか?」
ヘーベリックは覚悟を決めたような顔で、拳をつくり構えた。
「素晴らしい!それでこそ戦士だ!」
「バーニング!!!」
とヘーベリックが叫ぶと彼の身体が炎で包まれた。パチパチと爆ぜるような音がする。肉の焦げるような臭いもする。
ロザリンドが叫んだのが聞こえた。
「気をつけてハジメ! そのバーニングは焼身魔法よ! 自分の体を焼いてしまう代わりに、攻撃の威力や身体能力を飛躍的に上昇させるの!身体強化系の魔法の中でトップクラスの威力があるわ!!」
なるほど、それほどの覚悟がこいつにはあるのか。
「ゆくぞ!!ハジメ・クロイヤード!!!この命燃え尽きるまで死合おうぞ!!!」
ヘーベリックが突っ込んできた。俺は横に跳び回転しながら蹴った。足に火が燃え移る。
「あっつい!あっついこれ!」
俺は太刀のところまで走った。だがヘーベリックに追いつかれる。
「死ね!」
ヘーベリックが殴ってきた。寸前でかわす。熱風が顔を撫でる。
俺は太刀を掴み思い切り引き抜いた。ヘーベリックは蹴りを放つ。俺は太刀の峰で防いだ。ヘーベリックを包んでいた炎はかき消え、脱力した。膝から崩れ落ちる。見物人の歓声が最高潮に達した。
「な、なんだと!?何がおこった!?」
ヘーベリックは動揺を隠さない。もう身体が動かないのだろうが、なんとか動かそうと震えている。
「終わりだヘーベリック。こんな馬鹿げた試合は」
「くっ……殺せ……俺の負けだ……」
「何を言っている。勝負を受けるとは言ったが、殺すとは言っていない」
「なんだと?」
俺は息を吸い込んで、思い切り叫んだ。
「この偉大なる男に盛大な拍手を!!!彼は王への絶対の忠誠を持つ誇り高き兵士である!!!俺は勝負には勝ったが!!この男には負ける!!!この男こそ指揮官に相応しい!!!」
それを聞いて王が叫ぶ。
「ならん!!どちらかが死なねばこの試合は終わらぬ!!」
「知るか!!俺はこの国の人間ではない!!あんたの命令に従う義務はない!!」
「ならば弓兵!ヘーベリックを射れ!」
見物人がどよめく。
「この男を殺せば俺は協力しない!!東方不敗の力!!欲しくは無いのか!!!!」
「ぐ……ぐぬぬぬぬ……仕方あるまい!!」
見物人から歓声が上がった。
「なぜ生かすのだ……」
ヘーベリックが俺に問う。
「敗者の生殺与奪を握るのは勝者の特権。強者の自由。この戦を終結させた後俺はお前を殺す。死ぬのが少し延びただけだ」
ヘーベリックは笑う。
「ははは……それでも構わない……この命はこの国の未来の為にある。戦争終結こそが俺の夢だ……」
「よし、じゃあ指揮官はあんたな。んで、俺は前衛を率いる」
「良いのかそれで?」
「ああ、構わん」
ここに、奇妙な友情のようなものが生まれた。
北極で妙に仲良くなったマイケルとオルタス。彼らもハジメとヘーベリックの試合を見ていた。
「なあ、あいつどこで格闘術なんか覚えたんだ?」
とオルタスが問う。
「さぁ、小さい頃からやってたんじゃないか?」
「そうだろうか……?あれは達人のレベルに達している。戦いのセンスだってずば抜けて高い」
「天才ってやつじゃないかな?」
「……天才か。そんな言葉で片付けられるようなものではない気がする……まず丸腰で武器を持った者に臆さずに向かっていくあの姿……とても少年には見えない」
「ふぅん。でもハジメは勇者なんだ。それくらい強くたっておかしくないだろう?」
しかしオルタスは答えなかった。黙りこくって考え事をしていた。
「マイケル!肩車して!見えない!」
ロザリンドがマイケルへと走り寄る。
「もちろんだ!肩車くらいいくらだってしてやるぞ!!」
「やったぁ!」
マイケルはロザリンドを持ち上げ肩に乗せた。
「見える!見えるよマイケル!」
「僕も見えるよロザ!!」
そこで、黙っていたオルタスが口を開く。
「そういえば、ハルはどこへ行ったんだ?さっきハジメに手振ってたが、ハジメに見られるとどっかに走って行っちまった。顔真っ赤にしてな」
三人は向きあった。ロザが「さぁ?」と呟いた。周りを見渡すが見つけられない。ハルは再び行方不明になってしまった。
ヘーベリックのヘーベリックがヘーベリックヘーベリック




