十四話 それぞれの夜
俺達はオルタスを回収し、再びイグドラシルに向けて歩を進める。しかし行けども行けども、町すら見える気配無く、気づけば夜になっていた。みんなに野宿にしようと言ったら
「このあたりはモンスターが出没する。見張りが必要だ」
とオルタスが言う。
「分かった。2人ずつ交代で見張ろう。まずは俺と
「俺だな」
とオルタスが口を挟む。
「そうだな。一時間経ったらオルタスとマイケルを交代。そのまた一時間で俺とロザリンド。次はマイケルとハルを交代。その次はロザとオルタスを、んで最初に戻る。のローテーションでいこう」
俺たちは、近くにあった木の下に集まって寝た。見張りは俺とオルタスだ。早くもみんな眠っている。
「うお!寝るのはえぇな。呑気なもんだぜ、魔王倒しに行くってのにさ」
「そういやそうだな」
「お前らはなんで魔王退治なんてやってんだ?」
「そうだな、えぇと、聞いてねぇな。みんなどうして俺と旅してるのか」
「嘘だろ?マジかよ。んじゃお前は?」
「俺は、殺されるのが嫌だったんだ。国の兵士に。王の命令は絶対だから、勇者に選ばれた俺は魔王退治に行かなきゃ殺される。だったらせめて国から逃げるより魔王退治で死んだ方がかっこいいって思ったんだ。それだけさ」
オルタスは少し考えて言った。
「つまりお前は、逃げ出した訳だな。何もかもから」
「え?」
「だってそうだろう。国の兵士に惨めに殺されるより、魔王に殺された方がマシだなんて、生存を放棄してるじゃねぇか」
確かにそうだ。その通りだ。でも、俺は旅立つ時、言い知れぬ高揚感があった。まるで、何かを待ち望んでいるような…
俺が黙っていると、オルタスはまたゆっくりと続けた。
「知ってるか?ハジメ、生きる事ってのはよ、死ぬ事と同じくらい逃れられないことなんだよ。死を恐れて生に執着すりゃ逃げ。生に絶望し死を望めば逃げ。ま、何かを選択すりゃ、選ばなかった方から逃げている事になるが、そうじゃねぇだろう。選択ってのは未来を自分で決める事だ。明日を自分で掴み取る事だ。お前は逃げずに選んでここにいるのか?」
俺は――
「死に方を選んだ。マシだからここに居るんじゃない。俺自身が望んだからここにいる。俺は…何でだろうな、魔王と戦いたくてしょうがない。どうせ死ぬなら強敵と戦って死にたい。出来ることなら打ち倒したい。血が騒ぐ。俺に戦えと命じる声がする。俺自身の奥深くから、殺せ殺せと喚く声がする。俺はその声に従って決意した。そりゃあ怖かったさ、でもよ、今は戦いたくて戦いたくてたまらない。敵の断末魔を聴きたい。大地を血で彩りたい。屍の山を築きあげたい。刀を振るって敵を真っ二つにしてやりたい。何でこうなっちまったかな?マウロイでの殺し合いからだよこんな気分は。お前の所為だ。お前の所為だよオルタス。ありがとよ。きっとこれが俺なのさ」
途中から、自分の口からは想像もできない事が溢れた。まるでこれじゃあ殺戮者。俺の口から出た言葉は、俺自身ではない何者かの言葉となって現れた。でも俺は、今言ったことに妙に納得している。これが本物の己の声なのか?
「へぇ、こりゃまたずいぶんと、恐ろしいことを言うもんだ。ついてきて正解だったな」
「お前は何でついて来ようと思ったんだ?」
「言ったろ?国から追い出され、妻と子どもを亡くした。もう生きる意味が無くなっちまった。元々俺は戦闘が好きでな、己の技術を駆使した命の取り合いに生きがいを感じていたほどだ。お前は勇者だから、ついて行きゃあ魔王なんてぶっ飛んだ相手とやり合える。それだけで良いんだ」
「お前も大概だな」
「へへっ!まぁな。でもあの女の蹴りは見えなかったな。とんでもねぇ奴だ。おっと、そろそろ時間だ」
オルタスはマイケルを起こすとすぐに寝てしまった。
「一時間寝て起きるっていうのは、なかなか辛いね」
「なぁマイケル、殺し合いが好きって、変かな?俺、自分の中の闘争本能を抑えられねぇんだ」
「いや、何も変じゃない。生物としてはな。本能に従うのは間違ってはいないよ。でもね、人間としては変だ。人間は理性を持って本能を抑えられるはずなんだ。きっとハジメは、魂が凍えてしまってる。ゆっくり解凍していかなきゃいつか壊れてしまうよ」
「そうなったら俺は――怪物になるのかもしれねぇな」
いつか、このどうしようもないくらいの闘争本能を本当に抑えきれなくなったら、何か大事なものを失ってしまうようで、たまらなく怖い。
「怪物か…人の姿をした怪物…昔、そんな奴に僕の修道院の孤児達が殺された。この傷もその時負ったんだ」
マイケルは胸の傷を指差して言った。
「恨んでいるか?その怪物を」
「いや、今はもう恨んでないよ。院長が言ったんだ。『恨む事で晴れるのは己の心のみ。周りの誰も望んでいない。人を恨むな。恨みは人を悪魔へと変える。失ったことを嘆くな。辛さを乗り越え、死んでいった者達に恥ずかしくない生を全うするのだ。それが生き残った者の務めだ』ってさ。だから僕は恨まない」
「そうか、俺にはできない考えだ」
「強い人だった」
「強い?だった?」
「そう、去年亡くなったんだ。僕には真似できない、すごく強い生き方をしていた。彼は筋肉は無くとも、心は僕よりずっとずっとマッチョだったよ。まぁ、僕もあの頃はあまり筋肉が無かったけどね」
「どうして筋肉を付けたんだ?」
「守る為さ。もう何も失いたくないから、何が何でも守れるように必死で強くなった。強くなろうと努力したんだ。この筋肉は大切なモノを守り抜く為の盾なんだ。僕は盾になりたいんだ」
「なんだ、お前も十分強い生き方してるじゃねぇか。お前は心も身体もマッチョだぜ」
「僕なんかまだまださ、もっともっと強くならなきゃ足りないよ」
強いってなんだ?戦いにおける強さならば、俺の方がずっと強い。しかし、何か違う、そういうことを言っているんじゃない気がする。どういう事なのだろう?
「そうか、応援してるぜマイケル。俺はそろそろ交代の時間だ」
「おやすみハジメ」
「おう、おやすみ」
俺はロザリンドを揺さぶって起こした。
「ほら、交代だ」
「はいはーい」
ロザリンドはあくびはしながらマイケルの隣に座る。それを見届けた俺はそのまま眠った。
ロザリンドはマイケルにべったりであった。
「ねえねぇマイケル?明日、肩車してほしいな!」
「え?ああいいよ、僕の筋肉に任せるんだ!」
「やったぁ!さっすがマイケル!」
「あはははは」
「ねぇマイケル、ハジメと話してたこと、ホント?」
「え?聞いてたのかい?」
「うん、眠れなくて…オルタスとの話も聞いちゃった」
「盗み聞きは良くないぞロザ」
「だって、聞こえてきちゃったんだもん」
「それは仕方ないね、何を話してたの?」
「怖いこと」
「怖い?」
「うん、戦いの中でしか生きられないみたいなこと」
「二人ともかい?」
「うん、でもハジメは特に怖かったよ。マウロイで闘争に目覚めたって、戦う事こそが目的みたい」
「やっぱり、魂が凍えてるんだ。ロザ、みんなでハジメを救い出してあげよう。道を踏み外しそうになったら正してあげよう。彼には仲間が必要だ。戦う以外の生きる意味が必要なんだ」
「分かった。マイケルがそう言うなら、私はハジメがどんなに怪物でも信じるよ」
「ありがとう」
ロザリンドは帽子に手をやった。
「ねぇマイケル」
「なんだい?」
「信じて良いんだよね?皆のこと」
「うん、もちろん」
「…私ね、人を信じることができないの。人を信用できないから、私は人の中身までみれない。他人の心に踏み込めない。他人に心を開けない。でもね、マイケルは違ったの。マイケルを初めて見たとき、この人は信用できるって思ったんだ。根拠なんて何もないけど、なんだか、同じラインに立っているような気がしたの……こんなの、三百年で初めてだよ」
「三百年?」
「……マイケル、マイケルが信用する人ってどういう人?」
「僕は、僕を信じてくれる人全てを信じるよ。絶対に裏切ったりしない。例えどんな人だって、信じてくれる限り」
「じゃあね、信じるね、私。だから、聞いてほしい事があるんだ」
「なんだい?」
「私ね………私、エルフ族なの」
「エルフってあの?」
エルフ族とは、亜人種に分類される種族である。耳が長く、寿命は人間の十倍程もある。総じて魔法が得意で、かつてはよく国の上級魔導師として歓迎されていた。しかし反面、身体能力は低く、また成長も遅い。
「うん、だから、迫害されて生きてきたの。笑顔で近づいてくる人間は、大抵は私たちを奴隷の為に売り飛ばそうとか考えてたり、石をぶつけてくる人もいた。周りの全ての人が、私を悪い目で見ていたの。三百年前からずっと、人を信用せずに生きてきたんだ。私、子どもに見えるでしょ?これでも417歳なの。第三次世界大戦が起こって、東側の国が滅ぶところもみたわ」
亜人種差別。三百年前から亜人種は人類に非ずという風潮が広がり、それまで共生してきた亜人種達への迫害が始まった。
「そんな君が、どうして知らない人に付いていってしまったんだい?」
「私、魔法には自信があるから、いつでも逃げられる準備をしていたんだ」
そうか、三百年も…きっと、僕には想像もできないくらい辛い経験をしてきたんだろう。それでもなお、人を信じようと努力しているんだ。信じるに足る誰かを探しているんだ。
「ロザ、これからはもう何も心配しなくていい。僕たちは仲間だ。皆信用するに足る仲間なんだ。ロザ、僕たちが君を守る」
「みんな…そうとは限らないよ…」
「だとしても、僕だけでも守る。それだけは信用してくれ。僕は僕を信用してくれる人を決して裏切ったりはしない」
「…ありがとう……」
「明日、みんなにロザの事を話そう。みんな分かってくれるはずだ」
「うん、マイケルがそう言うなら、私は信じてる」
(やっぱりマイケルってかっこいい!)
「そうか、ありがとう!あ、もう時間かな?もう交代するよ。おやすみ」
「うん、おやすみ」
マイケルはハルを起こそうと声をかける。しかし起きない。身体を揺さぶっても、頬をペチペチ叩いても、一向に起きる気配が無かった。
「どうしようロザ、ハルが起きない」
返事は返ってこなかった。ロザリンドも寝てしまっていた。
その後マイケルは朝まで見張りを続けたという。




