第42話 後ろ足のない兎たち
「ニアさん」
「なにかな?」
「心配はありがたいんですが、僕は一人で大丈夫なので」
「ダメだよ! 子供には危ない場所だと分かっているからこそ、君みたいな子供を放ってはおけないの!」
面倒くさい。
テイルは顔に出そうになったが、なんとか表情を取り繕った。
いい感じに説得しないといけないし、機嫌を損ねすぎるのもまずい気がした。
ウサギ狩りにきただけだったのに、どうしてこんな目に。
グミやコウモリ相手なら、ショートソードや棍棒で充分だ。
もちろんグミの体当たりも、コウモリの爪や牙も、直撃すれば怪我をするくらいには威力がある。
防具も揃えた方が良いに決まっている。
ただし、それらの武器でも、この年齢ではそれなりに重く感じる。
数キログラムの武器を握りしめ延々と動き続けるのは、どんな体力自慢でもしんどくなるだろう。
たとえば全身鎧を着込んでバトルアックスを振り回す場合、連続して動けるのは数十分がせいぜいだろう。
鍛えたり育てばある程度は緩和されるが、体格や戦い方、稼ぎ方に見合った武器や防具の揃え方や、その日その時の目的によって使い分けもある。
テイルにとっては歩き慣れた、ほとんど危険のない階層だと説明していくと、最初のうちは分からず屋の言い訳を聞くような顔でいたニアが、だんだんと表情を曇らせていった。
自分の思い込みに気がついたらしい。
「つまり、その」
「余計なお世話です」
ニアが、ひどくショックを受けた顔をした。
心情的には好ましくはあったが、厄介事の気配はより色濃く感じられた。
「だいいち、実力に見合っていない場所に挑もうとしている相手を見たら、ニアさんは毎回手助けしようって思うんですか? ずいぶんと暇なんですね」
「ううっ……そんな言い方しなくてもいいじゃないか」
ニアが小さく目をそらした。
テイルはその拗ねた顔を見て、なんだか楽しくなってしまった。
「お金が足りない、身長が足りない、才能が足りない、運がない……みんな何かしらは足りてないと思いますよ。ニアさんは全員助けるんですか? それとも自分が気に入った相手だけを選んで助けますか?」
「それは……」
言葉に詰まったニアに、テイルは笑いかけた。
表情を曇らせた以上、こういった理屈が分からない相手ではないらしい。
それが分かっただけでも充分だった。
「僕なら、気に入った相手だけ助けます」
「そんなことは、ぼくには……!」
「ひとを助けるってことは、そういうものです。そのひと以外を助けないと決めるのとだいたい一緒でしょう。たとえば隣り合う二つのお店があって、お客さんの取り合いをしているとしたらどうです?」
テイルの例え話に、ニアは目を瞬かせた。
「どれも同じ味、同じ金額なら、自分にとって好ましい店主や店員のいる店に通いますよね? その結果、隣の店が潰れるかもしれません」
無限に食べられる胃袋と、無限にお金が湧き出る財布があれば、そんなことに迷う必要はないのだけれど、とテイルは付け加えた。
「でも、僕はそれを悪いことだとは思いません。人間には限界があります。腕は二本しかないし、使える時間は有限で、一度にできることにも限りがあるからです。だから助けたいと思った相手だけを選ぶべきなんです。自分なりの優先順位をつけて、それでも時間や労力が余ったそのときは、もう一人や二人、ついでくらいの気分で力を貸してもいいかもしれませんけど……」
と、つらつらと語っていたテイルは、ハッとして目を伏せた。
語りすぎた、と思ったらしい。
「そもそもですね、僕とミリーさんの会話を盗み聞きしてる時点でニアさんはだいぶお行儀悪いですからね。反省してください」
「……はい。すみませんでした」
「ニアさん、この街に来たのは昨日とか一昨日くらいですか?」
「なんでそれを……? あ、ぼくのことはニアでいいよ」
「正直なのは美徳ですけど、ちょっと気をつけたほうがいいと思います」
カマをかけられたと気づいたニアは、苦笑を隠さなかった。
腰に佩いた剣の柄を撫でながら、少し自信を失ったようにうつむいた。
「君は、すごいね……ぼくより年下なのに、そんなに喋りも達者で、考え方もなんだか大人っぽくて、お父様と話しているみたいな気分になる。……冒険者見習いの子供というのは、みんなそんな風にしっかり物事を考えているの?」
「ニアさんはまず、前提からして間違っています」
「え?」
「僕は冒険者です。見習いじゃなくて、正式な」
「えっ、いや、だって、冒険者登録は十二歳からで、試験を突破しないと見習いは取れないって聞いたけど」
「それは僕が十二歳には見えないと、そう言っていますか」
言外に、失礼な、というニュアンスをにじませてテイルがニアを見つめた。
ここまでの会話全部がテイルの気分を害するに足るものだった、とようやく気がついたニアが目を泳がせた。
自分よりちょっとだけ背の低いテイルの全身をまた上から下まで見直して、それがマズイのだと思い出したように、額に丸い汗を浮かせた。
ニアが謝ろうと口を開いた瞬間を見計らって、テイルは言った。
「ニアさん。ギルドから特別扱いされましたか」
申し訳なさそうにしていたニアの表情が、こわばった。
「いいんですよ別に。ギルドの規則に特例が認められる場合があるのは銘記されてますから。ただ、特例扱いされるのを気にするくらいなら、最初から手順を踏んで正式に見習いから昇格したほうが良かったかもしれませんね。あ、ニアさんの実力を疑っているわけではないのでご安心を。ウサギより強いモンスターを何度も倒していそうなのは、ここでの歩き方から充分に伝わっていましたから」
ニアと目が合うと、少しだけ怯えた顔をされた。
「なんで、分かるの」
「分かったわけじゃなく、そうかもしれないな、って考えただけです」
「それを分かったというんじゃ……」
「分かってたわけじゃないです。まったく見当違いかもしれなかったけど、適当に喋った内容が少しでも当たっていたら、びっくりするかなって」
深呼吸ひとつして、ニアは、よしっ、と自分に気合を入れた。
不気味さは感じているのかもしれないが、それを顔に出さない覚悟を決めた、といった気配がひしひし伝わってきた。
良くも悪くも顔に出るひとだなあ、と思いつつ、テイルは帰り支度を始めた。
「ね、ねえ……テイル、くん」
「僕はテイルでいいですよ、ニアさん」
「きみってさ、……色んなひとから意地悪だって言われない?」
「あはは」
テイルは肯定も否定もしなかった。ニアは、額の汗を拭った。
「よし! じゃあ、テイル! ぼくと一緒に地下二階を回ろう! きみがウサギを狩るのを邪魔しちゃったみたいだし、お詫びをさせてほしい! ぼくの取り分はなしでいいからさ。ぼくはこれでも結構強いんだ。角つきウサギくらい、一度に十匹出てきたって倒してみせる!」
「え、もう帰りますけど」
「……ええっ!? いやだって、ウサギ狩りのために地下二階まで来たんだろう!? そりゃあ、ぼくのせいで余計な手間をかけさせたというか、気分を害してしまったのかもしれないが、このままだときみは何の稼ぎもなく帰ることになるんだよ? それは申し訳ない。だから!」
「馬鹿なこと言ってないで急いで帰りますよ。ほら」
「えっ、あ、いや、その」
失点を取り返そうと逸っているニアの手を、テイルが強引に握りしめると、そのまま登り階段の区画までと急いで引き返そうとした。
「ああ……遅かったか」
「えっ、は? なっ、なんで……」
いつの間に回り込んでいたのか。
目に飛び込んできたのは、地下二階にはいるはずのない、たとえば地下十階以降に出現するはずの危険なモンスターの姿だった。
薄暗さのなか、二人は見上げて息を呑んだ。
筋骨隆々とした肉体、鉄のように硬く分厚い胸板、怒りに満ちた真っ赤な肌の巨体が道を塞ぐようにして居座っている。
これだけ距離があるのに、その尋常ではない威圧感、巨体さが見ただけで伝わってくる。
牛の頭を持ち、巨大な斧を片手で振り上げる、その恐るべき怪物の名は、
「ミノタウロス……」
ニアの震える指がこわばり、テイルの手の甲にきつく食い込んだ。
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