第41話 おせっかいな新人冒険者ニア
地下二階に降りてからしばらくして、テイルは困っていた。
普段と違って、モンスターとまったく遭遇しないのである。
臆病な角付きウサギは近づく前に逃げることも多いが、グミやコウモリの生態はそれとは異なる。
地下一階のように冒険者に見つかり次第延々と追い回されるわけでもないから呑気にその場に留まっているのが通例だ。
いつもと雰囲気が違う地下二階の様子に、引き返すべきかと首をひねる。
他の冒険者とも一度もすれ違わなかったが、これは時間帯によってはよくあることではあった。
高ランクの冒険者にとってここは通過点に過ぎないし、最低ランクの冒険者と見習いはいつまでも地下一階に居座っている。
わざわざ地下二階にとどまってまでウサギ狩りにいそしむテイルの方が、この場合レアケースである。
危険度としてはウサギと同程度のわりに、もっと効率良く稼げるモンスターが地下三階から出現するので、ここ地下二階は不人気階として知られている。
ただし、稼げる場所は、ライバルがいる場所とも言いかえられる。
上を目指し始めた冒険者たちは次に地下三階をメインの狩り場にするので、結果として実入りが減ることがある。
ここサルカーニャダンジョンにおいて、モンスターは半永久的に発生し続けているといわれているが、それでも無尽蔵に湧き続けるわけではない。
ひとつの階層に同時に存在するモンスターの数は有限だし、発生頻度も早まったりはしない。
なので、地下二階を狩り場とするのは、他人の目を嫌う訳ありか、ウサギ狩りを苦にしない戦い方をする冒険者、あるいはマイペースで稼ぎたい変わり者として知られている。
テイルはその全部に当てはまる。
そのテイルも戸惑いを隠せなかった。
地下二階でこんなにモンスターの姿が見えないなんて、あまりにも奇妙だ。
今日に限ってグミやコウモリの行動が変化する理由に心当たりもないし、歩いてきた地下一階の様子にも違和感はなかった。
あるいは、高ランク冒険者が何らかの手段で、テイルが降りる直前までに地下二階のモンスターを一掃したと言われれば、まだ納得できるかもしれない。
ダンジョンの階層丸ごとモンスターを消し飛ばす方法がないわけではない。最上級を連発できる凄腕の魔術師ならば、あるいは可能だろう。
もしくは超スピードで駆け抜けながら集まってきたモンスターすべてを消滅させつつ地下三階へと向かったとすれば、この異変を一応説明できる。
「すべての不可能を除外して、最後に残ったものがいかに奇妙に思えてもそれが真実となる、だったっけ。……いや、やっぱり無理だって」
どこかの名探偵の言葉を脳裏に浮かべつつ、テイルは肩をすくめた。
理屈と膏薬はどこにでもつく。テイルが想像できないだけで、もっと合理的な理由があるはずだった。
やっぱりすぐにでも引き返したほうが良いかもしれない。
自分の手に負えない事態が起こっている可能性がある。
問題は、ずっと追いかけてくる謎の追跡者の方だった。
単なる勘だが、その人物がこの事態を引き起こしたとは思えない。かといって、ここで引き返したら、相手がどう動くのかが想定できない。
最初は以前の悪ガキと同じようにウサギあたりに引き合わせて、どう反応するのかを確かめようと考えていたのだ。
しかし、地下二階をぐるりと一巡りするあいだ、尾行している人間との距離は変わらなかった。
つかずはなれずの距離感をずっと保ったままだったのだ。
こうなると話が変わってくる。
試してみて分かったのは、尾行者は地下二階を歩いたことがあるらしいこと。初めて来たとは思えない動き方をしている。
どのルート上にいるかを分かった上で、テイルのあとを着実に追っていた。
尾行はお粗末な素人そのものなのに、だ。
なんだか、やっていることと能力がちぐはぐである。
もしかしたら、テイルが以前もめた、とあるベテラン冒険者パーティーの手先かもしれない。
テイルが窮鼠などと呼ばれ出した原因となった、不運な一件の続き。
だとすれば、こうして付け回されているのも理解はできる。
しかし、それならなおさら腕の良い斥候に頼むのではなかろうか。
こんなバレバレの尾行をする意味がわからない。逆に、尾行をしていると気づかせることで精神的な疲労や負荷を狙った、無駄に高度な策略の可能性もある。
ないな、とテイルは首を横に振った。彼らにそこまでする意味もないし、そこまでされるいわれもない。
「はぁ……」
かつて、考えすぎるのは悪い癖だと叱られたことがある。こういうときは考えるより行動したほうが早いとも。
見通しの良い十字路の真ん中に立ち止まって、来た道を振り返る。
「それで、僕に何の御用ですか?」
静かな迷宮に、テイルの投げかけた問いが、やけに大きく響いた。
しばらくのあいだ反応はなかった。
自分に言われているとは思わなかったのかもしれない。
そもそも、とっくに気づかれていたとすら思っていなかったのか。
だとすれば、相手はだいぶ自信家らしい。
さらに一分ほど待つと、とうとう観念したように、死角になっていた通路の脇からその子はちょっとだけ顔を出した。
視界の片隅にとらえたとき、妙に存在感があったのは、その燃えるような見事な髪色のせいかもしれない。
真っ赤な髪の毛だ。
帽子から覗く部分だけでも、鮮烈な印象を受ける。
「もしかして、ずっとバレてた?」
「ええ、わりと最初から」
「えっ……うそだ! だって、ぜんぜん気づいた様子なんて見えなかったよ!」
「そりゃあ、尾行されてるなって思ったら普段通りの顔をしますよ」
「またまた。そんな強がり言っちゃって……え、ホント?」
「はい」
そっかそっか、とつぶやきながら、その子は諦めたように出てきた。テイルはその人物の頭の上からつま先までを丹念に観察して、また小首を傾げた。
「初対面ですよね」
「そうだね」
「なんで、僕をつけてきたんですか?」
「だって……こんな小さい子がウサギ狩りするって言ってたから、大丈夫かなって心配になったんだよ!」
「はい?」
テイルは目を丸くした。一瞬、何を言われたのか混乱したのだ。
「だから……君ってさ、まだ十二歳になってないよね? それなのに地下二階に降りようとしているみたいだったから、様子を確かめておこうかなって」
堂々とした様子で目の前に姿を現したのは、上等な服を着て、ズボン姿の、物腰もどこか上品さのある、平均よりかなり顔の良い子供だった。
被っているのは大きめのキャスケットだかハンチング帽で、いわゆるシャーロック・ホームズが被っている鹿撃ち帽みたいな帽子だった。
服装と相まって、そこらにうじゃうじゃいる冒険者見習いの子供とは、まとう雰囲気があまりにも違いすぎた。
その子は、自信ありげな、自慢げな、あるいはドヤ顔を浮かべている。
笑顔というか、とても明るい顔をしていた。
見た目の年齢は、ほとんどテイルと一緒だ。
十歳でもおかしくない小柄さ、華奢な体つきであったが、十二歳と言われれば納得もする。
年相応の幼さもあるし、年齢に似合わぬ賢さも持ち合わせていそうだ。
特徴的な赤い髪は、帽子から覗いた分だけでも派手であった。
ダンジョンの地下一階だろうが、冒険者ギルドの建物内であろうが、この容姿を正面から目にしたらそうそう忘れないだろう。
なにしろ顔がいい。
どちらかと言えば地味寄りなテイルと違って、赤髪のその子は、いわゆる主人公とかヒロインの立場が似合うような、たいへん整った容姿である。
「ぼくはニア。君の名前は……テイルで良かったかな?」
「そうですけど」
こちらは見覚えがないのに、相手には一方的に名前を知られている。
テイルはわずかに身構えたが、ニアは普通に話を続けた。
「背伸びしたくなる気持ちは分かるけど、早く上に戻ろう? ここはグミスライムやミニコウモリよりも面倒な相手が出てくるんだ。君のように、ちゃんとした武器すら持っていない子が来るには、まだちょっと早いんじゃないかな」
ギルドの受付でした会話を盗み聞きされていたようだ。
心配だか善意だかは分からないが、そこからずっと追いかけてきたらしかった。
目の前の人物の喋り方に違和感がある。
妙に格好つけているというか、口調や声色を作っているというか、人物像や容姿との微妙な乖離を感じたのだ。
舞台役者のような振る舞い、という形容が一番しっくりくるだろうか。
そのくせ悪意はまったく感じない。
きっと、善良さが発揮された結果がこの行動であり態度であり言葉なのだ。
だからこそ面倒くさい手合いだった。
目の前に困っている子供がいたから助けてあげよう。この考えで追いかけてきたのならば、冒険者にはあまりにも不向きな性格だった。
テイル以外にも同じ態度であったなら、すでに大きなトラブルを引き起こしていてもおかしくない。そうした危うさが見え隠れしていた。
地味な装いを意識している風に見えるが、仕草も喋り方も、言葉選びからして平民らしくはない。
だが、それに溶け込もうとしている風に見える。
おそらく普段の口調とは違うのだ。意図的に変えている。
そんなことをしなければいけない立場の子供。
いくらか考えて、それに当てはまりそうな存在が思い浮かんでしまった。
どこぞの貴族の子弟が身分を隠し、興味本位で冒険者として登録したか。
テイルは天を仰いだ。
これはとびきりの厄介ごとの匂いがする。そして、対応がひどく難しい。
テイルのなんとも言い難い微妙な表情に気づかなかったか、もしくはバツの悪い顔をしたと思いこんでいるのか、ニアはうんうんと頷いた。
「まったく。ミリーさんも強く止めないなんて何を考えているのやら」
「えーと、ニアさん?」
「ニアでいいよ」
「武器くらい持ってますよ」
「……え?」
反論されて、ニアはテイルの格好をまじまじと見直した。
暗い灰のような頭部は、街でよく見る子どもたちの髪色からは浮いて見える。
良く言えば異彩を放っている。
悪く言えば、彼らのコミュニティに溶け込めそうにない、奇妙な異物感を醸し出している。
髪の色だけでも、浮いているのだ。テイルの容姿は。
テイルは懐にしまい込んでいた、小さなナイフの鞘を見せた。
「剥ぎ取り用のナイフじゃないか。そんな小さい武器であの凶暴なウサギと戦おうとしていただなんて……やっぱり追いかけてきて正解だったね!」
テイルの服装は動きやすそうだが、生地も仕立ても決して良くなかった。
防具の類もほとんど身につけていなかったから、心配されるのも無理はない。
たとえば本職の戦士が使うような全身鎧は、金額的にも、身長や体格的にも無理があるのだが、せめて急所を防ぐための皮や金属のプレート、鎖帷子、取り回しの良い小盾、あるいは手袋や籠手など、何かしらは用意するものなのだ。
もちろんそれは、普通の冒険者見習いであれば、の話である。
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