第40話 余所者なりに気を使う
「てめえ、おれのグミを取るんじゃねーよ!」
「ばーか! お前が逃がしたのが悪いんだろ! これは俺のだ!」
年若い子供二人が揉めているのを尻目に、巻き込まれてはたまらないと、テイルはそそくさとルートを変えた。
この手の言い争いは、低層階においては、よくあることだ。
近くに転がっていたモンスターの死骸を見るに、たぶん片方が戦っていたグミスライムがその場から逃げ出して、逃げた先にいた少年が倒した。
横殴り、獲物の横取りは決して推奨されない。
先殴り優先が基本マナーである。
が、不運の結果、そうなってしまうこともある。
とどめを刺した、という事実もまた決して無視できない働きだからだ。
ただが一匹、されど一匹である。
価格にしたら食事一回分にも満たない安価な素材だが、その一匹を惜しむくらいには金がないのも、冒険者見習いの日常である。
そんな罵り合っている二人の後ろを、グミスラ二匹がピョンピョンと撥ねながら通り過ぎていった。
お互いに協力して、効率良く稼いでから山分けすればいいのに。
これが懐具合に余裕がある人間の感想だとテイルも自覚している。
だから仲裁しようとも思わなかったし、口に出すつもりもなかった。
が、何らかの気配を察知したのか、子供二人が第三者を審判にしようとでも思いついたのか、遠ざかろうとするテイルに二人同時に気がついた。
話しかけられるより早く、テイルは「あっ!」と叫んで、彼らの見ていなかった方角を指し示した。
二人は振り返った。そこには逃げようとするグミ二匹。
テイルのことなど忘れたように、二人は慌ててグミを追いかけていった。
ふう、とテイルはため息を付いた。さっきまで罵り合っていた二人が急に協力し合って、グミの行く手を遮るように二手に分かれたところまでは見えた。
現金なものである。
ここサルカーニャの街は、ダンジョンを中心に栄えたと言われているが、より正確にはすでに存在していたダンジョンを囲むかたちで計画的に街を作ったのだ。
だから大通りの途中に市場があり、冒険者ギルドがあり、そこからさらにまっすぐ歩き続けると巨大ダンジョンにたどり着く。
王国内にダンジョンはいくつもあり、それぞれに固有の特徴がある。このサルカーニャの迷宮は、別名を初心者向けダンジョンという。
ダンジョン入口から眺めると全容が見通せないくらい広い上モノ部分は、遺跡というか、柱だらけの廃墟なのだが、その地下には巨大な迷宮が広がっている。
この果てしなく広い迷宮は、奥に進めば進むほど、地下に降りれば降りるほど、徘徊するモンスターや地形、罠などは危険度を増してゆくのであるが、一番浅い層はそれこそ冒険者見習いの子供でも潜れるほどに、死の危険がほとんどない。
地下一階にはスライムやコウモリが頻繁に出現するのだが、ここでいうスライムは危険な不定形のそれではなくグミのような柔らかい球体だし、コウモリはサイズが二倍くらいになっただけで行動は単なるコウモリのままなので、どちらも対処法を知っていれば脅威にならない程度の雑魚である。
それこそ子供でも戦って倒せるくらいの弱さだ。
これが本物と言われるビッグコウモリであれば五倍サイズで、しかも凶暴だし爪も牙も危険なモンスターなのだが、二倍だとむしろ狙いがつけやすい。
同時に五匹くらいの群れに襲われたらさすがに危険だが、この地下一階には昼夜問わず、低ランクの冒険者と冒険者見習いの子供が歩き回っているから、大群になる前に遭遇するし、一匹二匹ならサクッと狩られるのが通例である。
(グミ)スライムの水袋や核、(ミニビッグ)コウモリの羽や牙などは、冒険者ギルドで買い取ってくれる。
三匹分の素材で安い昼食代、十匹倒せば安宿に泊まるくらいはできる。
というわけで、その日の宿代食事代を稼いだり、もっと奥に進むための武器や防具の更新のため、貯金するためにここで地道に頑張る人間が、毎日いつでも数え切れないほどいるのだ。
なんなら狭い場所に大人数がいたら、一匹だけふらふら出てきたスライムやコウモリの奪い合いである。
さっき目にした光景も決して珍しいものではなかった。
縄張り争いに躍起になっている同業者を避けるのは簡単で、さっさと地下二階に降りれば良い。
人がいないわけではないが、地下一階のように冒険者見習いの子供の数はぐんと減る。
「アーちゃん! 歩くのちょっと早いってばっ」
「あ、悪い……」
「もうっ。少しはローちゃんを見習って落ち着いてよ」
「でも、地下一階だぜ。こんなところで危ないってこともないだろ? グミとかコウモリなんか敵じゃないし、ウサギだってこの剣があれば一撃だしさ」
「そういうことを言ってるんじゃなくて、まだダンジョンの中なんだから、注意深く歩くのが基本でしょっ」
「わかったわかった。気をつける。それより早く出ようぜ」
テイルより少しだけ年上だろうか。見覚えのある三人組とすれ違った。
地下一階にいっぱいいる冒険者見習いの子供ではない。正式に冒険者として認められた、石級のパーティーだったはずである。
冒険者ギルドのクエストボード前で何度か見た顔でもあったし、テイルも挨拶くらいは交わしたことがあったはずだ。
彼らはこんな時間にもかかわらず、もう地上に戻るらしい。リーダーらしき先頭の少年は、なんとなくこわばった顔をしていた。
なにかトラブルがあったのだろうか。あるいは準備不足を痛感して、早々と引き返してきたのかもしれない。
いや待てよ。
少年が二人に、少女が一人。
全員が同じくらいの年齢であることも合わせて考えると、もしかしたら恋の鞘当てが発生したとも考えられる。
少年よりもわずかに背の高い少女がため息をついた。
困ったように少年の背中を見つめ、また置いていかれそうになって慌てて追いかける。
三人は焦っているようにも見えたが、怪我したわけでもなさそうだ。
脇目も振らず足早で歩く彼らに、テイルも声をかけたりはしなかった。
今度は、壁にもたれて眠そうにしている赤ら顔の冒険者が目に飛び込んできた。
酒代目当てにか、したたかに酔ったままダンジョンに来たのだろうか。
あるいは酔いつぶれて前後不覚の状態のまま、普段の習慣が、彼の足を自然とダンジョンに向かわせたのかもしれなかった。
テイルは道を変えた。
しばらく歩いていると、さっき通らなかった道の方角から騒いでいる声が聞こえた。
誰かが絡まれたらしい。不運なことである。
自分の判断は正しかった、とテイルはひとり頷く。
「ひゃっ、いきなりなにを!」
「おーう、可愛い顔じゃねえか。お酌してくれよ、お酌」
「ここは酒場じゃないよっ。あーもう、なんでこんなところに酔っ払いが」
「なんだ、胸がねえな。じゃあ男か。ちっ、かわいいねーちゃんじゃねえなら用はねえんだよ。……あれ? 俺のグラスはどこだ?」
「寝ぼけてるし、はぁ……」
そのあとも右折、左折とを織り交ぜつつ、ここ二か月ほどですっかり記憶した道順を辿りながら、あえて、地下二階への最短ルートではない道を進んだ。
五分くらい歩いたあと、テイルは小さく息を吐いた。
望んでもいないのに『窮鼠』なんて二つ名もどきが出回ってから、こうした面倒ごとが増えた気がする。
とはいえ、先程会ったギブソンのような本職でもなければ、追跡者がいくら足音を殺そうとしても、振り返るごとに物陰に隠れても、すぐに気づける。
「どうしたもんかな」
誰に聞かせるでもなく、テイルはひとりごちた。
このまま地下二階へ降りるのはまったく問題ない。初めてでもないし、もっと深くまで足を運んだこともある。
地下一階にはグミスライム、ミニビッグコウモリしか出ないが、地下二階からはこの二種類の他に、少しだけ手強いモンスターが混ざってくる。
テイルは兎と呼んでいるが、もう少し正確には角つきウサギと知られる、頭部に一本の尖った角を持った、一メートル弱のモンスターである。
冒険者見習いの子供が地下一階に居座るのは、グミもコウモリも、対策していればほとんど怪我のリスクがないことに尽きる。
同業者との奪い合いにはなるが、安全に、安定して稼げるのだ。
一方で、地下二階から出現する角つきウサギは、うっかりすると大怪我しかねない危険さがある。
このウサギ、基本的には臆病で逃げ足も早いのだが、敵が自分より弱いと思った途端に獰猛になって、猛スピードで突撃してくる。
これが危険で、頭部の尖った角が薄い木の板くらいなら貫通する勢いなのだ。
戦闘慣れしていない見習いが対処を間違えるとひとたまりもない。
というわけで、冒険者ギルドに登録した見習いが最初に教わるのは、まずは武器と防具を整えてから下に降りること、という忠告なのだ。
テイルの見立てでは、追跡者はおそらく見習いの子どもだろう。本職に追い回される心当たりがないとはいわないが、それにしては技術も拙く、警戒も足りない。
二週間ほど前にも、これと似たことがあった。
そのときの相手に理由を尋ねたら、ギルドでテイルの稼ぎの良さを知って、羨ましくなって、やり方を盗み見たかったんだと答えた。
その子は装備も実力も足りていなかったのに、自分より年下に見えるテイルが簡単そうに進むから、みたいな考えで地下二階まで降りてしまった。
このせいで、すぐにテイルを見失い、さらに直後にウサギに見つかって、そのまま執拗に狙われ続けて、逃げ惑いながら恐怖で泣き叫んでいた。
助けてやる義理はなかったが、それでも子供が目の前でウサギに嬲り殺されるのを見るのは忍びなかった。
というわけで、テイルは同年代だか年上だかの冒険者見習い相手に、ウサギの倒し方を実演してやったのだ。
角つきウサギは、一度全力で走り出したら一直線にしか進めない――左右にほとんど動けない性質を持っている。
だから、あえて姿を見せて、狙わせる。
それから直前で大きく避ける。
ウサギは全力で迷宮の壁に突進し、その衝撃でしばらく動けなくなる。
目を回すのだ。
あとは手にした剣やナイフで急所を切り裂くなり、棍棒で頭を潰すなり、自由にすれば良い。
「ねえ君さ」
テイルは腰を抜かして立てなくなった、怯えきった子供相手に、血に濡れたナイフを片手に握りしめたまま、ニッコリと微笑んでやった。
「こうするんだよ。分かったかな?」
その子は短く悲鳴を漏らした。その後、御礼の言葉をビクビクしながら語り、テイルに問われるままに尾行の理由を答えたのであった。
この話が伝わったのか、その日から一部の見習いから露骨に目をそらされることが増えた。
尾行してきた当人からは、ギルド内などでテイルを見かけると、すっ飛んできて深々と頭を下げて挨拶されるようになった。
それから数日後のことである。
最近使っている食堂で頼んだ夕食に舌鼓を打っていると、いきなり隣の席にギブソンが座って、ガキをあんまり虐めてやるなよ、とからかわれた。
何のことか分からずにいたテイルが詳しく話を聞いたところ、妙な噂がさまざまな尾ひれをつけて出回っていたらしい。
テイルは余所者である。少なくとも、サルカーニャの冒険者ギルドでは新参者として扱われている。
以前からダンジョンに潜っている街の子どもたち、冒険者見習いとして足踏みしている連中からすると、気に食わないところもあったのだろう。
そこに尾行してきた子供とトラブルが生じた。その後の対応も含め、正確さに欠けた内容で拡散してしまったようだ。
誰のことかと思ったぜ、とギブソンが大笑いしていた。
曰く、テイルなる冒険者に目をつけられると弱みを握られ、脅され、良いように使われたり手下として働かせられてしまうから気をつけろ、らしい。
あの日の子供が吹聴しているわけではなく、流れた噂にかこつけて、テイルを危険視している連中が色々と付け加えているようだ。
テイルは頬を膨らませた。恩を仇で返された、と。
だが、この街の出身者であるとか、先達である同年代相手に、そこまで嫌われる理由はないはずだ。
テイルが首を傾げていると、ギブソンは「そりゃあお前」と言いかけて、はっとして言葉を止めた。
思い当たるフシがありそうなので尋ねると、彼は苦笑した。
「ミリーちゃんの態度があからさまに違うからな。何かあって下手に出てるんだって思い込みか、邪推、あとは嫉妬じゃねえの?」
全部かもしれない。テイルはげんなりした表情を隠さなかった。ギブソンは顔は笑いつつも、目は冷たかった。
「お前も悪いんだぜ。ひとの稼ぎ方を無断でパクろうなんて行儀の悪いやつ、しっかりと締めとかねえからナメられるんだよ。言ってる意味、分かるだろ」
「はあ」
この場合やらかした本人ではなく周囲の問題だから、落とし前とか実はあんまり関係ないよな、とテイルは思ったが、わざわざ反論しなかった。
ギブソンも説教しにきたのではなく、テイルが知らなかった情報を伝えに来てくれたのだろう。
先日、ちょっとした縁で恩を売ったからだが、悪い出会いではなかった。
「テイル。お前が単なるガキ、つーか馬鹿や雑魚なら、いちいちこんなこと言わねえよ。でもそうじゃねえからな。冒険者やるなら大事なことだぜ」
「忠告ありがとうございます」
「おう。タメになったな? じゃあ……メシおごってくれ」
ギブソンの仲間から、こいつは悪い大人の見本だからテイル君はこれを反面教師にしてまっとうに生きてね、と真顔で言われたことを思い出した。
さっきまでの渋い表情から一転、ひもじそうにテイルの皿を見ている。
「また賭場でスッたんですか? 皆さんに怒られますよ」
「もう怒られたあとだからいいんだよ」
「今回はおごってあげますけど……もう少し真面目に貯金したほうが良くないですか。《狂奔》越えのためにも、装備を更新したいんですよね? なら地道に倹約したほうが早いと思います」
「正論は好きじゃねえな」
「ギブソンさんもいい大人なんですから」
「聞きたくねえ」
そうした経緯というか前例があったことで、テイルは対応を悩んでいた。
大事な用があるのなら、正面から話しかけてくればよい。
それをせず、こうしてダンジョンに足を踏み入れた冒険者を、こそこそ隠れて追い回すのは、後ろ暗い理由があると告白しているのと同じだろう。
今度は相手が子供であっても、いっそのこと見捨ててしまおうか。
しばらく足を止めて考えていたが、追跡者を引き連れたまま地下二階へのルートへと戻ろうと決めた。
テイルが急に動いたせいか、その人影は一瞬だけ隠れるのが遅れた。視界の端にその子の顔が見えた気がした。
悪意の有無を確かめてからでも遅くはない、か。
テイルは、ゆっくりと歩を進めた。
どうすれば真意を確かめられるか、その方法を考えながら。
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