第39話 サルカーニャ迷宮案内
このギルド馴染みの冒険者にとっては、ミリーの応対は驚くべきものだった。
手すきのミリーがテイルと楽しく会話していた横で、他の受付嬢はずっと忙しそうにしている。
朝の冒険者ギルドではクエストの受注や、依頼内容の説明、契約などで窓口に行列ができることが多い。
現に今も、他二人の窓口には待機列が発生している。
とはいえ、ミリーの窓口だけはいつも空いていた。
これは彼女が怠惰なわけでも、仕事を嫌っているわけでもない。
どの窓口を選ぶかは冒険者の自由であり、他の二人に対応してもらいたい者が大半なだけであった。
最近では行列が長引いて、混雑に嫌気が差した冒険者が流れてくるときだけ、ミリーに仕事が割り振られるような状態だった。
「案外、子供好きだったってことかねえ」
「そうでもねえな。見てろ」
少し離れた場所に、冒険者見習いと思しき赤毛の子供が立ち尽くしていた。
テイルと受付嬢のやり取りを遠巻きに見ていたその子は、やたらと心配そうな顔をしつつも、誰も並んでいないミリーの窓口に向かった。
クエスト受注の際にミスか勘違いを指摘されたのだろうか。それとも、辛辣な口調で何かの注意を受けたのだろうか。
二言三言と会話して、しゅんとうなだれたまま出口へと歩いていった。
その後、またひとり冒険者がミリーの窓口に向かった。
事務的な会話に終始された挙句、何らかの釘を差されたのか渋い顔をして出ていった。
列が途切れると、ミリーは書類仕事に戻った。淡々とした様子だった。
「見ろよあの顔。さっきからニコリともしねえぞ」
「笑ってたらすげー美人なのになあ……もったいねえな、ミリーちゃん」
「新人時代を知ってるからなあ。最初のうちはけっこう笑ってたけど、いつの間にか愛想笑いすらあんまり見なくなったしな」
「仕事はちゃんとしてくれるけどよう、やっぱり笑顔が見てえよなあ……」
「一応言っておくが、あのガキにちょっかい出すなよ。ミリーちゃんに嫌われたくなかったらな」
「やらねえよ。俺をなんだと思ってるんだ」
「いやでも、好きな女の子をガキに寝取られたみたいなすげー顔してたからよ」
「あ? ぶっ殺すぞてめえ」
「へえ? で、どうすんだ? こっちの話は聞こえてねえと思うが、今日もミリーちゃんの窓口に行くんだろ?」
壁際のコルクボードに貼られていた多種多様なクエストを眺めつつ、窓口の混雑具合を眺めて喋っていた二人だったが、大男の方が一枚の紙をむしりとった。
小男は肩をすくめ、ミリーをちらりと横見で覗いた。
よかった、今の動きややり取りは見られていなかったらしい。
「おい、乱暴に取るなよ。また怒られるぞ」
「ミリーちゃんはな、実は三人娘のなかで一番優しいんだ。小言は多いけど、間違ったことは言わないし、怒るのは俺が馬鹿なことをしたときだけだしさ」
「分かった分かった行くぞ馬鹿」
「うるせえよ分かったよ馬鹿」
二人はミリーの窓口で、クエスト受注を申し出た。
彼女はまず紙に視線を落とし、それから大男の方にそっと顔を向けた。
「クエスト用紙は再利用する可能性があるので、丁寧に扱ってください。以前にも申し上げたはずですが?」
「……はい。すみませんでした」
今日も今日とて、冒険者ギルドは賑わっていた。
ダンジョンで一攫千金を狙い深層へと挑む者もいれば、生活の糧を求めて浅層を歩き回る子供もいる。
冒険者ギルドでクエストという形で依頼を受け、素材蒐集をして納品をする。
あるいは危険なモンスターを駆除や討伐することで、賞金を支払ってもらう。
日々を生き延びるため。あるいは、大金を得て夢を叶えるため。様々な理由で人々はこぞって冒険者になり、ソロで、パーティーで、ダンジョンへと潜るのだ。
これがダンジョンの街サルカーニャの日常なのである。
冒険者と、ダンジョン。その二つによってこの街は成り立っている。その二つを繋ぐギルドを中心に、生活と経済が回っている。
魔物の素材を拾い集める者もいる。
その素材を売買したり、加工する者もいる。宿屋もあるし、酒場もあるし、娼館だってある。
さまざまな仕事があるが、その大半はダンジョンによって生み出されている。
冒険者はよく死ぬ。ダンジョン内にはモンスターがいるからだ。
そうでなくとも、この街の住人はころころ入れ替わる。
夢を諦めて出ていくものもいれば、期待を胸に入ってくるものもいる。
余所から来た子供が街に移り住むこともあった。
乗合馬車で複数同時に来ることもあるし、寒村から徒歩で一人で旅してくる子供もいる。
たいていは領内の町村から冒険者を目指してのことだが、捨て子同然に送り込まれることもある。
テイルもそんなふうにして、他の場所から来た子供だ。
家を継げずに外に出された農家の三男であるとか、年齢ゆえに孤児院に残れなかった子供が、生活のために冒険者になろうとすることはよくある話だ。
しかし、テイルは、そうした普通の子どもたちとは最初から違っていた。
街のこどもではないテイルが、どうして冒険者になったのかを誰も知らない。
これまでどんな風に生きてきたのかを、誰ひとり聞いたことがない。
そこらにいる冒険者見習いの子どもと外見だけなら似たようなものなのに、テイルという少年は、まとっている空気が異質すぎた。
まず言葉遣いが違った。
見え隠れする立ち居振る舞いも、浮かべる表情も、何より知識もそこらの子どもとは大きく異なっていた。
一言でいえば、周囲から浮いていたのだ。
同年代の見習いや顔見知りは、集まってグループになったり、パーティを組んだりするのが一般的である。
テイルがそうした集団に溶け込むことは、この二ヶ月間、一度もなかった。
もちろん喧嘩をふっかけているわけでも、派手にもめたわけでもない。
顔を合わせれば挨拶もするし、当たり前だが会話も成立する。
誘われてダンジョンに同行したこともあったし、迷宮の地下一階では加勢を頼まれることもあった。
しかし、同年代の冒険者見習いたちが彼を勧誘することはなかった。
彼らもなんとなく感じていたのだろう。
テイルが仲間を求めていないことも、自分たちとは違う存在であることも。
というわけで、テイルは一人でダンジョンに潜るのが常であった。
テイルは冒険者ギルドに立ち寄り、美人受付嬢のミリーと楽しく話したあと、いつものようにダンジョンを訪れた。
冒険者ギルドの扉は立派だったが、扉すらない地下迷宮への大階段は、それにもまして威圧感がある。
有志かギルド職員が設置したらしき照明のおかげで、闇の向こう側にもいくらかの明かりが、そして照らされた階段の続きが覗いている。
先の見通せない下り階段は長く、ともすれば奈落への入口に見える。
この暗闇へと踏み込む瞬間にまるで慣れないのは、ダンジョンという場所が、人間にとってはあきらかな異物だからだろう。
「いたぞ! おっかけろ!」
「ジョージ! いまだ! ぶっ叩け!」
「くそ、はずしてんなよっ! 逃げられちまうじゃねーか!」
一匹のグミスライムに、三人がかりで囲んで叩く子供たちの横を、テイルは距離を取って避けていく。
彼らはちらりとテイルの顔を見たが、自分たちの邪魔をしないと分かるとすぐ興味を失ったらしく、グミスライム叩きに没頭していた。
ダンジョン内にはびこるモンスターの漏出はほぼ完璧に抑えられている。
巨大な迷宮の近くに街を作っても問題が生じなかったのは、ここサルカーニャの街作りの巧みさと、代々の領主であるウルバーン家による守護魔術のおかげだろう。
領主のみが使える守護魔術には、領内において強力な魔物や魔獣の発生を抑止したり、あるいは領外からのモンスターの侵入を抑制する効果がある。
ダンジョン内部に守護の効果はほとんど届かないが、逆に出入り口部分には強く機能するので、結果として、モンスターが迷宮の外に出られなくなる。
内外に異なるルールを規定する、ある種の結界であろう。
だからサルカーニャの住人は普通に暮らしているし、モンスターの脅威を感じることはまずない。
死骸か、素材になった姿しか見たことのない者も案外多い。
「よう、テイルじゃねえか。今日はどこまで行く気だ? 地下十階まで降りる気になったら早く言えよ。うちのパーティーが一緒に行ってやるからな」
「どうもギブソンさん。先日はお世話に、って……いやいや、十階ってつまり下層じゃないですか。危ないから行かないですよそんな深くまで」
見知った顔がいたので、テイルから声をかけた。
挨拶は大事である。
斥候職らしく軽装のギブソンが、どこまで本気なのかわからないニヤケ顔で勧誘してくるが、テイルはあれ? と首を傾げた。
「ギブソンさん、まだ地下九階で足止めされてるって言ってませんでした?」
「忘れてなかったか。残念だ。お前が一緒に来てくれれば、試練の間の牛野郎もなんとかなりそうなんだがなあ……」
「期待してくれてるのは嬉しいんですけど、しばらくは上層を周回する予定なんですよ」
「お前くらいの年齢なら、どんどん先に進みたがるもんだがな」
「見ての通りのソロなので」
「ソロだから、はあんまり説明になってないぜ」
ギブソンは肩をすくめた。
「で、今日もちまちまコウモリ狩りか? それともグミ殴りか?」
「ウサギ狩りですよ」
「へえ。お前なら、地下二階程度ならそうそう危ないこともないだろうが……油断はするなよ。たまにだが、浅い場所でも事故るブロンズもいるからな」
「気をつけます。ギブソンさんもお気をつけて」
そうこうしているうちに、彼のパーティメンバーがテイルの後ろからひょいと顔を出した。
なるほど、このあたりで待ち合わせをしていたにも関わらず、姿を見せないギブソンを探しに来たようだ。
別に何かやることがあって、別行動していたのだろう。
「こっちは大丈夫だ。今から上に戻るところだしな。……なあ、テイル。普段となんか違うことがあったら深追いすんなよ。お前はソロなんだからな」
珍しくギブソンが真面目な口調で忠告してきた。テイルが単身で潜っていることは周知されている。
ギブソンからすれば、テイルは危なっかしく見えるのだろう。
「いつになく親身ですけど、なにかありました?」
「……今後の交渉がやりやすくなるかと思ってな」
彼らのような固定パーティを組んだ場合でも、個人で動いたり、個別で稼いだりすることは可能である。
パーティとしては週一で上層へとダンジョンアタックに挑み、個人では合間合間に中層で稼いだり鍛えたりするのは、よく見聞きする話でもある。
ギブソンは古参鉄級パーティーのまとめ役だが、彼ひとり他の冒険者たちと混ざって仕事していることもよく見られる。
「お前みたいな公正を重んじるタイプにはな、こうして助言したり恩を売っておくとあとで何倍かになって帰って来るんだよ」
「ギブソンさんの親切って、ルーレットの掛け金扱いですか」
「大勝負するときには何かしら縁起を担ぐもんだろ?」
焦れてきた仲間の様子に気づいてか、ギブソンはその場を離れた。顔を知っている四人に小さく頭を下げたあと、テイルは先に進んだ。
面白いと感じたら、ここからちょっと下にある【☆☆☆☆☆】を押して、
【★★★★★】にしていただけると嬉しいです。
あと、ブックマークにも追加していただけると作者はもっと喜びます。




